『煙の行方ロビン編8』






ナミは言った。
「先に帰ってて。」
そして飛んでいった。
「で、ここどこだ。」
船に帰れと言う言葉を置いてナミは飛んでいった。
さて。

塔から落ちたのは丁度基地の中庭だった。目の前に倉庫。ルフィを見つけた海兵は一言も発しないまま伸びてきた腕に殴られて意識を手放した。


「なんか良い匂いが・・すんなぁ。」
ふらりと匂いの方に身体が反応する。二歩踏み出したとき、角からウソップとサンジが現れた。
「お!ルフィ!居た居たやっぱキッチンの方ではってて良かったぜ。」
「キッチン?」
そう言われると嗅覚が増す気がする。思い切り息を吸い込んでみる。
「ああ、こりゃホットサンドと・・良い紅茶の匂いだよなって待てルフィ!どこ行く気だ!ありゃ罠だぞ!えらそうな階級の制服が入っていきやがった!」
サンジが腕を掴んでも伸びるルフィには堪えず慌ててサンジはそのまま後ろから羽交い締めにした。
「罠でもいい!俺腹減った!」
「ナミさんが先だ!それに帰ったら作ってやっから!」
「おい!そんなに騒ぐと見つかるぞ!」
そう言っている間に向こうから茶色のタヌキが駆け込んできた。
「あ"!ルフィ!サンジ!ウソップ!良かったぁぁ!オレ・・おわれでで・・・・・。」
「おお!チョッパー!・・・お前何で迷子になってんだよ。」
涙声のチョッパーが鼻水を垂らしながら駆け寄ってきた。
「それはこっちの台詞だよ!人の言う事聞かないで、ゾロも居なくなっちゃうし・・。」
「ゾロなら居たぞ。」
「何処に?」
「あそこ。」
ルフィは空を指さした。

空?
皆が一斉に上を向く。

じゃなくて一番海に面した塔の先だった。大きく海に張り出した、だが作りは一番地味な塔。幾らゾロとは言え何であんな所に紛れ込めるのか。
誰もが思った。
(やっぱり、迷子だ・・・・)

「ゾロの奴なんであんなとこにいってんだ?大体ナミを捜さないと・・・。」
「大丈夫!ナミが迎えに行ったぞ。」
「そうか!ナミさんが!じゃ、安心だなっ!・・・・・ってどういう事だよ!」
「先に帰ってろだとさ。」

ルフィは帽子の下、頭の後ろで両腕を君でにこにこ答える。ウソップは整理のために一息入れた。
「お前・・・じゃぁナミと会ったんだな?ナミは元気だな?裏切ったりしてねぇな?」
「裏切りぃ?!・・ってなんの事だ?ナミはちゃんとゾロを迎えに行ったぞ。」
すっとぼけた顔でウソップに聞き返すルフィの背後でサンジの口から煙草が落ちて、身体が震え始めて居るのに気が付いたウソップはぎょっとした。眉毛の渦まきが・・・・・これはヤバい。
「・・・・何でお前がナミさん見つけた後でそんな展開になってるんだ?」
「サンジ!おいチョッパーおさえろ!」
「囚われのナミさん求めて探し回ったってのに!お迎えの熱いベーゼを戴くのは俺と相場が決まってるんだぞ!おい!クソゴム!ナミさん何処に隠した!何で毬藻ヘッドの迎えにナミさんが行ってんだ!?」
「けどナミが飛んでったんだからなぁ。」
空を指さす。
沈黙が流れた。

「お前・・目的忘れやがって・・・・。ナミさん迎えに来たんだろ?ここどこか知っててやってるか?」

言った横から海兵の姿が見え始めた。
飛び込む姿よりは粛々と。
「ほれ!いわんこっちゃない!」
「お前が見つけてすぐに連れ帰ってりゃこんな事には!」
思わず縮んでしまったチョッパーの隠れ場所もない。

「よし!そんじゃぁナミを迎えに行くぞ。」
ルフィは腕を大車輪のごとくぐるぐる回し天を仰いだ。
「みんな捕まれよ。」
ルフィの意図を察したサンジとウソップはウソップがルフィの反対の手に、サンジは背中から腰にかけてルフィを掴んだ。チョッパーは嫌な予感がしたが、逃げる場所はない。三方は海兵が居る。
サンジの足にお腹を引っかけられて思わずしっかり掴んでしまった。
「よーーし行くぞ!」
「やっぱりこれかよーーーーーー!」
「そんなに嬉しがるなよ。」
「嬉しくなんかねーよーーー!」

