捌『長煙管と刻蹄桜』 |
「あ〜ち〜し〜よ〜開けてvダチを連れて来ちゃったわん」 軽快な声を掛けたのは町はずれの造りはそこそこ立派そうだが人気の薄い塀に囲まれた家だった。普通に見えて、少し辻から離れているので入り口などは目に付きにくい。家の裏手は川と繋がっているので、そちらから入ればまず見えないし、中の喧噪も外には漏れないような広い家だ。 本物の悪党の潜む家とは得てして目立たない。もしくは表の商売をしている。 オカマの案内に皆すっぽりと布やら頭巾を被って顔を見えないようにして付いていく。 「親分〜〜どこぉ?」 「とぉっっっ!」 「はぶっっ」 いきなり刀を振り翳した男の顔も確かめずに盆暮は回し蹴りを炸裂させる。 「あぁらあんた?ッてことは黒鰐ちゃんはこっちねぃ。」 後ろから、前から襲ってくる人数はまばらだ。 「もっと大勢かと思ったぞ」 「そうね。」 目立たぬはずの造りの武家屋敷に一種異様な気配がある。 妙に華美だ。 嫌味さ加減がぷんぷん臭う。 裏の川から水を引き入れた庭がある。その池を取り囲んで建つ建物。それはもっと上品であるべきだ。どこか己を誇示し続ける辺りが煩くて溜まらない。梁も戸も柱も瓦も装飾も色と型がバラバラだ。 この屋の主のセンスはどうやら皆の趣味とは相容れないらしい。 ルフィも。ゾロも、参児も、猪把も皆音に気配に敏感になり睨みは庭中に広がっている。 悪趣味な主の部屋には黒鰐はいなかった。 襖を慎重に開け、畳を剥いだ後も丹念に探す。 その先池に臨んで設えた部屋に、そいつはいた。 「いたわね!」 「お・・お前・・・・・・・・・・・!」 「・・・・・・・・・・絶対に嘘だろ??」 「アレが黒鰐ちゃんよぉ!」 盆ちゃんがが皆を振り向き力強く言い切った。 「貴方が黒鰐ですね。私は鳥取藩の娘美々です。」 怒り燃えた肩を震わせて美々は己を抑えようとした。この男に欲しいのは手を引くという敗北宣言。 決して命ではない。 「貴方の企みは水泡に帰しました。大人しくこの国を出て行って!」 抑えきれない思いは美々の中にある。領民の顔は暗かった。ここに来る為に御定法を犯した。参児は、猪把は、傷ついた。皆命を賭けてくれた。 この男さえ現れなかったら・・・・・! ところが。 美々と猪把と盆ちゃんを除いた一同は唖然となっていた。 「……」 「……」 ゾロは構えも取らずに顎を落としている。ナミは口をぽかんと開けていたが一呼吸して憎々しげにその男をみた。参児は煙草を捨てて新しい煙草に火を入れた。猪把が「誰?誰?」とぶんぶん首を振り回しても誰も返事をしない。 全員のやる気をそがれ、苦々しい空気と力の抜けた空気が漂い美々は訝しげに皆を見渡した。 「……なんだ、また鮫野郎か。」 ルフィはむくれてしまった。 彼らの台詞も何か投げやりだ。 「因幡の国の神話で鮫のことをワニって言うって話だったけど・・まさかまだ暗躍していたとはね。」 「道理で謎の組織にしたがる訳だぜ。」 ゾロとナミが頭を抱える。ルフィも完全にノリ気はうせたようだ。だが、睨む視線は外さない。 腕を組みながら、すいと男の前に起つその姿は侵し難い物が有る。血だけでは贖いきらない将軍としてのルフィを美々は始めて見た気がした。 「いいかげんにしとけ。何だよ俺にのされた癖にまだこんな事やってんのか?」 以前のことである。 鮫島亞論は自己の帝国を作る野望の為行動を起こしたが、その計画はあっさりとルフィ達によって粉微塵にされた。そのまま公儀に取り押さえられ、どこかに蟄居させられていたはずだった。 「しゃーはっはっは。宮家の血を引く俺様がてめぇごとき末席の将軍にやられるわけがないだろう。所詮、お前ごときでは俺様には手も触れられんのだ。」 「宮家の話もあるから遠慮して殴るだけにしておつるに預けたのに・・・蟄居の意味がわからん鮫頭は粋に俺の手でつぶしてくれる。」 「それがどうした……えっらそうに。わかった、もいっぺんぶっとばしてやる。」 