『新月』




月のない闇の中。海上の獣達の交歓。
「あいつらこの後どうなるんだ?てめえならわかるか?」
「さあ?あんたに解らないルフィがあたしに解るわけ無いじゃない。
ただビビは…答えは本人しかわからない。気持ちも言葉も役には立たなくて自分を騙そうとする。……でも身体だけは知ってるわ。それは偽れない。」
「ヤルかヤんねえかって事か?」
「……あんたみたいに単純じゃないわよ。」



自分一人が気にしすぎなのはわかっている。他の人はまず気付くまい。
だけど私の身体はだませない。そこから身体が裏返っていきそうなじりじりした憔悴感が消えてくれない。
迷いに迷って、きつく縛った。



鼻歌混じりのサンジ
朝から気分は上々。今朝の食事の出来も文句の付けようがない。
「おい野郎共!飯の時間だぞ!!」
掛け声もすこぶる調子はよい。語尾に音符が付いていそうなくらいに。

「おはよう。今朝はご機嫌ね。」
「おはようございます。ナミさん。」
次々と眠い目を擦ったクルーが入ってくる。
「ふわ〜〜〜」
昨夜の夜更かしの影響などサンジは知る由もない
「・・おはようございます。」
掠れた声のビビが入ってきた。
「おはよう!」
少し照れた笑顔のサンジが迎えると彼女の肩の強張った力が抜けたのが解る。
その彼女も今日は長袖に首の詰まったブルゾン。いつもは履かない民俗調のロングスカートが髪色とあっていて華奢な感じがいっそう強調される。
「おはよう先に起きたわよ。あら?珍しいわね。そんなの持ってたっけ?よく似合うわ。」
「たまにはいいかと思って・・ナミさんは今日も素敵ですよ。」
洋服を褒めあう女性を後目にルフィが入ってきた。
「飯まだか?腹減った。」
「てめぇが一番遅いんだ。さっさと席に着け。」
言われたとおりに頭を掻きながら言われたとおりルフィは奥の空いたところに掛けた。
機嫌は幾ばくか悪そうではあったが、その素直な姿にウソップ始め一部は胸をなで下ろした。

ルフィの食欲は変わりない。しかし食卓はいつもより空々しい空気と機嫌の良さげなオーラが混ざり、事情を知らないチョッパーやカルーまでも皆が一様に言葉少なだった。


「あ・・手伝います。」
洗い物をするサンジの横に立ち布巾で一つ一つ丁寧に拭き上げる。
下の方に残った皿の上に溜まっていた滴がこぼれ、つっとビビの左腕に流れた。
「あっ。」
「袖が濡れるといけないから腕をまくっておいた方がいいよ。」
洗い終わったサンジは自分の手を拭きビビの両袖を巧みに捲っていく。
ふと左腕のモノに目がいった。
「あれ?」
「…」
「懐かしいな。その仲間の印。…けど今頃どうしたの?昨日俺そんなところに痕付けたっけ?」
「イヤだ…もう…サンジさんったら。」
顔を赤らめながら握られた腕をすっと外した。
「なんとなく思い出して…急にしてみたんです。でも皆に言われるのがイヤでこの服を引っぱり出したんです。」
駄々っ子のように小さく舌を出したそのしぐさが可愛くて、たまらずくわえていた煙草を置きそのまま肩を掴み唇を重ねようと顔を近づけた。
「……サンジさん」
「黙って……俺のものなんだな…。なったんだよな……。」
「……。」

相手の吐息を吸う距離で、ふれあう直前。
「ヲイ!氷くれ!ウソップの奴突き指したんだ。」
いきなりキッチンに飛び込んできたチョッパーは言うやいなや冷蔵庫前に駆け込んできた。
患者を抱えた彼に二人の姿は目に入らないのか何も言わず冷凍庫の氷を持ち出して走り去った。
「……」
「ふふふ……。」
「まあ焦ることないよな。」
軽く微笑む。
「さあさっさと片付けてお茶にしよう。」
ビビの左腕にはあの白い包帯が巻かれていた。


