『煙の行方v6』






船の上には白のテーブルクロスの上に花をのせ沢山の料理を並べてある。椅子は二つ並べて胸を隠すところがほとんど無いような真っ赤なビキニの上に白の長いガウンの前は緩くあわせただけ。隙間から長い足と挑発的な胸を強調して見せるビビを派手な水着のサンジが抱き抱えて座っている。その回りに白服の男達が真っ赤な顔で立っている。
「あら。花火が始まったのかしら?もう、楽しみにしていたのに。」
「ごめんよスィートハート。君との新婚旅行の為にわざと目立たない船を選んだと言うのにこれでは台無しだ・・。」
「良いのよ、私は貴方さえいればここが何処でも知らない人が沢山が乗ってきても・・。」
「僕もだよ。こうやってに君にずっと触れていられるのなら何を引き替えにしても惜しくはないね。ほら・・。」
サンジはビビのガウンを膝のあたりではらりと崩し首の辺りをれろんと舐めてみせる。
ビビの水着のひもをするっと外したサンジはその紐を玩びながらちらりと海兵相手にぷるんとした胸を見え隠しさせる。案外若い乗船してきた数人の海兵の首まで真っ赤になる。
「うぉっほん!その・・・お邪魔しては何ですから二、三お尋ねしたいのですが・・。この辺りで海賊船を見かけませんでしたか?・・その・・・麦藁のルフィと言う一味なのですが・・・・」

曹長が顔を赤らめ後ろから抱えたビビの胸元をはい回るサンジの手に視線を合わすまいと上を向きながら敬礼の姿勢を整えた。
べったりと絡んでいる二人は彼らの存在を無視するようにくすぐりあったり笑いあったりしている。ガウンの裾は思い切りはだけて、見えるビビの肌の綺麗さに視線を避けようにも避けられない。
「海賊?」
鼻白んだビビの声にちらりとサンジが右目で彼らを威圧する。


「わたくし、訊ねましたわよね。あなた方がここに乗船するにあたって捜査令状をお持ちか?・・と。
たかが海軍の下士官にこの船の乗船を許したのはそんな為でしたの??
あなた方の目は節穴??これ以上とやかく無粋な事をおたずねなら元帥閣下にお尋ねして事は外交問題に発展させますわよ!」

元帥閣下と言えば海軍ではただ独り。
雲の上の人センゴク元帥その人一人を差す。

まさかこんな娘が・・と一応頭では思うが目の前の着衣がほとんど無い女性のの怒りを含みつつも落ち着き払った優雅な仕草、周囲の人間を人とも思わない圧倒感、軍人を目にしても驚くそぶりすら見せない態度は上流の人間の、つまり支配者階級のそれだ。上級のものが慎み深いなど嘘だ。彼らにとって海兵など使用人以下の存在にしか見えない。その連中相手にわざわざ恥じらいを見せる必要など、微塵も感じない。

堂々たる彼女が本当にセンゴク元帥の知り合いだとしたら自分の首どころか部隊の存続も危うくなる。
その危険は侵せない。
しかも確認の時間すら取らせるつもりはないらしい。

更に考えをまとめようにも真っ白な肌に真っ赤な水着と薄い空色の髪のラインが目の前をチカチカとよぎってしまう。これが街の酒場なら自分が軍人で上の、強い立場である。裸の女を前にすれば下卑た発想も出来そうなものだがいかんせん部隊全部が彼女に飲まれてしまった。
(落ち着いて考えろーーー!)
流石に前屈みになったり鼻血を出そうとするような者は居ないが微妙な身震いが思考回路を妨げる。



海賊旗を畳んで偽の帆に見せる布を張った。薄いのは優雅さに通じるから構わない。船体の飾りも特になく、元からが個人の持ち物だけにナンバーも名前も入れていない船だ。しかも造りは主の少女用に作られた船。言ってみればもともとこのキャラヴェルは女性用の船なのだ。
海賊の痕跡が薄いこの船を普通の船で押し通すことは案外簡単だった。デッキでだけ迎え撃つ作戦のために島の満開の木から花びらを集めて散り敷いた。もとより改造された船首にウソップが細工をしておいた。
そしてなにより冷ややかな瞳のままに言い抜けるビビの気迫は殆ど相手に二の句を継がせなかった。


