Fly high 第5章
どれくらいの想いが募って
どんな形の言葉でつづったのなら
この気持ちが届くのかなんて
きっと誰にもわからない
けれどあのヒトに伝えてください
──── 揺ぎなく信じる力がここにはある
と・・・
「ん・・・」
ゆるりと重たい瞼を開けると瞳にそぞぎ込まれる眩しいまでものの細い光
何となく落ち着かない思考でゆっくりと瞬きをして
その光に目が慣れてきた頃
飛び込む見慣れた顔ぶれ
「あれ・・・」
「目ぇ醒めたか。ナミ」
「ルフィ・・・」
「ナミさん」
「サンジ君・・・」
「ナミ」
「ウソップも・・・みんな・・ごめん 心配かけて」
心配そうにナミを見つめるその一人一人の問いかけに
彼女は精一杯の笑顔で応えるとゆっくりと身体を起こした
瞬間に身体を駆け巡るズキンとした刺すような痛み
彼女の形のよい眉根が深く皺が寄る
それを見とめたルフィが肩口を覗き込み歪む彼女へと視線を向けた
「傷 痛むか?」
オレンジ色の艶やかな髪が横へと揺れて
柔らかい笑みを彩る彼女の面が見上げる
「ううん 大丈夫よ」
酷く物悲しい微笑みを落として
「うん。それでこそナミだな」
「何それ 人を化け物みたく言わないでよっ」
にぱにぱと笑うこの船の船長の笑顔は見れば
心の帯をするりと緩めるようなそんな錯覚を覚える
白い天井へとどこか投げやりな瞳を彷徨わせて
彼女の緩やかな唇からうんざりとした軽い溜息が零れ落ちる
「我ながら情けないわ。気失うなんて・・・」
「まあ そうだな お前らしくもねぇな」
心配そうな顔をしながらも努めて明るく言うウソップに
虚空へと投げかけられた瞳を戻し、彼女は目の端で意地悪そうに笑う
「あんただったら 間違いなく死んでるわね」
[それって裏を返せば 自分で化けモンだって言ってるぞ]
減らず口を叩くウソップの背後に複雑な表情を浮かべている男の姿を
見止めれば唇を尖らしながらもくすくすと可笑しそうに笑う彼女の
その笑顔がにわかに曇りを帯び
泣いても泣ききれないほどの悲痛が胸に込み上げてくる
「サンジ君・・・」
互いの痛切な瞳が空気の中で混ざり合って
「・・・私のとった行動で、あなたに嫌な思いをさせちゃって・・・
ごめんなさい・・・あやまっても、あやまりきれない・・・本当に・・・」
いとおしまずにはいられない
落ち葉のように淋しい響きを宿した彼女の声音
そっとサンジはナミの手に自分の手を重ねて
「食後のコーヒータイムぐらいは、付き合ってくれますよね?」
そして、耳元で呟いた
─── ナミさんがあいつへの想いが消えないように
─── 俺も、あなたに対する気持ちは揺ぎ無いのだから
と
「ありがとう・・・サンジ君・・・」
「まあ とにかく良かったな 大事に至らなくてよ。
でも、2・3日は様子みるからって入院だとよ」
「そう・・・」
「お前にはいい休息だな ゆっくり休めよ」
「そうね・・・ウソップも、ありがとう。あんたでしょ?ここまでしてくれたのって
本当にありがとう・・・まぁ、これでだいたいの船の事は任せられるわね」
あの時、船に戻る為たまたま通りがかったウソップが、その場の事情を素早く飲み込み
真っ青な顔をして必死にナミの名を呼んでいるサンジをどうにか落ち着かせて
チェックしていた診療所の場所を告げ、船に戻っているだろうルフィを呼びに行くよう指示した。
そして血の気を失せたナミをウソップは背負うと呆然と立ち尽くしているゾロの首根っこを
引っ掴むようにして、街の診療所へとナミを運んだのだった。
少しの事が命とりになってしまうのが海の生活だ。
ましてや、この船には船医がいない。
何かの時いち早く対応出来るようにと、街へと入港したさいにナミは病院の場所などを確認していた。
