たしぎと向き合いたくて書きました。 さて、オリキャラ大暴走なので気が向いたらどうぞ。 |
瞳を閉じて視界を閉ざす。 耳も己の中に収束して外界から切り離される。 肌が感じる風の動きも消してみる。 揺れない時間揺れない空間。 波に揺れない静まりかえった道場の気配が身体に懐かしい。 『ワニ、何処だ?』 あの時指を動かすだけの力は残っていたのに。 心の中に消えない想いが駸々と降る。 いまだに無の世界にどうしてもたどり着けない。 ここは船上。当然揺れない場所など何処にもない。 私の存在など眼中になかった三人の顔がいつまでも心に重い波紋を鳴らし続ける。 幾時間の座禅を経ても幾千の幾万の素振りを繰り返してもあの世界に届かない。 私の中ではもどかしい嵐が吹き荒れて揺れている。 『靴音』 「大佐!曹長を止めて下さい!」 「なんだぁ?」 「使い物になる海兵がいなくなります。」 船上でも常時ならば日課がある。己を鍛える事は軍人の義務と言って良い。この船では乗船時に腕が落ちないようにと曹長による剣の指導が行われていた。最近、日に日に乗務員の顔の痣が増えていたことは知っていた。だがたかが痣程度、それでも構わないのがスモーカーの流儀だ。実践で甘いことは通じない、ならば常時でも。 「ああ?アイツをやっちまったならまだしもやられたくらいで俺に報告するんじゃねぇ。・・・・けどそうだな、あの気迫だけはおまえらも少しは見習って鍛えろ。」 「でも・・今日一日の稽古で起きていられる奴は数人ですよ。これでは業務の方に支障を来します。」 口の中で堪えた溜息は二人の間で我知れず漏れる。 「で、今どうしてる?」 誰が、とは敢えて聞かない。 「座禅を組んでから帰ってくるそうです。」 葉巻の主は甲板から上を見た。晴天に白い雲と浮かんでいる昼の月。 三本の葉巻から立ち上る煙からそれ以上の答えはでなかった。 「最初この船に乗った時は飯も喉を通らなくてさ。」 「ああ、大佐、怖かったからなぁ。」 狭いながらも憩いの部屋。通常の兵卒は三段の壁からの折りたたみベットに寝ている。しばしの休暇時にはそこで休むもよし、カードに興じる物もいる。階級の上下のない部屋にはふてぶてしい中にもリラックスしたムードが流れている。 「怖いのは今もだけどな。けど慣れるって凄いよな。」 「俺は慣れすぎて・・少し陸が恋しいぜ。」 「たまには羽を伸ばして予定の休暇をこなしてぇもんだよなぁ。」 「そうそう!自主練習だけでも休みにしてくれるとかな。」 「んなもん夢だよ、夢。『スモーカーの下に弱卒なし』」 「いやいや弱卒にも愛の手を!」 「違いねぇ!」 「そりゃ合いの手だ!」 どっと笑った声を合図にたしぎは壁から峙てた耳を離した。 手元の資料に目をやって溜息を一つ。足音を立てずに呼び出された目的の上官の部屋に向かった。 海軍船の補給と休息を兼ねる小規模な基地の大半は巷に構築されている。伝説のグランドラインの中であっても、至る所にそれは変わらない。基地にはいくつも用意された装備があり、大きな目的地へのエターナルポースが置いてある所もある。他に生活物資の補給は各船の裁量とされている部分もあるが、定期的に基地に寄港し、それを得ることを推奨されている。弾頭などのうち特に殺傷力の強い特殊なものは他では手に入らないし、乗員のためにも情報のやりとりも含めて定期的な寄港も大切な仕事の一環だ。 だがそれを無視する横紙破りはどこにでもいる。 合法的にも非合法にも。 「資材管理部から『そろそろ一度最寄りで寄港願いたい』と連絡が入りました。」 彼の補佐をする曹長が手にまとめたファイルからの報告を並べていく。普段はどこかで転んでいる彼女だが時間さえあればじっくりと煮詰めた仕事をきちんと仕上げて持ってくる。己の欠点は理解しているので人より時間を掛けても睡眠時間を削っても必ず仕上げてくる。見た目のおとなしさからは想像できない頑固さだが、スモーカーはそれを気に入っている。 「もう・・か?奴らも相変わらず無駄に喧しいな。まだ俺の裁量で食いつなげるだろう。」 本来一大佐の裁量の範疇で処理可能な物資はそう多くはない。全ては本部なり支部の経理の管轄で、申請しされた物資を手配し配給するまでが彼らの仕事の一環だ。現場で大金を動かせば詳細な報告書類が義務づけられているし、動かせる金額の上限は結構厳しい。