着いた港は賑やかで、大きな店が軒を並べていた。
武器商人の町だという。
内陸すぐ側に良い鉄の産地があり、昔より大物から小物まであらゆる武器を作ってきた。
海を股に掛けた大商いをする商人はここのエターナルポースを持っている者が多いという。
いまも大きな刀工が店を並べたり、名のある刀師が山で鎚を振る。
鉄砲の店もにぎわい、新作の開発も盛んらしい。
鉄製品の全てと言うことで、包丁からテーブルセット、床屋の鋏まで何でも揃わぬ物はない。

 



奇跡の島〜ゾロ ver.1


 




その話を聞いて、男は街へ飛び出した。
彼の刀の調子が悪いのだ。
大切な三振りのうちの一本。
どれも鬼神のような剣技に充分につき合う良品達だが、その一本にほんの僅かだがひびが入っているようだ。
普通なら気付かれないくらいだが、音が微妙に違う。 そう思ってとりあえず最寄りの刀剣の店に当たったのだが、その刀を見ると断られてしまう。
この刀は妖刀と呼ばれる暴れん坊の中でもかなりの有名な物だったらしく、初代、二代目とも既に封印され鉄に戻ったとも聞く。
今は自分に従っているが、隙を見せればこちらの命を持っていってしまう危険な代物らしい。
剣を扱う者だけでなく研ぎ師にも災いをなすと言う噂があり普通の刀師では簡単に引き受けてくれなかった。



町中には華やいだ雰囲気が溢れている。
「お祭りみたいだ。」とそぞろ歩きのルフィは喜んでいた。
果物屋の店先の樽から極彩色の果実を取り上げ、そのまま美味そうにたいらげる。
どの店先にも鉄で作られた小さな飾りが下げてある。ワイヤー細工の様な物で、形は様々だ。


「長、お宝の具合はどうだい?」
「うむ、良い感じだ。」
屋外に席を設けている町のカフェでくつろぐ男達の声が耳に入った。
それは買い物の途中、気分良くぶらぶらとウィンドーショッピングを楽しんでいたときの事。
『島の宝』という響きに目を輝かせた海賊専門の盗賊は、普通の人に手を出すほど落ちぶれてはいない。
しかしお宝という響きにはめっぽう弱く、時間が余っているのも手伝って精力的に情報の捜索を開始した。


「妖刀殺しのキスグね。しみったれた男よ。もっとも最近は噂を聞かないけど。」
「?」
「妖刀を扱いすぎて頭がやられたって話らしいわ」
最初に寄った大きな刀剣店の女将が口元の黒子に少し色気のある中年女で、サンジなんぞは喜びそうだと思いながら聞くと、こちらにしなを作るようにもたれ掛かりながら情報を教えてくれた。
居場所と歳以外に情報は無かったので他を当たろうとしたが、店からなかなか出してくれそうにない。
腰の鬼徹を見せると黙って離してくれた。



「案内してあげようか?二万ベリーね。」
「けっっ相変わらず暴利だな。いらねえぜ。わかりやすい半日くらいの所だって話だ。」
そんな余分な金もない。いつもの迷子がかなり自信を持っているようだ。

港に上がり、三々五々に散ったものの、船がホームであることには変わりない。
勝手に戻るものもいれば、そのまま出ていかないものもいる。
チョッパーなどは人の多いところにはあまり出ていかない傾向がある。
しかし好奇心だけはルフィ並なので、帰ってきた連中に話をねだることしきりだ。
ルフィはいつもの通り、サンジは包丁の出物を見に行ったらしく席を外している。
ウソップは怪しげな雑貨商の探索は一通り終わったようで、本人いわくの今日の獲物を見せびらかしていた。
船を下りていくゾロの姿を目で追いかけているナミの姿が珍しくて、ニヤニヤしながらウソップが聞いてくる。
「ナミ金稼げなくて残念だったな。幾らゾロが迷いやすくても一本道じゃあ大丈夫だろ。それとも心配なのかあ?」
「賭ける?」
くるりと振り向く笑顔の魔女がいた。
「さあて、ごちそうさま。さっきのお宝の情報でも集めてこよう。あたしも出かけるわね。」
笑顔の力強さにウソップは引いてしまったが、しっかりと5,000ベリーの賭を成立させられていた。




