参『長煙管と刻蹄桜』





「取り逃がしただと?小娘一人を。」
「申し訳ございません。いきなり現れた男が・・。」
「男?誰だ?」
「詳細は不明ですが腕の立つ男が一人・・・・それと妙な生き物の報告が。」
「?・・・で、ともかくも江戸を発つ事は阻止できたんだろうな?」
「それが・・その男の手引きで船出したという情報が入っております。」
「船・・・・・・・・・?どいつだ?厄介だな。」
「はっっ」
「こんな所で油売ってねぇでさっさと上方で情報を集めろ。なにがあっても阻止してこい。」
この男の言う所の何があってもとは失敗はすなわち己の死に繋がる事は十分承知している。
「ああ・・・彼奴等が開いていただろう。」
「はっ。何に変えましても・・・!」












日差しはぽかぽか。
春とはいえこれだけ暖かいと甲板の上の風もそよそよと気持ちが良い。
つい昼寝をしたくなる。


ばきっっっ!痛い…痛いよぉ……。
「見てて寒いんだから中にはいんなさいよ!」
ナミが大きな綿入れをかぶって後ろに立っていた。
「全くゾロでさえ寒くて昼寝しないくらいだっていうのに一体あんたはどうなってんの!?」
海上でやや風が強いかもしれないけど、コレくらいの寒さであそこまで着膨れる方がこちらにとっては疑問だ。しかし、それを言おうとしたら、ナミに睨まれた。
「でもナミさん。戸仁井さんに抱きついていれば暖かそうですけど。」
お姫様が後ろから、コレも似たような綿入れを着込んで声を掛けてきた。
「…そうね。夜、貴女はコレを抱えている方が身が無事だと思うわ。」

…………?
そのセリフの謎加減に俺と姫さんは首を傾げた。
「良いの。わかんないくらいの方が寧ろ安全だから。」
「それってナミさんが昨夜いらっしゃらなかったことと関係あるんです?……あっっごめんなさい。」
美々のセリフの途中からナミの顔色が怪しくなってきた。
そこに…


「美〜々ちゃん!ナ〜ミさん!良いお茶が入りましたよーーー!」
と料理人の声がしてきた。
ばしっっっ。
ナミの鉄拳が決まった。浮かれ顔の料理人がナミの足下に転がった。
これをとばっちりと言わずしてなんと言おう。

「さてお茶ですって。いきましょ!」
振り向くことすらせずに、立ち去るナミの後ろに幸せそうに意識のない参児と俺が残された。



「お前警戒されてるぞ。」
「な?誰にだよ。」
「雌二人とも。」
「動物じゃねぇんだから雌って言うな。」
「……じゃぁ、なんて言うんだ?」
「いくらでも言葉ならあんだろうが…麗しの…」
「一人で言ってろ。」
置いて、船室に戻ろうとすると後ろから角を捕まれた。
「なぁ………二人ともにか??」
「うん。」
「おっかしいなぁ。」
「何が?」
「いや…まぁいいんだけどよ。」
今までに見たことのない表情でにやりほくそ笑んでる顔がいた。
「………助平。」
さっきナミに叩かれたのと同じところにもう一回こぶができた。






「ご存じだと思うんですけど・・・」
暖かい船室でも海上には余計な耳など無い。あけすけにものを話しても心配がない。その成果か解放された表情の美々姫は晴れ晴れとした美しさだった。
だが、話題が深刻になれば眉間に皺が寄る。参児のお茶を勝手に飲みながら二人は向かい合って情報の交換を始めていた。交換と言うよりはどちらかと言えばナミが知りたがって聞き出していると言った方が正しそうだ。猪把と参児は同じ部屋にいたが、ナミの無言の圧力にただ黙っていた。
「今じゃ山陰などと言われているけれど鳥取は古代王国アラバスタの末裔の地よね。」
美々姫はこっくりと頷く。
「藩王制となった今でも藩主には旧王国の王家の血筋が続いているという特殊な相続が行われているのよね。」
「詳しいですね。」
「ま、商売柄色々とね。でも、その国をどうやって黒鰐が乗っ取るの?大体そのメリットは?失礼だけど余り裕福な国とも聞いてないわ。」
容赦ない質問に苦笑した美々は腹をくくったようだ。ここまで詳しい相手の方が話が通りやすい。

