『煙の行方』ロビン編3
ナミが指示した入り江は目立たず、まだここも海軍の手は届いていなかった。 「帰ってこなかったな。」 ゾロがぽつりと呟いた。 「ああ可哀相なナミさん!軍に囚われの身に!大丈夫ナミさんは俺が助けますから!呼んで頂けたらすぐにでも参上つかまつりますのに」 サンジは宙に向かって語ったかと思うと己の胸を掻きむしる真似をした。 「でもよぉ・・ナミが連れて行かれたのはよりによって海軍基地だろ??出るどころか入るのも至難の業だぜぇ。」 溜息をウソップがつく。外から狙っても今のメリ−の装備ではいくら名狙撃手の腕でも届くような作りとはとても思えない。その間に船を囲まれたらおしまいだ。物量もかなわず銃撃戦でかなう相手ではない。こちらの勝算は白兵戦だけだ。 「中の動物に説得が効けばせめて居場所だけでも判るんだけどな・・。外から入れる奴らは大きさが限られるだろうし。」 チョッパーは基地にいる動物に頼む事を考えてみたものの、野生の相手にはしかも鼠では意思の疎通が弱い事を案じた。 「・・・・・私のミスね。」 ロビンが重い口を開いた。 「そんな!ロビンちゃんのせいじゃないって!」 「そうだ!お前、怪我人なんだぞ!」 チョッパーの手当は迅速だったが昨夜すっとその縫合に四苦八苦していたのをクルーは知っている。筋肉まで裂けていると泣きながら縫合していた。やっかいな傷だし衛生も良かった訳じゃない。 だがロビンの心の傷はもっと深かったようだ。彼女は普段から寡黙な方であるがこの重い気配は自分の失態への怒りを隠しようがない。サンジは目の前のらしからぬ姿のロビンを励ます為に芝居がかった台詞を廻し、ポーズを取る。皆が雰囲気を察知し、そう言うサンジへのいつもの突っ込みはなかった。 ゾロは腕を組んだまま目を閉じている。騒ぐ彼らの中でルフィは珍しく黙ったままだった。 「航海士さんをさらう手口は手際がよかったわ。そして彼らの目的は航海士さんだけじゃない、船長さん貴方。」 一船に総額二億超。それを統べる男。今はまだ一億でもそれくらいで止まる器じゃない。 ゾロは目を閉じたまま甲板に寄りかかっている。ウソップの口が閉じていることも常にない。 胡座をかいて座っているルフィの唇が真一文字に結ばれた。目は見えないはずのそびえ立つ海軍基地を見据える。 「でもなぁ。『ナミは助けにいく』 だろ?」 口元はいつもの調子でにかっと笑う。 「うちの航海士に手ぇ出した奴はだれでもぶっ飛ばす。」 作った拳は力強い。 ゾロの唇がにやりと緩み、目が開いた。 サンジは口を閉じ、煙草をくわえなおして火を付けた。 ウソップもチョッパーも目を上げて同じ方向を睨んだ。 ただロビンは少し視線をそらしたままつぶやいた。 「ただ・・もう少し様子を見たら一般人と間違えてくれないかしら?そうしたら釈放されるかもしれない。貴方が出て行かなくても。」 「なんだそれ?」 「ロビンちゃん?なんかあった?」 ルフィとサンジが聞きとがめた。 「いいえ。でも相手の出方を見てからでも・・・良いんじゃないかしら?」 皆の不思議そうな視線がロビンに集まったがロビンの口はもう開かなかった。その時甲板の外がえらく大騒ぎになった。 「モンキー・D・ルフィ!交渉だ!おとなしく前へ出ろ!」 外から呼ばれる声色が特殊な職業を示している。 「やべ、気付かれたか。」 「でるか?」 サンジとゾロが構えて壁を背に窓から外を覗いた。殺気立つ二人の真ん中でげっと慌てるウソップの横をルフィがすたすたとドアを開けキッチンを出て行った。 「俺はここだ!」 大きな声で呼ばわれば、海岸には同じ白色の制服が揃っていた。 「でたな化け物!これを受け取れ!」 投げ込まれたのは子電伝虫だった。 