海兵の頭を越えて一塊は空を飛んだ。








中佐は黙った。すっと立ち上がって近寄ったか。ナミが身構えると彼女はナミのスカートのウェストの辺りに手を伸ばす。
「返してもらわないといけないのはもう一つ。」
「な・・・?」
彼女の指の先には極小の電伝虫が乗っていた。
「幼電伝虫の違法改造。私のオリジナルよ。あっちが受信用。音声のみだけどこの基地程度の距離なら精度は良いの。」
机の後ろにこれも小さな電伝虫が置いてあった。
「船長さんやフェルト大佐とのやりとりも聞かせてもらったわ。」
ナミの顔が白く・・そして紅く変じた。
「気づかなかったわ!!」
ナミは知っている。やり方の汚さを問うことは互いの持論のばかばかしさを問うに等しい。気づかなかった自分が間抜けなだけなのだ。
「全く!隙もへったくれもない!」
中佐は千変するナミの顔を見つめる。
「なによ。そこまでやって何で、こんな事したのか、何がしたいのかまだ返事をもらってないわ。」

観念したようにふっと軽い溜息が漏れた。
「私・・・貴方を見たかったの。ベルメールの娘の、貴方の顔を。」
「!」



その時、壁を破壊する勢いの振動と轟音が部屋に響いた。









「あ!ナミだっ!」
「ナ〜ミすわぁ〜〜ん!」
中佐とナミとゾロは声のした方向を見てぎょっとした。一塊の人間玉がナミの飛んできたのと同じ窓から飛び込んできて壁にぶつかった。
「ルフィ!?」二人の声が重なった。
「てめえ・・なにやってんだ?」
腰をさするルフィと潰されても嬉しそうなチョッパーとナミの姿を見て馳せ参じるサンジとその横の中佐の姿を見て声のでないウソップと。

「おやおや、同じところからお出でとは君達よほど空を飛ぶのが好きと見える。」

中佐は口元に手をやって、さっきと同じくすくす笑いで立ち上がった。
後ろを向くと下から紙包みを取り出した。
「良かった、これが壊れなくって。」
手の中にいつ取り出したのか小さいグラスが数個と先程の酒瓶がある。

「良かった。本当は君達にも飲んで貰いたいと思っていたから。悪いけどそのカーテン閉めてくれる?少し眩しくてね。」
「あ、はい。」
最後尾にいたウソップが思わず素直に言うことを聞いた。
「誰だ?」
ルフィが誰何する。
「どうぞ。まぁ一杯。」
その気配を無視して中佐は微笑んで差し出す。そのほほえみにルフィの表情は崩れた。
「そっか!じゃ、いただきます!」
ルフィは遠慮なく注がれた小さなグラスに手を伸ばした。
「大丈夫か??」
「ん?毒はないよ。良い匂いしてるぞ。」
チョッパーも嬉しそうに貰ったグラスを怪訝そうな顔をしたウソップとサンジに渡した。
中佐はナミにも先程彼女が飲んだグラスにもう一杯継ぎ足して手渡した。
「もう一度・・・・瓶を見せて。」
掠れた声のナミに渡された空になった瓶は無骨な、安っぽい作りの少し緑色のガラス瓶だった。銘はない。ラベルもない。ナミはそっと匂いをかいだ。
「栓も?」
頷くとそれは差し出された。
「この焼き印・・・。」
「よくご覧なさい。日付を。」
コルクのラベルを見る・・・10年以上前だ。まだ自分が小さな少女で入られた幸せな頃。ベルメールさんも生きていた頃。
じっと小さな栓をナミは握りしめていた。

