弐『長煙管と刻蹄桜』




土地勘のない始めてのところで逃げるときには自分が来た道を戻ろうとするのが普通の反応だ。
普通の馴鹿ではない彼も普通の反応をとった。参児を背負って取った道は桜並木を後にして関の方へ戻る道だった。
背中の参児は使い物にならない。落ち着いて周りを見る余裕が生まれた頃にはもう関所の門前に戻っていた。門は閉ざされ、重い戸に閂が降りている。
(どうしたらいいんだろう…)

とその時。

「そこをお退きなさい!私に無礼を働くと承知しませんよ!」
反対の道に不穏な女性の声がした。
瀕死だったはずの背中の参児ががばっと起きあがる。
猪把がそちらを見ると、また数人の怪しくも顔を隠した黒装束が、一人を襲っている。
(また・・?)
少々頭が痛くなってきた。


なのに参児は駆け出した。今度は猪把は泣きたくなった。
「おい!様子を見なくて良いのか?!今度はどっちの味方する気だよ!」
猪把が聞きながら、でも走って付いてくる。
「決まってる。」

「あの声は美人だ。」
「さっきは化けモンだったじゃないか!」
「今度こそ美人だ!」

色事好きというのは懲りない物なのだろうか。何の根拠か断言して走っていく姿が情けなく思えるくらい真剣だった。それを追いかける自分も・・。
「反省出来ない奴に進歩はないからね。」と自分の師匠、暮羽先生(どくとりいぬ)は言っていた。
さっきあんなに恐い思いをしたくせに・・。なんでこうなんだ!

今度も細身の女性が一人で怪しげな連中を相手にしている。
小刀で男達をかわす様は結構強いがいかんせん多勢に無勢・・。もう息が上がっている。しかもあれじゃ……。


参児は今度も一番危なげな凶器を抜いた相手を真っ先に自慢のケリでしとめた。
「またもや敵なのっ・・!?」
女が声を荒げる。そのまま庇う形で背を向けて立った参児の背にも小刀を振りあげる。
「間違えないでください。助けに参上した貴女の僕です。」
「馬鹿にしないで!」
馬鹿な台詞は本気で争っている物にはふざけているようにしか聞こえるはずがない。

しかし参児には彼女の怒り顔が目に入っていないようだった。とりあえず男達の方を向いて何故か懐に手を入れて、ゆらりと立っている。自然体に近いその姿は敵のやる気を亢進させるに充分だった。
「さあてっと・・。さっきの憂さ晴らしだ。かかってきな。ばらしてやらあ。」
「貴様。邪魔だてするな!得物も無しにこの人数に挑んで勝算がある訳なかろう!」
「なめてもらっちゃ困るぜ。雑魚がよ。ンなセリフは10年以上はえぇぜ!」
「かかれ!」
一斉に飛びかかってくる男達はさっきとレベルが変わっている気がしなかった。やはり統制のとれた団体とは思えない。

「まあ安心して俺に任せてくれよ。」
男一人を蹴り倒しながら自分に微笑んで声を掛け、手まで振っているいきなり現れた男。
楽しい遊戯中のようなその表情に危険性は感じなかった。
そしてこの男はとても強かった。ふざけていると思われるほどの実力の違いがある。
なぜかいきなり安心している自分が居て、それに気が付いて彼女は自分に驚いていた。
ただその表情は深く被った綿帽子のような頭巾に隠れてみられることはなかったのだが。


「さて・・と。」飛び込んでくる奴らに向かって脚を振り回す。あっさりと特製の鉄を仕込んだ脚絆と下駄が相手を吹っ飛ばしていく。くわえた煙管も変わらずに、余裕を見せる。
一息つけば、その隙に飛びかかろうとした男が物陰から四人飛び出した。
今度もまた巨大な褐色の塊が横から突進してきて、全部を跳ね飛ばした。
「詰めが甘い!」
動物の方から声がする。
「すまねぇな・・けどこら!お前全然懲りてねぇだろ!」
「あっっ。」