ぶるぶるぶるぶる・・・・・・と震え始める。 「うわっなんだこれ?」 子電伝虫の顔があっという間に汗まみれになった。 「モンキー・D・ルフィ。」 電伝虫の口から男の声がした。 「儂は42支部の大佐フェルトだ!おとなしくこれを聞け。 『な・・なにすんのよ!離しなさいってば!ここであたしになにをさせよっての?あ・・電伝虫?ってことは・・・ルフィ!お願い!あたしを助けて!お願いだからおとなしく捕まって!ああゾロ!!あたしを助けると思ってルフィを捕まえて!!あたしは北の塔に・・。ふがががが・・・・』 ええい!女を必要以上に喋らせるな! さぁどうする!貴様の女を助けたくばおとなしく縛に付け!」 顔も写すという電伝虫の表情が歪んで見えている。高らかと笑う声が響いてくる。海岸の海兵達に緊張が走った。 「しるか。」 ルフィは子電伝虫に向かって大きくベロを出した。 「俺、そいつの言う事聞くの嫌だ。」 その場ではっきりと言い放った。 『煙の行方』ロビン編3 手の中の丸い受話器を睨んだままルフィの唇は一文字に固く結ばれていた。漆黒の瞳はとても静かだ。そのままの姿勢で前腕だけが脹らんだ。掌の受話器がその握力に抵抗してつぶされまいと軋みをあげる。 「ルフィ!」 「おい!」 「・・。」 「・・。」 子電伝虫は自身の軋みに顔を歪ませた。そして電伝虫の向こうで唖然としてしばし身を震わせて激怒に変わる相手の気配だけは歪んだ電伝虫自身からまた別に伝わる。 その子電伝虫が歪んだままの口を開いた。 「女を!!仲間を助けないのか??何という卑劣な奴!!ああ・・判っていた事だお前は卑怯な奴だからな!大体・・・・・・」 沈黙のまま視線が電伝虫からルフィに移動した中でただ一人、ゾロは近寄ると手から震えている電伝虫を受話器ごとすっと取り上げた。ルフィは全く逆らわずに手を離した。ゾロは取り上げてそのまま海中に軽く放り投げた。軽い子電伝虫は某か騒ぎながら大きな放物線を描いて飛んでいく。吐き出す声すら船上に残さずに遠くに飛んでいく。下には先ほどこれを持ってきた海兵がいるはずだ。沈み行く電伝虫を受け取ろうと一人が飛び込み、残りは慌てて腰のサーベルに手をやった。がちゃがちゃと刀の触れる音が海上に響いたが、その気配にゾロがちらりと鋭い視線を伏せ目によこし、そのまま腰の一本に手を添えて、船縁につかつかと近づいた。闇い瞳。それを見ただけで海兵全員が震え上がり身動きできなくなった。 「死にてぇ奴以外は失せろ。俺たちに手を出すな。」 それは静かな声だった。 だがその静けさが孕んだ切り裂かんばかりの気を含む声の呪縛に心底から動けなくなった。 ただでさえ小さな小舟の少人数では手も足も出ない事は噂で知っている。船上の賞金額はたった七人で破格の二億四千万弱。それだけの者を相手にしても軍人としての誇りは在る。この胸の中に。命令があれば一気に突進する。が・・彼らは自分たちの仕事が伝令使である事を思い出して、互いのプライドをも納得させて船を港へと返した。 陽光の下、海は静かになった。 ルフィは指をポキポキ鳴らして甲板縁の近くで海の向こう陸地を眺めるゾロの横に立った。 「いくか?」 「ああ。」 「行くって・・どこへだ?」 そのまま船縁に向かって歩き出そうとした二人にチョッパーが瞬きしながら呼びかけた。ルフィは麦わら帽を両手で被り治す。 「ロビンの言うとおり相手が出てきたんだ、だからもう良いだろ?行くぞ。ナミを迎えに。」 「ええ?!」 チョッパーはひっくり返った。 「あら、助けないんじゃなかったの?」 脇から声を掛けるロビンの瞳は鋭かった。涼しげな口元。涼しげな視線。 ロビンの怒りともとれる冷たいオーラにチョッパーはおろおろしながら黙って走りよりゾロのズボンの裾を引いた。