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空と海の狭間で-19


メリーが島に来る船ならサニーは島を渡る船。
性能は互角。容量では数倍メリ−が勝り、機動性ではサニーが勝る。
どちらも一世代前の船オーロジャクソン号に端を発し、OSアダムの支配する全自動系統に属している。
どういう訳かフランキーはサニーの制作者の一人らしいのだ。

という昼間聞いたフランキーの講義の中身はハナっから彼らの頭に入ってるわけがない。
判ってるのは自動航行のやり方とキーがいることだ。
小さな船の方が使いやすそうに見えたし。




「もう出られるぞーーー!」
「準備オッケーー!」
ルフィとサンジの浮かれた声が、静かな港に響いた。
時刻は10時。消灯時間はとっくに過ぎて9時半の見回りの後に抜け出した。
「どうやって出てきたの?」
これも抜け出したビビが聞く。
「俺とゾロは小便。ウソップとサンジが迷子のゾロを探すって出てきた」
操舵室の戸を開けながらくわっと怒ってるゾロの姿にビビがくすくす笑う。

「で?ナミは?」
珍しくビビが言い淀んだ。
「・・あのね、ナミさん部屋に帰ってこなかったの。保健室だって言うから探しにも行けないし・・」
小さな嘘が一つあったから後半はルフィの目が見れなかった。探しに行けなかったことだけは本当だけど。
「しょーがねぇなぁ」
遠くで聞いたサンジと目の前のルフィは心底残念そうな顔で肩を落とした。

そのままウソップとサンジは陸につながれている舫綱に取りかかった。旧式の縄なのにかなり重い。

「信じらんねぇな」
サンジが呟いた。
「な・・なに?」
「いつもの俺ならさ、こんな馬鹿な事、耳に入れた端から否定してるぜ。下手すりゃ大人にちくって褒めてもらってる。絶対俺が正しいと信じた顔でよ」
サンジが持ち上げた縄にウソップも手をそえた。互いの顔が側によってはっきり見えたからウソップはサンジの顔を真正面から見た。口元が、そして一つしか見せない瞳が何ともくすぐったそうに笑ってる。
「こんなに嬉々としててよ、フランキーまで騙すなんてありえねぇ」
あり得ないと良いながらサンジの顔は全部のパーツがもの凄く嬉しそうだ。
「ル・・ルフィ・・の・・それ・・とみんな・・」
「かもな。けどそーれよりもロビンセンセの愛のお陰かなぁ?!」
両手を組み合わせて目からハートが飛んでいたからそれには黙っていたが、ウソップの太めの眉根が引きつって顔だけで思い切り否定していたらしく軽い蹴りが飛んできた。
やられっぱなしは面白くないからウソップも軽く尻を蹴り返す。



サニーはメリーよりも小振りだが実はこちらの方が新しくて性能が良いとフランキーは自慢していた。
なるほど。

こっそりサンジがくすねた予備のプレート状のキーはすぐ反応した。
パスワードもクリアしたのは今日の昼にもう一度見せて貰って覚えたウソップの記憶力のおかげだ。機動音は思ったより静か。いい音がしてる。外を見るために操作室の照明はほの暗いが、手元の操作に問題はない。
秘密の冒険めいた期待は高まる。
自称キャプテンがスイッチを一つ押せばこの船は期待通り向かうだろう。


画面に浮かぶ幻の島 ラフテルへ。
ルフィが最初から最後まで行きたがっていた最終目的地 ラフテルへ。
冒険の島へ。







出発のその時、岸から細いライトが光った。懐中電灯の弱い光は真っ直ぐ船の脇の部分を照らした。
「ビビ!?」
「ルフィ!」
「何をしているの?!」

姿がシルエットで判った。ロビン先生だ。
透き通るような声がしたのはまだ遠い。港の入り口の方だ。
もう一つ足音もする。一人じゃないらしい。
「み・・みつ・・!」
「見つかった!?やべっ」
サンジが最後に外した綱を船内に投げ込んだ。そのまま足場を使わずに飛び移る。ウソップも後を追った。

素早く走り込んだロビン先生はさすがに大人の足だ。船に一気に近づいた。手にしていた傘は吹っ飛び、髪を振り乱しいつもの静かな様相とは裏腹に激しい声が響いた。
「やっぱり・・!すぐに船を止めなさい!そのエンジン音はなんなの?いったいどうやって・・」

