05



新しい船に乗って水と電気と生活ラインの確保が機械仕掛けで容易になったことと大きな風呂ができたことは彼らの資質に変化はなかったが生活パターンを大きく変えた。船が進めばライフライン全てまかなえるという画期的なシステムは決してメリーに不満があったわけではない。ましてや当時のゾロなど自転車漕ぎを特訓に置き換えて喜としていた訳なのだがそれはそれ、楽な事は受け入れられるのが早い。最近は夜半、最後にゾロが汗を流してサニーの風呂の火を落とす。身体を使うことには案外マメなゾロとしては掃除を引き受けてもゆっくり一人でおもうままの湯の中でのストレッチが訓練の日課になり、また密かな楽しみでもある。

その日は違った。

「いらっしゃい」
ゾロの目の前でちゃぽっと浴槽の水音が跳ねている。透明な湯の中から白い肌で肌理も細かい腕と足がにょきっと生えている。何もいないはずの水面に美女。上の方へと視線をずらせば白い胸から首までほんのり赤く染まったナミがいた。
「おう」
「・・なあにそれだけ?」
「ああ?」
「っていうかあんたもお風呂に裸の美女と来たら驚くか喜ぶかしなさいよ。」
ナミはふくれっ面だ。あまりにも普通の会話でつまらなかったらしい。ゾロは風呂場で彼女と過ごすのは決して初めてではないし、実に違和感は感じなかったのだ。だが流石に素っ裸はごめん被ると一応下を手持ちのタオルで巻く。
浴槽では水面から湯で遊ぶナミの腕が水滴を垂らす。
「図書室で気がついたらこんな時間だったのよ。背中でも流して貰おうかと思って。」
「アホか、こんな時間まで起きてるな。だいたい背中ならコックにでもやらせろ。」

売り言葉に買い言葉という物がある。反射で言葉を並べてから、こちらも反射的にゾロは自分の言葉に気付いた。自分はここにあっさり入れた。ということは?

「おい、不用心だぞ。鍵か掛かってなかっただろうが?!他の奴が入ってきたらどうするつもりだ?」
「馬鹿ねぇ借金が増えるだけよ。それにあんた以外こんな時間に誰が来るのよ。」
その理屈の単純さにそれもそうかと首を傾げてみたがすんなり納得する。
ゾロは後ろ手に戸を閉めた。
湯気の中でナミの目つきは少々剣呑だったがそのまま入ってきたゾロにあわせるかのように向きを彼の方に座り直した。
「つまりまた俺も借金増えるんだな?」
「当然。」
軽い答えと一緒に肩をすくめたナミは軽く微笑んだ。
その柔らかい笑顔にゾロの力は抜けた。のんびりとした雰囲気が流れる。


一通りの納得が行けばゾロは頓着せず掛け湯の後にドブンと浴槽に足を入れた。そのままザブザブとナミの背後に回ると波面を立てて座り込み大きく伸びをした。腕や肩への傷は暖めるとより一層浮かび上がる。
「まだ・・治りきった訳じゃないの?」
「いや、治った。」
「嘘。」
これ以上チョッパーにとやかく言われる筋合いもない。ほぐしがてら首を回し、回しついでにそのままナミの方を見た。
「じゃなきゃこんなにトレーニングできねぇよ。」
トレーニングはもっと要る。力も欲しいが速度も必要だ。持久力も。もっともっともっと。じっと拳を握りしめて前腕に何度も力を入れ、緩めを繰り返すとつい筋肉の張りを確かめる。まだだ、まだまだ足りない。

「・・・筋肉馬鹿。」

静かな声だった。
自分の方を見ていたナミがすいっと顔を向こうに回したお陰でうなじの白さが目に入った。ナミの肌は元来日焼けしにくい健康な白さで、最近は髪を上げているせいか首は緩く日焼けして、その代わりに髪の裾や服で覆われた部分の白さが際だった。
そういえば最近ご無沙汰だった。せっかく待ってたという据え膳なら頂かないというのは失礼に当たると思いつく。自分の身体を回し両腕を伸ばした。
両肩から手を回し背中から羽交い締めに、首の方にキスしようとゆるり動いたその瞬間。


「ここまでね。」
ナミはゾロの腕からするりと逃れ浴槽から上がると壁に掛けてあった大きなタオルをさっと自分に巻いた。扉を閉めがてら振り向いた。
「ざっと15万ベリーよ。」
あとは後ろも見ないでパタンと背後で扉を閉めた。


「ちぇ。」
据え膳に逃げられたような・・。ナミの移り気はあまりないが、何を考えているのかさっぱり分からないことは別に珍しくもない。
そう言えば確かにご無沙汰で、本音を言えばかなり勿体なかったしちょいとこっちの頭と下に登った血も期待はずれを訴える。なにより息子の方も不満げだ。
湯気は排気口の方に集められて、こっちの燻った熱気と未練も一緒に排気される。
明日のトレーニングの内容を考えて煩悩を追いやった。




◎離れない


月のない夜だった。
あっちから腕の中に来たはずだったのに。
何もせずにいなくなった。
気まぐれなところもあるからと、その時はなにも思わなかった。

死ねるほど後悔したのはずっと後になってから。


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