そう言いながらほのぼの争うその隙に歯がみしながらも敵は去っていった。

「雑魚のやることは同じだな。」また馴鹿が独り言を言った。
「てめぇ何度言ったら解るんだか…。」
料理人の気配が変わり、猪把の耳には今にも包丁を研ぐ音が聞こえるような気がした。


美女は気が付いていたらしい。驚きを隠せない顔をしている事が気配でも分かる。
巨大な褐色馴鹿は前足を口の側に持っていく。その人間くさい仕草が、よりいっそう女性の驚きを強めるだろう。もう庇い立てのしようがない。

だから放っておこう!

それよりも目の前の美女!
いい匂いのする香を焚きしめ、立ち姿も優雅に隙がない。今度こそこれは絶対美女に間違いねえ!

「大丈夫でしたか?」
驚きを隠せず固まったままの女性に手をさしのべると彼女は深く深呼吸をしてから、今度は矢継ぎ早に懐から財布を出し、中の物を参児の手に押しつける。
「ありがとうございました。なにぶん先を急ぎますので、今はこれだけをお取り下さい。」
手に握らされる二朱銭の感覚よりも握られたときに触れた彼女の手は、そこいらの街女では見られない染み一つない、傷さえ見あたらない美しさだった。
こういう手をしているのは、失礼かもしれねぇが花魁と呼ばれる高値のお仕事の女性か、滅多にお目にかかれないくらいの高貴なお方のモノ。
立ち居振る舞いから言って絶対に後者だ。だてに岡場所に出入りしている訳じゃねぇんだ。


「では、失礼いたします。」
そそくさと立ち去ろうとする後ろ姿に、確信を持って声を掛ける。
「今からじゃ、関所は動いてませんよ。開いていたとしても何より貴女が通ることは不可能だ。」
ビクッと足を止め、女性は振り向いた。
「偽の手形でも貴女のような方では逆に目立って通れませんよ。出女が厳しいのはご存じでしょう?失礼だが、貴女ではその出自を看板を下げながら歩いているような物だ。幾らぼんくらな役人だってさすがに気付いちまって、大事になるだけですよ。」
おい・・と肩でつつく馴鹿を無視してニヤニヤしながら話を続ければ、女性はかっとなって参児の前に立ち手を挙げる。
「無礼な・・」
参児は笑みを浮かべながら紙一重でかわしてあげて、逆にその腕を捕まえた。
「ほら余裕がないから隙だらけ。お女中のふりをしたって無駄だ。この所作も言葉使いも変装になってませんよ。」

そのまま頭巾の結び目に手をやって、力も込めずに解いてしまう。女の着物と同じでを脱がせるのはコツさえ掴めばわけないのだ。
紫の布が足下に落ち、ややきつめの顔をした美女が現れる。白い肌に瓜ざね顔の綺麗な顎の線。化粧気は少ないのに、薄く紅を引いた唇が鮮やかで、染まった頬が上気している表情の豊かさを伝えて極上の美女。
「何をなさるんですか!!?」
怒った顔も綺麗な顔にはよく似合う。
「やっぱり。先に確かめさせてもらわないとね。」
しばし眺めを堪能させてもらう。


「ところでお嬢さん。俺にこの先を抜ける妙案があるって言ったら事の仔細を話してくれます?」
言いながら手の力を緩めて、相手が落ち着くのを待った。
参児の言葉に怒りを表しながらもがっくり肩を落として俯くばかりしていた女性が、今度はいきなり面を上げて詰め寄ってくる。今度は怒りも隠さない。
「さっき貴方がおっしゃったばかりじゃないですか!そんな都合のいい事ってあるわけないじゃない!いいかげんなこと言わないで…。」
「俺はたった今このへんてこな生き物を蝦夷から連れてさっきの関を通って来たんです。」
馴鹿の額に青筋が立つ。サンジは無視して話を進める。
「おまけに腕も立つし、いい男だし。
一人で何処まで行くのか知らないけど結構役に立ちそうだって思わない?」


