『煙の行方ロビン編9』
水しぶきが六本上がった。 「ロビンちゅわぁ〜ん!」 「ロビン!良いところに!」 帆はすげ替えたままのメリー号が突然現れた。数多に咲いたロビンの手達がオールを握り漕いでくる。 「ふふ。・・・・・・・・・・・みんな無事でよかったわ。」 「どうしてここが?」 「連絡がきてたから。」 ロビンはじっと遠く小さくなった塔に視線を向けた。 「連絡?・・・・・・・・」 ナミは不審な目をロビンに向けた。 その視線の強さに全く動じずにっこりロビンは微笑みを返す。 「ま、色々あってね。そうね、切り傷一つ分くらいのお礼はしておいてあげたわ。」 「確かにあんたの過去は聞かない、そういったわ・・けど・・・。」 「そうそう、それがいい女の最低条件よ。」 とりつくしまのないロビンだが確かに海の中と船の上ですべき会話でもない。 横ではサンジが伸びきってだらけたルフィを引き上げているが、腕も腰も皆伸びてしまって始末が悪い。 「おいルフィ!もう船だぞ。」 「らめ〜〜〜も〜〜お”れ〜〜しぬ〜〜〜〜〜」 チョッパーはロビンの腕たちが引っ張りウソップが押し上げている。脇から海に浮かんだナミがチョッパーの頭を殴った。 「チョッパー!今、大きくなったら殴るわよ!」 「あ”〜〜ナミ?いくら瘤作ってもこいつもう意識ねぇぞ。」 「小さいままならとりあえず私の腕で持ち上げるわ。ところでこんな時位は頼りになるはずの剣士さんはは?」 船縁に段々に手が生える。ナミはまだ陸近くを泳いで、貰った荷物を水につけまいと緑の頭の上に乗せて変な形で泳ぎながらバランスを取るゾロをちらりと見た。 「力はあっても役立たずみたい。この大事なときに。」 「あら、役立たず?」 「そうへったくそ。不器用だしねー。」 「日頃の憂さをそこで晴らしてねぇで手伝えよ。」 ウソップがさすがにつっこんだ。 全員が何とか甲板に引き上げられた途端、サンジが早速と二人ほどの屍を乗り越えてナミの元に飛んできた。 「ナミさん〜〜心労でやせたんじゃないですか?今後町に出る時には俺、絶対について行きますからね。」 「そうね、ボディーガードよろしく。・・・・ロビンの。そんな足にさせたなんて許せないわよねv」 そう笑って指でサンジの顎髭をなで上げた。彼の視線がハートに代わり、その手が離れた隙にナミは甲板をサンダルで独り歩いていた。 「改めてお帰りなさい。無事で良かったわ。」 「ロビン!そういえばあんた、怪我は大丈夫?」 「ええ。初期治療が良かったから。問題ないわ。」 「そうだ!俺、ロビンの包帯変える〜〜。」 眉を顰めたナミにロビンは笑みでそれに答えた。褒め言葉にグッタリがクネクネになったチョッパーが船底に包帯を取りに駆け下りる。 「腹減った!まず俺は喰うぞ〜〜〜」 と心底嬉しそうな船長の口になにがしかの肉が放り込まれる前に、祝いのディナーよりも逃げ足が先というナミの指示に従い船は島を後にした。 海に飛ばされて思わず腹巻きの中に押し込まれた荷を触って確かめた。 自分も今ひとつ何があったのかを説明どころか理解できない。 能力者二人が助けられ、自分も甲板に登りながら、あの敵中佐の言うことを反芻していた。 ナミを、はぐれたルフィを捜して歩き回ってとあるドアを開ければ女が一人だけ座っていた。 大きな机が一台。書類が少し。一番安普請の椅子が数脚。証明の色はほの暗く女の顔色は余り良くない。壁は乱雑でおよそ部屋としての機能を考えられていたとは思えない。 「ようこそ。」 「ああ邪魔する。」 「ああ君か。御用は?」 「探しもんを、してる。」 「何を?」 「仲間を一人。」 君と呼ばれたが顔色も変えないで男は答えた。 女はゾロを上から下まで観察すると口の両端をあげた。 