『煙の行方ロビン編4』


それは球体だった。
淡い光を放つ珠。
抱えたら丁度位の大きさ。
触っていないのにその触感が伝わる。柔らかく脆くてしなやかだ。

それが俺の方に向かって綺麗なアーチを描いて飛んでくる。
受け取ればいい。それはわかっている。
だがそれは俺の目の前で俺の手を通過してすり抜けた。
足下に落ちていく様がコマ送りのように目に映る。
腕を更に伸ばしても体は動かず届かない。何故だ。
足下にぶつかる刹那前、その球は地面に吸い込まれるように潰れて・・・・割れてしまった。

それだけのはずなのに喪失感が腕の中に残った。
俺が経験したことのない様な。






「んあ?」
「おいゾロ戦闘前だってのにうたた寝なんて珍しいな。」
目を覚ました・・と言うより寝ていた気がしないゾロはそれでも自分の居場所を認識できずにきょろきょろ辺りを見回した。ああ・・そうだ、まだ船の上だ。
「ああ・・・。」
「どうした?ゾロ。変な顔だな。夢でも見てたのか?」
「・・・?夢?・・・見てたみたいだが・・思い出せねぇ。」
「しっかりしろよ。らしくねぇ。」
意識がはっきりすればするほど先ほどまで鮮明だった感覚が泡のように失われていく。
もう本当に思い出せなかった。

「おっしゾロも起きたし行くぞ!」
「ここからなら海岸線を真っ直ぐだ。お前らでも迷わねぇだろ。」
「誰が寝てるか!」
朝方の風が船の上を通りすぎていく。今日も良い天気になりそうだ。







「ナミ〜〜迎えに来たぞ〜〜。」

ほのぼのとした家族を迎えに来た呼びかけのようだが場所が悪い。当然返事があろうはずはない。
海軍基地の規模としては小さい方だが、街一番の様相を呈する数本の塔造りは立派な物だ。小さいのはこの海域の総務としての書類の整理などの任務を主としている基地だからで、軍の中でも広報担当と呼ばれる物の一つだからだ。軍備の配備よりは基地間の調整などを行う文官が多い。などと言うことをルフィ達は知るよしもない。
そしてその歴史も。数本の塔は以前別の機能をなしていた。
そのためここは古い名を一つ持った基地だ。
それなりの陣容を持って、その基地は街に君臨していた。


ルフィはいつもの気安さでひょいと門の横の壁に登ると中を覗いた。
昔とちっとも変わらない・・。初めて出会ったのはじりじりと暑い日の塀越しだった。
不思議な記憶を思い出しゾロは軽く苦笑した。海賊の自分はそこから始まったのだ・・今ではそれだけでは済まない縁の不思議さ。魅入られたのは悪魔の息子にか?いやもっと質の悪い生き物に捕まった気がする。悪魔に、比類なき魔女に。それよりも自分の方が悪魔なのかもしれない。
塀の中にいる奴はいつでもそれに護られていると思っていやがる。本当に望む物がその中にあるなら海賊にとってその高さは意味をなさないと言うのに。
「ありぃ?おっかしーなーナミの奴出てこねぇぞ?」
「来るか馬鹿ーーー!ナミは捕まってんだぞ!牢屋なんだぞ!!返事する訳無いじゃんかーー!」
「ありぃ?!そうか?」
首をかしげてみせるルフィの後ろでさっきまで怖がってビビっていたチョッパーが今度はルフィの行動の唐突さにぷりぷりと怒り、勢いそのまま人間型になった。そのまま塀に登ったルフィの脚を掴んで引っ張る。ゴム人間の足先を掴んで引いただけなのでその脚が伸びるばかりで顔の位置は全く変わらず塀の上に残っていた。
「おわ〜〜!」
狼狽したチョッパーが更に引っ張れば益々脚は伸び、ルフィは面白がって笑い出すし、ゾロは側にも寄らずににやにやしているのでチョッパーは焦りながらも小声で騒ぐ。
「見つかったらどうするんだよ!」
「見つかりに来たんじゃんか。ちょうどいいや!そのまま捕まってろよ。おいゾロ!」
「おう。」
ゾロがひょいっと塀に登った。
「ゾロまで!止めろよ!!」
「えっと北だったな北・・・・あれか?」
チョッパーの声を無視してゾロが外から見える一番遠い塔を指す。
違う。チョッパーの顎が落ちた。
慌てて片手はルフィの脚を掴みながらも右手でロビンに教えられた模様の黄色に塗られた塔を指さした。
「違うよ!俺たちの右手のあの模様!!」
「そうか!偉いぞチョッパー!!じゃぁちっちゃくなれよ!!」
ルフィがぐるぐると腕を振り、勢いよく伸ばした。重厚な中門扉の頂上をその手で掴む。チョッパーは素直に人獣型に戻り、ゾロはそのチョッパーを抱えて腕で背中に捕まった。脚にしがみついたチョッパーが目をつぶった。
わっと飛び出してきた海兵の頭上を越えて三人は一固まりになって空を飛んだ。




