彩        −橙−



皆が出かけてからサラサラと細かい雪が降りはじめた。
船の上で留守番と決まればすることもない。
たった一人でも医者がいるというのだからナミの運は尽きちゃいない。
居場所はルフィなら本能で探し出すだろう。
コックは道に迷うことはない。
ビビとウソップが一緒なら人との交渉が出来る。
自分が一番向いていない作業なのだからあいつらに任せた。
ビビは何か言いたげだったが、これはあくまで俺の問題だ。

鍛錬のための心頭滅却寒中水泳。
予想通り寒くてそれしか考えられねぇ具合が今の自分には丁度良かった。
鈍色の空の下。雪の島は水の中でも色のない世界。気温零下10度では川もあがった陸地も低く垂れ込めた鉛色の雲の下。雪崩の後の重い雪と上から降る軽い雪だけで、見渡す限り世界は灰色に近い白だった。


ウソップと会ってとりあえず寒さを凌いでから、懲りない連中を相手にした。所詮手応えはなかったが、今度は村人らしい大勢が走り出して、歓声とともに雪の下から大きなおっさんを掘り出していた。その瀕死の男に対して医者を名乗る一団が現れた。
魔女が一人だけという話だったが、どうやら本来医者には事欠かないところだったらしい。
これならどんな病人も大丈夫だろう。
敵さえぶっ飛ばせば最悪これを連れていけば良いわけだから話は早い。

その助けられた男の手助けをウソップがするという。どうやらルフィもナミも大男が行きたがっている山の上にいるらしい。そして敵も。
事態はよく解らないままだが必死のウソップはいつも立派だと思う。仲間としてその気持ちの強さを尊敬している。



そして城までのロープウェイが修復されるまでのその30分の間。
雪はずっと降り続いたままだった。





「あんた!ありがとうよ。」
小柄で小太りの小母さんが小走りで駆け寄り声をかけてきた。
一連の作業を見ていた村の人だろう。上気した頬を包む着古した暖かそうな白い外套が、ゾロの両腕をがしっと掴んだ。その時にはゾロは暢気にも他の奴らが暗い色の外套ばかりの中に汚れが目立つとはいえ白い服は珍しいなと思った。
フードの下に覗いている頬は真っ赤になっていたが、真っ赤な目と鼻は寒さのせいだけじゃない。いまだに潤んだ瞳に涙が溢れている。

「本当によくあいつらをぶっ飛ばしてくれたもんだ。ドルトンさんも助けられたし、それに・・それにね、イッシーの連中も・・。うちの人もあの中にいるんだけど、あいつらもやっと自分の意志で人を助けることが出来た。ワポルに逆らえなくって泣いていたのに。
あんたのおかげでやっと皆がまともに動き出せる。 ありがとうよ!!」

小母さんは力任せにその掴んだ両腕ごとがんがん前後に揺すり倒す。感極まっているのだろう。また泣きながら状態が掴めていない呆けた顔をしているはずのゾロに、言葉も挟ませずにひたすら捲し立て、ゾロの身体を揺すりまくる。

「あ・・ああよかったな。」
やっと返事が返せると小母さんは我に返ったようだった。

「あ、そうそう。忘れるとこだった。これはお礼だよ。」

ごつい皮の両手袋を抜くとあかぎれだらけの手が現れた。その手を腰の袋に差し入れ柔らかい宝物を扱うようにそっと紙包みを出す。出して、自分で小さな包みを開いてみせる。
中から出てきたのは2個の・・蜜柑だった。



「あんたは余所から来たから珍しくもないかもしれないけど、ここじゃ滅多に手に入らないお宝なんだよ。島の皆も大好きで取り合いになっちまうんだけれど、なかなかお目にかかれない物なんだ。
大事にしてとってあったから、あんたにあげる。食べておくれ。

ほら、綺麗だろ?」



掌に小さな蜜柑が押しつけられる。

どこまでも白い銀世界にほんの一瞬雪が止み、急に日が射した。光がこぼれてその周りだけ雲が割れ、澄んだ高い青空が見える。地上の重い雪の白が明るく光った。
眩しくて日に翳すようにその二個を持ち上げて見ればそこに鮮やかに映る、綺麗な蜜柑の橙。



「・・綺麗だな。・・滅多に出会えないし、皆で取りあっちまうよな。」
「そうだろ!あんたも好きなのかい?」
「ああ。……好きだな。他の奴にはやれねぇや。」
「そいつはよかった!大事に食べとくれ!」

じっと蜜柑を見つめたままのゾロを見て満足そうに小母さんはぶんぶんと手を振って嬉しそうに去っていった。





「おい!準備が出来たぞ!」
丁度ウソップが呼びに来た。
これで一気に城に乗り込める。ルフィ達がナミを連れて登ったというその城に。


太陽はすぐに隠れ、また静かに雪が降り始める。だが人々の興奮はそれらを吹き飛ばさんばかりに熱い。周りの色は変わらないはずなのに急に色彩を帯びた気がする


「死神にも、他の誰にもくれてやる訳にはいかねぇよな。」
貰った蜜柑を眺めてポケットに放り込む。
ナミは絶対助かっている確信が湧いた。









<後書き>

{ナミさん=蜜柑 結論 ゾロが食べる}説 (笑)
ゾロはナミが側にいない方が、その大きさを初めて頭で考えるんじゃないかと思いました。
普段は肌で理解しすぎて思考に登っていないのではないだろうか、この罰当たり。
私の分ではゾロの愛の言葉は出現率がめちゃくちゃ低いんで、
本人がいなかったら口に出来るかな?と思いました。
ナミ好き、チョパ好きのrokiさんにそれ抜きのドラム物を送った
何とも恩知らずな奴(笑)


   緑                おまけ