【 after the battle 】 「ナミ!」 「ナミ?!」 「おいナミ!」 気が緩んだのだろう。伝説の海賊シキに毒を受けた身体一つで渡り合うような冒険と戦闘を乗り越えて、仲間のいるサニー号に帰ってきて。ナミの身体がチョッパーの腕の中でゆっくり沈んでゆく。 逃走途中にも関わらずクルーは一斉に駆け寄った。 「おいチョッパー!」 柔らかくも崩れ落ちたナミを抱えておろおろ声を掛けるチョッパーの腕から彼女を取りあげ、その両腕で抱えたのは他でもない、常時は役立たずのゾロだった。 「俺がこいつをベッドに連れて行くからお前は必要な準備しろ!残りの薬とか、取ってきた奴があるんだろ?それにあれから逃げる手はずも要る。こいつ無しで海軍から逃げるのもちと厄介だぞ。」 あれとは何故か集まって血気盛んなカモメのマークを顎で示していた。 さすがに一瞬誰もが呆気にとられた。 だってゾロなのに。 「あ・・・おう解った!今はお前にナミは任せたぞ!」 滅多に無い副船長の指示に船医は自分の診察室に走り出した。その間に甲板に下ろされたルフィだってぼろぼろだ。ビリーから彼を受け取って、ブルックは戦闘最中にロビンを抱きかかえたのと同じようにまだ小さいルフィを抱えてそっと下ろした。 「ナ・・ナミは?」 「大丈夫でしょう。彼がいますし」 「ん、そうだな。じゃ、俺も・・」 「はい、お任せあれ」 ブルックの空っぽの眼窩が空の青の中とても優しく見える。 あまりにも的確な指示に心配が先に立った他のクルーの出足は一歩以上遅れた形になった。ゾロがナミを抱えて立ち上がる。 「ロビン!部屋に入るぞ!」 「ええ・・」 ところが答えたロビンも走り出そうとして足をもつれさせた。 「大丈夫か?!」 こちらは横にいたフランキーがとっさに右手を差し出し支えた。見れば少々ではなくかなり顔色が悪い。 「・・ちょっとめまいが。私も毒蛾の鱗粉をちょっと吸い過ぎた・・みたいね」 「ならロビンちゃんも部屋で横になった方が良いな。」 サンジの言葉にそのままフランキーがロビンを抱え上げた。サンジは宙に浮いた腕で肩をすくめる。今日は彼の腕にはレディは抱えられない運命のようだ。 「フランキー!ロビンを置いたら来てくれ。もう少しなら余裕あるけどサニーももう少しで海に着くぞ」 下を覗いていたウソップが振り向いた。 「おう」 そのウソップに肩を叩かれてサンジはブルックに合図してサニーの帆と舵輪の確認に急ぐ。 自然に慌ただしくなった船内は一気に動き始めた。 「おい待てチョッパー!」 「・・・んだ?俺は急いでるぞ!!」 船医とて道具も薬もなければ何も手が打てない。走りかけたチョッパーに向かっていきなりゾロが驚きの声と共に言葉を繋いだ。 「判ってる!けどナミの奴冷えすぎてるぞ!いつもと全然違って身体の芯まで氷みてぇだ!」 「冷たい・・?」 チョッパーは馴鹿だ。人間型になっても腕には毛が多く、確かに意図しなければ体温を肌では感じにくい。海賊としての自身には強さとなるが、万能薬たる医師として、抱えていた患者の体温が判らなかったのは誤算だった。 「低いか?」 二歩戻り、短く鋭い医師としての問いにナミを両腕に抱えたゾロに返す。 「ああ、ありえねぇくらいだ!こいつ元々体温高めだしな」 その言葉にさっと顔が蒼くなった。馴鹿でなければ・・と慌てて階段を駆け下り戻る。さっと触ると手足どころか腹も冷たくなってる。呼吸はある。若干脈が遅めだ。色々な計算がチョッパーの脳内を走った。 「んん・・・・・」 ナミが軽く呻いた。意識がない方が楽かもしれない。 「どうすりゃいい?」 「今はまだ安静だ!冷たい血や毒素が一気に心臓や脳に帰ったらせっかく助かったのに一気に死ぬことだってあるんだからね!だからそっと安静に!ベットに寝かせて・・けど温めないと。今は風呂に入れるって訳にいかないし・・そうだゾロ!お前服を脱いでナミにくっついて温めてやって!」 「はぁ?」 流石の指示にゾロがぎょっとした顔をした。