ちらりと見たゾロはそのまま足を止め、チョッパーに正面に向かう。この馴鹿の訴えを真っ直ぐに聞くと言う姿勢だ。 「ナミはルフィの女・・じゃないだろ?お前のだよな?迎えに行くんだよな?」 不安げな瞳が見上げている。 「あの女が帰ってこねぇんならな。取りにいかねぇと、仕方ねぇ。」 肩をすくめるゾロの後ろでルフィがにっと笑った。 「んん?どうしたチョッパー?・・ああ!アレ、ナミじゃねぇよ。」 「ええ!?」 「ロビンちゃん?」 サンジは硬く縮こまり動こうとしないロビンの反対の肩に手を置いたが、あっさりとかわされた。肩から伝わる振動に気付かないふりで自分の肩をすくめる。気づきながらもサンジはそれ以上問わず代わりに答えた。 「いくら俺たちだって、それが何かの罠だとは判ってるよ?」 「・・・・・そうかしら。」 「ロビンちゃんはいったい何が怖いのさ?」 「・・痛むの。」 「足か?大丈夫か?ロビン。」 「ええ、おかげさまで薬は効いてるわ。」 今までは痛覚というモノを感じないようにしていたはずなのに。 これは心の痛みかもしれない。あの子を一人連れて行かれてしまったせいだろうか。 それとも己の心に情が通い始めた兆しなのか。 そんな馬鹿なと頭を振った。情などとうに捨ててきた。心など置いてきた。 ではなぜ足が痛みを感じるのだろう? チョッパーには微笑んで見せながらも落ち着かない不気味さを感じて、ロビンは軽く俯いていた。腕を組み片手で顎を支えている。落ち着かない気持ちは言葉にならずそのまま横にいたゾロを睨んだ。 「本当なのかしら?剣士さん。」 「ああ?」 「声はそっくりだったわよ?」 無意識にゾロをいたぶるような言葉にはしていながらも電話の声などどうでもよかった。 彼らが仕掛けてきているのはどの種の罠なのだろう?ああ苛々する。 「さぁ・・・わかんねぇが例えばマネマネのオカマみたいな能力の奴でもいるんじゃねぇか?少なくともありゃぁナミじゃねえ。」 「そういいきるなんて自信家ね?」 ゾロの口端がむっと歪んだ。 「勘だ。だいたいあいつはあんな展開で『お願い・・』なんて死んでもいわねぇ。」 「・・・。」 ロビンは次の言葉を待った。 だがゾロはその後は言葉が続かない。 「・・・・それだけなの?」 「そうだっ!・・・それに・・あれが本物でもあいつの『お願い』にはろくな事がねぇ。関わりにならない方が良いに決まってる。」 「あらあらつれない、頼りにならない恋人ねぇ。」 溜息混じりに呟かれた予想外の台詞に反応しすぎてゾロは大声をあげた。 「っっっってめぇ斬るぞ!っっっっ訳わかんねぇ事抜かすなっ!」 紅潮したゾロが一人で大騒ぎしている。そういうゾロで遊ぶのは打ち切ったロビンは考え続けている。この状況でロビンにゾロが勝てるわけがない。 「失礼なクソ毬藻はロビンちゃんにはからきしだねぇ。」 形勢の変化を見てその間にサンジがにやにや笑いながら割り込んだ。 膨れたゾロもその微妙な均衡は察知したらしい。刀にやった手を下ろし向こうを向いて一言言った。 「・・・・・・・・・アレはあいつじゃねぇよ。」 チョッパーの目はキラキラしていた。 「サンジもルフィもゾロも・・すげぇ。アレがナミじゃないってすぐ判ったのか?」 回り中の見上げるトナカイの目は尊敬に溢れきらきら輝いている。 「たりめーだろ、クソが。」 「へぇぇぇ。」 サンジは空いている片目を閉じて軽く頭を振った。 「大体ナミさんが俺の名前を呼ばない訳がない。」 「あーーそれは違う。違う。」 断言するサンジにウソップが手を振りながら脇で突っ込みを入れていた。 「それにおまえな、この状態で俺たちが迎えにでなかったらナミの奴どうすると思う?」 