湯気の向こうに私を楽しませようと、いろいろな話を面白く語ってくれるサンジの目が見える。
丁寧に入れられた紅茶の色と、爽やかな香りが嬉しくて緊張していた肌に優しく溶けていく。いつもの優しいティータイム。

サンジさんは・・始めて会ったときから優しかった。手を差しだし、欲しい言葉を細かい気配りと共にくれる。ナミさんにも同様なのである意味気安く寄りかかることが出来た。
その比重がどんどん自分に傾いてきていたのはわかっていたが、国のことが片付くまでの私には気持ちをそちらに裂く余裕など無かった。
居心地の良さだけ利用する嫌な女。
「全てはアラバスタのために」と思うことで罪悪感を飲み込んできた。

でもそんな私にサンジさんの優しさは変わらなかった。事ある事に「ちゃんと俺が守ってあげるから」と優しい目で言ってくれた。
(私はあなた達を利用しているだけなのよ!)
何度その微笑みに力みすぎの肩の力を抜いたことか。優しければ優しいほど嬉しさと罪悪感の振り子が大きく揺れて心より前に身体が悲鳴を上げていた。


本能的に皆を導いていく船長、
黙っていても常に全体の最善を理解して行動で示す剣士、
美しくて有能な航海士、
優しくて、人に気持ちの機微に聡い狙撃手、
有能で寂しがりの医者、
そして女性に優しいイーストブルーでも一、二を争う優秀なコック。

こんな凄いクルーの船に乗せてもらえたのは、そして仲間だと言ってもらえたのはとても幸運なことだった。そしてサンジさんが仲間と言うより女と扱ってくれることが、人生を引換にしてもいいくらいの幸せだったのに。


始めて身体を併せた昨日…。こんな事になるのなら国に残った方が良かったのだろうか?
国に残って、皆を想っている方が……。




夕方にかけてサンジは例のごとく夕飯の準備に忙しい。最近は陽も早く沈むのだろう。やや早い時間にもかかわらず、太陽の半分以上が海中に沈んでいた。
ルフィはおそらく船首でいつものごとく腰掛けているはず。それを見越して船尾から一人でぼんやり海を眺めていた。

海の色も朱から闇の色に近付いていく。
今日一日の空気で肩がもげそうなくらいこっている。
珍しくだれもここに来ない。それが今日は救いだった。
しかしこの狭い船で、人と会わないようなことはあまりない。やはり人が上がってくる気配がした。夕食を呼びに来たのか?少し早いようだが…。
振り向いてみる。

いや。一番会いたくない人だった。
逃げる場所も無いというのに身体が隙あらば逃げようと準備している。
獣はそんな気配を読むのは簡単だろう。
あっという間に側に来て、デッキの壁に追いつめられる。

「やっと捕まえた。」
「離して下さい。」
下を向いて視線を合わせないようにする。
「イヤだ。逃げるだろ?」
「逃げてなんか…誰のせいなの!?」
「サンジまで使いやがって」
「!」
こんな憮然とした表情のルフィは見たことのないものだった。
昨夜のことも気が付いていたの?

ルフィは追いつめたまま視線をビビの左腕に向けた。
「その左腕…。俺が昨日掴んだところだろ?」
誰も気が付かなかった真実を言い当てられてビビは下唇を引き結び、包帯を巻く腕に爪を立てる。ビビの顔面から血の気が引いて真っ青だ。

いきなり左手首を捕まれて高く引き上げられる。ルフィの残った左手がきつく縛ったはずの『仲間の印』を無理に掴み外そうとする。その痛みで声を上げそうになっても押さえられた腕は動かない。腕の締め付けがきつくなり指の先まで手が鬱血して動けなくなる。
じゃりっと音がして布が裂け引きちぎられた。誓いの印。二人がただ仲間であったことを示すものはあっさりただの布きれになり果てた。
素肌に残っていたのはほんの薄い指の痕が五つ。
こんなものでは自分を守れない。自分を守るのは…。

