奇跡の島〜ゾロの話 ver.3


 




囲炉裏の側を囲んで三人が座る。
無骨で大きな急須から注がれた冷茶が茶器の周囲で結露している。
服をさっぱりした物に変えたキスグは水の滴る茶器をじっと掌に抱え何から話せばいいか…と語り始めた。

誰に語るでもない昔話を。



「妖刀と世に言われるもののうち本物はほんの僅かしかいない。しっとるか?
大半は為政者達の陰謀や、思いこみなんぞで、悪用されただけのまがい物じゃ。

じゃが、鬼徹は本物じゃった。
吸った命の数も半端ではないが、そのうちの多くは持ち主のものと聞いた。
面白半分手を出すものが絶えなかったが次々持ち主が変わるので、コレクター達も終いには手を出すものがおらんようになり、それではと神殿に奉納された。
だのに使わねば眠るだけものを神官どもの一人が使って死んだあげく自分らの手が汚れるのを恐れて、善意顔でここに持ち込み処分しろとほざいた。

ワシも最初はつっぱねていた。
使い手の尻拭いなぞごめんじゃ。
だが時の領主まで巻込み、町の連中にも懇願されて、泣く泣く二代鬼徹を鉄に返した。

その後ワシの作った渾身の二振りはやはり妖刀になった。
邪な思いを抱えたものには分相応なところじゃが、これを手に入れた次の領主がさんざん使い込み人の命を吸わせた後で、自分に対する反逆だと因縁を付けてここへ怒鳴り込んできた。
そして結局その二本も鉄に戻させられた。


わかるか?刀師にとっては我が子を殺させられたようなものじゃ。
その後からワシは『妖刀殺し』と呼ばれ妖刀と名の付くものを持ち込む輩が後を絶たなくなった。

嬢ちゃんは見たか?裏の白鞘や箱書きを。
名刀達が次々持ち込まれる。何故刀師が刀を殺さねばならん?
それももう出ることはないと思われるような名品ばかりを。古来の技はもう得られることが無いのに。
そして反対に何故つぶしたのだ、妖気だけ抜くことができんのかと因縁を付けてくる馬鹿もおる。


人間の愚かさにあきれた。もう嫌じゃった。そして最後の初代鬼徹を封じてからここの火は消した。」


「何故ここに持ち込まれるんだ?」
解らないことだらけでその糸口が掴めないまま、ゾロは取りあえず質問をぶつけてみる。

「こちらは鬼徹の子孫に当たる方なのよ。」
何故知ったのかナミが答えた。
コイツのことだから勝手に調べたのだろうが、では何故そんな顔をするんだ?
ナミは全身で何かを隠している気配を漂わせている。だが同時に訊いても答えないと言う力を感じるので結局何から質問して良いかも煙に巻かれたように解らない。
取りあえず黙っておく。


そんなゾロに気付かないのかキスグの昔語りは続いていた。

「ただの平凡な刀師でありたかった。
刀を作り、研ぎ、そして生きて使われる刀を見守りたかった。
そしてありえん事だが鬼徹の作品が生きているのを見たいと泣いたものだった。

……今日その願いががかなった。
ロロノアよ。へっぽこ呼ばわりして済まなんだな。」


語る間は遠い昔を見ているような目をしていたキスグの視線がゆっくりゾロの方を向いた。
ゾロは思いがけずキスグの眼に浮かんだ優しい光に照れてぶっきらぼうに横を向いた。
「礼を言うのはこっちだ。刀も治してもらえたし、あんたのおかげで掴み損ねていた感覚が掴めそうだ。」
「おう。精進して物にしろ。でなければ今回奇跡的にうまくいっただけになってしまう。」




外の影が長くなってきた。
虫の声も静まってきた。
やや暗くなってきた部屋の中に数匹のカネムシが迷い込んできた。
小さい光を放ちながらふわふわと漂うように宙を舞う。
始めて見たゾロは少し驚いたようだったが、その姿に目を細めてキスグの話は続いた。


「この島には奇跡が起こるという伝承の日がある。
もとはこのカネムシの祭りにあやかった祭りなんじゃろう。

このカネムシはこの島にしかいない。
この島の、良質の鉄のあるところに集まってくる。
この虫がいれば良質の鉄がとれるといわれ密猟が盛んだった頃もあった。一時は門外不出にされたこともあったが結局島の外に出ると命を失うものらしいことがわかり捕りに来る者もいなくなった。
それでも今でも島のものもあまり他所者に語らない。
そしてこいつらは年に一度この日になると繁殖の夜を過ごす。
今日だけ全身で光り、集い、命の交歓を行う。


その日に奇跡が起こるという言い伝えがこの島に古くからあった。


ワシとていままでは信じておらんかった。
全てのことに感謝することも、許しを乞うことも出来ずにいた。
それをさっきの涙が全て洗い去ってくれた。いまはただ全てに感謝したい気持ちだけがここにある。
今日のお前達や鬼徹との出会いに、そしてかなわぬと思っていた望みが叶ったことに。
自分が産まれ、ここまで来た意味全てにさえも。
自分を形作ってきた者全てに。」




日も落ちて、暗くなってくると少しずつ光の玉が増えてきた。
ナミが膳を用意する間、ゾロはキスグと差し向かいで出された酒を黙って飲んでいた。

軽い静かで陽気な食事の後、一人で過ごしたいと言うキスグに二人は素直に与えられた離れに下がった。
キスグが持たせてくれた酒は年代を重ねた古酒だった。一緒にくれたぐい飲みも手に張り付くような黄瀬戸の一品で、この家の由緒を物語ると思われた。