「今では果実産業や農作物の地なんですけど伝説があるの。“累代の墓に古代の秘宝が眠っている”」
「宝??本当にあるの?」
大好きな話題にナミは目の色を変え身を乗り出して飛びついた。微笑を浮かべて美々は続ける。
「さぁ・・?あるかどうか全然判らないの。大体城が古代の墓を基礎に造られているんですもの。壊さないと調べられないんです。」
国絡みの話の豪快さにナミの乗り出した身体がゆっくりと元に戻る。握った拳が緩んだ。
「母屋を壊したあげくに『噂でした』じゃ洒落になんないわね。」
「そんな不確かな噂で城を壊すほどの余裕は今の我が藩にはないですし。」
「現実どこも不景気だもんね。」

「そんな噂話だけなの?大体王制に差し出口なんて出来ないでしょ?」
「私の家は古代王国の直系ではないんです。12代前に直系が途絶えたから一番近い傍系だった我が家に家系がうつりました。ですが途絶えた家系の血筋が残っていたと。黒鰐は自分がそうだと言っているんです。」
「12代前??っていつの頃?」
「およそ三百年前。」
ナミは虚空をあおいだ。
「気が遠くなりそうな話ね。そんなもの証明できるの?」
「これは内密の話なのですけど・・数年前に本国の家系図が盗難にあいました。」
「家系図?」
「ええ、その古代王国から今までの王家の。」
「ちなみにそっちはどれ位前からなの?」
「だいたい130代2500年。」
「・・・・・。」
絶句したナミは額に細い人差し指を当てて堪えた表情の後
「そのころに紙はあったの?文字は?」
「かつてのは石に。古代文字で今では解読されていないのですが、途中現代語に直したものを紙にしました。それが・・」
「年代の話はもう良いわ。それの“本物”が盗まれ紛失したのね。そうなったらつけいる隙はありまくりか。せめて写しておけばねぇ。」
「いえ、盗まれたのは“写し”のほうなんです。」
「え?」
「本物は・・・実は私の江戸入りの時に私がこっそり荷物に入れてきたの。」
その時にはただの好奇心だった。遠国に単身乗り込まされるその自分の拠り所として憧れた己のルーツを眺めたいだけの子供心だった。お転婆が高じて写しをこっそり本物と入れ替えて成功した自分の技にほれぼれしたものだ。

「・・・・でもその話を知って乗り込んできたって事は怪しいのは黒鰐じゃないの。」
「・・証拠がありません。」
美々は下唇を噛んだ。

「じゃ、それを持ち帰ったら・・」
「そう、奴の野望なら止められる。私が・・この巻物と一緒に。」
きっぱりと頭を上げたその瞳。
いつしか側で聞いていた参児と猪把がこれも真剣に耳をそばだてて黙っている。いくら自分が視線で留め置いたとはいえこの料理人が全く口を挟まなかったと言うその真剣さにナミは驚いた。





