伍『長煙管と刻蹄桜』






 暗転




夢うつつに聞こえる女性の甘い声。
少し低めのはきはきした声とと柔らかく高い声。
この声は美女の声だ。美女の会話には心和まされる。

「船が無くなってしまった・・。陸路なら・・・備前回り?」
「ええ。もう雪も少ないでしょうしここからなら戸倉の峠を取って若桜街道が一番早いかと・・。」
「若桜?綺麗な名前ね。」
「表だって上方やお江戸にでる時には智頭回りの方が街道もしっかりしていているし土地勘もあるけど、そのぶん待ち伏せされているのはそちらの方だと思うんです。」
がさがさっと紙の音?ああ・・良くナミさんが懐に入れてる地図か。
「・・・参児君のことは敵にばれているのね?」
「『黄髪の背の高い男』あの男達はそう言ってました。ナミさん達のことまでは判りませんけど・・。」
「ふぅ・・ん。背の高い・・ね。」
綺麗な声だ。
こういう確信している声の時には・・ナミさん勝機を掴んだ時でしょう?俺ならそれくらいは判ってあげられるのにね。

「なに人の顔見てんだ?」
・・・てめぇまでそこにいんのかよ。せっかくの気分が台無しだぜ。





 暗転





「意識もまだ戻らないし肋骨にヒビが多数に見られる。折れてるのもあるよ。幸いまとめて折れてないから呼吸は何とか出来るけど・・。絶対安静だ。このまま江戸に返した方が良い。」
薬の匂いと猪把の声。
身体が締め付けられるように呼吸がしやすいのかしにくいのかよくわからない。
頼むから煙管を一本吸わせてくれないか?そうすりゃ動けるからさ。
でも・・こいつやっぱり医者だったんだな?
船上では食料未満と思っていたら男気な所もあるじゃねぇか。美々ちゃんも無事なのはお前のおかげか。見直したぜ。と思ったのになんて事いいやがる。
やめやめ。てめぇなんざ非常食で充分だ。乾燥させて持ち帰ってやる。






 暗転





「ごめん・・・な・・さい。」
泣いちゃいけないって自分を縛りながら涙は枯らして声だけで泣くのは君の癖かい?
女の子は泣いてちゃいけないんだけどな。
せめて頭を撫でてあげたいのにどうしたんだろ?俺の手動いてない。

「皆に助けて貰って・・・貰うばかりで・・。あの時・・・・ナミさんと剣士さんが来てくれなかったら私たち船の火災から逃げることも出来なかった。」



港に着く前から刻一刻と二人の胸さわぎは酷くなる。
もうもうと発つ黒煙はまだ火事が沈静していない証拠だ。野次馬が遠くから集まって騒いでかますびしい事この上ない。そして飛び交う流言の嫌な物ばかりが耳に残る。
「ナミ、これ以上聞くな。」
情報収集役の癖はとかく周囲の騒ぎに敏感だ。
それ故に平静でなくてはつとまらない。こんな動揺した状態では失格としか言いようがない。
町並みは港の側が賑わしい。角を曲がると炎上する帆と類焼を避ける為に移動する他の船が大騒ぎだ。
帆だけではなく、甲板の方も炎上が激しい。特に先端の方ではもう竜骨にまで火が移りそうだ。
「あそこ!」
ナミが指さした。幸いと言うべきか、煙の中船尾の方に猪把の影と美々らしい頭が見える。桟橋は火が回らぬように港の人の手によって船から外されてしまった。そちらからはもう回れない。
「ちっ」
ゾロが船尾の方にあった遠見櫓を駆け上った。船との間は少し離れているが、高さはある。最上段まで一気にたどり着き、驚いた顔で彼を見る警鐘を鳴らしていた男が何事か言っているのを無視して脇に押しやった。
「すまねぇ。」
手すりに脚をかけ一気に飛んだ。
船縁を何とか右手で捕まえそのまま片手で自身を軽々と放り上げるのはゾロならではだろう。
火に煽られて船上は暑い。肺の中まで焦げてしまいそうな空気が喉に絡み咳き込みがちになる。
「おい!大丈夫か?」
声を掛けながらもうもうとけぶる煙の中、目をこらせばすがりついて騒ぐ猪把と美々の足下に男が一人転がっている。
この非常時に何やってる・・と怒りがこみ上げたが、側に見慣れぬ男が一人、向こうにもう一人が意識無く転がっている。
「こいつ等か?」
猪把が頷いた。
判ったと口で言いながらゾロは甲板を進み倒れたまま意識のない男二人を抱え上げて次々と海中に放り込んだ。
「運がよけりゃ生きてるし、誰かが拾ってくれるだろ。おい、お前等もこのまま飛び込め。こいつは俺が持っていく。」
参児を指さしてそう言いながら参児を手軽に持ち上げて肩の上に荷物抱えした。美々は安心した顔でこっくりと頷き煙の中見える船縁に向かう。
「え・・俺も?だって泳げないよ!」
「つべこべ言ってる暇はねぇ!おいナミ!金槌一匹拾ってやれ!」
船外に大きな声を掛けて猪把の尻をまっすぐ蹴っ飛ばす。水音を確認する間もなくそのまま自分も飛び込んだ。
「う・・うわぁ〜〜〜〜〜!!」
美々も続いた。