部屋からも丁度裏山が見える。
静かに始まっている祭に、二人は縁側に並び黙って外を見ながら杯を重ねた。
舌に柔らかい熟成された琥珀色のなめらかな液体をゆっくりと口に運び、空になれば相手に注ぐ。
周りの静謐に合わせた儀式のようにそれは無言で淀みなく続いていた。

昨夜までうるさかった熱帯の気候の中に多くいるはずの他の生き物も息を潜めて静かだ。
縁側から見える裏山ではカネムシの祭りが盛んになっていく。

変わった形の山だと言ったら、昔から丁度この裏に、極上の鉄が産出されるので、どんどん掘った結果だとキスグが教えてくれた。今でも島一番の鉄を出すからここに集まるカネムシの数は桁が違う。妖刀の産地と言って今では近づく物もおらんがなかなかの物だ、と話す顔は得意気な子供のようだった。

光の玉は順に上へ登っていったかと思うと山の少し上まで行ってはゆっくり浮力を伴って降りてくる。
時間と共に光の数はどんどん増えてその列は数を増していく。
光の中には色を持つ物、点滅をするものもいた。
違う次元のオーケストラが音をどんどん重ねて曲を作るような感じに似て、耳には聞こえない音が瞳の中で狂乱しているようだった。
そのうち谷の真中で幾本もの光の行進が束になり空に向かって上昇していく。
そしてそれらは部屋から見ても大きな樹状になった。
谷の山肌にも幾本の光の束が広がって、動き、点滅している。



「生きたクリスマスツリーなのね。」
溜息のようにナミが呟く。

今日の暦はクリスマスだった。自分たちのクリスマスとは起源も形も違うもの。
気候も、場所も全く違う場所で違うものを見ていながら同じように祈られてきた奇跡と感謝。
人の思いは時も場所も越えて等しい。まさしくこれが『島の宝』なのだ。


「この一年への感謝と来年への希望に。」
「この出会いに。」
私たちが出会うことが出来たその全てに感謝を。
そしてこの男と出会えたことを、二人でこの場所にいられる喜びを。
目の前の命の祭りを見て杯を傾けながらナミは思った。

ゾロの手がそっとナミの頭を引き寄せた。
「出会えた奇跡・・か。」
「・・自分の思いをあんたに耳元で聞かされるのって、もの凄くゾクゾクする。」

重ねられた男の唇はその身体と異なりあくまで柔らかく、優しい。
後ろに回された手も、割入ってくる舌もそこの感覚だけが切り出されて敏感になっているように、甘い。
口中に男の味を感じながら昼間の頼み事をするキスグの顔が思い出され、そして切に思う。
今この男の腕の中にいることが自分の奇跡の積み重ねの結果なのだと。




どうしてもゾロが本気で鬼徹を使うところが見たいというキスグに、
普通に頼んでも使うわよ?暴れたい奴なんだから
と軽く答えれば、今日この場所で本気が見たいのだという。
「生憎相手は用意する間がない。…お前を餌にすれば大丈夫だろう?」

「その頼みって言うのは刀師のものとして聞けばいいのかしら?それとも私はライバル宣言されているの?」


知らなければエロ爺がと棍棒を食らわせたくなる顔にずっと演じてきた月日の重さがうかがえる。
しかしその眼にはあこがれの対称を見る少女のような光があることをナミは見逃さなかった。
手にした一枚の写真を渡す。
母娘が晴れ着を着て笑っている。
『娘と』と裏書きにあり日付は60年前のものだった。


「油断も隙もないの?小娘。」
受け取り、じっと写真を見つめる。
子供の頃の自分の顔。まだ絶望を知らない頃の。

「あの男はワシの悲願じゃ。あるはずもないと思っていたことが形になった。
それに執着する思いは恋情に似通ったものがあるかもしれんな。
…知っているか?刀鍛冶の世界では女は入れてもらえん。だのに、鬼徹の直系はワシ一人。
男として生きるしか道はその頃にはなかった。」
自虐する様は年を経て性別を越えてしまった。


「あなたの思いはこの刀と共にあいつに付いていくのね。」
「ワシ自身はそうやって過去から解放されるじゃろう。そしてお前はその身で共に行くんだな?」
人は人に想いを託す。
刀はあいつが、そしてこの想いは共に私と行くだろう。
「ええ。先に何が待っていたとしてもね。
海賊になるときに決めたの。私は何かのために目的を諦めたりはしない。
だけど、その何かも決して諦めない。必ず手に入れてみせるって。」




次の朝、二人が挨拶に行くと、部屋にキスグはいなかった。
預けた二本の刀と共にあった手紙に早朝から鉱山に向かっていることが書かれていた。
そして打ち直しの料金は要らないとも書いてあって、これはナミを喜ばせた。

「ただなのはありがたいけど、でも自覚無しにフェロモン撒き散らすの止めてよね。」
「何だ?それ?」
「いいわよ。本当に自覚ないんだから。」
「・・爺の話。何を知ってる?」
「別に?良いじゃない刀も治ったし、剣も教えてもらえて」

ナミは話す気がないときの顔を見せる。
と言うことは俺は忘れた方がいい話なのだ。
確かに欲しい物はもらえた。満足している。だからこれ以上は訊く必要はない。

晴れ晴れした表情のゾロに向かってそれより4万ちゃんと払ってよねとナミはいつもの魔女顔を見せる。

「だいたいお前もここに来たかったんじゃねえか。」
「それとこれとは別。偉そうなことは一人で帰れてから言うのね。」



こうやって私たちは共に行く。この旅路が少しでも長く続くことを願いながら。

 








長い刀師の話にお付き合いいただいてありがとうございました。
このシリーズはただのクリスマス話です。
甘くないクリスマス話にしたかったらこうなりました。
(というか奴には無理だろうと)
和道一文字ではなくゾロの刀の三代鬼徹の話が書いてみたかったのです。

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