ルフィが身体をほぐそうと関節を鳴らした。 だが馬鹿には見えないのだろうかあの信じがたい後光が。いるだけで他者を圧するその光が。 鮫島亞論を前にして更に更に刻一刻とルフィを中心とした光とも言える力が膨れあがってくる。 見えぬものには理解は不能だ。これが見えるか見えないか。それこそは人としての質を物語るのだろう。 「待てルフィ、俺にやらせろ。今度は体調も良いからあんとき俺を殺しておかなかったことを後悔させてやるぜ。」 嬉々として、ゾロが刀に手をかける。 「あん時は良くもまぁやりたい放題やってくれたよな。安心しな。鱶(ふか)みてぇに切り刻んで、素性もわかんねぇ様にして川に投げておいてやるよ」 ゾロらしい冗談も亞論には通用しなかったらしい。鼻をぶるぶる震わせて怒っている。 相変わらずの下品な西洋式の指輪もよりいっそう大仰になり見る者に不愉快なことこの上ない。 状況の判らない猪把以外全員の哄笑の中、美々だけは鮫男亞論を睨み、唇をかみしめる。 さっきの傷で座り込んでいたサンジはちらりとそちらを見た。くわえていた吸いかけの煙管を手に持っていた口から外し煙を吐く。そのまま煙管から火のついた煙草をぽんと打ち出した。 「…俺にやらせてくれ。」 「てめぇその怪我で何言ってやがる。俺がやるって言ってるだろうが。」 ゾロは既に刀に手をかけている。 そう簡単な傷ではないはずだ。横に居ても身体に震えが走っている事が知れるくらいだ。そのくせ瞳だけは静かな光を亞論に向けたままいつもの顔で煙管を咥え上げた。 「こうなったらルフィが手を出せば今度こそ問題になるだけだろ?前の騒ぎでこりごりだかんな。 それに・・美々ちゃんのことは俺の手で助けてやりてぇんだよ。」 ルフィは参児を凝視した。 ちらりと見たゾロは少々むくれた顔をしたが、仕方ねぇな、と一呼吸吐いてから刀を退いた。 ルフィは一度凝視した。二人の睨み合いが続いた後目を逸らしたのはルフィだった。 「参児。許してやる。お前の好きにしろ。俺も手はださねぇ。」 「そんな!サンジさんは今でもこんなにぼろぼろなのに…。」 美々は参児に駈け寄り三人をそれぞれ見た。 ナミはそんなルフィとゾロを見て、そして参児を見て溜息を吐いて頭をふった。 前に突進する美々の肩に手を置いた。 「無駄よ。好きにさせてあげて。」 「そんな!ナミさんまで!」 「ま、任せといてくれ。美々ちゃんはこれ持って下がってな。」 愛用の煙管をビビに渡し、懐に手を突っ込んだいつもの参児の戦闘態勢を取る。 傷を受けた血塗れのままゆらりと立つ自然体はぼろぼろに見えるのに、向かった鮫島の顔色が優位な物から徐々に険しく歪んでいく。いつもよりもキレが増し、微塵の隙もなくなった。優位を信じて疑わなかった自身の苛立ちが隠せなくなったときに鮫島は大きく動いた。以前ルフィに折られた愛刀よりも更に大きな長太刀を振り回す。巨体が振り回すそれに以前よりも鋭さが増し、風圧が皆まで伝わる。 鼻先でかわしたはずの太刀筋が、軽く前髪にも触れた。予想外の踏み込みに参児の右目が大きくカッと開いた。 一旦身体を沈めて逆立ちしたかと思うとその動きに驚いた鮫島の隙に蹴りが顎先にはいる。続いてもう一発腹に入って倒れかけた鮫島に向かって、立位で懐から新型拳銃を出して躊躇わずに撃った。亞論が刀を持った左の手甲が吹っ飛んだ。そのまま刀は地に落ち転がり、美々の足下に行った。すかさず彼女はそれを拾いあげぎゅっと抱えて離さなかった。 「まだやるんなら今度は容赦しねぇぞ。一発ぶち込んでやる。」 そのまま構えを崩さず眉間に銃口を向けた。 「クソ爺の言うこともたまには当たるな。」 『相手がわからんなら持ってっとけ。てめぇみたいなチビナスにはそれ位持たさねぇとおちおち外にも出せやしねぇ。』 そう言いながら拝領の新型の拳銃を懐にねじ込む是府に、要らないと強情を張ったが最終的にいつもの2割り増しの爺の蹴りで話は済んだ。 