初めに
こちらは紙一重の与作さんがじょんじょんの名で書かれた漫画「剣客商売」をベースにしたパロディ小説です。
与作さんの許可を頂いて、勝手なオリジナルキャラ「猪把」を書かせて貰いました。
剣客ファンの方には申し訳ありませんが、お許し下さい。



長煙管と刻蹄桜 壱


「だいたい何で俺が美女じゃなくって獣の護衛なんぞしなくちゃなんねぇんだ?」
自慢の長煙管を拭かしながら愚痴っている男。
「………5日の行程を倍以上に伸ばしたのは誰かが女にかまけたせいだろ!」
隣を歩く大型動物の方から人間の声がする。
「放してくれなかったのは向こうだぜ。」
ニヤリと煙管をくわえた口の端をあげて、自慢げに右目が光る。
「わざわざしつこく口説きに行ったのはどっちだよ。
その間ずっと俺は外で待ちぼうけだったんだからな!」
「い〜〜い女だったよな。」
思い出してはニヤニヤ笑う。これだからこの男は…。


腕のいい料理人か何か知らないが、人を食料扱いするような男を迎えによこすなんて、ルフィもどうにかしている。
そりゃああいつに会いたいし、あいつが御江戸の一番偉い人だって言われても離れ島で過ごした俺にはピンとこないけど。
ルフィとは、あいつの視察とやらで来たときに会った。偉い人が蝦夷の地まで出てくるなんてよほどの変わり者だと思っていたけど、偶然助けて治療してやったあいつがその人だなんて思わなかった。
帰り際に「俺の仲間になれ」ときたもんだ。
でもとっても気持ちの良い奴だったから、つい「うん」と言ってしまった。

そして迎えに来るという言葉を待っていたら……。
来たのは予定の日を過ぎても現れなかったあげくに、人をしとめて餌にしようとする野蛮な料理人だった。
くるくるの眉毛に長煙管。幾ら人という物をあまり知らない俺でもその胡散臭さがわかる。
挙げ句の果てに旅先で女としけこんで四日も出てこなかった。
その頃はまだ人型をとっていたから人の目がとっても恐かったというのに。

山道を外れ、だんだん街道筋に人の数も増えてきた昨日からは獣型になって歩くことにした。
その姿では、料理人が食料扱いするんじゃないかと危惧していたが、案外おとなしかった。


山道を離れて平らな地面が続いている。小高い丘を抜けたら視界が広がった。
「着いたぞ。もうすぐ江戸だ。」

目を見張った。
夕日に染まった大きな街が眼前に開ける。
連なる家々の屋根。広く広く続く城下町。遠くに見えているのにそれでもわかる大きな城。広い森なら知っているが、こんなに広い街があるとは…。
「街が広くって…でかい………。」

期待通りに驚く馴鹿は、さっきまでの生意気さをうち消すほどのかわいさを見せる。
夕日を受けて橙に染まった顔は獣型でも顎が落ちるんだなと横から見ていて可笑しかった。

「これ程度で驚いてんじゃねぇぜ。だいたい家の数だけじゃねえ。此処に住んでる人間の数に目を剥くぞ。」
「うん。……もう人型にならないように注意するよ。」
呟くように言いながら遠くを見る瞳はまんまるで冬毛に被われた全身はふかふかしていて、獣型をとっていてもこれを化け物と言ったら愛玩動物達に失礼だと参児は思った。


関所の連中は大きな珍獣に目を剥いたが、そこはお墨付きのなせる技。戒厳令が敷かれた。
人が少ないこと、暗さに乗じてはっきりと見えないこと、それを見込んで関所を宵闇が迫る頃に通った。幸い弥生も末の頃。月明かりも弱く、提灯程度の灯りでは見られても限界がある。
異様な感じ以外のはっきりした印象は避けたかった。

「まずは俺んとこで一泊だ。とっとと歩けよ。」
「四つ足の俺は速いぞ。お前なんかあっという間に置き去りだ。」
「てめぇ・・この暗さで此処の土地勘もない癖に俺を脅そうなんざ五拾年速ぇぜ。だいたいここいらには狢(むじな)が出るって最近評判なんだぞ。とって喰われたらどうする?」
にらみ合う一人と少し震えた一匹。

「ああ・・んな獣の面よりさっさとナミさんの花の容を拝みたいぜ。」
「俺だってナミが迎えの方が良かったんだ。身体のことだって心配だったし。ルフィだけじゃなくって、ナミだって俺の患者なんだから。」
「いっとくが、ナミさんはお前の・・じゃねえ。」
「お前のものでもない癖に威張るな。」
「このまま店に連れてっててめぇを捌いても良いんだぜ。」

なんとなくにらみ合いが繰り返される。旅の間中でこれでもかと繰り返す。
ただ・・何度やっても不快感が残らないのがこの男の凄いところだと感心しながらも、やっぱり意見は合わない。
ふくれっ面ではせっかくのお江戸入りが台無しだ、と思ってそっぽを向いて歩いていた。

ところが

道なりに角を曲がるといきなり獣は駆け出した。

「おい!もう桜が咲いてるんだな。」

街道の雪洞に照らされた川沿いの桜並木。まだ三分咲きにも満たなくて人気も少ないが、夜目に明るい者にははっきり見える。今まで人目に付かないように山道ばかりを来たが此処からはもうそうもいかず仕方なく取った道だったが、出会った花に見とれて二人は立ち止まった。