衝撃と共に中門の壁にめり込んだ。
「いてぇよ!」
「目的が決まってねぇのもあいっかわらずだよなぁ。ついでなら一回でもう一つも飛び越えろよ。」
「ひゃっはっはっは、悪いぃ悪いぃおっしもう一っ越えっ!」
「「今更やめろ!!」」
ルフィが膝に付いた泥を落とし、ゾロは直前に手を離して衝撃から我が身を護った。チョッパーは少し遅れたが、ゾロが手を伸ばしてくれたおかげで直撃の被害は免れた。
三人がすっくと立ったのは海軍基地の中ほど。中門の外側のその中ほどすぐ側にもう一週建物を囲んだ塀が立っている。外側に内堀が作ってある。結構な深さのそれは外敵向きだが、その外塀を軽く越えてしまった物には余り意味がない。外門の方からも構えていた兵が橋を越えて戻ってくる。

「うおっ!きたきた!」
「来た〜〜〜〜!!」
人の集まる気配と同時に方々の中門の扉が開いた。両脇から海兵が押し寄せてくる。後ろの塀はともかくも三方から海兵が飛び出ててくる事になる。真っ正面から蟻のように向かってくる姿を見て喜ぶルフィと建物を見てきょろきょろするゾロの間でチョッパーが飛び跳ねて叫ぶ。恐怖のあまり大柄になり両手を振り回すとその腕が跳ね橋の吊り縄に引っかかった。渡された板は張りを失って落ちて、半分の団体が橋を戻り渡るのを阻んだ。またその衝撃で突進してる幾人かがすっころんだ。
「あれ?」
「チョッパー!やるじゃんか。おおーーし」
出てくる海兵達をルフィは伸ばした腕で幾人もを引っかけてすっころばし、飛ばしていく。
その横でにやりと笑ったゾロは抜く手も見せずに旋風のような剣技を見せて飛ばした人垣を舞うように進んでいく。

チョッパーは回りを見渡した。
「えっと北の塔北の塔・・在った!あれだよゾロ!ルフィ!」
振り向いて目的を指さす。

チョッパーは偉いはずだった。彼の指示は正しかったのに。
彼ら二人が見事に全く違う方向に駆けだしてあっという間に別れてしまわなければ。
「ルフィ〜〜〜〜!ゾロ〜〜〜〜〜〜!!うわあ〜〜〜〜ん!」


飛び込んだ勢いで外に出て居た第一陣の海兵達はなぎ倒されてしまった。倒れてうめいている人の間に出来る進路。それを迷わず進んでしまう二人を止める者が居ない。
「ルフィ!そっちじゃないよ!ああ・・ゾロ〜〜!!」
小柄なままべそをかきそうになったら周りは銃を構えた白いセーラーカラーに囲まれていた。
膝を抱えてぶつぶつ唱える茶色の生き物に一応銃を向けては見たものの勝利を確信した海兵全員の気が緩んだ。ところが。
「俺を置いていくなぁ〜〜!」
怒っていきなり起きあがり、そのまま巨大化して暴れ始めたチョッパーは最近また体力を付けたようだ。腕の回転に巻き込まれて周囲を跳ね飛ばされた海兵が舞い上がっていく。周囲も見えずに両手を振り回しているのが幸いしているのだが、理性が戻ってみると海兵の中に取り残された自分を見つけた。

