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空と海の狭間で-8



ウソップは空を飛ぶ鳥が好きだった。
羽の色は多彩。
地に捕らわれず大空を舞う。

小さい頃から憧れて絵に描き、学校で彫刻を習ってからはその細工に磨きがかかり小学生ながら県の美術展で準優秀賞になったこともある。

鳥は大空を舞ながら彼らは言葉を話さず、ただ美しい唄を奏でる。
唄だけで想いが伝わるのなら、人としての自分の暮らしは如何ほどに楽であろうか。






小学4年を終えた今知っている。自分は吃である。
言葉は自分の口からスムーズに出てこない。

舌に異常があるわけではない。口の形に問題があるわけでもない。
月に一度、リハビリセンターに通っている。
様々な用語はどうあれ理解もしているし、使い方も判ってる、聞き取れる。書く方は大丈夫だ。だが意識すればするほど発音しようとした言葉は形を失い舌からこぼれ落ちる。
聞き返されることの多さにも慣れた。
緊張して、意識すればするほど言葉は口の中で形をなさなくなる。


子どもの頃はこれでいて自分は自分なりに多弁な子どもだったらしい。酔うと母がたまにこぼすことがある。何をいわれても治らない俺は困る。だが逆らえばもっと母が困るからいつも黙ってしまう。

三歳児検診で「少し……言葉に……」と保健婦の指摘を受けてウソップの母は必死になって病院を訪ね歩いた。小児科、耳鼻咽喉科、口腔外科、脳神経内科、精神神経科。良い医師がいると聞けばそこを尋ね、納得のいく説明が貰えないと又病院を転々とした。
「他に異常は見られないのですし、もう少し様子を見てはいかがですか?それかよい言語訓練師も紹介しますよ?」

ウソばっかり。これはただの病気だから、原因を見つければ、絶対にこの子は治る。

そう信じたウソップの母は医師を信じなくなった。言語訓練の一言が出ると病院ごと信用できなくなった。優しい看護師の微笑みも、医師の温かい瞳も砂漠のように見え、躍起になって自分で医学の専門書を読んでは悩み続けた。

ただの病気。著効する治療法が絶対にある。

その当時父は船乗りで滅多に帰らず・・そのまま帰ってこなくなった。七年経っても失踪宣告を出さない母のプライドは一人っ子であったウソップにかかり、その愛を一心に受けることになった。
例えそれが過剰でも。


2年生の時の担任はウソップを不熱心と取った。基本の国語をおろそかにしてると決めつけた。ただただウソップは何故先生が怒るのか判らない。判らないまま耐えた。心に付いた傷も我慢した。それは小さな心にとても重かった。重すぎて重すぎてあまり覚えていない。ただあのクラスでは皆がそう言う思いを大なり小なり持っていたらしい事を後で知った。
知ったからと言ってどうにもならなかったけど一番楽な道をそこから選んだ。

ウソップは話すことを放棄した。

話さなくなり、たまに話して笑われることに慣れず、医療機関で無頓着に言葉の吃音を指摘された後はそれを本人も気にするようになったのか更に話さなくなった。
同性も苦手。異性である女の子といえば別世界の生き物。
会話できない自分に話しかける子もおらず、答えも返さないから嫌われて意地悪もされたこともある。




今のクラスは話さない自分に無関心だ。だから楽になった。
去年から新しい保健の先生(しかもよく似た背格好髪型顔の二人だ!)になって、学校での圧力が減り話さなくても良いようにしてくれた。

「吃ってぇのはねぇ、1000人いれば数人はいるって。大人にも結構居るって言うから心配なぃわいな。」
「あたしはあんたの声が好きだけどねぇ。」
「そうそう、話は優しいわいねぇ。」
先生の言葉は嬉しい。だから学校が少しだけ好きになった。





ところが。
今年の夏はちょっといつもと違った。
「見てご覧!」
母が一枚のチラシを持ってきた。
青い空と南の島。『キャンプ・グランドライン』
「ロジャー先生が考えられたんだって!」

母の本棚の一冊の著者ゴール・D・ロジャーが発起人だった企画と言うことで母の信頼は駆け上がった。ウソップの脳裏にも見たことのない南国の青い空と海、島に緑が揺れる。見たことのない鳥も見つけられるかもしれない。

「い・・いきたい!」
「いっちゃおっか!?」
すぐに申し込んだら向こうから返事が来た。乗り気になって荷詰めを始めたウソップに出発前日に母が言った。
「荷物は一人分。あんた一人で行くのよ。」
「え・・・・え・・ええ!?」




当日は良い天気だった。
「ひ・・ひとが・・お、思ったよりおおい。」
「そんなに多くないから。それより転ばないように気をつけなさい。」
ちょっとビビって、足が震えている。俺は変な奴だと思われないだろうか。駅から指定のバス停までは母が付いてきてくれた。けどその先は一人なんだ。どきどきしてちょっと帰りたい気持ちが湧き上がってきた、けどバス停で最後にくしゃくしゃに泣きそうなのを耐えていた母と別れてバスに連れて行かれた建物のすぐ側の港には小さなフェリーが出迎えてくれた。
(・・・・船だ・・・・・・・・)
南国のとまで行かないが青い海に浮かんでいる船がなんと魅力的な水鳥に見えるだろう。