「剣士君の分はもう無いから今度はこっちだな。」
女は後ろから取り出した古びた、非常に小さい瓶の封をいとも容易く抜いた。
皆のグラスから柔らかい蜜柑の香りが漂う。
船長に向かって彼女は今までになく柔らかい微笑みを向けた。その微笑みにルフィはにかっと笑い返す。
「『飢えたモノには一杯の振る舞いを』今まで置き忘れられていたこの基地の合い言葉。君が来てくれたおかげで何とか変わるかもしれない・・・その点に感謝してるよ。だから特別サービス。これ、十年物。美味しいのよ。」
ルフィとゾロは躊躇うことなくグラスを空けた。それを見て全員が小さな杯を空けた。
「うめぇ!」
「本当だ。」
「爽快な甘さの酒だな。けどこれってナミさんの蜜柑の・・?」
「こりゃぁいい。おかわり!」
「・・・・・。」
皆が驚きの顔を浮かべる中で一人ゾロは杯を持ったまま中佐を睨んだ。
「てめぇもかよ・・・。」


「これ・・・・・・・・」
呟きのようにナミは声を漏らした。コルクの栓を持つ手は震え、声も震えている。グラスの中身を賞賛する面々の名か、声にならないナミのそれをサンジは見咎めた。
「ナミさん?」
ナミは答えることも出来ない。
「そう、ベルメールの最後の作品よ。判った?」
衝撃が走る。不意に告げられたその名にチョッパーだけが驚けなかった。
言葉の継げない連中を全員ゆっくり見渡した後、挑発的に彼女はゾロを見詰め、ゾロはと言えば忌々しそうに睨みながら答えた。
「ああ、これも二度目だ。くそ・・。」

「本当に知り合い・・・なの?」
グラスを抱えたナミがうつむきながら声を絞った。
「ええ。貴方が知らない位に少々古い・・ね。」

ナミの肩が震えている。震えてる。
うつむいたままがかっといきなり面を上げた。
「・・・じゃぁ・・何で・・・8年も訪ねにきてもくれなかったの?軍関係者のあんたが動けばまだ島の状況は早くに・・ほんの少しでも早くに解決できたかもしれないのに!」
「ナミ・・・。」
チョッパーが状況は良くは判らなくともナミの異様さにそっとナミの背をなでようと手を伸ばした。だが混乱を極めた後のナミの怒りは放出先をはっきり向けていた。
「なんで・・・!」
「・・言い訳にしかならないわね。私のノースブルーの極秘潜入操作にのべ4年。その間自分の姿も素性も何もかも変えていた。その後そのヤマがグランドラインに移ったのでそのままこちらに配属された。自由行動は一切なく・・こちらに帰ってこられることは不可能だった。その後もこちらで海の上や国の間を行き来していたわ。仕事の特性上私的な移動はあり得なかった。イーストに行けたのは退職願を書いてからようやくだった。」

ナミには軍の内務は判らない。あてにならない組織だと理解を拒絶していた部分もある。ただ恨みをぶつける相手にしたかったのかもしれない。
「ただの言い訳よ!」
ナミは声を絞り出した。
「うん。そうかもしれない。けど、だからベルメールは軍属を拒否したのだと痛感したわ。人の渾身を当然のように搾取するこの機構では子供との生活をやりながらというのはとても難しい。
それでもね。あんた達がベルメールの子供ならあきらめずに進んでいることは疑ったことはなくってよ。彼女は傷を負うことよりも負った傷に潰されることを潔しとしない人だったから。」

彼女はサングラスを外して机の上に置いた。日差しを避けてナミを見る。素で見えるように。
薄暗い部屋の中。語る瞳は真っ赤だった。
「・・・それでも後悔は残っている。あの時点であなた達のところへ駆けつけたなら何か変えられたのかもしれないと思う気持ちは少し疼く。今更の・・繰り言にしか為らないのだけれど。」

ベルメールの声がナミに聞こえた気がする。
そして自嘲気味な口調が、ナミの震えを止めた。

「ありがたいことに先に会えたノジコの笑顔に私は救われたんだけどね。
ということで。さ、そのグラス、返却は許されないわよ。この子の母親からの分だと思ってきっちり開けてちょうだいな。」
皆が手の中のグラスを見つめた。
それぞれの思いとともにグラスをあおる。舌に爽快なオレンジ色の酒が舞う。爽やかで優しく、しかも少し強い個性を持った酒。ナミの由来を語るにふさわしい芯の通った味わいの深さ。ゾロは一気に残っていたグラスの中身を空けてタンとテーブルに置いた。皆もそれにならいグラスを置く。