「う”わ”〜〜〜〜〜」
半泣きになって獣形に戻って駆け出すとその方が抜け道を見つけやすかった。二階にまで届く脚力で飛び上がる。
そのまま風を探した。
塀の上から上を駆け抜けると海からの潮風を確認する。ポケットからウソップとの共同制作「メスカルサボテンの粉末にサンジの胡椒とルフィの(間違っておとした)鼻くそをブレンドしたウソップ名付けて“びっくりドキドキぽややん玉”」を取り出した。玉と言っても粉末。パウダー状にして吸収を良くした所がミソだ。
「これでもくらえっっっっ」


薬を風が運んだ後に累々と並ぶ海兵の安眠姿にドキドキしながら脈を取り安心している船医が居た。海に近い基地の風はもう先ほどの粉を吹き飛ばしているのでいくら鼻が良くてもチョッパーにまで影響する訳ではない。おそらく効果時間は一時間。寝まくりのゾロや特異体質にのルフィではなくウソップには了解を貰って、サンジには内緒で呑ませて体重から割り出した予想だ。
「ふぅ。前はあんまり効き過ぎて死んだかと思ったけど、これなら安全だな。」ひくひくとハナを動かし、倒れている連中の状態確認が終わると腰を抜かしつつもいつもの調子で身体を出して門のの外から中をうかがう馴鹿が居た。











合図は飛んできたルフィが海兵ごと地面にめり込んだ音だった。外の喧噪は緩やかに膨れあがり奴らが来た事を告げる。
派手な彼らの登場の影にこっそりと裏口から忍び込む二人連れがいた。
「おいこの塔で良いと思うか?」
「ああナミさん!こんな無粋な所で一夜を明かしたなど・・・お待ち下さい!今貴方の騎士が助けに伺います!」
「あ”ーーいいから。さっさと見つけて帰るぞ。怪我人ロビン独りじゃなんかあった時困るだろ。」
「ああ!ロビンちゃんのつれなさがまた憎いっ!」

『私が船番してるから二人は基地に正門から向かって頂戴。どうせ乗り込むんなら隠れるなんて考えてないんでしょう?
陽動作戦の陽になって貰って正門から堂々と行って貰う。お目付役は船医さんよろしく。貴方も可愛いくて案外目立つから。
その代わり残りの二人は騒ぎの中を裏口から入れば目立たなくて丁度良いわよ。』

「あれだけ渋っといてあっという間にあそこまで考えつくんだからやっぱロビンは凄ぇよなぁ。」
「怪我してるから自分は動けないってのもあるんだろうけど、ロビンちゃんあれで結構人情派だから。」
昨日教えてくれたカモメを捕まえてチョッパーが通訳に立ちサンジのご飯で餌付けしてナミの捜索をして貰った。

海から回り込んだ所に勝手口があった。塀を乗り越える事なく堂々とサンジは中に入っていった。
「バレねぇかな?」
「人は喰わないと生きていけないんだよ。そして食堂ってのは客を迎える表の反対に必ず裏がある。勝手口は荷や人が入りやすい作りにどんな所でもなっている。だから潜入はコックに任せろ。」
「そうか。足音だけでもすげぇ兵の数が居るみたい。えっとサンジ君よろしく。」
「ああ?けど一気にあっちに向かってる。」

正面の喧噪は地響きとなって裏にまで伝わってくる。
また海兵が数人固まって正面に向かっていく姿が見られた。員数が減っていく裏口とはいえ幾人かの海兵が残っているはず。マスクとゴーグルで顔を隠した二人連れは怪しいことこの上ない。
「サンジ君ここ、先行って貰って良いですか?」
「んじゃしんがりよろしくな。」
「嫌だ〜〜!それもお前が守れ〜〜。」
「この長っぱながうるせぇんだよ。」


真の捜索隊をやり遂げる勇者は震えながら裏口を開けて、中を覗き込んだ。遠くの喧噪に招集の声が挙がる。人の気配の無いのを確認しながら目的の塔に走り込む。裏門から行けば左手の塔。足を誇るコンビはつむじ風のように入り口に飛び込んだ。入り口にも幸い降りてくる海兵達も、もう下に着いているか、遠い階段を使っているようだ。人の気配もそうはっきりとはしない。掛け声も足音も遠くに聞こえる。鞄に手を入れてウソップは鞄の必殺星を確認しながら階段を見つけて登り始めた。


「囚人の安全は確保されているか?」
「あの女海賊ならこの塔の最上階の重監に入ってる、滅多な事はありません!」
「ならば我が隊の最重要課題は侵入者の殲滅だ!相手は海賊三匹!ひるむな!」
「「はっっ!」」