ロビンの足は乗船用の橋桁までもうすぐ届く。
先生に乗り込まれたらこの計画は頓挫する。
「やばっ・・」
「不味いな・・・・中止か?」
ゾロが構えた。
「ぃやだっっ!俺は絶対に行くんだっ!!」
「ルフィ!やだじゃねぇだろう?!ばれたらすぐに追いつかれるぞ!」
「だから今出る!」
ルフィとゾロが争い始める中、脇にいたビビがわなわなと怒りを震わせて船縁へ駆けていった。

「ビビちゃ・・危なっ・・!」
登ってきたサンジの声も手も振り切ってビビは駆け寄った船の手すりからロビンを見下ろした。

「なによっ!自分が大人だと思ってあたしに命令なんかしないで!!」

「ビ・・ミス・ウェンズデー!あなたまで一緒なの?すぐに彼らも船も止めなさい!」
ビビは爛々とした瞳で、呼吸を乱しながらも叫んでる。
「もう嫌っ!何をするにもあんたが命令するばっかりで人の言うことなんて聞いてない!そんな姉貴風なんか吹かせないでよっ!」
「貴方、知っ・・・・。」
「ちょっと怪我したくらいでうるさいし、怪我だから止めろとか恩着せがましいばっかりだしっ!」
肩で息をしているビビにロビンが圧倒される。ビビは悔し涙を拳で拭った。

「なんで貴方ばかりが良い子で、私の方が悪いような気にならなきゃいけないのっ?」

「ビビ・・」
「あんたなんて嫌いよっ!いやっ!二度とあたしやパパに近づかないでっ!!」
ビビの爆発に近い迸りにロビン先生は足が止まった。
立ち止まったまま動けない。
唇もわなないている。
「貴方・・そんなこと思ってたの?」
「貴方があたし達に指図しないで!あたし達は貴方の言いつけなんか守らないで行くの!貴方が怒られれば良いんだわ!」
「ビ・・・・。」
ぴたりと固まった全身の中でロビンの唇だけがわなないている。


ルフィも、ゾロも、サンジも、ウソップも皆ビビの激しさに動けなかった。今まで感じてきた違和感が全てつながる。

彼らに二人の間のくわしい関係は判らない。だけど快活なビビがロビンに関係した瞬間から変質する。その違和感は誰もが感じていて、あえて口にしなかった。


「わたしは行くわ! 船長!ルフィさんっ!!あの女なんかに捕まる前に早く行って!」
その命令し慣れた声だ。その声を聞いてルフィがいきなり目を覚ましたように答えた。


「おうっっ!!」

ビビの行動に驚いてゾロの静止も弛んでいたその瞬間、ルフィは指を伸ばしてスイッチを押す。
その指示に答えてサニー号はゆるゆると離岸し始めた。
慌てたロビンが船板に足をかけようとした。その瞬間

「来ないでッ!」
「ああっ!」
入り口に立ったビビが周囲にあったボート用のオールを振り回した。
架けてあった船板を無理矢理折られる形になって船は動き始めた。つなぎ目に当たる船のボディも、板も、周囲に破片が飛び散って双方が結構な痛手に見える。
ロビンも衝撃の煽りを喰って陸の方に仰向けに倒れた。足をしたたか打ったのだろうかしゃがんだ姿勢で声を続ける。
額からぬるっとした物が流れて居るのも気付かず拭き取りもせずに叫んだ。

「あなたたちだけでなんて!駄目よぅっ!!」

船が僅かに動いた、甲板の争いがとぎれたその一瞬。

「えーーいっ!」
ロビンの横を何かが船に飛び込んでいく。

ナミだ。ロビンに遅れて走ってきたナミが桟橋から海を越え船に飛び込んだ。ギリギリ船縁に着地して振り返ったナミはにやりと笑って勢いよくロビンに手を振る。

「せんせーーーー!ビビはあたしに任せて!」
「ナミちゃん!!貴方まで!!」
ロビンの額から滴り落ちるぬるっとした物がある。
そんな彼女に気づきもせず、子供達は船に乗り込んだ。

そして船は沖に向かって一気に加速した。




サニー号は操舵室からの命令だけを受けてあっという間に航路を行く。
子供達は子供達だけで旅立った。
船はしずしずと、前の暗雲をも気にも留めずゆったりと彼らを乗せた冒険に旅立ってしまう。
子供達には知らせなかったが、海上の天候はやや荒れ。今から嵐になりそうだ。