鉄拳やクリマタクトと借用書が吹き荒れる誰もの脳裏に凄惨なシーンが描かれた。 「みんなであたりゃそっちの方が怖かねぇよ。」 男達の中に共通した空気が流れている。 口元にはうっすらの笑顔。獲物を片づけに行く目だ。余裕と名を付けるべきか。確かに海軍に追われても海賊にとっては余興程度でしかないのだ。相手の強さは己が計ればいい。 相手が誰でも、真っ向から向かわず姑息な手段を取る者がちらついても、その程度では揺らぐまい。 ロビンはじっとゾロを見て・・チョッパーを見てサンジを見てウソップを見て、そしてルフィを見た。 「相手の情報が少なすぎるんじゃない?」 「けど俺が行かなきゃわかんねぇんだ。ならいつ行っても一緒だろ?それになんかおめぇ隠してねぇか?」 いつもになく絡むロビンに皆の視線が一斉に集まった。 ロビンは軽く首をかしげた。 「なんだか深い罠って言う気はしない?」 ルフィの断言にロビンは従おうと思ったわけではない。納得したわけではない。 だが、彼らの結びつきの強さなら信じても良いかもしれない。ここに集まった強者達の繋がりなら。 ゾロは視線をそらしたロビンを睨んでいたがその手は耳の後ろを掻いていた。 「罠だろ。」 「でも行くのね?」 「ああ!ってことで。じゃぁ行くぞ!」 「おいおいおいこら!本当に作戦も無しかよ!」 準備運動とばかりに腕を振り回し、先しか見ていない船長に慌てたのはウソップだった。 「とりあえず北の塔だってさ。」 「「敵の罠に乗るな!!」」 全員の息が一気に合う。つばを飛ばしてルフィの周囲を取り囲み怒る、なじる。 これでこそこの船だ。 チョッパーの鼻が嬉しそうにひくひくしている。 「だって彼奴等、俺を捕まえたいんだろ?じゃぁ捕まってやりゃいいじゃん。」 あっさりと言ったルフィに長い鼻の下の口がぽかんと開いた。いい加減付き合いの長いウソップでもまだ驚かされる事がある。おそらくこれは一生尽きないだろうが。 「ほう」 「たまにゃぁまともな事言うな。」 ゾロとサンジが満足そうにルフィを見る。 捕まれば・・・罠の多少はあるだろうが恐れていても始まらない。ルフィが意図としない破壊屋である事は皆が知っている。そして最終的には誰の言う事も聞かない事も。そして船長が参加する以上作戦など意味を成さない。何度倒れても決して諦めない少年の姿。これがこの船の船長だ。 「じゃぁ船はどうする?」 そのままサンジが質問を続けた。 「隠せよ。」 「ナミさん抜きの誰が?」 「それに船だけ余所に持って行かれたら困るしな。それに・・・・・・なんと言っても逃げ足がねぇとなると助けたナミが本当に怒るぞ。」 真剣に語るウソップの最後こそが一番効果的な発言だった。皆の身体に染み渡る。 判っている。最低限戦闘員が一人は船に必要だ。 急にチョッパーが走り出した。 「ルフィ!!このカモメが『高い塔の一番上で蜜柑色の髪を見た。』って。」 空を飛ぶカモメに呼ばれたチョッパーがマストから駆け下りてきた。その手の示す先には一羽の灰色の目と薄墨色の羽根先を持ったカモメが飛び立つ所だった。 「一番大きいのは・・確か一番奥の塔よ。そしてご招待を受けたのは多分一番手前の塔ね。」 「北の塔か?ロビンの奴グランドラインでどうやって方角が分かるんだ?」 「ロビンちゃんだからな。」 ロビンが太陽の方向をむいた。 「基地に名前が書いてあるわよ。」 太陽の下に基地がある。塔には点で模様が描いてあるだけだった。 「・・・何処にだよ?」 ゴーグルで覗いたウソップが聞いた。 「モールスって言うロジャー時代よりも前の通信法よ。」 「博識なロビンちゃんも素敵だ〜〜〜v」 「と言う事でそれなら潜入方法だけれど、いかがかしら。」 