「あんた・・知ってるな?」 「さぁ?聞いてみない判らないでしょう?どんな娘?」 「・・・・・・・・・・・がさつでがめつくってみかん色の頭。」 オンはぷっと吹き出した。体を後ろに折ったかと思うと再びゾロに向かって座り直した。 「こんな色?」 机の上にラベルの付いてない酒瓶が一本出てきた。脇には小さめのゴブレットが脇に乱暴に重ねてあった。 「ああ。そうだ。」 「飲む?」 女はグラスに手を伸ばしオレンジ色の液体を注ぎ男の前に差し出した。 まるで酒場のようだな。 そう思った。 これは通過儀式でこれを飲まないと欲しい情報は得られない。だが毒入りかもしれない。そのまま眠り薬が入っていれば簡単に捕獲されてしまう。一応警戒しながらグラスに手を伸ばすと女はグラスを渡して目で一気に飲めと促した。香りを確認する。 ゾロの眉間にしわが入った。まさかという疑問を投げかけると女はただにっこり微笑んだ。 その目を見て、ゾロは一気にそのグラスをあおった。 最初は一口を確かめる。 ゾロの目が光った。 女の顔をじっと睨み付ける。 「毒も薬も入ってないわ。一気に開けるのが礼儀でしょ?」 言われてゾロは手の中のゴブレットをぎゅっと握って一気に残りを喉に流し込む。 爽やかな果実臭が喉を走る。空にしたグラスをじっと見つめてゾロは満足そうににやりと笑みを浮かべた。 「相変わらず旨い。」 ふぅ、と人心地ついてゾロは唸った。 「知ってた?」 美味い酒は全身に染み渡る。 酒は好きだ、基本的には何でも飲める。 だがそのゾロに覚えのある味。彼には深く重い味。これだけは間違えようがない。 「飲んだのは・・・二度目だな。」 東の海で。 「ノジコね。」 女が答えたその名に覚えがあった。 「・・・・・・・・あんたあの女の知り合いか。」 「知り“あって”はいないわ。一方的に“知っている”だけよ。」 “あの女”がすぐに通用する相手。どうやら目的のところに来ているらしい。 「じゃぁなんでだ?」 あんな誘拐劇など?と言う疑問は一瞬で消し飛んだ。知り合いに好意ばかりが存在する訳ではない事は熟知している。かくいうゾロも顔も知らない人間に買っている恨みは多いようだ。意識した事もないが。己の事ならば問題はない。だがナミにかけられる悪意は必要なら斬って捨てるつもりが己の知らぬうちに身のうちにある。 「おやおや怖いわね。私を斬るとお土産をあげないわよ。」 「土産?」 「お客様にはふつう用意しておくものでしょう?」 「俺たちは客じゃねぇだろ。」 海賊が軍の客であるはずがない。 「あら?私は最初からそのつもりよ。」 目の前に一通の書簡とこつんと小箱が差し出された。小さな布に包まれた小箱。 「あの子が黙ってこちらに泊まってくれたのはこの書類の為よ。」 嬉しそうな顔でゾロの前に書類の入った薄い封筒を見せる。 「あいつが客なら土産毎あいつにとっとと渡して帰してくれ。迎えが要るなんざこっちも迷惑だ。」 「でももう少し見たかったのよね。あの子も。ついでに貴方を含むお仲間も。」 白い髪はいる。海軍大佐が一人そうだった。だが紅い瞳は見た事はない。だがそれでもこの目つきに邪気は感じない。むしろ好意的な・・何かを隠している。ゾロは問答はやめた。言葉は苦手だ。 「あんた何者だ?」 心では構えている。 だが女は嬉しそうに答えた。 「親よ。」 ゾロは記憶を・・興味のない事柄はほとんど適当にしか覚えていない自分の記憶を探ってみた。 「・・・・・足はあるよな。」 「ええ、こんなに綺麗な脚が二本も。」 「・・・・・あいつに父親も居たって事か。」 「そんなの居ないわよ。・・百歩譲って生まれている以上居るかもしれないけど確認されてないわね。少なくとも私は知らないわ。 