事前申請が当たり前、事後報告は緊急時以外はやむなしが建前だ。運営上ある程度は形骸化している機構だが、くせ者揃いの海軍なればこそ厳しい管理が必要になる。 だがスモーカーの、軍の中での横紙破りは有名だ。どういうツテかかなりの裁量を確保し自由に動き回る節も多い。その事実をばらまくわけではないが無理に隠そうともしないので人目に付きやすい。当然それを妬む者もいたようだが同僚程度では彼自身に物を言える人物もそうはいなかった。 「でもスモーカーさん、呼び出し命令が例の未決の箱から零れてしまいました。送られてきたエターナルポースの数も。」 ため息混じりの意見がたしぎの口から零れた。彼女の細い指が示す指先に有る赤の箱は紙で埋まっていた。その周囲に零れた封書も真ん中よりも前後に零れ背が高くなりつつある。そして積み上げられたエターナルポースの山も。 グランドラインに入って以来ずっとこの船は軍の重要な拠点には寄らずにいた。連絡こそ絶やしていないがそれも、かなりの長期間になっている。 報告書もたまる。 溜まった書類は船長室に運び込まれるのが常だ。船室は狭いが船長である彼には一室がある。だがその部屋は寝る場所がただ一ヶ所確保されている他は書類が堆(うずたか)く積まれている。現在の軍の体制上一回の乗船中に送信された命令書の破棄は許されていない。適時に変更される暗号で書かれたそれはそのままの形で金庫にしまわれる。隊内の規律および権利の保護が目的でそれは乗員の監査のためでもあり、己を守る為の証拠になるかも知れないからだ。 たしぎが指さした先には箱に入るどころか周囲にいくつも山が出来ていた。他の命令や報告書は乗員によって裁かれてもどうしても追いつかない物がスモーカーの部屋に持ち込まれる。片づけられた書類も未決の物もあわせれば膨大になる。 「そろそろ乗務員も地面が恋しい頃でしょう。」 手元のバインダー上の書類をめくりながら呟くでもなくさり気ない口調でたしぎはスモーカーのツボをつつく。言われたスモーカーの頬の筋肉が引きつったが、これがたしぎの無意識の発言なのだと判っているだけに怒るわけにはいかない。確かに船員の精神状態は志気に関わる。海軍軍人全てが海上生活を望むわけではない。船上の生活に耐えうるためには適性は無視できない。その自覚のないまま海軍に所属した者には当然後方勤務や他の職種に配置される。とはいえ、適性には幅がある。全て海に居る者が同じ仕事に向いているわけではない。 スモーカーは部屋をぐるっと見渡してみる 確かに他の書類で足の踏み場もない。アラバスタをでてから思う所あって、まともな基地に寄らずにしのいできた。だが、船の状況からは充分潮時である。船員の表情も思い当たるものもある。 「仕方ねぇ・・か。で、最寄りは何処なんだ?」 くわえたうちの一本の葉巻を脇の灰皿に置いて残りは口にしたまま、まだ湯気の立つコーヒーをすすり込みながらスモーカーは聞いた。窓の外からの光に煙が熔けていく。たしぎは得たりと準備しておいた書類のページをめくり地図を差し出した。船の現在地と近い位置に赤い○が付けてある。 「このオークタウンで、航路は二日と言うところです。」 「げっっ・・・・・・・・・・・つの所じゃねぇか・・」 いきなりコーヒーを気管に詰めてスモーカーはむせた。器用に葉巻を落とさず咳き込んでいるが、飛び出た煙が多方に飛びちぎる。灰の中に煙以外のものでは、さしものこの漢も受け入れられないものらしい。 「スモーカーさん!!?大丈夫ですか?」 「なんでもない。・・おい、どこか他の場所はねぇのか?」 「ええ?お嫌(いや)なんですか?他に・・・この領海には案外少ないんですよね。」 少し困り顔でたしぎが脇につんであった書類の中から所持ログポースの一覧を探しにページをぱらぱらめくっているといきなりドアが乱暴に叩かれた。 「失礼いたします!スモーカー大佐!緊急伝です!」 厳重に封蝋されている二つの包み。封蝋の文様にスモーカーの顔が堅くなった。 軍用の電伝虫は周波数特性を利用し傍受に備えている。書類と同じに定期的に暗号を変えている。だが、それでも技術は必ず追いつかれ追い越されていく。受信された暗号の解読を生業としてそれを売るものは後を絶たない。