言われてまじまじと男を見る。片目しか見えない瞳には邪気はない。
腕と言うよりは脚だと思いながらその強さは疑いがない。さっきの刺客達は腕の位なら中の上ぐらい。でもあれだけの数がいたのにあっさり片付けていた。
そしてこの大きな獣。聞き間違いでなければ人語を解し会話が出来ていた。更にその動作もどうも只の獣とは思えない。こんなものを連れて一人で旅をしているなんて、本当に只者ではない。ましてこの先には関所しか無く、旅装からしてそれを越えてきたとしか考えられない。


自分の考えに逡巡しているうちにいきなり後ろから肩を抱えられた。
「さ、ではご一緒に。」
「何をなさるんです!」
「俺達と一緒に行くんでしょ?顔に書いてあるよ。」
唇を咬みながら考える。


思いきって横を向いたままの獣の顔を覗き込んだ。これも案外可愛らしい瞳で、恐ろしさは感じない。
「あなた・・話せるの?」
一人と一匹は固まってうろたえている。
「私ちゃんと聞いたわ。さっき…。教えてくださらないんならご一緒できません。」
馴鹿がすまなそうに男を見上げた。仕方ねぇな、と呟いて、男は手を離して煙管を詰め替えた。


「俺は蝦夷から来た馴鹿の獣人だ。もっとも俺も他の仲間なんて会ったこともないけど。」
「話せるのね。」
「ああ、怪我も治せるぞ。後で左腕診せろよ。そのままにすると後がつらいから。」
女は吃驚した。さっきの立ち回りの途中に捻ってしまった物だが、気付かれるなんて。
「何だと!すぐ治せよ!」参児が背後から怒鳴り倒す。
「此処じゃロクな事もできないけど仕方ない、治療は早いほうが良いからな。
…おい、驚くなよ。今から変形するから。」
「変形?」
女に言ってからいきなり大きな獣が縮んで子供くらいの大きさになる。
二本脚で立ち、三度笠はそのまま、合羽に見えたそれは小さいからだがすっぽり隠れている。怪しげだった踏込はこちらの身体用に作ったと思われるぴったりした物で、色もなんとなく似合う。確かに普通見ない物だが、このもこもこふわふわした生き物なら口を訊いても可愛らしい。
荷を開き始めた。荷物から異様な匂いのする薬を出してきた。
前足は腕のような形になったが、手は蹄の形を残している。
「診せてみろ。」
驚きのあまり思考が停止して、言われるままにしゃがみ込み左手を出す。そのままふわふわした毛の付いた手でいくらか触れてみて、一番痛みを感じるところに少々きつい匂いのする軟膏のような物を塗り、晒しで巻いた。ひんやりした感じが気持ちいい。

「ありがとう・・。」
「驚かないんだね。」その度胸の良さに見ていた参児が声を掛けた。
「いえ・・充分驚いています・・。お医者様なの?」
「様なんて付けるなよ。みっともねぇじゃないか。」

(充分嬉しそうじゃ・・)二人は思った。
馴鹿は言っている言葉と裏腹に顔はにこにこして腰から踊っている。


「さて。いくか。」
「そちらは関所とは反対ではありませんか。」
手当も終わって二人と一匹は歩き始めた。が目的と反対の道に向かう参児に女は眉を顰めた。
「良いんだよ。解決法はこっちにあるから。安心して任せてくれ!絶対守ってあげるからね。」
鼻歌混じりの一人の他はやや全身が堅いまま付いていく羽目になった。


「ねえ。これなら聞いて良いかな?」
歩きながら煙管を揺らして参児は彼女に尋ねた。この美女の鉄壁の防御壁は参児の『愛の光(自称)』も届かず、いまだに名前すら教えて貰えない。
「あいつら一体・・何?」
「馬六枠巣(ばろくわくす)・・です。」
「聞いたこと・・ねぇな。ごめんね。」
「私を邪魔に思っている人たちで・・中には変装の名人や、男女、炎使いなど普通では考えられない方などがおられるそうです。」
この国一の馬鹿殿が聞いたなら「悪い奴だな!」で片付けるんだろうが・・。
しかし彼女が悪いはずはない!