「・・・・・ってことは生みの母でもない・・?」 「頭の出来は悪くないみたいね。」 「いや、そうでもない。」 ゾロのこめかみがぴくっぴくしてきた。話の面倒くささに既に刀に手もかかってる。 「細かいことを気にするとハゲるわよ。とにかくこれがナミにあげるはずだったお土産のつづら。大きいのと小さいのどちらが良い?」 足下にも大きな箱があった。相手のペースに乗せられているとは思うが何となく無視できない。結局「あの女じゃあるめぇし」とぼやきながらゾロは小さい方を指さした。 「貴方もイーストの子なのねぇ。」 女はくすくす笑う。そういわれてゾロは初めてここがグランドラインだと気がついた。 イーストのおとぎ話の一つには、小さなつづらにはお宝が入ってる。 人と離れて暮らしたチョッパーや出自の判らないロビンはともかくその他の連中とあまりに同じように観ていることやものが沢山ある。 それは出自や育ちのためではないことも知ってる。そういう問題ならば育った村で大人から子供からに、あれだけ鬼子扱いされていた自分がこうも楽に居られる環境ができるわけではない。 確かにサンジとは良くぶつかっている。だが奴の出身のせいではないだろう。そういう時にいつも結局彼奴が折れてくれている。ルフィとは喧嘩にならない。所詮奴には度量で勝てないと思う。サンジ相手には優しさというものが自分には欠けているのだとよくナミは笑う。 そうだ、ナミだ。 「あいつはそれでも絶対にでかいのを取るぞ。」 「全く誰かさんにそっくりだわね。ま、仕方ないか。本当はもっと丁寧な優しいお迎えのつもりだったのよ。」 「充分。丁寧すぎだ。」 その台詞にゾロは顔を歪めてそっぽを向く。 「ここの大佐が貴方の所の船長と会いたがっていたからああなったけど。」 素っ気ない返事に怯えることなく彼女は嬉しそうに話す。ルフィが?そういえばあいつはどこに行った?そして何か・・・あったんだろうか。 言葉を続けながら女はゾロの指さなかった大きい箱を開けた。紙に包まれた先程より小さな酒瓶が一本。透明な耐水紙に包まれた煙草が三箱見える。 「ご指定はこちらね。」 その隣の小包に女は手を伸ばした。 「これを今日帰ったらあの子に渡してくれる?大切な日だから。こっちは本人に渡すわ。」 かつかつと軍歌を響かせて寄ってきた彼女はためらいなく手を伸ばしゾロの腹巻きを引っ張った。小さな布袋を一つ、伸びたゾロの腹巻きの中にぎゅっと押し込んだ。 「ああ?!」 ゾロの顎が落ちた。あっという間と言うよりはあまりに自然な動作でゾロともあろう者が敵陣で腹の一番柔らかい部分を晒されていた。 「何しやがる??」 「大事な物なの。あなたがちゃんと渡してね。」 「ならあんたがあの女に直接渡せばいいだろ。人を使い走りにするんじゃねぇ。」 落ちた顎をたぐり寄せて凄んで見せたはず、が女はくくくと身体を折った。何事かと眉をひそめると笑ってる。腹の底から笑っていた。目には涙も浮かんでいる。 「あの子の趣味も大概だわね。」 にこにことした目の前の白い顔に気圧された。何となく勝てない相手の気がする。負ける気はしないのだが何となく、自分の勘が告げる。 『こういう相手には自分は勝てない。 絶対に。』 いつしか憮然とゾロは相手の行動に従っていた。 「んで、じゃぁ渡す相手はどこに居るんだ?」 彼女の指が外を示した。 「?」 「向こうの塔がまた騒がしくなったからそろそろ来るわよ。」 オレンジ色の頭が窓から飛び降りた。 「!あんのアホ・・!」 つんざいた金切り声が塔から塔へわたった。 |
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Photo by Sirius