チョッパーを見返すとチョッパーの方が目を向いて睨み返してきた。 「俺の方がふかふかしてるし大きいから温めるなら俺の方が良いんだけど薬の追加を作らないと!データと材料は奴らから貰ってきたんだし結構・・」 「ちょっと待てよだからって・・」 「煩い!やれ!」 医師としての本音は時として戦場以上の覇気となる。 「わぁったよ」 あきらめの言葉と同時に一切が真剣な納得顔のチョッパーは走ってゆく。 「まじかよ・・・・・」 「医者に逆らっちゃいけねぇだろ。おら急げ」 後ろからロビンを抱えたフランキーが笑いを堪えてる。 「おう、だったらロビンに一緒に寝て貰えば良いんじゃねぇか?」 「お前なぁ、病人に病人任せてどうする?こいつも結構やばそうなんだぜ。」 確かにロビンも目を閉じたままいつもなら絶対口を出すはずのこの状況に参加してこない。呼吸も荒い。 「俺が船の方見るからチョッパーが来るまでこいつもお前に任せるよ。」 「ちぇ」 肩が落ちる。駆けだしたフランキーに続いてゾロも動き出した。 女部屋のそれぞれのベッドの上に二人を置いた。フランキーはロビンに何か話しかけ、彼女も軽く頷いている。そのままそっと上掛けをロビンの肩までかけて優しい笑みを浮かべそこを離れた。 「ゾロ、全部脱げよ。あっためんだろ」 「一々うるせぇよ」 意識のないナミのベッドの脇で肩から力を抜くために深呼吸。普段なら手を出す間に脱いではいるが今は流石に身体が固まっている。やるわけじゃねぇしと決意して頭を振ってゾロは戦闘時も脱がずにいたベストを脇の椅子に掛けた。タイを外したあたりで、戸口まで出ていたフランキーが声を掛ける。 「顔、赤いぞ。病人相手に変な気起こすなよ」 「るっせぇ!こいつ死にかけてんだぞ!治療だろ!」 言葉の勢いと共に白のシャツも脱いで同じように放り投げたものが床に落ちた。 おいおい前科ありかぁと呟くフランキーに外しかけた刀に手を掛けたのは一瞬本気だった。 「お嬢ちゃん、大活躍し過ぎちまったからな。だから頼むぜ」 言葉と裏腹にフランキーも心配そうな目をサングラスで隠した。 その言葉でゾロの中の熱が少し醒めた。 静かな部屋でナミを見る。ロビンの方もやや苦しそうに向こうを向いている。常ならばこちらを見て軽口の一つも飛ばすだろうに、本当にここにいるのは病人二人なのだ。フランキーの突っ込みがなくとも流石に下は脱ぐ気になれず意を決して布団を手に取る。 添い寝というよりは抱えるつもりだった。背中から抱きかかえた細い肩が冷たい。想像以上に冷たいナミの身体にのぼせていた頭が少し戻った。ナミに上掛けをそっと掛ける。まだ、密着した方が熱を与えられるかと腕も足も抱え込んだ。こちらはもっと芯まで氷のようだ。空いた手で髪を梳くように回したてが首に回される唇の側を通った指に静かな呼吸が感じられたことにはほっとした。頭を自分の肩にかけさせた。この方が楽だろうと思ったが顔や前の方が少し見えるようになった。胸も呼吸に少し揺れている。ナミの背中から自分と違うゆっくりすぎる鼓動が胸板から感じられる。 自分の腕の中にすっぽり収まる細い背中が溜まらなく愛おしくなった。 「バカが」 静かな部屋に声が響いたように感じられてゾロは少し頬を赤らめながら慌ててロビンを見た。見られていないと判ってほっと溜息をついた。そんな馬鹿な熱でも何でもくれてやるからと思いながらそれでも誰にも聞かれないように小さい声でナミの耳元に囁いた。 「お前、一人で活躍しすぎだ、バカ」 抱きしめる手に力がこもる。 「で、本当に覚えてないの?」 「そう。でもチョッパーが説明してくれたし。別に」 なによりこれがあったからと自分のじゃない男物の白いシャツを着て笑う顔色はかなり良くなった。元の持ち主なんて聞かなくても判ってるって訳ねとロビンは既にからかいも本調子。 「似合ってるわよ。でも主治医の許可が出るまで外に出ちゃダメよ」 嬉しそうに笑うナミがだぼっと緩い袖口から細い手を振った。 |
back |