「事情はわかったわ。」
「寄り道を?」
船室でナミが手元の自筆の地図を広げている。自筆とは言えかなり縮尺も正確だ。多少の国を歩いたとてこれほどの正確な地図を書ける彼女に驚いた。
「うん。堺に寄るわ。以西の情報屋で有能なのが居るのよ。今のままじゃ敵の動きもしとめ方も判らない。そこって値は張るけどあんただってずっと江戸にいたから国元の事も判らない事の方が多いんでしょ?必要な事を省いては結局遠回りになる。そうじゃなくても黒鰐の支店もある。判るでしょ?」
「ん・・・。」
時間は惜しいがナミの意見は的をえている。自分は帰らなくてはならない。だが自分も手元のこれも握りつぶされたらおしまいだ。そうでなくても参児と猪把に助けられなかったら己の身すら敵の手に落ちてしまっていただろう。敵とは・・分も情報の量も違いすぎる。
それに少なくとも浪速に着けばかなり故郷と近くにいる事になる。今は独りではない。はっきりした正体は教えて貰っていないがいきなりこんな船を用意できるその背景を今は利用させて貰うしかない。参児さん並みに剣士の方も強いという。そしてこのナミの頭脳は鮮やかだ。だが利用と言うには彼らは人が良すぎる。焦るばかりの今までとうってかわったのんびりとした日常がここにある。何をした訳ではないのにここの空気は居心地が良すぎる。正体も判らない彼らの好意に甘えてばかりで心苦しいが今は何よりありがたい。
「判ったわ。」
「判ってくれたついでにあんたは船から下りちゃ駄目。敵に狙われる事になるし、目立った行動は取れないわ。参児君に美味しい物でも仕入れて作ってもらうからそれで我慢して。」
「え・・そんなぁ・・はぁい。仕方ないですね。」

初めての町である。通常の状態ならそぞろ歩いてみたいのだが、そう言う事態ではないことくらいは判っているつもりだ。
これもおそらくは人目をひく猪把は薬を仕入れたい目的が叶ったらすぐに帰るからというので無理を通してナミに付いていきたいとだだをこねた。





表は簪屋。その珠に使う石は日本全国から取り寄せている。扱う品は広い嗜好品から珍しい高価な物や南蛮物まで、堺のその店に置かれている物で手に入らない物はないと言われている。その店に裏家業がある事は知るものが殆ど居ない。
「ごめんください。勾玉の赤と緑の簪はあるかしら。故郷の土産にしたいのだけれど。」
「はいなんでもございます。店の奥までどうぞ。」
符号が通り奥に案内される。構えの小さな店の奥は、これまた狭い中庭からようやく灯りが入るだけの二間があるだけだ。だがそのまま壁のはずの板戸を開けると細い梯子が地下に降りている。そのまま中へすっと入り早速とナミは話を持ちかけた。

「表からも連絡が参っておりますよ。」
「あらやだ早すぎるわ。」
右手をさらりとふり払い出された切り子のガラスに赤い葡萄酒がよくうつる。それをそのままぐっとあけた。
「なら判っているでしょう?鳥取藩の動向と黒鰐の動きを。」


「絵姿は手に入らないのね・・仕方ないけどありがとうそれに美味しかったわ。」
「剣士の旦那は?」
「葡萄の酒は口に合わないんですって、表で呑んでるわ。何かあったら呼び子を鳴らすって・・・。」
びっしりと書き込まれている書き付けに一通り目を通した。束にして持ち帰る訳にはいかないので頭に叩き込む。くすくす笑いながら席を立つナミの耳に細く高い音が聞こえた。まさか、と思う間もなくゾロが駆け込んできた。
「港のほうで煙が上がってる。結構な騒ぎだ。」
ゾロの顔は自分の勘に自信を持っている。確信できた。船に何かあった。敵の手がこんなに早く回っているなんて。一人で置いてきた美々は大丈夫だろうか??考える間もない。
「代金は江戸から払って貰って頂戴!」
しっかりと請求先は自分に残さないで部屋を出た。






「・・・・・・ざまぁみろってんだ・・・・」
そこまで引導を渡してきりと立っていた男は糸が切れた人形のように一気に意識を落として倒れ込んだ。

焼けこげる船の匂い。大破した船から大きな煙がもうもうと上がり目に浸みた煙で見えなくなる。
その隙間から見える遠くに倒れてている男が二人。それを攫って帰ろうとする影がいる。
だがそれも目に入らない。

「参児さん!参児さん!!」
猪把の後ろから美々の絶叫は響き渡った。






短期間で一気に勝負!
ありがとう紙一重さん企画
泣いても笑っても一月最終日まで!!







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