『煙の行方ロビン編7』
二人そのまま駆けだして廊下から下る階段を探して左に駆けていった。ルフィが走る先を追いかけるナミが事実に気づいたのは行き止まりに会ってからだ。 どう上がってきたのか覚えていないルフィは役に立たない。その廊下からたどり着けたのは上り階段に繋がる塔の最上階。外をうかがう大きな窓はバルコニーになって向かいにある塔の最上階だけが見える。 視線を移して窓の下をのぞいたナミはくらくらして思わず一歩引いた。高いところが苦手というほどではないが・・気が遠くなりそうな高さだ。 「すんげ〜〜よっく見えるなぁ!」 「上ってこれたんなら降りる道くらい覚えといてよ!少なくとも道が分かんないなら最初っからそう言いなさいよ!!」 ルフィの脳天にこぶが三つばかり増えた。 この塔にはもう他に将校の部屋の気配はなかった。ということはこの乱立する塔のいずれかを見いだして下に降りてからそちらを探らなくてはいけない。外形からは判断しにくい塔を睨みながらナミは唸っていた。 「まいっか。何を探してんだ?手伝ってやる!」 こういうナミは止められない。ナミに限らずこの船のクルーは己の信念に掛けてはこの上なく頑固だ。それを守る為には命もプライドも賭ける。それが彼の船団だ。それがルフィには嬉しい。 だから。その心はナミにそのまま伝わる。 ルフィの勢いを感じ取ったナミはルフィをしゃがませると教え始めた。 「あんたに何を説明しても無駄だから簡単に言うわ。『海兵のおばさん』を捜してるの。」 「ほぉーー。」 うんうんとしっかり頷いてルフィは笑った。 「ま、どうせどっかにいるゾロも探さないとなんねぇからな。」 「ゾロが??何でよりによって賞金首の迷子を連れてくるのよ!面倒だからあんたアイツを持って帰って、いやそれってもっと事態が不味くなりそう・・・・・」 「ここに来てんの、ゾロだけじゃねぇぞ。」 ニカッと笑った笑顔に余計に気が重くなる。それでも仲間の逃走経路よりも問題は・・・・。しゃがみ込んで脳内で逡巡するナミはその時急に目の端に気になる影を捕まえた。 隣の塔の最上階の一つ下。その窓に見えたのは緑頭と・・・白髪の軍服・・! ゾロと女が見えたその窓が外向きに開いた。中佐が両手で窓を押し開きにやりと笑うと、ナミの方を指さした。ゾロに何事か声を掛けているのが見える。大きな窓は壁の上から下まで。窓と言うよりも開けっ放しのような作りだ。脇に見える外に向かった小さいバルコニーの様な広さは狙撃用の準備と見える。 「ゾロ!!ぼさっとしてないで!その女逃がすんじゃないわよ!!」 その声が聞こえたのかその前からか同時にゾロが振り向いた。 「ああ?!?!?ナミィ?」 その返事も待たずにいきなりナミはルフィを窓から突き落とした。 「ルフィ!手伝ってちょうだい!!」 「おろ?」 首をかしげながら真っ逆さまに落ちていくルフィにナミは声を掛ける。 「ルフィ!下で風船になって待ってて!!」 「ああ?・・!・・判ったぞ!!『ゴ〜ムゴムの〜〜風船!』」 ルフィは嬉しそうに吸える限りの空気を吸って膨らみ地面にぶつかり一度跳ねて落ち着くとそこでもう一度身を固くした。声を出すと空気が漏れるから目で手で『来い!』と合図する。 それを見たナミは会心の笑みと握り拳をヨシッと固めて今度は向かいの塔を見て声を掛ける。 「ゾロ!どいて!!」 「ああ?!?!?!?!?」 返事を待たずにナミもルフィめがけて飛び降りた。ぼよんとした感触に押し上げられるタイミングを外さすに飛び上がった。そのまま膝を抱えて空中に放り出される。狙いはほぼ過たずにナミの体は宙を軽く舞い、ゾロの居る窓の隣のバルコニーに近づいていった。 ナミの浮かび上がる様は一羽の白い鳥のようだった。白いスカートがふぅわりと広がる。 だが・・・・ほんのあと腕一つ分、バルコニーに届かない。 「!」 「!」 ナミの手が虚空を切り、再び体が放物線を下降し初めようとしたその時、太い腕が伸びてきてその腕を捕まえた。 