「ええ?・・猪把の奴、今度は泳げるように水練もさせなきゃいけないかしらね?」
先に落とされた姿形に見覚えのない男二人はおそらくはこの犯人だろう。そう目星を付けたから港の関係者らしき男達に告げたところ、彼らは目の色を変えて捕まえに行った。港の荒くれ男達に後はお任せで良いだろう。
猪把が落ちたのは彼らとは反対の方向だ。むっとした顔でナミは側の棒や縄やなどを見渡していたが、落ちた地点は船に近すぎて届かない。彼の特殊性のこともあって頼みの人間もいないここは上方の港。諦めて頭を振ったかと思うと落ちた猪把に向かって飛び込んだが、結局は焦って間違えて人型に巨大化した猪把の重さを支える為に女性二人で抱え上げる羽目になった。
「ちから・・はいんないよぉ・・・・じ・・人工呼吸が・・」
ナミの手により治りかけていた瘤がもう一発増える。
「ったく・・救助費は後で貰うわよ。」
「あ・・ナミさんっ。助けて貰ったの私だしそれくらいなら私が・・。」
「漫才やってんじゃねぇ。急げ、これ以上人目に付くな。」
当然のように肩に抱えたままの意識無い参児を持ってゆうゆう港を離れるゾロがいた。






 暗転





早朝。宿の玄関。

これ以上は甘えられない。
幸い陸路なら二日もあれば女の足でもたどり着けるはず。ナミさんの通行手形を黙って借りてきたのは悪いけどこれ以上関係ないあなた達を傷つける訳には・・・。
きっ、と扉の前で虚空を睨む。
朝靄の中、意を決して戸を開ければぼんやり白みがかった空に空気はまだ冷たい。

「・・・・・・・・」
「・・・!ルフィ・・さん?どうしてここに?」
「一人で山越えする気か?」
「だって・・。」
「俺たちの助けなんか要らないってか?」
「・・・・・・・・。」
「参児も怪我したし、これ以上巻き込めない?」
「・・・!」
頷くことすら出来ない。だって・・・・本当のことなんだもの。私がこんな事に巻き込まなかったら・・・・・・。
「だって!」
「だからなんなんだ。」
それまで静かに壁に背を預け美々を見つめていたルフィが真正面を向いた。

「今のお前がしなきゃいけないことは?」
「帰って黒鰐の野望を阻止するの。その為にここにいるのよ判ってるでしょ!」
そんな話は聞きたくない。けど・・何故・・・彼の言うことは、彼の視線は何故一言一言が私をえぐるの?
「美々。判ってるか?藩主が変わっても藩民の生活が変わる訳じゃない。」
「・・・。」
そうなのだ。市井の民草が求めるのは己の安寧。それを与えることが出来るなら誰が藩主でも構わないはず。我が藩の特殊性は互いに身に染みていてもそれでももし他の藩と同様改易があった場合、最終的に彼らは受け入れるだろう、生き延びて笑う為に。生きるというのはただ生活できる事じゃない。笑って、楽しんでそして生を終わることだ。その為に藩は在り藩主はいる。
「この国だって血筋とやらで代が変わって今の将軍になってももしかしてそれがまた変わっても誰の生活が変わる訳じゃねぇ。」
なんだか痛い。
とてもお重大な話だ。私たちの根幹に関わる話。
でも、何故なのか判らないけど。これは誰の痛みなのだろうか??
痛かったルフィさんの視線がホンの一瞬だけ、初めて私から逸れた。

これは私の痛みじゃない。
・・・・・・・・・・ルフィさんの?

判らない。何故この人と一緒にいるとこの人の言葉にだけは身が抉られる思いを抱えてしまうのだろう?
それでも私の想いは血を吐く。
「けど!黒鰐は!
噂を知ってる?朱印状を良いことに海外にまで足を伸ばして・・・そこでは現地の人の命まで吸い上げて奴隷のようにさせてやりたい放題やってお金を儲けているような男なのよ!
確かに、私の藩の人さえ大切にしてくれるなら、誰が藩主でもそれでも構わないのかもしれない・・・けど!黒鰐相手ではとてもそうは思えない!
私が行かなきゃ、誰もあいつを暴けないの!」
黒鰐が善人なら別種の苦悩があったかもしれない。でも、あいつは・・・・。

「判ってるんだな?だったら・・・お前は生きなきゃなんない。生きてそいつの前に立たなきゃ。」

射抜かれた。
真実は残酷だ。
その真実を私に告げるのは・・その役目を負った天の御使は・・・・貴方なの?