今までのわだかまりをあっさりと流したロビンは全員を見渡した。 これは夢だ。昔から捕まったらこういう夢を見て自分を励ましていた。 「ナミ。これ持ってきな。」 「!・・・ノジコ・・・だってこれ・・・。」 ナミの掌に押しつけるように乗せ、握らせる、金色の環。 「ベルメールさんが決めたんじゃないのこれは、あんたのだって」 「いいから。餞別よ。あたしとベルメールさんのかわりと思ってちゃんと大事にすんのよ。 「・・うん!」 ノジコがどれだけ大切にしていたかを、当然知ってる。ぎゅっと握ってそっと左手に通した。 「あ、だったら、代わりにもならないんだけどさ、これ。多分白金だから。一億のお宝の中でなんでかわかんないけどこれだけはどうしても欲しかったんだ。」 昨夜宝の箱の中でどうしてもナミを惹きつけた環を右腕から外す。 「あんたの獲物だった奴?そうね、代わりに貰っとくわ。ありがと。あんただと思って大事にするよ。 綺麗な環ね。薄いけど模様が入ってる・・・けど似てない?これと?」 「?」 「うんほら。揃いの物だったりして。なーんて嘘よ。けどあんたよほどこれが欲しかったのね。」 「うーーん。そうかな?」 形見の腕輪は闇の中に今もログポースと共に私の腕にある。 うとうとしかけて気が付いた夜半過ぎ・・。一人で皆と離れるというのは久しぶりだ。 孤独は平気ではあるが呼べど返事無く広がる空間に寂しさは隠せない。窓の外には月明かり。ここの壁の模様は石造りであのあてがわれ、拘束され続けた部屋の木目の壁とは違うけれど。 だけれど確信している。あのときと私が持っている確信と思いが違う。 自分は必ず戻れる。戻ってみせる。そして彼奴等は必ず迎えに来る。 だからといっておとなしく待っていても彼らが壊してしまっては話にならない爆弾を抱えてしまった。 「何考えてんのよあのおばさん。」 「それは私のこと?」 ぎくっと一人だけいる牢番に声を掛けて女が入って来た。牢の灯りはなく、薄暗い廊下の先に牢番の座所がある。4時間毎に一人が交代で入れ替わる。牢には自分が一人だけ。鍵を開けて女は側まで入ってきていた。体は動かさずに部屋の唯一と言っていい薄毛布を被っていたのでそのまま目を閉じて動かず、寝たふりをしていたら、彼女はじっとナミを見下ろしたまま動かず・・。四半時が過ぎていった。 「寝たふりはやめにしてそろそろ海賊を止めるって言ったらどう?そうしたらこんなプライベートどころかトイレも我慢しなくて行けない部屋をさようならして良いわ。 簡単よ。ただ一言。 たかが海賊の為にこんな酷いところに寝たふりしながら閉じこめられる必要はないでしょ。」 ばれてたか。当たり前ね。 ゆっくりと薄目を開ける。上体を起こしきっちりと見上げる視線で下から真っ直ぐに相手の顔を見つめた。相手の白い髪に灯りが黄色く映っている。瞳はサングラスの向こう。暗くて見えない。 「なんのつもり?って?・・・そうね。たかが、海賊相手にならこんな事馬鹿らしくてやってられないわ。」 「でしょ?」 「でも」 ナミはすうっと息を飲み込んだ。 「何でこんな扱い受けるのかよくわからない相手の言うことを聞くのは嫌。あんたの言いなりになるのはもっと嫌。」 きっぱりと言い切るナミのの真っ直ぐな言葉に少し眩しそうに彼女は目を細めたらしい。サングラスの隙間から見える皺に年齢相応の深さを見た。 「何で、よりによってその言葉をいうかしらね・・・・・だって私は海軍よ。」 「何言ってるの?本当にルフィを捕まえたかったらこんな手じゃない違う手を使うもの。仲間だからってあたしに固執して、こんな夜遅くにこんな所まで来る意味がわかんない。」 「・・・・私は仕事熱心なの。