「俺の痕だろ。」
所有の痕を見つけたように笑みを浮かべる。クロコダイルとの戦闘時に敵に見せた笑顔によく似ている気がする。恐さ半分その魅力に抗えない。

「ルフィ…何で私なの?」
絞り出された声が痛々しいくらいだが、しかし誇り高いその瞳はルフィをしっかりと見返す。その力は失われない。

「その瞳をしたお前が欲しいんだ。」
ビビを見たルフィの漆黒の瞳がよりいっそう輝いて見える。獲物をみつけた顔だ。
「俺を変えることが出来るのは俺だけだったんだ。俺の仲間はいいやつらで・・スゲぇだろ?」
仲間の話を口にするといつものいたずらっ子の自慢顔に戻る。さっきまでの怖いルフィも同じ人物なのだ。そうと感じると、今まで男の子にしか見えなかったこの男の底が見えない。きっと底など無いのだ。彼の中にはいったいどれくらいの空間が詰まっているのだろう。物事の本質に最短距離でたどり着く彼には時間も空間も意味をなさない気がする。
こんな男に捕まえられたら本当に逃げられない。

「でもあいつらに会っても、会わなくたって俺は変わんねぇ。海賊になって旅をしてる。
この船の船長で…ワンピースを目指して、やりたいようにやってる。
俺の行く先と行き方を決めるのは俺だけだ。

けどチョッパーの島で・・お前は本当に凄かった。」

語りかけてくる黒い瞳の中に土下座したルフィと自分が居た。

「あん時からずっと見てた。砂漠で余裕のないお前も見てた。
んで、抱いたらどうなるだろうって思った。普通に女抱いても気持ちいいじゃん。
お前だったらどんなに気持ちいいだろうって思ってた。」

「…どうなるの?」
「しるかよ。やってみなきゃわかんね。」

右手がビビの髪の毛の先をぎゅっと握る。握った手は力強いのに張力は感じない。じっと目を見据えたまま長い髪を引き、その先にそっとくちづけられる。電流が流れたように感じ、頭皮が逆立っているのが解る。視線を逸らさないままその手が離れたのを感じると今度は力無くだらりと垂れた私の両腕を優しく押さえられ、唇が近付いてきた。

ビビは抵抗しなかった。
しかし唇が重なるその一刹那前

「要のあなたが女のことでもめたらこの船はどうなるの?」
思いがけないタイミングでかけられた言葉にルフィは少し身体を退く。捕まえ損ねた獲物を一瞥し顔を離す。しかし掴んだ腕はそのまま、逃げられないよう力を少し加える。
「もめねぇ。サンジは俺のモンだし、お前もだ。だいたいお前は周りのことばかり考えすぎだ。欲しいモンをしっかり捕まえろよ。どっちも欲しいんならそう言えばいい。別に俺と寝たからってサンジを嫌いになるわけねぇだろ。」
「!?どちらも?」
「そうだ。」


王は選ばなくてはいけないとお父様は言っていた。正しいときに正しい方向を一つ。
その為に捨てるものに情けを掛けてはならないと。

今選ばなくてはいけないのか……。理性と正義を相手に、解らない私の心を。




食事の準備はあらかた済んで、ふと妙な胸騒ぎがした。甲板に出て、ぐるりと周りを見渡せば船尾で二つの影が見える。
争うような二人は気が付くとその影が重なりそうに見えた。
誰か解るのに時間はかからなかった。

それを見たまま動けなかった自分に気が付いて、慌てて飛び降り駆け寄る。
「おいルフィ!ビビちゃんに手ぇ出すんじゃねぇ!」
ルフィの顔めがけて蹴りを入れ、そのまま掴んでいる手に振り下ろす。ルフィは最初の蹴りを鼻先でかわし、次の動きに気付いて仕方なく腕を放した。駆け寄ったサンジはそのまま二人の間に割って入り、ビビを背中に庇いルフィと向かい合った。
「この人は…俺のもんだ。ようやく手にしたんだ。お前が相手だってゆずらねぇぞ!」
サンジの叫びは悲痛だった。ルフィにだけでなく、ビビに、そして自分に向かって叫んでいるようだった。
ルフィは今度も訪れた闖入者を睨み、ビビを見た。

「サンジ…。お前馬鹿だな。
解ってるだろ?お前もビビもどっちも俺のもんだ。お前のじゃねぇ。」

迷いを一切含まないルフィの声は、ある種逆らえない響きでサンジを圧する。
迷いのない光・・これに導かれて船出したのではなかったろうか。
あの時の光は輝きに満ちていた。
これが同じものなのか?