それが、いつしかウソップにも身に付いてしまっていたのだった。
「おうよっっ! 大船に乗ったつもりで、このキャプテン・ウソップ様に任しておけば
万事OKだっっ!!」
「・・・・・やっぱりやめとくわ 沈没するの目に見えてるから」
「(がぼーん)なんだよっっ!ナミぃぃぃ その言い草はよっ!」
「あ〜もお、うるさいわね 私、こう見えても一応怪我人なのよ?」
うざったそうに軽くウソップを睨みつけるナミのその姿にひそかに心配していた
自分が酷く馬鹿らしく思えたと同時にほっと一安心した
表面的には、本来の彼女の姿に戻ったのだと
後は・・・
「まっっ そんな事より今夜はゆっくり休めよ」
「言われなくとも そうするわよ」
「おまえな〜・・・たく」
やれやれといた感じのウソップは隣にいるサンジに"帰ろーぜ"と肩をポンと叩きつつ
"おいっっ! 長っ鼻っっ 俺はまだナミさんとだな!!"などと言っている
サンジに蹴られ鼻血を流しながらもサンジを病室から引きずり出してゆくのだった
病室までに響き渡るサンジの罵声や蹴りの音が聞こえる病室の扉を
ナミは目を細めながら見送ると隣に座るルフィへと視線を移した。
「ところで、ルフィ・・・さっきから気になってたんだけど
その手にしているリンゴどこから持ってきたの?」
「隣にいたおっちゃんに貰った」
「・・・・貰ったじゃなくて、"くれ"の間違いでしょ」
額に手を当てやれやれと言った深い溜息をついている
彼女に構わず、ルフィは相変わらずの無邪気な笑顔を向け続ける
「おおっっ!すげぇーな お前さっきまで寝てたのに、良くわかったな〜」
「そんな事わかるわよっっ!!・・・ったく」
呆れ顔で"後でお礼言っとかなきゃ"とぶつぶつと独り言を呟く
彼女に不意に真っ直ぐな声が吹きかかる
「ナミ」
「なによ」
そう呼んだルフィにナミは顔を上げてみれば
黒色をした淀みの欠片も見当たらない
そのルフィの瞳に見つめられて
この瞳には全てが映し出されているから
この瞳に写るものが全てキレイなわけじゃないから
刹那にリアルに蘇る薄れゆく意識の中で
確かに刻まれた形容し難い表情で呆然と立ち尽くすゾロの姿
「嫌われちゃったね・・・・」
ぽつりとそう呟かれた彼女の茶水晶の瞳を宿す侘びしい影
そっと組まれていた彼女の手をルフィはそっと取り掌へと優しく包み込む
全てのモノを掴み取ろうととしているその大きな手で
「俺は、みんなの助けがないと生きていけねぇ自信がある」
静かに一言一言紡がれる迷いの無いこの男の意思が彼女の鼓膜に染み渡って
───ウソップとの暖かい気持ち
サンジ君との心地よい気持ち
ルフィとの安らぐ気持ち
ゾロと一緒だからこその本当の私
かけがえのないモノたち
失いたくないモノたち
光を与えてくれるモノたち
はっと、ナミは面を上げた
そこにはアーロンパークで躊躇う事も無くそう言ったルフィの姿が存在していた
「だから お前は我がままでも身勝手な女じゃないぞ 」
無垢な笑顔
綺麗な瞳
純粋な心
─── 私には、何1つそんなモノは持っていない
だからそう思える資格なんて私には無い
裏切りと嘘と偽りと汚さにまみれた私には
「もうこれ以上───」
「ルフィ・・」
鳥のように自由気ままで奔放で勝気で この海賊団の男達を手の中でおもしろいほど弄ぶ
魔女と揶揄されるぐらいのナミという女
しっかりその手の中に優しく包み込まなければならないくらい
はかなく、どこか遠くへ行ってしまいそうに
繊細なナミという少女
「───自分を嫌いになるな 自分を傷つけんな
純粋なお前が ここにいるじゃねぇか」