自分の子供ために仕事を辞めるようなことはしないのよ。」 「何が言いたいのよ。迷惑。」 ナミはひとしきり睨んでから、そっぽをむいて相手の出方を待った。ベルメールさんの知り合いの可能性がある。ただし悪意付きの。とくればかなりやばい。 「・・・フェルトは貴方の裏切りを船に伝えたわ。」 「裏切りですって?なんの?」 「貴方がお金に釣られて海軍に従ったって・・。皆信じたそうよ。もう遅いの。あの船に貴方の帰る場所なんて無くなっているわ。」 ナミは口をしっかり結んだまま一言も話さなくなった。 それを肯定と取ったのかは判らないが、彼女は更に言葉を続けた。 「だからこれを機会におとなしくお金を貰って引き上げる方が賢明よ?海賊が逮捕されれば報奨金は懸賞金の一割。今なら貴方が手配されているわけじゃなし、それも一緒につけて普通の女の子としての生活くらいは保障してあげるわ。村に帰っても良し、新天地を求めても良し。なんなら軍の権限でそのまま何処でも行きたいところに送ってあげる。普通の女の子に戻らない?」 軍の命令書を胸ポケットから取り出した。正式の命令書だ。文字までは判らないが、夜目の利くナミには暗い部屋でも金の海軍の証が光って見える。 「あなたの方から尋ねてこれば私の方はいつでも準備が出来ていてよ。ま、検討なさい。」 しゃがみ込んでいた姿勢からゆっくりと腰を起こした。帰路の足音が響く中、鍵が閉まる音が二つ聞こえた。 朝日が清々しさを灼熱に変えようとする頃合い。 男が三人並んで基地のまえの門に立った。 その門は閉ざされて、重厚な門構えに鍵が掛かっている。門構えは一軒の家のような二階造りで、その横には鼠返しの付いた高い塀が連なっている。 彼らの訪れは予想されているのだろうが、まだ中は静かだ。 「彼奴等は仲間を大事にするから、人質を取ればと言ったのは誰だ?」 「ワタクシです。」 「その人質に降伏を呼びかけさせればよいと言ったのは?」 「それも提案しました。」 「その人質を言いなりにさせられなかったばかりではなく。」 「その説得を待たずにしびれを切らして交渉なさった方がお出ででした。」 「人の事はどうでも良い!あ・・ああ・・何でアヤツが軍基地に現れるのだ??」 「仲間を迎えにでしょう。目的通りではありませんか。基地の方が悪魔の実の能力者は拘束しやすい造りになっているはずですわ。この基地にも三ヶ月前に海楼石の支給があったはずですから。あの高価な一物を売却などしてさえなければいとも簡単に捕まえられる様仕組んだつもりですが? 奴を捕まえればかなりの昇進は約束されましてよ。」 「では捕まえよ!」 「それは大佐のお仕事でしょう?ワタクシごときが手柄を奪うなんてもってのほかです。ご存分にどうぞ。 なにかご不満でも?」 丁寧な言葉の押収に視線をそらしたのはフェルトだった。 「・・・言いなりにならぬ海賊は利用価値がない。」 「利用価値でのみ相手をしていれば実態ではなく影の場合もありましてよ。もっとも・・古の『灯台』は足元は暗いのでしょうか?」 「その名は不愉快だっっ!」 「それは失礼。」 彼女の情報将校としての資質を物語るようなあくまで白い透明な肌は赤い瞳に浮かんだ冷たい視線と共に無表情を象る。深く吸った煙草を一吹してから、大佐の表情が真っ赤になりきる前に勝手に中佐は部屋を出て行った。 「ええい麦藁め・・今度こそ成敗して二度と儂の前に顔を出せぬようにしてくれる。 しかしあの女・・・どこまで知って・・・。危険だ。これ以上の発言力を得られては困る。・・どこに行っても害の無きようにせねばあの麦藁よりも危険になる。」 |
ちょこちょこいじってます。 設定も追加されてるし。(ニヤリ) < > |
Photo by Sirius