ウソップの眼がぐりぐりと回ってサンジを見た。
サンジは新しい煙草に火を点けた。
「サンジ君。俺たち・・・合ってたみたいね。」
「俺の愛の前には敵はねぇ。」
「よ〜ぉし!ナミ救出隊!出動!」
「行くぜっ。」
この階段が俺たちの戦場だ。ウソップはパチンコを握りしめた。
「まちな。」

飛び出そうとした途端今度は反対から4人ばかりの足音が響いた。
この連中は余裕があるのか徒歩だ。情報は聞きやすいが。

「おびき寄せの作戦は成功している!それにあの女海賊ももはやこちらに寝返ったらしいぞ!」
「元が美形だし女は魔物ですな。しかも奴らの良い餌になるとは二度美味しい。」
「案外普通の女の子のようでしたな。中佐の客人となるということですが・・。」
「ああ、彼女が責任を取ると言っておられたからそうじゃないのか?」
「ならばあの地獄の監獄は・・」
「ああ、あんな所じゃ可哀想だ。もう出されているかもな。」
「おい、余計な口をきくな。敵は侵入しているんだ。」
「はっ」
彼らが走り去った後ウソップの体に震えが走っていた。
「ナミが?」
「ナミさんが?ありえねぇだろ。」
サンジの煙が揺らめいた。まさかという思いを余所にぽつりと不安が現れる。今までとはうってかわって無言な二人の間にじわりじわりとある種の気配が広がる。二人の目の前に階段が現れた。
「多分こっちだ。」
「ああ。」


長い螺旋階段を上った先が目的の場所だった。東の塔の最上階、重犯罪者用の独房で眉と鼻が見た物は開いた扉ともぬけの空な部屋だけだった。綺麗に何もない部屋。既に人が居たという気配もない。

「ナミさ〜〜ん!!」
「待て大声出すな!」

鳥が窓の檻の外を飛んでいく姿が見えた。今朝もチョッパーの通訳でカモメは請け負った。
”棒の窓でオレンジ頭は寝てる。”
部屋に走り込み中から外を見渡せば、窓越しには檻が。他の塔にそんな物は付いていないから間違いなくここにいたはずなのに。しかも収監も居ない。昨日連れられたばかりのナミが、今朝確認されていたナミが居ないとすればそれは・・。
自由に歩けると言えばそれは・・・・まさか・・・。


『女は裏切った。』
電伝虫は語った。
『こちらに寝返った、もう自由になる』
海兵の口から聞いたばかり。

ウソップの両足に力が入らない。
「まさか・・ナミ・・・お前本当に・・・。」
鼻が、髪が、全身が震えた。

どがっっっっっ!!
「・・・・・・・馬鹿な想像してんじゃねぇ。」
天井まで魂ごと飛ばされんばかりのサンジの蹴りで一発、鼻も折らんばかりの強い力で身体ごとふっ飛ばされる。
「ナミさんは無事に決まってるだろ。あのクソマリモの意見には死ぬほど腹が立つがな。」
ウソップははっとした。
「そうだ。俺達が、忘れちまう所だったぜ。ありがとな。」
鼻は折れながら少し曲がったみたいけど。
「とはいうもののこの先どうする。」
「ゾロの発言はともかくもロビンのいうとおりだろうしなぁ。」




『おいウソップ!もしその塔のナミが居なかったら、すぐに逃げ出せよ。そう言う時ならあの馬鹿が逃げられる癖に宝を狙ってるとか変なことをやってるだけだ。』
『ゾロ・・ナミが聞いたら怒るよ。けど、連れられて・・拷問とか・・・。』
『あいつはそう言う点では狡賢いからな。大半の鍵はスリ取ってるし。』
『ロビンの怪我、だいじょ−ぶかぁ?サンジ残ってやってくれよ。』
『その遠慮は無用よ。陽動作戦の意味がなくなるもの。でも。部屋が移されるとか行方が判らなくなっていたらそれはそこから捜索はしないで一旦引き上げる方が得策ね。情報も無しに探せるほど海軍基地はどこも甘くないわ。』



「どうするよ?」
「ロビンちゃんの指示は正しいんだろうけどな。」
心理的にはこのまま帰りづらい。


全員行動開始v
配置とコンビが微妙にビビサイドと異なります。
  



Photo by Sirius