「これは皆への挨拶。そして君にはさっきのと今の併せた分の仕事。頼んだからね。」
女はゾロの方に向かってにやりと意味深な笑顔を向けた。
「くっそ・・。」
「なんだかナミと似た笑い方だよな。」
「しかも金絡みの時の。」
微妙に走る背筋の寒気にぼそぼそチョッパーとウソップがささやきあう中でルフィは女の一言を逃さなかった。
「なんだよゾロだけ二杯も飲んでんのか?ずりぃ!俺も!」
「・・・・・止めといた方が良いぞ。」
ルフィが騒ぎ始め、ゾロがぼそりと答えたその時。沢山の足音と共にドアが叩き破られるような大きな音が響いた。




「中佐!お出ででしょうか?こちらには大佐も今向かっておいでです!侵入者が窓からそちらに・・・。」

全員がぎくっと首をすくめる。あれだけ派手に進入すれば当然他の海軍にも知られている。当然の割に時間がかかったのはこの塔が半分閉鎖されて物置小屋のように扱われ、荷物が入り口から山積みになっていて、大人数が登って来るには困難になっていたからだ。それを思えば何故ゾロがこのやっかい事の中心にたどり着いたのか、不思議ですらある。

「んあ?」
戦慄を覚えたウソップとサンジが慌ててルフィの口を塞いだ。
彼女は自分の腕時計を確認した。
「16分とは恐れ入るデータだな。」
中佐はぼそっと呟いた途端ドアに向かって大声を発した。
「開けるな!!拘束されているのだ!」
「まさか!」
「中佐どの!」
階段から上ってきた連中の声が大きくなった。ドアの向こうに騒然とした気配が立つ。
「先ほどの・・・やはり海賊ですか?」
「そうだ!そちらでは見事取り逃がしたようだな!侵入者のお守り一つできんのか?」
部屋の中では何が起こっているのか判らないチョッパーがゆっくり口を開きかけてまたはっとしたサンジに押さえ込まれた。厳しい視線をドアに送りながら言葉とは裏腹に彼女は大きな窓の方に手を払う仕草で全員にそちらに集まれと伝える。
(サンジ!?なんでだ?)
(しるか!?けど多分・・俺等を助けようとしてくれてる)
ナミも大声を出せない状況に苛立ちながらそれでも眉間に皺を寄せ口を挟もうとしたが、ゾロがその口を押さえ、珍しくルフィが一番に中佐の指示に従い移動した。ウソップも首を傾げながらものろのろ移動する。
「危険な状況だ!頼む!入ってくるな!」
廊下に向かって叫びながらも手はもう少し集まって寄れと両手を集めるように振る。言われた通りに海側の窓に背を向けて移動した彼らに満足した顔を見せ、ダッシュでルフィとゾロのそばに行き、二人にに小声でささやいた。
「そこからそこに立ったままで あそこ、壊してくれる?そしたら一人、娘をあげるわ。これはお土産。あまり濡らさないでね。」
彼女の右側を指す親指の先に大きく錆びた金属製の鉄板と周囲の漆喰。
彼女の紅の目は楽しげだ。

「おう」
「判った。」

彼女はそこの真横に走り寄って何度も頷いてみせる。
「おっしそんじゃ。」

言われるままに中距離をねらえるゴムゴムのガトリングと煩悩鳳が中佐の脇で炸裂した。
がぁん!!
壁が崩れる轟音が部屋中に響く。
鉄板が最初はゆっくりと倒れた。漆喰の壁の間から起重機のような巨大な腕の先についている布が見えた。
中佐は自分の脇のスイッチを全身の万力でぐっと下ろすとその布が開き始めた。布と言うよりロープの網だ。
二本の腕の間に張られたそれがせり上がり彼らのところに近づいてきた。驚きながらも皆逃げようとしたが、足下の絨毯からも縄状の仕掛けがまくれあがった。そのまま上に乗った彼らを巻き込んだ。
塵取りで掃き出すようにそれが大きく動き・・・その網ごと彼ら六人を取り込んで海に放り出した。


「「「「「うわーーーーーーーーーーーー!!!お〜〜ち〜〜る〜〜〜〜〜!!!」」」」」


予想外の動きに誰もが飛ばされた。

壁から舞う粉塵が彼らの視界を遮ろうとしたその隙に。
(ありがとう)
彼らと反対の壁際に立った彼女の紅い唇がそう動いたのをナミは見た。



          




Photo by Sirius