三日後、誰もいない町の出口。
まだ朝靄が漂っているうちにナミは軽い荷物を背負いながら町をでようとしていた。
行程は半日。向こうでの捜索の時間は多い方がいい。
宝の情報を求めたが、余所者と見ると町の人の口は堅く、大したことは解らなかった。
「ま、行ってみれば解るでしょ。」
少し脚を進めると靄の中からやや大きな人影が現れた。
こんな時間に?と思いながら透かし見ると緑色の頭が歩いてくる。 向こうも驚いたように足を止めた。

むっとした口端。少し不機嫌そうなその様子を見てピンとくる。
「帰ってきたって訳じゃなさそうね。…あんたまだここにいたの?」
「おまえこそこんな所まで何しに来たんだよ。」
「ここは最初の町の出口よ。・・・やっぱり迷子になってたわね。」
「……うるせえっっ!」
赤くなりながらそっぽを向く姿は体格に似合わず可愛らしい物だ。
予測通りの展開にニヤリとほくそ笑み、溜息を付いて見せながら交渉事を持ち出す。
「仕方ないわね。4万ベリーでいいわ。あ、旅の途中、身の安全は保障してね。」
「いきなり倍かよ!」
「だってあたしがいなかったらあんた絶対辿り着けないわ。」


山中に入れば鉦と硫黄の匂いが鼻についた。
草木のまばらな赤茶けた山の中腹にかつてはしっかりしていたであろう門構えの一軒の家が建っていた。
塀が遠くまで続いていて奥は広いようだ。どれも荒れていて瓦も落ちている物が多い。
管理の手が全く入っておらず、草も伸び放題の中に庵を数件連ねて家にまとめたような建物が見える。
煙が出ていなければ人が住んでいるとは思えないほど鬱蒼としていた。

「じゃまするぜ。」
「どなたかいませんかあ?」
二人が声を掛けながら中にはいると、門外と変わらないくらい荒れ放題の庭が出迎えてくれた。
いくつかの庵のうち一つから細い煙が上がっている。外からも一応住居のように見える。
人気はないが、煙の方にあたりを付けて進んでいく。
その入口から覗くと広い土間の向こうに火の入った囲炉裏が見える。しかし人の気配はなかった。


「誰もいないわね。」
後から覗き込んだナミが言ったとたん
「きゃ!」
と声を挙げる。

馬鹿が入口で転びでもしたかと後ろを見ると、振り向きながら拳をあげるナミと小柄な老人がいた。

老人の年の頃ははっきりしないが、茶の頭巾のような物をかぶり、この暑い島独特のくすんだ青のゆったりした上着を着ている。洗いざらされた麻にも似て涼しげな前あわせの一重と対照的に、かなり酒におぼれているらしいことが鼻の色や目つきからはっきり解る。
その上ナミの後ろでもぞもぞと動く様子の不穏さにゾロは刀に手をやった。
「いやー見事な尻じゃ。張りといい形といい絶品じゃ。お?ご面相もなかなかの美形じゃな。
鄙つ屋には珍しい別嬪。」
よくよく見れば老人の手はナミの尻を触っている。
気付いて目つきの変わったゾロが刀を抜く前にナミの鉄拳が老人の横っ面に飛んでいた。

「乱暴な美人じゃのう。」
そういいながら殴られた頬をさすりニヤニヤした顔でよっこらしょと起きあがる。
ナミは怒りに震えながら二発目を出そうかと老人に向かって怒鳴った。
「なにすんのよ!人のお尻を勝手に!」
「いやー良い尻じゃ。身の軽さもなかなかじゃろうが、いかんせん男に可愛がられ過ぎとるの。最近しょっちゅうなんじゃろう。少し控えんと良い盗っとにはなれんぞ。」
「!」
二人で真っ赤になり内容に腹を立ててながらもゾロは最後の言葉に引っかかる。
少し触っただけでそんな事まで解るのか?