「命はいくら賭けても良い。でも、お前は生きて国に行かなきゃいけないんだ。」

目から熱い液体が零れて落ちる。
判ってる。判ってるわよ。今までここに来られたのも、今ここにいることですら一人では無理だった。そしてここからは更に厳しい・・・。
ふと気が付くと彼の身体が早朝の寒風を遮っていた。緩く・・抱きかかえられている。

「俺たちがいるから出来ることもある。だから彼奴等を使うことを気にすんな。」
「・・・・・・・・・うん。」




 暗転




「よぉ!」
「もう来たの?・・・・・煙様は?単身じゃないでしょうね?」
「いよう!アレ?おめえらだけか?」
二人の行方について猪把が必死に話すが、半分しか聞かずに隣の通りの出店で出していたお焼きをいくつも貰ったあげくに全部一気にほおばっている。
「旨ぇなぁ。んで、参児はいねぇのか?」
それ以上説明する気が失せたのは俺だけじゃないと思う。
「おい、猪把もうそいつに何言ったって聞こえてねぇぞ。飯のことしか頭にねぇ。」
「おう!最高だ!」
「ん・・じゃあこれで許してやる。」
「んん?何をだ?」
「勝手に出てきやがって。」
幼なじみの鉄拳は容赦ない。
さしものルフィも頭を抱えていた。


「おい、ところで煙の旦那は?いいのか?」
やるべき事をやってすっきりしたゾロが聞いた。
「ケムリンか?あいつには例のオカマの探索をたのんどいたから今頃そいつの始末に燃えてるだろ。」
「何をやってきたんだか・・。」
妙に確信犯な笑顔で汚い顔をしていてもやはり光って見える。
一応立場って奴はそれだけじゃないみたいだ。
猪把はそう思った。


「・・・・・判りました。」
煙は頭の先から平伏した。
そのままルフィは窓の外を見て
「あ、それと、そういやたの字に北に行ったオカマの件頼んどいたんだけど。」
「!・・あいつにですか?」
「不安なら後はよろしくな。」
「・・・てめぇ・・図りやがって・・。」
「じゃぁおまえも一緒に調べに行ってこい。俺は一人で良いから。」
煙とてその邪な笑顔が見えない訳ではなかったが仕方なく唇をかみしめた。








 暗転




「とっとと起きてこい。馬鹿。戦場で意識無くすのを“馬鹿”と言うんだ、情けねぇ。」
「誰が馬鹿だ!・・・いってぇ・・・・。」
馬鹿の嫌な声がした。てめぇに言われる筋合いはない。
おかげで意識に火がつく。がばっと起きあがると体中に痛みが走った。
馬鹿の奴は少し驚いた目をしたがすぐに冷静になりやがる。大きな声で障子の向こうに声を掛けた。
「・・・おい。馬鹿が起きたぞ。」
「・・クソ毬藻に言われたかねぇ。」

「参児さん!」
「参児!」
ゾロの声に美々と猪把の足音が重なり勢いよく頭が顔を出す。
「あ、美々ちゃん!」
「よう!起きたかぁ?」
「・・・・!なんでお前が!!?」
二人の後ろからゆっくりと現れたその影は長めの串に刺した串揚げを指という指に持ち頬張りながらにいっと笑う。
「これ旨ぇなぁ。参児、今度作ってくれよ。」
「・・・どうやってきたんだ・・ここは・・?まさか江戸じゃねぇよな。」
「違うよ。お前丸二日寝てたんだぞ。」
「ルフィさん!朝から厨房が困ってましたよ『作る側から無くなってるんですけど・・・せっかくの段取りが・・』って美味しく戴いて貰うようにあの方達は頑張ってるんですから。」
「わりぃわりぃ!でも俺はどう出されても美味しく食えるぞ!」
「もう・・自慢になりませんよ」

美々ちゃん?いい顔だよね。・・・・・なんでいきなりこいつと和んでんのかな?
やっぱりなぁ・・。嫌な予感はしたんだ。

「参児君あたし達もう少し準備したら今日中に出るわよ。どうする?」
脚絆に手交。旅姿のナミさんが障子の向こうから覗き込み声を掛けてきた。
新しい着物はお似合いですっっっって・・・それ・・。
「もちろん行きます!っっっててて。」
「お前は俺と一緒に留守番だ!!」
「・・黙ってろ。非常食につべこべ言われる筋合いはねぇ。俺の身体は俺が判る。」
がなる猪把を無視して上半身を起こして枕元に畳んであった綿入れに手を伸ばす。そして隣にあった煙草盆に手を伸ばした。余り使い込まれていない火打ち石で火をおこす手間に少しいらつきながらもようやくの一服を享受する。
久しぶりで少しくらっと来たけれどようやく落ち着いた。いつもの俺だ。


「な、言ったろ?参児は何があっても行くって。
 よし!出発だ!」
ルフィの仕切りが入ると俄然皆の表情に勢いと笑顔が浮かんだ。
何とも自然に。
美々もにっこり微笑む。

この笑顔の為ならば。



鳥取や岡山に土地勘のある方!
お住まいの方!
お願いです。怪しすぎる辺りは思い切り目をつぶって下さい。
あくまで・・パラレルなので、名前を借りている位に思って見逃して下さい・・。





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