彩        −緑−




「・・・みて来いよいいから」
諦めたような声の後、一気に駆けていく足音が聞こえた。

「今の・・ルフィ・・?」
だめだ・・。舌が上手く回っていない。
「・・・ああ。島が見つかったらしいな。上手くいきゃ人が住んでる。医者が居るかもしれねぇ。てめぇの悪運も尽きちゃいないみたいだな。」
いつもと変わらない乱暴なセリフが飛んできた。

でもその声音じゃ隠せない。
あんたまで・・。

あたし・・・・・そんなに心配かけてる?



この2,3日の間にみたのは
心配そうなビビとカルーの大きな目。
食べられないことを知って肩を落としていくサンジ。
枕元で泣きながら騒いでは嘘みたいに静かになって出ていくルフィとウソップ。
なにも言わない寝ているゾロ。



思い出せば本当の子供の時、病気はある意味楽しかった。
夜通し側に付いていてくれるベルメールさんの煙草の灰がうたた寝の途中に落ちそうで、そっとベッドから起き出しては灰皿に戻した。
「病人がそんな心配しなくていいから寝てな!」と怒られて、布団に押し込まれるのも幸せだった。

魚人のところではおちおち病気にもなれずにいた。
熱を出せば必ずあのときの夢を見る。それが怖かったせいでもあるんだろう。
ノジコにも心配をかけられないと思う極限下の気持ちは病を押さえ込むのだと私は知っていた。



夢は熱に煽られ巨大な闇色になって襲いかかる。
圧迫されて呼吸もできないくらい。
助けてくれるベルメールさんもいなくて
今回その恐ろしい夢から助けてくれたのは
みんなの寝息、寝言、気配。
絶え間なく注がれていた 愛情 と名付けて恥じない想い達。





焦点の合わない目を一生懸命隣の男に向けてみた。

「まだ寝てろ・・・・・・・・・・・
                 」

なんていったの?
もう聞こえない。
聞こえるのは雑音を伴った自分の鼓動。
いつもより大きな音で血流が流れてざぁざぁ言ってる。
耳に入る音を頭が聞き分けられない。

自分の感覚が他人のもののように感じられる。
暖かさも冷たさも。天も地も。
あたしの涙腺がゆるくなってるの?
病気の時にはそうなりやすいものだけど。

あたしはなぜあのとき涙を流したんだろう。








パチパチと薪の爆ぜる音が聞こえた。
良く知らない不思議な匂いがする。
(暖かい・・・・・)
久しぶりの確かな自分の感覚にほっとする。
(助かったのね)
身体の辛さは消えている。まだ少しだるい感じは残っているけど。

目を開けてみた。
光は柔らかく入ってきてこの家の壁の厚さと外の明るさを伝えてくる。
やや明るい灰色の壁まで石敷きの家。見たことのない風景と懐かしいドクの診療所の匂いがする。

人の気配がした。
「誰?」




助かったんだ。


ルフィが連れて来てくれた。
彼を信じ、命も何も預けて、全く悔いがなかった。
今更ながら他人を全幅信頼出来る、それを誇りに思うことが出来る。
その心透く瞬間。を改めて知ってしまった。
皆の渾身の想いを全て貰ってようやく自分はここに居ることが出来る。


「……だったら私の他に あと二人いたでしょう!?」
安心したのも束の間、Drくれはに脅されて観念しつついるところに騒々しい一団が飛び込んできた。

ルフィ、サンジ、さっきの変な生き物…



確かにサンジだ。そう、自分は知っていたのに。
ルフィの背中で感じていた優しい声もサンジの煙草の匂いも覚えている。ベルメールさんの安煙草とは違うその匂い。
雪山を登る道すがらルフィも叫んでいた。その声は死者の渡る川にまででも届くくらいせっぱ詰まったものだった。
だから間違いなく知っていたはずだったのに。



なのに、
何故私はあの男がいるように錯覚していたんだろう?




ベットに横になりながら聞けるはずのない台詞が心の中に響いてきた。
幻聴に涙まで出るなんて、そんな夢を見ていたのかと自分に苦笑した。


自分を笑えるようになったからにはもう、死は近付いてこない。
大丈夫。
貰った想いは必ず返す。返してみせる。



外の雪が静かに降っていくのが窓越しに見える。
ここはかなり高い場所らしくて、灰色の壁の向こうにはさらに重い灰色の雲しか見えない。
厚い石壁と石畳は外の寒さを隔て、部屋の中は暖炉からの輻射熱で寒さは感じない。

乱雑に積まれた本と薬の匂い。
奥にある怪しげな器械達のついた大きな板が不気味で。
黒い斧の柄に釣られた氷嚢や、猫足と言うよりも鳥類の足を象った家具の黒、壁を飾る装飾品の好みはドクトリーヌを思わせ、納得してしまうものの正直解せない部屋だった。
寒い国だから手に入らないのか、病人には向かないからなのか。世話をするものがいないのか、それともただ趣味と違うからなのか、


この部屋には植物がいない。






ゴーイングメリー号の緑がたまらなく恋しかった。







<後書き>

ナミ祭に向けてナミサイドから。
カナリ原作を曲げた強引なナミ心理です(反省&でも止めない)
最後の一文書くために世界を作りました。
納得いかずに何度ゴミ箱に投げられたか・・。
少々未消化でも期日が来たので、ごめんなさいしてrokiさんに送りつけました。
受けて貰えてよかった。

そのまま自作「約束」に展開していく感じでございます。
おまけは・・「しっとり」が好きなら止めた方がいいかも(笑)



     橙            おまけ