「こんなに早く桜が咲くなんて…此処は凄いな。」
北国の春は遅い。その分一斉に百花繚乱咲き乱れ一気に春を迎えるが、今はまだ彼の国は雪の中。数日の移動だけで自分の好きな花に会えたことをとても喜んでいた。
クソ生意気なことばかり煩い馴鹿だが、横目で見てもその感動はわかる。いままでもいろいろな些細なことに素直に感動する馴鹿を結構参児は気に入っていた。

「もう少しすれば満開になってもの凄えぞ。そん時にはクソ美味ぇ弁当を作ってやるよ。皆で花見としゃれ込もうぜ。」
酒を持って茣蓙を持ってと指折り数えて見せる。その提案に顔を輝かせる仕草に満足して煙管の煙草を詰め替えながら花を見て、料理人らしく弁当の中味を考え始めていた。



とその時。

「そこをお退き!」
不穏な女性の声がして二人の緊張は高まった。
見れば数人の怪しくも顔を隠した黒装束が、一人を襲っている。
参児(さんじ)は駆け出した。
「おい!様子を見なくて良いのか?!どっちの味方する気だよ!」
猪把(ちょぱ)が聞きながら是も走って付いてくる。
「決まってる。」

「あの声は美人だ。」


走りながら凶器を抜いた相手を真っ先に自慢のケリでしとめながら女性を背中に庇ってすっくと立つ。
「女性相手にこの人数ってのはちょっと無粋じゃねえかい?」
「貴様。邪魔だてするな!得物も無しにこの人数に挑んで勝算がある訳なかろう!」
「なめてもらっちゃ困るぜ。粋もわからねぇクソ野郎共に俺がやられる訳ねぇだろう。」
「かかれ!」
一斉に飛びかかってくる男達は刀や長ドスなど武器の印象がバラバラで、統制のとれた団体とは思えない。

「やんのかよ・・。わりいけどちょっと下がっててくれないかな?」
後ろの女性に声を掛ける。その物言いはまるで道ですれ違ったとき軽く肩が触れたことを謝罪するように柔らかく軽い言い方だった。
女性は口元だけを見せながら目深にかぶった菅笠をこくりと縦に振る。さしてある紅の色が白い肌に映えているのだけが見えた。

「さて・・と。」
飛び込んでくる奴らに向かって脚を振り回す。
特製の鉄を仕込んだ脚絆と草鞋が相手を吹っ飛ばしていく。あくまでくわえた煙管を外すことすらせず、余裕を見せるその姿に敵の堪忍袋が切れながらも、敵わずあっさりとしとめられていく。
さながら蝶の舞を見るように軽やかで隙を見せないその動き。
猪把も初めて見る参児の余裕ある戦いぶりをみて、その美しさに目を見張り黙っていた。


「これで終わりか?」
一息つけば、その隙に飛びかかろうとした男が物陰から二人飛び出した。
視線を送っても男達との距離の近さに間に合わず、参児は蹴るより先に一発もらってしまうことを覚悟した。

いきなり巨大な褐色の塊が横から突進してきて、二人を跳ね飛ばした。
「気ぃつけろよ。」
動物の方から声がする。

そのまま男達は黙って三々五々と散っていった。
くだらねぇ捨てゼリフを聞かされるよりはマシだった。

馴鹿に一応礼を言っておく。
「すまねぇな・・けどこら!簡単に喋るんじゃねぇ!」
「あっっ。」

だいたい、親の形見とか言っても三度笠から角を出して被って歩く馴鹿なんぞいるもんか。
お土産にとナミさんに持たされた緑鼠の矢絣の合羽を首に巻いた形で身につけ、下半身には踏込(ふみごみ)のようなモノを履いている。これを目立たないよう連れてくるためにどれだけ苦労したことか。あの女性だって面倒が起きそうになったあの旅籠街からうまく逃げるために口説いたってのにわかっちゃいねぇ。



眼前の美女は馴鹿に気が付かないのか無視して参児の顔をじっと凝視していた。

「大丈夫ですか?」
参児は気合いを入れて声を掛ける。
胡散臭い奴らはどうでもいい。美女だ。とにかく間違いなく美女だ。

頬を染めて美女が近付いてくる。
被っていた菅笠をとってもやはり思った通りの美女が微笑んでいる。この釣果も期待できそうだ。

お礼にと頬に口付けられる美女の積極性に参児の鼻の下は思い切り伸びた。
猪把は先の参児の行動を思い出して、阿呆らしくなり向こうを向いた。
このままではせっかく江戸入りしたのにまた置いて行かれてしまうだろう。


「まあ・・まあなんて男前の色男なのかしら!あちしゾクゾクしてきたわ!!」
その声と同時に美女の姿が溶け始めて、一人と一匹はぎょっとして飛び上がった。
「!!!!!!!〜〜〜!!」
声も出ない。


「あら!興奮しすぎて変装が溶けちゃったわよぉ〜〜ぅ。」

溶けた顔の下から目の周りを変な形に隈取りした男の顔が現れた。
「助けてくれてありがちゅっ!!さああちしは回るわよぅ!回るあちしは白鳥のごとく!」



真っ白になった参児を背負い猪把は一目散に駆け出した。
背後から襲われそうな感じがして突っ走る馴鹿の背中が涙で濡れていた。




終了

 



紙一重の与作(じょんじょん)さんの名作『剣客商売』をベースに書かせて貰った
【三度笠のチョッパー】です。
剣客ファンの皆様。ごめんなさいっ!
私だけが楽しませていただいて。
与作さん、許してくれてありがとう。





  続く




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