しっかりした手応えの太い腕はそのまま持ち上げようと反動を付けて宙を一閃し、ナミは軽やかにバルコニーに飛び込んだ。 いとも鮮やかに着地してみせるとため息どころか罵声が降ってきた。 「下手くそ。目測を間違えたろ。」 「馬鹿ね、あんたがそこにいる事くらい計算のうちよ!」 ゾロの横で立ち上がってその怒りと皮肉の混ざった揶揄する声にはやけくそな答えを返しながらも視線は奥の中佐を逃さない。 「あんた見つけたわ!観念なさい!!」 「素敵な曲芸ね。」 中佐はサングラスをかけ直すと唇に笑みを残してゆっくりと手袋のまま拍手を始めた。 「ナミ、さぁいらっしゃい、こちらに貴方が海賊の仲間を裏切った証の報酬を用意しておいたわよ。欲しかったんでしょう?この書類が。そのために裏切ったのよね、大切な仲間を。」 少人数の足音だけは基地内の至る所で聞かれる。二人は身を隠しながら移動していた。 「なぁサンジ君。」 「・・・。」 「俺たちもう基地は半周はしたよな。」 「・・・。」 「さっきの騒ぎ。ありゃ多分ルフィだよな?」 「・・・。」 「なのにルフィにもナミにもあえねぇってのはどういうこった?」 ナミの居場所が監禁されているなら話はわかる。だがルフィがこれとは解せない。ヤツの行くところ必ず争乱がある。 そしてサンジの嗅覚に何かが訴え始めている。これは一体? 「おい!伏せろ!」 二人は近づいてきた足音に身を隠した。 「・・おい!命令だ!キッチンで罠を張るとのお達しだ!すぐに集合せよ!・・おい軍曹?何か異論が?」 「いえ・・その、変わった場所であると考えたのであります!」 「煩い!兵隊は命令に従えばよい!」 「・・・・聞いたか?」 「ああ・・・そこで罠を張るなら獲物はルフィの方だな。」 「行って待つのが一番手っ取り早いだろ。」 「違いない。」 ナミを捕らえてあった塔の一番下が目的の場所だった。 「しっかしルフィのヤツ、キッチンで仕掛けられるって事はあいつネズミか?」 「超最大級のな。俺以外に捕まえさせるわけに行くか。」 二人の足取りは確かだ。サンジがキッチンの場所を間違えるはずはない。 白髪の中佐は太陽を背に飛び込んできたナミを相手にサングラスを深くかけた。 「さて。」 彼女はゆっくりと立ち上がった。後ろの机に置いてあった紙に包まれた瓶に手を伸ばす。 「よかった。」 ナミを無視したように瓶のコルクに手を掛けた。ゴツゴツした野暮な瓶から注がれたやや透き通った蜜柑色の液体。中佐は紙に包まれたままだった瓶の頭をゆっくりと脱がせグラスに注ぎ始めた。 「さて。まずは再会に乾杯v」 「乾杯どころじゃないわよ!」 「余裕のない人生送ると早く老けるわよ。まずは飲んで。」 「ふざけないで!」 「さあ。」 中佐はにこにことグラスを勧めるばかり。 ナミはむっと硬く口を閉ざしたかと思うと注がれたグラスを手に取り一気に喉に流し込もうとした。が、その香りにまずためらい、最初の一口で思わず停止した。それ以上のたれ流しは控えて口腔内の液体をゆっくり嚥下した。 「これ・・軍って所はどこまで汚いの?」 まだ大半が残るグラスをタンとテーブルに叩きつける。脇の瓶は無銘。古く、粗野な緑がかったガラスの瓶。 「これで気をそいだつもり?」 「お客様にはまずは一杯。じゃなくて?」 「客ですって?どこが?」 「だからきちんと招待したでしょ?ああ。渡した招待状は返してね。」 招待状・・?眉を顰めたナミははっと指先で自分のポケットを探った。硬く小さい金属片が触れた。彼女の言う招待状とはこの残されていた鍵の片割れか。 善意も悪意も超えて「自分のところまで来い」というメッセージがついていた、とすればこれはまさに招待状ともいえるがその皮肉にナミは片頬をゆがませた。 「確かに呼ばれたんですものね。さぁここに来ればくれるんでしょう?ココヤシ村の一億の権利書。」 (ほぉ) ゾロの視線がナミからその中佐に向かって流れた。 無視して呼吸を押さえたナミは恫喝を含んだ笑顔で中佐に迫る。 そのために、来たのだから。 