ただ者ではないらしいと判断して、抜きかけていた刀を戻す。
怒りにまかせそうな自分の呼吸を整えて、礼を失しないように聞く。
「俺はロロノア=ゾロ。刀鍛冶のキスグってのはあんたか?」


「いいや。人違いじゃ。ワシはただの小屋番じゃ。」
まっすぐゾロの目は老人を見る。身長差のせいで、老人には圧迫感はいっそう強く感じられるだろう。
しばしの睨み合いの後に老人は先に目をそらし向こうの方を向いた。
「じゃあキスグは何処だ。」
「さあな。あいつは剣を殺すのに狂っていなくなっちまったよ。」
「殺す?剣を?」
物騒な言葉にナミもいぶかしげに聞く。
腹は立っていたが、気配の変わったゾロの姿に少し気圧されて黙っていたのだ。
「そんなこと・・するの?刀師が?。」
「……」
説明したくないつもりらしい。口も開かず視線も戻さない。
だが黙って見続けるゾロの視線に耐えられなくなった老人はいきなり早口でしゃべりだした。
「だいたい妖刀の邪気だけ抜くなんざできん!そんなことも知らずにこんな物に手を出したって後の祭りじゃ!怖くなってここに来たってキスグはもうおらんのじゃ。」
言いながらゾロの目を睨み返す。
「…嬢ちゃん、男はちゃんと選ばにゃいかんぞ。選ぶ男で人生が大きく変わるもんじゃ。刀も見抜けん馬鹿を尻に乗せとるとろくな目にはあわんぞ!」
言うだけ言って土間から草鞋を脱いで上がり、小棚の酒瓶に手を伸ばし、グイとあおった。

それまで黙ってみていたゾロが鬼徹を鞘ごと腰から外しながら口を開いた。
「余計なことはしなくていい。俺はコイツを治して欲しいだけだ。頼む。他では断られ続けてここしか頼むところがねぇんだ。」
「治す?」
「ああ、少しひびが入っているようでこの間から音がおかしい。」
老人の酒で濁った目が急に醒めていくようにじっとゾロの顔を見つめる。
「使っとるのか?コイツを?」
「ああ」
「治してから他人を騙して売るんじゃないのか?」
「コイツならやりかねないが、売っちまうわけにはいかない。これは俺のもんだ。」
少し後ろのナミを顎で指しながらニヤリと笑って、手の物を老人に向かって差し出す。
「頼む。」
改めて真顔になってすっと頭を下げた。

「ワシはただの留守番じゃ。」
「鞘から抜いてない奴をそれと見抜ける留守番か?
それでもかまわねぇ。あんたが治してくれりゃいい。」
老人は持ったままだった酒瓶を横にグイと置き、ゾロの正面にまっすぐ向いた。
「観せてみろ。」
両手を出し刀を受け取ると、酒にふやけてにやけた顔はいなくなった。
呼吸するのも忘れたように鞘から刀を取り出して魅入っている。
二人の張りつめた空気にナミが動けずにいると静かな所作で老人は刀を鞘に戻した。

「この傷に気付いたことは褒めてやる。…だがこのへっぽこ剣士が!」
「誰がへっぽこだ!」
剣の腕をけなされれば、ゾロも黙ってはいない。
噛みつかんばかりに老人に詰め寄るが、刀を持った老人の胆力はそれをあっさりしのいだ。
「豪剣しか使えんからへっぽこと言ったんじゃ。この阿呆。」
「!・・・」

「ほう自覚はある様じゃな。」
怒り付けた相手の顔色が変わったことに老人は嬉しそうに口の端をニヤリと歪ませる。
「優しい刀使いは一度・・見た。」
この胸の傷と共に心に刻んだ。そのイメージは何度も心に思い起こし焼き付けている。
「じゃがまだ使えん…そうじゃな?」
老人の声が真実を突く。
「…そうだ。」
あのとき以来自分の弱さもきちんと見据えることにしてきた。
だからきちんと認める。俺にはまだ使えない。

 





初めてのシリーズ物。
この島の設定がわかりにくいので読んでみて下さい。

  中編