「飛び道具たあ卑怯だろうが!」 「てめぇに言われる筋合いはねえ。五月蠅せぇな。じゃあお望み通り撃ってやる。あばよ。」 そのまま檄鉄を起こし引き金に手をかけ、かちりという音ともにあっさり引き金をひいた。 「ぐがっっ!」 そのまま鮫島は目を剥いて泡を吹いて崩れた。その隙に一気に飛び上がりその高い頭上から蹴りをお見舞いする。 亞論はそのまま意識が飛んで気絶したらしい。 いろいろ語る癖のある男はどうやら見た目よりもずっと神経質だったらしい。 「小心者のクソ馬鹿が、幾ら俺達でも連発式なんてこの節有るわけねえ・・・・。」 言い放つと途端に参児の手から拳銃が落ちた。どう、と身体も崩れ、地べたに仰向けになった。 「参児さん!参児さん!」 ビビが血相を変えたまま駆け寄る。すがりついて胸を揺すってもいつも開いているたった一つの目が閉じたまま動かない。 「参児さぁん!!」 鳴き声と鼻水と。 大きな溜息と共に軽い声が帰ってきた。 「はーい、一丁上がりです、お姫様。所で俺の煙管貰えませんかね。」 にっこり微笑み視線を返す。 ビビの大きな瞳に浮かんだのは嬉し涙か驚きの涙かそれは本人にも解らなかった。 「・・サンジさん・・うわぁ〜〜〜〜ん!」 参児の胸にすがりついて泣きじゃくる美々の背中は今までの緊張が解けて、より一層小さくなった。 参児はぽんぽんとその背中を撫でると照れくさそうに美々を抱きしめた。 「う、美しイ光景ねい!」 盆ちゃんも横で涙と鼻水をすすっている。 男達が数人遠くから現れた。 一瞬亞論の残党かと全員にさっと緊張感が走る。 走り寄る男達の後ろから、独特の煙草の匂いと声が中から現れた。 「さて・・大円団と言いたいところだが…。上様、お迎えに上がりました。」 「上様?」 美々がルフィの顔を凝視する。 ルフィはにっこりと笑って返した。 数秒周囲の誰もが何も発言せずにただニヤニヤと笑っていた。 ナミが肩を竦める。 「こんなにあからさまなのにここだけ気が付かないって言うのも一つの才能よね。」 「ええええ〜〜〜〜〜〜〜!」 「所でなんでお前がここに居るんだ?」 「殿の命令だろうが。『組織の一味と思われるオカマを調査せよ。』それは通称二番と呼ばれるオカマで、そいつが美々姫に変装して集会を開いて町民を洗脳する黒鰐の計画があるという情報をこいつが集めたから騒動の根はここにありって事でここまで乗り込んできたんだ。なんでここにってのはこっちが知りてぇぞ。」 煙の横に黒髪に眼鏡の女性が控えている。 「二番?・・・・ってそれぼんちゃ・・・んがんが」 ぎくっとした顔の盆ちゃんが慌てて隣に立ったルフィの口を押さえた。 (駄目よーーー麦ちゃんあちしはあんたの友達!!絶対にあちしを二番なんて呼んじゃ駄目よーーー!!だちの為にお願いーーーー!) ルフィは息を詰まらせて顔を紅潮させている。 「離せよ盆ちゃん!俺死ぬ所だったじゃねぇか!」 ナミとゾロの思惑ありげな顔と美々の今開くした顔で煙は何か気が付いたようだ・・・がそのことにはこれ以上触れなかった。 「まぁ早かったじゃねぇかって事で後始末はよろしくな。」 軽く言うルフィに煙は額の皺をきつくした。 「後の処理はこちらでやるにしても・・その二番の失敗した集会のせいで美々姫の出奔と結婚話が藩民の口に上っている。これだけの騒ぎとなれば全藩民の耳にも話が紛れ込んでしまう・・。出奔の話は蹴飛ばせてもそのあたりを押さえる事は難しいですな。」 美々ははっと俯いた。この騒ぎの間ずっと握られていた参児の手をするりと解く。 「お願い致します。おとがめは私一人にお願い致します。私が勝手に一人出奔しただけのこと。藩と藩民に、そしてこの方々に罪はありません!」 煙の前に深く頭を下げて静かに、ただ静かに懇願を並べて己の罰を受けようとする。 藩主の娘のそれは神々しいまでの静けさだった。 「そんな馬鹿な!鮫野郎をそしてしたのは美々ちゃんのおかげだぞ!