(変装の名人………)
猪把は同じ事を聞いても違うことを考えていた。



「おーーーい!参児!迎えに来たぞ!」
もう少しで店に着くという町中の大通りで大きな提灯を振り回している男が居た。左目の下に傷を持つ少年と見まごう男が勢いよく手を振っていた。
もう遅い刻限で、人が少ないから良いが…。

「ルフィ!簡単に出てきていいのかよ。」馴鹿が嬉しそうに駆け出した。
「猪把!連れてきてもらったんだな。」
「また脱走か?やれやれ、煙の旦那も血圧が上がりっぱなしだな。」
「だって腹減ったんだ!参児の飯喰わせろ!」
「クソ爺のも充分美味めぇだろうが。」
「でも俺、参児のが好きだ!」
提灯を人に押しつけて両手に拳骨を作りそのまま腕ごと広げて、にししと笑う。相変わらず困った奴だが、料理人泣かせのことを言うから憎めない。
「わあったよ。帰ったら作ってやるから待ってろ。」
やった!と参児の店、婆羅手家に向かって歩こうとした。
そして、

「んんっ?お前誰だ?」
後ろにいた女性にに気付き彼女の前に立ち、顔を覗き込んだ。じっと大きな目を開けて凝視する。見られた女性はたじろぎながらも同じように見返した。参児は女の肩に手を掛けて、引き離す。
「訳ありらしくてな。国まで送る約束をしたんだが・・。所で何処まで送ればいいのかな?」
「聞いてねえのか?」
ルフィが彼女を指さしながら話すので、その手を煙管でぴしりと打ってやる。
「美人で、なかなか堅いお方でな。」
「どう見ても女たらしのお前が信用ならないだけだ。」
猪把が冷静な意見を述べて、脚を強く蹴られた。
「痛てぇぞ!八つ当たりするな!」
「もうすぐ店だからな。良い食材を土産に持って帰れるぜ。」
またいつものどたばたを始めた二人(一人と一匹)の姿に彼女は急に吹き出した。
「くっくっくっくっく……。」
始めて見せた笑顔は提灯の暗い灯りの中でほのかに浮かんで、男達は一様にその美しさに魅とれ、次の言葉を繋げなくなった。

「笑えるんだな。よかった。これなら傷もすぐ治るぞ。」
「関係あんのか?」
参児が嘘臭そうな顔をして変わったことを言う猪把を見る。
「馬鹿にするモンじゃないぞ。笑うって大事なことだ。身体を一番癒すんだ。」

その言葉にしばし言葉を噤んだ女性は俯いて小さく呟いた。
「・・因幡の国まで・・行きたいんです。」
「因幡?鳥取藩の?全然方向が違わねぇか?」
てっきり北の関所を通ろうとしていたのだからその先だと思っていた。
「奴らに此処を立ったことがばれては困るんです!だから迂回しようと思って・・。日本海に出てから船に乗ろうと思ったの。」
急に生き生きと、生気に溢れた声になる。きっとこちらが本当の彼女なのだろう。そう確信できるくらいの真剣さ。
「奴らって誰だ?」それに煽られたのかルフィがまじめな顔で聞く。
「朱印船の元締め。黒鰐大留(クロワニダイル)……そして私は鳥取藩主の娘美々(ビビ)と申します。」
「黒鰐・・?知ってるか?」ルフィは訊ねた。
「まあ、名前くらいはな。」さすがに仕事柄で参児は答えた。
『朱印船』もとは海外交易様の船に与えられていた称号も鎖国の元では国内大手の貿易を司る船の持ち主に与えられていた。政府公認の船名主。大きな利益を国にもたらす交易船の持ち主。その特権は計り知れない。そのうち最も大規模な者の一人黒鰐。
「良い噂は聞かねぇが、元締めを占めるほどにまでなってたとはね。」