古典的な手法の方が機密性が高い場合が多いのだ。どうしてもの機密の場合、封蝋などの手段を執られることもある。 封筒の中身をとんと端に寄せるとそのまま手でさっと開封した。薄い書簡を開くとスモーカーは更に顔どころか全身が凍り付いたように動かなくなった。しばらくして口から煙が吐き出されて、スモーカーは黙って手を閉じその紙片に火を付け灰皿に押し込んだ。 「ス、スモーカーさん?良いんですか?」 かりそめにも公文書だ。消去は軍罰ものだ。慌てて灰皿に手を伸ばしたたしぎはスモーカーの視線に動きを止められた。 「たしぎ。俺のやることに口を出すな。」 「は・・・はい・・。」 「命令だ。航路を取れ。」 一緒に届いた手拳大の包みをたしぎに放り投げよこした。 「どちらへ?」 「そこだ。」 慌てながらも丁寧に封紙を破る音だけが部屋に響く。解いた包みの中身はログポース。脇の文字は。 「・・・オークタウンですね。了解しました。」 渋面のスモーカーは着くまで二度と口を開かなかった。 柔らかい日差しが肌に心地よい。波も穏やかだ。 グランドラインに散らばる海軍施設は数多ある。極秘の物もおそらくは存在するのだろうが、そんなこととは無関係に海軍本部仕様を表看板にすれば確固たる偉容を持って各地にそびえ立つのが普通だ。だが目的次第では普通の町の形態を取るものもある。対海賊用の物から軍内の慰労目的の町まで場所や地形に合わせて組まれている。自然発生村に寄生した基地には後者が多い。 生活施設や補給所、訓練所などの有無も当然任務中の船に確認されていて、各船の施設間の移動はログポースの申請と到着時の管理によって本部に総括的に把握されている。軍人たるもの任務内でも任務以外のときでも居場所の特定が出来ねばならないからだ。また軍というものが巨大な組織である以上規律、書類、報告書というものが上司に課せられるのは避けようがない。この船ではたしぎの他、祐筆代わりを勤めてくれる軍曹が有能ではあるが、彼の業務以上の仕事をこれ以上押しつけるわけにも行かない。 当然本部大佐という業務自体にもかなりの雑用が付随している。外からの監査も入れられる。、いくら横紙破りのスモーカーといえ部下の待遇や必需品の供給など自身の身に降りかかる最低限のことは寄港先などでこなさなくてはならない。だが案外スモーカーは下の面倒見がよい。効率的に上と掛け合い、しばし頭と直接話をするなどして時間の短縮を図っている。 だが今回は船室のベッドにぼんやり横たわったまま出ようともしない姿にたしぎは疑問を感じながらも口に出来なかった。 何かあるのだ。 ただそれをが聞いたとて機密に関して誰よりも口の堅い上司であることを知っている彼女としては、指示の仕事の他には今回の私的な下船は見合わせようかと考えていた。 スモーカーの部屋の窓から水平線の端に目に入った陸の姿に目を細めて言った。 「久しぶりの休息付きの陸はほっとしますね。・・・下船はどのランクまで許可できるでしょうか?」 この船のナンバー2として仕事の予定の確認を怠らない。ただ口調は柔らかいため軍務に聞こえない。彼女の長所でも欠点でもある・・・つまりは特徴というわけだ。スモーカーはその横顔をちらりと眺めた。 そのたしぎの瞳にずっと宿って取れないでいた己の強い焦りを、今はしばし厄を落としたかのように見えるたしぎだが、その白い肌の下に渦巻いているものは蜷局(とぐろ)を巻いて影を落とす。スモーカーには隠せない。 「ああ、あいつ等には構わん。ここなら羽目を外す場所もあるが夜っぴいた所で転がり込む施設もあるからな。気分転換にはもってこいだろう。 滞在予定は現時点で10日間。 ただ交代でいつでも船を出せるようにだけは準備しておけ。」 「判りました。スモーカーさんは先発隊で降りられますか?」 「いや・・・俺は会いたくない奴がいるからここで寝てる。」 「?でもこちらに寄港したのは、上からの命令ですよね?行かなくて良いんですか?」 「お前が代わりに行ってこい。」 「何をおっしゃるんです。そんな訳に行きませんよ!」 「俺の命令でも?」 またいつもの冗談を。軽くかわしたたしぎはスモーカーの視線の鋭さに眉を顰めた。 「・・質問は許されるのですか?」 「駄目だ。」 「私に拒否権はありません。・・では勤務内容の指示願います。」 |
続く |