「抱いたくらいで女が自分のものになんのか?勘違いするんじゃねぇぞ。何人も女喰ってきた癖に全然解ってねぇんだな。」

こんな事を言う奴だったのか?餌付けをした保護者気分で居た自分が愚かしく感じる。
ルフィを敵にまわした海賊達の感じただろう恐怖がサンジに襲いかかる。

「じゃあ……お前はビビちゃんにどうしたいんだ?」
「そんなこと知るか?ただ欲しいんだよ。  ビビが、欲しい。」
ルフィはただ立っただけで動いてすらいないのにこの全身にかかる重圧の正体はいったい何なのだろう。

声が出ない。全身をきつく縛られてしまったかのように。ルフィの言葉は強固な鎖で、瞳の力に絡め取られる。鎖は呪文のように織り上げられて、自分が連れ去られてしまう。

二人ともにかかった呪縛を破ったのは握り拳を堅くしたサンジだった。
「てめぇ、自分のことしかねぇのか?!それじゃあビビちゃんを壊しちまう!?
俺はこの人を守るぞ!そう決めたんだ!」
「壊す…?ビビは壊れねぇよ。守って貰うだけの女じゃねえもん。
だいたいそんな面倒くさい女、俺が要るか。
ビビだから欲しいんだ。」

言い放つルフィは心底怖かった。
全く迷いなく彼女を強いと言うルフィは、やはりルフィなのだ。
手から、足から泡立つ感覚が起こってくる。絶対的強者を目の前にしたときの小動物の怯えに似た感覚に全身が支配される。力が抜き取られたように。

サンジの怯えは後ろのビビにも見て取れた。ルフィ相手にこの人が勝てるわけがない。
この人も彼のものなのだ。全てを従えていく絶対的王者。王達の会議でもこれだけの光を放つものはいなかった。海賊王に…この人なら間違いなく成るだろう。
敵も味方も正も邪も全てを捧げさせて巻き込む意志の力。


では私はどうしたいの?




風が………変わる。
「どうした?」
一瞬窓から空を見上げ、気配を変えたナミにゾロが訊ねた。
「まずい…嵐よ。」
「何?」
「月が無いこんな夜に…最悪だわ。」
頭を抱えながらもさっと服を身につけて甲板に走り出る。
「全員集合!今から左舷の方から大きな嵐が来る!こんな新月の夜に動くなんて自殺行為だけど仕方ないわ。来た道を戻る!」
動かない三人をよそに置いて他のメンバーがバラバラとナミの声に慌てて駆け出してきた。
ナミは走りながら船尾にも声を掛けた。
「この非常時よ。あんた達も一旦休戦しなさい!」

「反転か??」
チョッパーが確認する。
「いいえーー右に135度旋回してそのまま此処を離脱。距離2500を確認してからその後左30度の方向へ。細かい指示はその都度出すわ!ゾロ!ウソップ!今は舵とガフセールを早く!」
なんの目印もない海上で、しかも月のない夜。風も強くなってきている。空の星ももはや走ってきた雲にかき消され確認など出来なくなってきた。座礁があるかもしれない可能性を考えると航海士としての記憶と感だけで動かすのは非常に危険かもしれない。
今日とった航路と思われるコースををログポースで確認するのが精一杯だ。
でも誇りにかけてやってみせる。