ドキドキが止まらない。
帰れなくなった。







キャンプでは初対面の人ばかりと班行動を取らなくてはならない。母にも言われてきたし判っているつもりだった。最終的には無口な人間として通せばいいだけだ。ところが、分けられた班の中に女の子が二人もいる。背も高い。学年はあっちが上かもしれない。自分だけが相手をしなければならないことはないが二人はなにやらくすくす話し込んでいる。大声で怒鳴ったり怒ったりしてる。
(おしゃべりじゃない女なんてどこにも居ないんだ)
最初から途方に暮れた。


船に乗り込んで言われたとおりにシートに座る。
ポケットから先日から取り組んでいた小鳥の彫り物を取り出した。手の中に隠れる小さい1羽は着色も凄く旨く行った。自分としても自慢の出来で母に見せると喜んでくれた。いつものように彼女にプレゼントしようとしたら柔らかく微笑んで彼女はこういった。

「ウソップ、あんたは誤解されやすいから。キャンプでいい友達が出来たらそれをプレゼントするといいよ。」

茶のグラディーションの上に綺麗な蒼と緑を重ね羽の先は赤。羽のあたりが軽やかに彫り込めたから赤が際だって綺麗だ。
そしてもう一つは小さな一片だ。対のように大きくは形を整えてきた。鞄の中にはそういう木切れが幾つか入っている。削る作業は大好きだ。心が落ち着いてくるから。
人との付き合いが木を削るように思うようにいくなら良いのに。現実は失敗したときの木彫りのように削りすぎては後悔する。
そんなことばかりが起こる。

俺は喋らない方がいいんだ。

「綺麗〜〜〜な鳥だなぁ。お守りかなんかか?」
背後から声を掛けられた。
気配なんかしなかった……というよりも人が居るなんて思わない背後から声が降ってきた。
「い・・・やっ・・・・や・・や・・。」
「違うのか?じゃぁ作ったんか?お前の宝物か?」
でっかい目をキラキラさせて口なんかめいっぱい横に広げて笑ってる子どもが更に話しかけてくる。
「あ・・そ・・う・・。」
宝物といわれて胸がちょっと躍った。宝物?そうかも知れない。これは会心の出来だし。宝物にちょっと近いかも知れない。こくりと首が頷いた。

「へぇ〜〜!誰かに貰ったのか?」
「あ・・」。
今度は首をほんの少し横に振った。自分を指さす。
「お・・・・お・・・・れ・・。」
「お前が作ったのか???すんげぇ!!これを??お前って凄いじゃん!」


そいつの顔がきらきらしてる。
そのきらきらした顔が凄いって自分のことを言った。
滅多にない経験だった。
母以外の人間に褒めて貰うなんて。しかも初対面の。
話すことをしないウソップの評価は当然いつも低い。
覚えている限りで初めてかも知れない。展示会に入選したときにも自分はひっくり返ってしまい、表彰状は先生が貰ってきてくれた。
よく見れば声を掛けてきたのは自分と同じくらいの子どもだ。最後に着いた時から大騒ぎをしていた奴だ。あれくらい元気なら悩みなんて無いだろうなとちょっとあきらめの気持ちで見ていた。

初めての人間だ。なのにこいつは俺がちゃんと言えなくても判ってくれる。初対面なのに何故だろうとは思うのだ。しかし、間違いなくこの黒髪の男にはリラックスしている自分がいる。
「俺、ルフィ。」
頭には麦わらと言うよりもっと大きな葉で作った帽子。赤いリボンがやや大きめ。よれ具合は散々な物で直した後もたくさんある。女の子の帽子には決して見えない。
麦藁帽子・・というよりはもっと違う葉で作られている気がする。どっちにしても年季の入った、実用にはあまりむかない物だ。
彼と同じように笑ってみることにした。歯を揃えて唇を思いっきり横に引っ張る。彼も又同じ顔で返してきた。
「しっしっしっしっし・・」

言葉は無くっても同じ気持ちが帰ってくる。
「お前一緒の斑だったよな?」
ルフィは帽子を被り直した。
「手先の器用な奴がいると冒険の時には絶対にいいよな!って事でよろしく!!ついでに猿のおっさんが運転してるトコを見せてくれるってさ。お前も行かねぇか?」
「・・・さ・・る?」
「ほら!最初におっきな声出してた猿顔のおっさんだよ!」
それは船長だ。出航間際に安全説明をしてくれた。怖そうと言うより猿系と言った方が判りやすい顔だったことを思い出すと吹き出してしまった。確か名前はクリケットさん。

「な、判りやすいだろ?」
ルフィが俺の背中をバンバン叩く。笑いが止まらない。ルフィはもっと俺の背を叩く。
「い・・痛ぇよ!!」
俺からすんなり大声が出た。けどびっくりもしない。
もっとルフィが笑顔になる。
わくわくが止まらない。






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