彼女の話ではその黒鰐大留が藩の乗っ取りをたくらみ暗躍中だという。
このことを知っているのは江戸詰めの自分ともう一人の腹心だった。その腹心は故郷に告げに行く途中で消されてしまった。こうなれば自分が行くしかないと覚悟を決めた道中。しかし黒鰐の追及の手は彼女の側まで押し寄せていた。
「このまま行けば我が藩は黒鰐の餌食に・・!」
突っ伏しながら苦悩するビビの姿に二人と一匹は黙っていた。


「よし、行くぞ。」
ルフィは断言した。
「・・どこへだよ。」
「因幡へ!」
「てめぇが此処を開けてどうすんだ!!」
輝くその目は遠い砂丘の国を視ている瞳なのか、しししと笑う。
「だいじょーぶだ。ちゃんと身代わり(コビーパワーアップver.)も居るぞ。」
「いばんじゃねえ!」
「おし!早速是府に手配してもらおうっと。」
「人の話は聞け!飯つくんねぇぞ!」
「何!?」
いきなり振り向いたルフィは
「心配すんな!何とかなる!」
しししと笑うルフィと対照的に参児は黙ってしまった。

猪把は言葉を挟むどころか開いた口がふさがらず、目の前が真っ暗になってボウッとしてしまい危うくそのまま脚を進める二人と、それにただ付いて行くだけの美々に置いて行かれそうになった。




朝から晴天出発日和!

「俺の船!」と喜び勇んで船上のルフィはのびのびした顔をして船首に掴まっていた。自分が乗らないと自分の物だとは思えないらしい。地味な御方のような物の言いようだ、と参児は思った。
真剣さが身を切りそうなビビとその傍らに立って煙管を吹かす参児。そして船内には『何でオレまで行くんだ??』と考え込んでいる猪把が知っている匂いをかぎ分けていた。

「よーーし出航だ!」ルフィが叫んだ。
「そうは問屋がおろさねえぞ。」
岸で低音の声が響いた。

「げっっっ。ケムリン!!何でお前此処に居るんだよ!」
「麦藁様!何と言われようと戻っていただきますからね。」
「丁寧な言葉使ったって無駄だぞ!もう船は出るんだからな。」
ルフィはべーと舌を見せ、両手を振ってみせる。今まさに船は岸を離れようとした。

煙の足元からいきなり視界が揺らいだ。モクモクと広がるそれのおかげで、岸の光景が見えなくなる。煙玉の一種らしい。
見送りの人は顔を隠し、背けて、その煙を吸うまいとした。一人を除いて。
その一人は船に飛び上がり再び煙玉を投げつける。
船上の視界も一気にかき煙る。その煙からビビを庇いながら、参児は顛末を見届けようとしていた。

「ぶほっっっ!」
いきなりルフィは頭を後ろから押さえつけられ甲板に顔を押し付けられる。
「くうーー!」
「殿・・戻っていただきますよ。」
煙。ルフィのお目付役を引き受けた新任の側用人。
ルフィが全く言うことを聞かずにしょっちゅう脱走を企てる事に既に堪忍袋の緒は千切れて久しく、最近では殿を押さえる為ならば手段を選ばなくなっていた。
参児も顔負けなほど煙草を吸い、あまつさえ舶来物の煙管まで手に入れて吹かしている。彼の煙管の羅宇(らう)は太く、雁首(がんくび)から吸い口まで岩洞のような物を好んだ。
任務に忠実。実力は比類無く、彼を側に置いたおかげで、ルフィは脱走に以前以上の努力を必要とした。

押さえつけたまま後ろ手に縛り上げ、あっと言うまに肩に載せてそのまま船を飛び降りる。
海風に直に船上の煙も、岸もすっかり一掃されて、見送りの人はぽかんと煙とその肩の暴れているルフィを見ていた。