風が・・ざわざわと肌に語りかけてくる。大丈夫。乗り切る。
「距離2000・・ここで、舵を思い切りきって!左へ!11時の方向へ行くわ。急いで!」
クルーはナミの手足となってかなり有能に働く。伊達にグランドラインを旅していない。
後方に巨大な風のうねりがとぐろを巻いた蛇のようにうねっているのが見て取れた。
ナミの指示無しでは船は巻き込まれあっという間に木っ端微塵になっていただろう。
しかし水面はまだ闇の色で、空との境も解らない。
漆黒の海に何が潜んでいるのかも解らない。
後方の大蛇が更に気を変えて襲ってこないとも限らない。
まだ気は抜けない。





夜明け頃には嵐を回避して、静かな日の出と出会うことが出来た。空が白みかけた頃よう
やくナミの許可が出て、ゴーイングメリー号は休息の時を迎えた。
次々と力つきたクルーが甲板で、部屋で、屍のような寝姿をさらしていた。

シャワーを浴びるようナミに薦められたビビは身体と心の極限の疲労の中いつもの習慣で冷たいコックを捻った。水の少ない砂漠の国に入浴の習慣は少なく、スチーム式か沐浴のみが日常だった彼女は疲れると体が覚えていたままに冷たい水を浴びる。
気を抜くと得体の知れないものに潰されてしまいそうな感覚に敗けないように身体を打ち続ける水に抗っていた。

今考えるのは得策ではないと解っているのに興奮して張りつめた神経が言うことを聞かず暴走し続けて、頚の後ろの張りつめたものが取れてくれない。
温暖と言うよりは、寧ろ熱帯に近い気候の中で、冷え込んだ浴室を片付けてあがると身体の中からゆっくりと熱が全身から末端に回っているのが解る。沐浴すると己の身体から力が満ちてくるように思う。
お湯の湯船に浸かる気持ちよさも教えて貰ったが、いざというときにはこちらが合っているようだ。


いざというとき・・思って苦笑した。
本当の嵐も去って楽になるはずなのに、船内にはもっと大きな暴風が待っている。


本当はそのまま部屋に帰ればいいのだろうがナミと会ってどう言えばいいのか、ナミはきっと何も言わずに心配していることが予測されつい帰り損なった。
累々とした寝姿を眺めルフィが含まれていることにほっとする。
今は何を言えばいいのか解らなかった。そのまま他人に会いたくなくて、いっそマストに登ろうかと睨んでいると後ろから声が掛けられた。

「またそんな冷たい身体して…風邪ひくよ?」
サンジは自分の上着をビビの肩に掛けて、そのまま振り返り黙って遠い海を見ている。
もう朝日が少し顔を出している。空には雲一つない。
黙ったサンジの後ろ姿に語る言葉を選べず、そのまま同じように朝日が昇るのを見ていた。
「今朝はいい天気になりそうだ…あんな嵐の後、蒼空の太陽を見るとほっとするね。」
太陽が完全に姿を見せるとサンジがそっときりだした。柔らかい風が吹いてきた。
「……ええ。」
「太陽無しじゃいられない…ビビちゃんのそんな気持ちは解るんだよね。」
「えっ?」
「俺はお月様が大好きだけど、太陽からも離れられない。だから………ビビちゃん正直になってくれて・・いいんだ。」
「サンジさん?!待って何を……」
太陽ってルフィさんのこと?それって・・
「今俺に言えるのはこれだけだ。これ以上は勘弁してくれよ。」
そのまま一っ飛びで下に降りていってしまう。
「サンジさん!」
「君が負い目を感じることないんだよ。」
いつもより優しい笑顔が朝日に映えて眩しかった。
(なんで…そんなこと……言うの?)


ルフィには勝てない。
腕っ節とかの問題ではなく本質的にあいつは海賊で、俺はコックだ。
さっきの二人でいるときの表情からビビちゃんがルフィに惹かれているのは解った。
それでもビビちゃんがこちらを向いていてくれたら…なんて未練がましいよな。
好きになった人の笑顔は見ていたい。それをあげられるのが俺じゃなくても。
だから………もういいんだ。


新月は確かに空に浮かんでいるのにその顔は見えない。でも俺は知っている、月はいつでも優しい同じ顔をこちらに見せているんだ。
ただ陽の光がないと解らないだけで…。
陽の光がないと…。








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