それもなかった事に出来ねぇだろうが!!」 煙管を飛ばして参児は後ろからがなり立てた。 「・・何とかしろ。それがお前の仕事だろう。」 ルフィがびしっと煙の顔を睨み付けた。 煙草の煙が大きく膨れあがった。同時に体まで大きくなったように見える。 「方策は無くはない。」 煙はずいっと進んでいきなり美々の眼前に立った。大柄な体格に隠れながらも圧倒されずに背筋を伸ばして踏みとどまる。煙は美々を上から下まで値踏みするようにジロジロ見た。さしもの美々も少し後ろによろけかかり、その後ろに立っていた参児が美々を抱えるように支えた。 「びびらすな。何の用だよ。」 「青二才が粋がるな。・・美々様。将軍家の側室にお成りになる気はないですか?」 「「はあ???!」」 「それは一体・・なんなのですか?」 美々の眉間にも青筋が見える。 「事を丸く収める方策だ。そうなったら噂としてこの話一つで吹き飛ばせるし、あなた様なら格式も家柄も問題ない。何よりこの馬鹿殿を押さえる方策だが・・。貴女なら充分餌になる。 違うか?殿。」 煙はルフィの方を向く。 その視線の方向を見て美々ははっと気が付いた顔をしてから真っ赤になった。 つまり、ルフィの嫁に? 「ああ!・・・・お前なら良い・・いや!俺はお前が良いぞ!」 「待って!側室ってルフィにはまだ正室もいないでしょう??」 ナミがようやく発言できるまでに回復した。雲の上の方の事とはいえ、江戸の関心事で本人にその気はない話題の一つだったのだ。 「まだ内密の話だが正室には千石家のおつる殿をお願いする予定がある。」 全員の脳内を人物帳が目まぐるしく動いたが。妙齢の女性にその名は記憶がなかった為時間がかかる。 「・・・・・・・あのおつるばーーさんか?」 「おつるさまってあの今代天皇様の御妹君の?」 「御歳六十に手の届きそうな?」 「鮫島といい宮家に顔が利くと言えばあの方がぴか一だからな。」 煙は自身の煙管の太い羅卯から思い切り吸い込んで淡々と予定を語る。 「イーヤーダーーーーーー!なぁ美々来い!お前俺の正室やってくれ!な!直ぐ来い!今すぐにでも良いぞ!!」 さすがのルフィも必死である。 美々の側まで走ってきたあげくに参児の手から美々を奪い取ってしっかりと抱え込んでいる。 ようやくナミが一言 「策士ねぇ」 と呟いたのが精一杯で、参児に到ってはこめかみの血管の浮きがゾロと揃いになってしまって口もきけなかった。 「・・なんでそんな話になんだよ!俺の美々ちゃんを勝手にやりとりすんじゃねぇ!」 皆が動き出すまで同じ姿勢だった参児はようやく口を開いたかと思うと一人叫んでいた。 その雄叫びは天高く晴れた空の下、遠くまで響いた。 「・・・・あちらに・・・・ひめが・・・いでとか・・・ほんとう・・か?・・」 「勝手に入るな・・ここは今公儀が・・」 遠く切れ切れに人の声が重なってくる。どうやら煙の手下と押し問答しているのは正規の藩士のようだ。美々には聞き覚えのある声もいる。 その騒ぎに煙が舌を打った。 「不味い。美々姫。貴方がここにおいでなのを父君に見つかればあのお方ならそれだけで貴方に罰を与え幽閉、ご自身は切腹などの処置を執られてしまう。あの善君は無くす訳にいかんのです。むろん貴女も。 丁度裏手の川に船を繋いであるからそれで至急羊に戻り、そのまま江戸にお発ちなさい。」 「え?」」 「話の答えは江戸で伺いますから早く!」 煙の情報に全員の息が合い、館の裏手の敷地内に繋がれた川に向かった。 繋がれた船の横に先ほどの黒髪の美女が周囲に目をやりながら待っていた。 「こちらへ。」 「おう!たの字!ありがとな!・・美々!急げ!!」 「美々ちゃんこっち!」 「は・・はい!」 「俺が。」 男性二人が声を掛けたが美々は最後の猪把に手を取られながら勝手口に走り、船上の人となった。 |
もうちっと続 |
!!
ずっと鳥が暖めていたのはこういうオチです。
あともちっとだけ!