「いよう、是府。」
煙が気付いて声を掛けた。
「ありがとよ。てめえんとこの若いのに報せさせてくれてよ。おかげで身代わりのコビーもキッチリ絞めてやれた。」
ゼフは黙って肩の上で暴れるルフィを見て、ぼそりと独り言を言った。
「なるほど。・・保険を掛けといて正解だったか。」
「ああ?」
「・・」
是府はそれ以上は何も言わずに遠く成り行く船を見ていた。



「やったぜ!」
ルフィが岸に着いたとたん船の脚は早まった。もう届かない。追いつかれないだろう。
浮かれた顔の参児は思い切り煙草をふかした。両手で拳を握り、全身に力を入れて喜びを表す。
「おし!」(すまねぇ、ルフィ)
あの食欲魔人が一緒では、女を口説こうにも何かと邪魔で仕方がない。いい雰囲気になったとたん「腹減った」と喰い付いてくることに間違いはない。それに何かと問題や騒動を起こしがちの体質らしく、雲の上のお方とはいえ、一緒にいてろくな例にあったことがない。
そんな奴は置いてくるに限る。
昨夜遅くに旅の疲れもさておいて適任の相手に情報を囁いてきたのは大成功だった。

馴鹿は所詮動物だ。居ない方がありがたいが、まあ問題にならないだろう。
風は順風満帆。航海するにも日はよろしい。問題の大きさも忘れ、美女付の旅路にやっと自分の本領発揮と参児の浮かれ加減はとどまるところを知らない。



はずだったのだが、そうは問屋が降ろさなかった。船が出た瞬間、一組の男女が船尾に隠れて二人並んで事の成り行きを見ていた。
「あららーやっぱりルフィ降ろしちゃったか。」
額に手をあてナミが言う。隣のゾロは腕組みをしたまま額に皺を寄せて、目を閉じている。
「是府の読みはまんまと的中したわけだ。」
「このままルフィがおとなしくしてるわけないわね。」
「ああ・・また一騒動だな。……ともかくこれに付き合えば俺の借金帳消しだろうな。」
「うん。是府さんからの払いはよかったから、ほ〜〜〜んの一部だけね。」
「なにーーーー!」
「と、さて釘刺しに行こっと。」


もう岸が見えなくなった頃。ナミが船尾の方から姿を見せた。
「あらあ、ご機嫌ね参児君。美女の独り占めがそんなに嬉しい?」
聞き慣れたこれもまた美女の声が耳に入る。
「うわあ!ナミすわ〜ん!俺と一緒に旅に出ていただけるんですかあ?!いやそんなに俺のことを思ってくれていたなんて・・」
いきなり走ってナミの両手を掴み、全身で歓喜を表現する参児に呆れた視線が飛んだ。ビビだけではなく・・。
「おい、勘違いすんな好色男。」
苦虫を潰したようなやや低い声。

「何でおめぇまで居るんだよ!」
「煩せぇ!誰が好き好んでてめぇの面拝みに来るかよ!」
「じゃあ今から降りろ!俺が飛ばしてやらあ!」
「んだと・・てめえごときに俺をやれると思ってんのか!」
    :
    :
果てしなく続く似たもの同士の喧嘩に目もくれずにナミはビビの横に立った。
「是府さんから仰せつかったの。道中お供します。大丈夫。心配しないで、あいつらは馬鹿だけど強いから。」
「宜しくお願いします。貴女だったんですか。」
ビビはほっとした笑みを浮かべた。
参児の強さを疑ったわけではないが自分と獣人だけではあまりにも不安だった。


「あの・・良いんですか?放っておいても?」
ビビが指さす先にはまだ言い争いを続ける男達が居る。
「いいのよ。」目もくれずにナミは船首を指した。

「さあて・・行きますか。グランドライン(瀬戸内海)を通って因幡まで!」





三次小説敢行致します!!



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