Fly high 第4章




暗闇に浮き彫りされる人の影にナミは息をのみ瞳を結べば
薄い刃で背中を撫でられるような戦慄
月明かりが雲の切れ間から顔を出し
徐々に高く伸びる影法師から見え隠れする
殺気にも似たその澄んだ空気に
言葉を発しようとする彼女の唇は思うように回わってはくれず
しばらくして紡ぎだされた声は酷く上擦って
途切れ途切れに言う事しか間々ならなかった


「どうして・・・ここに・・・」


おののきを繰り返す唇に彼女の細く永い指が添えられて
息が詰まったように立ち尽くすその姿

ふわりと流線形の肢体包み込む大人びた黒のキャミソールワンピース
ほんのりと赤い口紅で染め上げている唇
そして、薄化粧を施した頬に滲む涙のいろ



男は横目でその姿をハッキリとみとめて
黒いワンピースから覗く華奢な肩そして首筋へとその目線を
突き刺した刹那に飛び込む赤紫色をした痕
ゾロは目を細め、首筋に残るその痕へと触れた。
伸ばされた腕に弾かれたように面を上げるナミを無視して


「こけ下ろされたモンだぜ・・」

独り言にも似た呟きが、さわさわとそよぐ風に乗って静かに消えていった
ナミの肌を走る、ヒンヤリとしたゾロの指先の感触を確かに刻みながら


「違うのっゾロ!!聞いて!変な誤解しないで!!ちゃんと聞いて!」
「何をどういう風に聞けだと?んなモン見せられてよ」

サンジの口元にうっすらと乗るナミの唇にある同じ色をしたモノを
ゾロは睨みつけると低い切裂く声を彼女へと痛いくらい静かに本当に静かにぶつけた


『たがが女1人に自分がこんな風になるとはな』


そう自嘲して
言葉とは裏腹な相反する激昂
まるで空高く燃え昇る陽炎のように
既に妖刀の異名を持つ鬼撤に手を掛けていた指先からも
こみ上げてくる暴い怒り

それを野放しにすれば
すうっと引かれ重くなってゆく瞼に比例する彼女への───


『譲れないモノがあるとするのならば 己の野望と───』


ゆっくりと月明かりに照らされながら徐々に露になる銀色の刀身

「覚悟は出来てるんだろうな」

男の目が完全に据わる


 ─── ナミだけだ




ゆらりと揺れる曇りの無い瞳の前に掲げられた
月明かりに反射して鈍く蒼く光る銀色の刀身を
忌々しげな蒼い瞳を持つ人物の目の前へと向けた

「クソコック」

その声は地獄の底から響く声のようにナミには聞えた。
だから・・・
事実を告げれば・・・

「だから!!違うの!!私がいけないの!!」
「てめえが誘ったとでも言うのかよ」

真っ向から見つめた真摯な思いを宿して

 ──── 嘘を付いてまでも
  その刃で例え傷付けられても
  守りたいモノ
  守りたいモノ

ナミはきつく唇を噛み締めゾロを見据えた


──── 全てをかけて


「そうよ」
「ナミさん!?」




一瞬の静寂




「そうかよ・・・」

無感動なまでものの声音
微塵のぐらつきも感じられないその瞳

ゾロが言い放ったそのたった一言が
彼女の守りたいと願う心に暗い影を落とす

冷たく光る憤りの刀身は決して彼女に向けられることは無かったのだから



『―――どうして・・・』

恐怖と不安と絶望で心臓を締め付けられるような息苦しさを覚えている
彼女のふっくらとした頬に一条の雫が零れ落ちてゆく


たった一つのかけがえのない想いの為に涙を流せる
涙は何を大切に思っているのか教えてくれる

「ナミさん・・・」

人は関わりを持って生きているから
だれかが幸せになればだれかに不幸が訪れる
互いがそれをおかしてしまったのだから
分かり合えてしまう



声を押し殺し小刻み震え俯いているナミをサンジは抱き寄せると
そっと耳元へと顔を埋めた

「ナミさん・・・そんなにも大事なんですね」

彼女は少女の様にただただ泣きじゃくっていくだけだった。






「てめえ・・・」

不愉快さを如実に表す足の底から鉄槌で打ち上げててくるような硬い声とともに
ナミの髪に掌が滑るように優しく撫でている男に鬼撤の牙が剥く
サンジは早鐘のように波打つナミの鼓動を名残惜しそうに放れてナミから距離を取り
ゆるゆると上がる視線に憂悶のいろを浮かべて嘲笑の笑みを漏らした。

「だから、俺は、てめぇにナミさん渡したくねえんだよ。」
「なに?」

殺意すら感じるこの剣士にサンジは全く意に介さないで続ける

「てめぇ見たいなヤツは、女を傷つける事しか知らねぇし 泣かす事しか出来ねぇんだよ」
 


 ―――― キィン
刹那に風を斬る鈴の音にも似た音が辺りへと木霊する
それが始まりの鐘(合図)のように

寸前のところでゾロの刀を交わしたサンジは
悠々たる挙動で胸のポケットからタハコを取り出して火を灯した。
虚空を眺めながらゆっくりと吐き出される紫煙に言葉を乗せる
ニヤリと挑発的な笑みを
「核ついちまったか。おもしれえ。てめえとは、何時か戦り合うと思ってたとこだ」

一触触発のただならぬ空気が冴え渡る夜空のように音もなく広がてゆく



「もう・・・嫌・・・こんな形で・・・私が原因で誰かを苦しめてしまうのは・・・
 傷つけてしまう事は・・・もう・・・たくさん・・・お願い・・・やめて・・・」



祈りにも似たナミの叫びは、2人の耳に届く事もなくただ虚しいほどに
爽やかな初夏の風へと溶け込んでいった



2人同時に踏み込み、お互いがお互いの隙を見つけ懐に飛び込もうと
全神経を注ぎ集中する2人の男

サンジはゾロ
ゾロはサンジ


それ以外のモノは目に入ることは無い男達の傍で
茫然としてうずくまるナミを嘲笑うかのように
剣が風を斬り何度蹴りが空を舞ってゆく



不意に風の向きが変わり始めた
爽やかさが一転して不気味なほどの肌を纏わり付く
生暖かい夜風が大地へと注ぎはじめる

生暖かいはずなのにそれなのに
脳裏を掠めるフレーズに彼女の肢体に氷のように冷たい悪寒が走り抜けて
眩暈を覚える


「やっと本気になったか この腹巻が」
「てめぇこそな このラブコックか」


サンジはネクタイを緩めくわえタバコをもみ消す
ゾロは腕にあるバンダナを外し巻きつけると残り2本の雪走、そして
和道一文字を鞘から引き抜いた。

――― 本気だ


互いが互いの隙をみて
ゾロはサンジの懐に、サンジはゾロの真横へと回り込み蹴り上げようとした

その刹那

黒いワンピースがふわりと風に揺れて



――― ナミさん!!
――― ナミ!!!


『誰一人として失いたくない・・・もう、大切な誰かを・・・あんな思いは、もぅしたくない・・・・』


美しいまでものの深紅が音もなく乾いた薄黒い地面を静かに染めあげていった



to be continue・・・




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