あどけなさが残る澄んだその声で彼女の瞳を縁取る悲しみの雫が降り積もる
泣かないそう決めてたはずなのに
「でも・・・でも・・!!」
なだらかな曲線を描く彼女の肩が小刻みに震えて
俯きながらこみ上げてくる激しい哀しみの嗚咽を
ルフィのその胸へと埋める
「そうした事で誰かが苦しんだり傷付いたりするのが・・・!!ルフィ・・・
くるしぃ・・・よぉ・・・たすけ・・・て・・・ルフィ・・・」
いく粒の宝石のようなその涙が包むルフイの指の隙間から音もなく流れてゆく
──── 誰かを犠牲にしてまでナミは
目に見える自分の幸せを欲しがっていない
生きる事に前向きなナミが、自分を犠牲にする事で
たった一つの見えない幸せを守り通す事を決めた
要領のいいナミが 人を好きになる事だけには
要領よくいかないとはな
名残惜しそうにルフィはその手を解くと泣きじゃくる彼女の肢体を抱き寄せた
「苦しいか・・・でも 俺は自分で助けたいと思ってもお前を助けてやる事は出来ねえんだよ
お前が選んだ事だろ?俺でもサンジでもなく
ゾロをさ・・・だから 俺にはどうする事も出来ねえや」
彼女の髪を撫でそして頬を両の手で包み込みながら紡ぎ
「ごめんなナミ」
目に一杯涙を溜めルフィを見上げる彼女ににこりと微笑んだ
「俺がお前に出来ること してやれることは
一人の夜にお前が抱える全ての不安と戦っているときも
お前がつらく 負けそうなときも
守ってやること 癒してやること
お前の全てを閉じ込めさせねぇことだけだな」
「ルフィ・・・・」
くしゃくしゃになった顔でゆっくりと彼女はルフィを見つめれば
眩しいくらいに柔らかい眼差しが閉じかけた彼女の心を解けださせてゆく
「うん 泣きたいだけ泣け」
ルフィの大きなその懐にぎゅと顔を押し付けて
彼女は激しく泣きじゃくっていった
規則正しく打つルフィのその鼓動を耳に刻みながら
「よしよし」
激しくおおのく彼女の背中を優しくとんとんと叩いて
出来うる限りの力で彼女を抱きしめ続けた
──── そんなナミだから
他に誰も欲しくねぇ
お前を愛するだけでも
生きる価値になっているからな
その涙枯れるまで
月明かりに照らされて美しい光りを放っているその刀
───和道一文字
男は、それを握り緊め一点を凝視する。
空気に触れた為 鉄分が酸化しドス黒く変色した切っ先を
この刀は幾人の人間の血で染められているのだろうか
ナミの無事を医者の口から聞いた瞬間ゾロは船へと戻り
甲板へと腰を下ろすとこの刀をじっと見つめ続けていた
あの時、サンジの前に立ちはだかったナミの存在を認めたゾロは刀道を
そらしたが間に合わず、それはナミへと向かっていった。
己の意思とは裏腹に
どんな理由でナミがサンジの前に出てきたのかは
この男には分からなかった
ただ言える目に見える事実は
─── サンジをがばった
ぎらつく刀身に浮かび上がる月光の中に散りゆく鮮血
胸に深く灼きつく儚く落ちてゆく女の姿
例えどんな理由でも、凶暴な剣を彼女へ向けてしまった事も
また 事実
疼きにもも似た苦痛が忌々しいまでも纏わりつき
暗澹たる気持ちは絶望へと確実に豹変してゆく
大事な者を失う事の恐怖と己の信念の心力に暗い影を落とす事の
「俺は・・・こんな事をする為に・・・
今日まで これを握り緊めていたわけじゃねえよ・・・」
白鞘に刀を収めるキンと澄んだ音とともに
その呟きがひんやりとした風に溶けては消えてゆく
ゾロは手付かずのままのその刀を静かに置いた
本当に静かに
夜の闇はより一層深く時を刻みつづける
つらく永い夜を告げているかのように
祈りにも似た彼女のささやかな願いはこの男に届くことはなかったのだから
to be continue・・・