片手の瓶をテーブルに置きながらグラス越しだったが中佐の視線が一瞬右の方へ揺らいだのをナミは見逃さなかった。放置されたスーツケースがその先にある。数枚の書類の中に紙入れの筒と小さな灰色の紙包み。 「そっちね。」 ナミは一気にスーツケースに向かって飛び込んだ。体勢を立て直しテーブルの下のスーツケースに近寄ってひったくるようにその書類を手に取った。筒をぎゅっと握り込み開ける。引っ張り出した紙をむさぼるように開き隅から隅まで確認する。 軍の正式印の入った命令書。正式に管財人を配置し、その監視に村の代表が幾人か付く。交代制のその権利は一村に偏ることなく設定されていた。これできちんとした島のお金として承認してもらえる。 契約内容について更に検討を重ねる。間違いはない。正式な書類だ。裏は・・・無い。裏は・・・。 その姿をじっと薄目で見ながら中佐は後ろの男に視線を移した。 「自分の身柄とこの書類と軍が捕まえる賞金首の一部。彼女に裏切りの代償として出した条件はこれだけよ。さてこの状況でもこの娘を連れて帰る?よほど相性がが良いのかしら?剣士君には?」 「俺に聞くな。」 女のゾロに対する馴れ馴れしさになにやらワインに残る澱のようなものを感じたがそれは無視した。 ゾロの返事も妙に気安いのがカンに障ったがそれも無視した。 「あたしを脅す気?ゾロがどう思おうと関係なんかないわ。」 妙に共有感の漂う二人の間でナミの声が太く、低くうなった。 「ええ関係ない。今更あたしの裏切りの一つや二つこいつには屁でもない。 あたしには今更もう隠すようなものは何もない。取り繕うものも、演じる必要も。」 がっちりと書類を握りながらナミは一時、面を上げた。 「だから関係ないの。やりたいことを必ずやる。それがあたし達の条件よ。だからそれはあんたの言う脅しの条件にはならない。むしろこいつがいるのならここは二対一。何があってもあんたを脅して無事にここから出して貰うことだって出来る。」 恫喝は交渉術の一つだ。 中身があってもなくても、情報一つ条件一つで世界をひっくり返す技もある。 しかし、今ナミの全身に滾っているのは彼女が常に心の奥底に灯している覚悟だ。 譲れない意志は言葉一つ一つに溢れる真摯な思いとなる。 中佐はナミの後ろに音もなく移動した。呼吸も忘れたように書類に没頭したナミの目の前からその書類をすっと取り上げてふらふら揺らす。あまつさえ引き裂こうと手をかけたのでナミは慌てて取り返そうと手を振ったがそれもかわされた。 「なにすんの!」 「欺されちゃ駄目よ。正式の書類にはここに印が二つ入るの。」 「え?」 裏返してみせられた書類には確かにもう一つサインのはいる余地がある。 「それは持ち帰って良いわ。仮印の一つしか押されていない予備のものなの。本物の正式なココヤシ村への通達の内容は同じようだけど『公共の財として全島的に補修に努める』として一部は学校や道路などにもう当てられているわ。本当よ。」 「え?」 ナミは呆然と、しかし強い目で中佐を見上げた。 ただ迷うばかりだ。 「人の言うことを聞いてる?本物は島にあるって言ったでしょ。軍のお墨付きだし、正式にココヤシ村に保証されている。内容は『匿名によって寄付された一億円は公共の財として全島的に補修に用いられる』として一部は学校や道路などにもう変わったわ。監査役も各村の代表の合議制を取るんですって。ついてそれが正式な機構として承認されている。あの規模の島にしてはこれは画期的な事よ。その背景としては村人達自身が分配を拒否したの。『それは島の財産だから未来につなげるよう大切に使いたい。自分たちは今までもやってきたからこれからもやっていける』というのが彼らの言い分。 なにより私が立ち会ったから本当よ。」 「・・・・・・じゃぁいったいなんでこんな・・・・・!!」 ナミの怒号に似た悲鳴が上がった。 |
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Photo by Sirius