「お願いよ!帰ってきてーーー!」
ロビンの声だけがむなしく闇の中に響いていた。











ナミの乗船に一気に歓声が上がった。
「ナミィ!待ってたぞ!」
「いそげっ!」
「ナミさん!!」
「!」

「ナミ!よくきたな!」
ナミはルフィの声に今は答えなかった。

「ビビ」
「・・・ナミさん」

2人じっと見つめ合ってる。
真剣な瞳。


ビビは口もきけない。
後悔と、謝罪と、その外。イッパイイッパイで気持ちが溢れて言葉になんてならない。
どうしよう。
ケンカしたのも初めてならどうやったら仲直りできるのかも初めてで判らない。
見たこと無いような強さで睨み付ける瞳。
そのままナミがすいっとビビに近寄った。
手が伸びる。
一瞬平手打ちを覚悟した。覚悟しても構えてしまって瞳は固く結ばれた。




飛んできたのはいつものナミの指弾きだった。
おデコに軽く一発。
いつものナミの忠告と同じ。

「約束したよね?キャンプの全部、ちゃんと付き合うって。アタシだけ置いてっちゃいやよ」
ナミは花が咲いたようににっこり微笑んだ。ただその微笑みは少しのぎこちなさと、そして少しだけ首の辺りがうっすら赤い。
飛び込んでは来たもののナミもイッパイイッパイなのだ。

ナミの精一杯にビビは全身で答えてナミに飛びついた。
「ナミさん!ナミさん!ナミさん!ナミさ・・・・・」
ビビが飛びつく形でビビとナミが抱き合った。きっちりと堅く。


「まったく!馬鹿達に会ったからってアンタまで馬鹿になること無いのに」
「何を言うの。桟橋を飛び越えるナミさんの方がもっと危ないのよ」
二人は微笑んだ。

互いを判ってくれてたことが伝わってくる。
ケンカの答えは出てないけど。
きっと互いにどうやったらいいのかの正解なんて判ってない。ただ、互いにあるのはそれだけなんだと気がついたから。

二人は手だけは繋いだまま身を離した。
ニヤニヤニコニコ、残りの四人も周りで微笑んだ。
その彼らに照れくさそうに二人は微笑み返した。

「よーーし!改めて俺たちの班全員で出航だーーー!!」
「おおおーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」









興奮が少し収まるとナミは微妙に固まった笑顔でビビを見た。
「で、ビビ?この船、どこへ向かってるの?」
「え?」
ナミの微笑みは微妙な照れ隠しも相まって固まり始めてる。
このナミが、行く先の判らない旅路に出ようだなんてナミ自身が許せない。
判っているだけにビビは既に腰が引けていた。この笑顔が怒りに変わる瞬間だけは想像が簡単だ。自分の顔色が青みを強めていると知りながら、でも答える。

「あ・・・・・・・・・・私も知らない・・の」

ナミは声が出なかった。そのままナミの堪忍袋の緒が斬られて斬られて。

「なんですって!!?あんたって子は行き先も知らないでどうしてそんなモンに身を預けるのよ!!」
「ごめんなさいっっっ!」

言いたいことに衣を着せぬナミは言葉では収まらず拳固を握ってる。それを皆がニコニコと見守った。
これでこそナミだ。言葉は少し乱暴で、でも正確で、そして何よりも温かい。




ルフィが鼻をこすってる。
「大丈夫だ。今から行く先は入れ直すんだけどな」
そう言ってウソップの方を見た。
「へ・・変更を・・・に・・にゅ・・入力しないと・・い・・いけ・・いけない」
「えーーーー!?そんなので大丈夫なの?」
「今日の午前、全員でフランキーに教わったんだ。ウソップは二度ほど見てるしな」
二人は胸を張って自慢げだ。
「へぇーー凄いですねぇ!」
「あ、ゾロには聞くなよ、無理だから!」
「ホントーーーーに?大丈夫なの?」

あははと皆の輝いた笑顔の裏でナミの気持ちの底ではもう帰りたいと言う気持ちがちょっと見えた。けどこのまま行ってもみたい。こんなわくわくする事。でも。
とりあえず操船のマニュアル探し。海図の確認。この辺りは誰もやってないのは予想どおり過ぎる。

そして・・最初にした質問がまだ宙に浮いている。あたし達の一体目的はどこなのよ!!





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