「あ・・いや・・その・・今、そやつらの逮捕に全力を・・・・・ごほん・・・それでは後一つ。羊頭の船を見かけませんでしたか?」
「貴方は頭が悪いだけでなく目まで悪いの?うちのは朝を告げる暁の使者、鶏ですわ。これ以上の質問はお控えになって頂きたいわ。」
「は・・は・・関係がございませんな。。失礼をいたしました。」
乗船時の横柄さとは裏腹の礼儀で少佐以下は船を去った。

そそくさと早くこの船を下りたいとばかりに真っ赤になりながら飛び降りていく海兵を氷の視線で見送ってからそっと二人は目を合わせた。



「やつら行ったよ。  しっかしビビちゃんも色仕掛けなんて大胆な策を思いつくよな。」
「あら、女一人なら結構やり方って言うのはあるのよ。じゃないとBW社のナンバーエージェントなんてやってられないもの。今回サンジさんが居たからもっと楽できたけど。必要ならもっと凄い色仕掛けの方法もあるわよ。」
二人きりになるとさっさとガウンの前を合わせて綺麗な肢体を隠して、自信ありげに微笑むビビの頬は紅潮している。
もう少しこのフィギュアヘッドはこのままの方が良いわよね。船も傷めずにすんだしウソップさんの信号弾が上がってたわ。サンジさんも余り喋らないからぼろがでなかったし!」
「あ、ひでぇ。プリンスと呼ばれた俺の物腰に」
「駄目駄目あれ以上喋ったらぼろが出ちゃうわ。でも、あの人達あんな程度の色仕掛けで落ちて・・本当に大丈夫かしら?ま、新婚旅行ごっこもちょっと面白かったですよね。」
色仕掛けと言うよりはビビの迫力に負けたのだとサンジは軽くほほえんだ。あの状態で自分が口をきけば海賊臭さを否定できない。ビビの独り舞台だった。万が一の時には全員の口を黙らせるつもりだったがそれでは増援を呼ばれれば元も子もない。こっちが正解だ。
「どう?新婚旅行の方は俺はまだ続けても良いんだけど?」
手をひらひらさせ腰に回そうとするサンジにビビはにっこり微笑んだ。
「観客が居なくなったらおしまいv」
「ちぇ、残念。」
サンジは肩をすくめてみせたが、それ以上は無理強いをしなかった。ビビもそれは判っていて頼んだ芝居だし、海兵の前でぼろを出すつもりなんて無かった。そう言う点でサンジは頭が切れるから安心出来る。これがルフィなら演技どころかそのまま食べられてしまいそうだし、他の男性陣も演技は一切期待出来ない。
「ビビちゃんのお手柄だな。」
ようやく落ち着いた、と一服の煙を流すサンジの後ろ姿にふとビビは問いたくなった。
「でも・・・サンジさん本当はルフィさんと一緒にナミさんを迎えに行きたかったんじゃないの?」
「?・・・・どうしてそんなこと?おれはこっちで良かったよ。ビビちゃんの綺麗な素敵な肌も触れたし。」
「はぐらかしてばっかり。」
真剣なそれでいて責めるでないビビの透明な瞳を覗き込んだサンジは次の言葉を口ごもった。
海上の風は柔らかく吹いていく。鳥の声がここは陸地に近いのだと教えてくれる。船を住処としながら暖かな陸地に安堵する。だがその安堵も束の間でまた次の海に出てしまいたくなる。海と陸と。人はこんなに欲張りで良いのだろうか?
「ルフィは、危なっかしいよな?あいつが強いことは判っちゃいるのに、それでもなんかやらかすたびについ引っ張られて見ずにはいられない。」
「うん。」
「ビビちゃんもだろ?俺たち同じ奴に魂捕まれちまったんだよな。」
「うん。」
互いに知っている。二人だけでは、恋にならない。
海鳥の声が澄んだ海沿いの入り江に遠く響いた。
















海軍基地の最大の塔の最上階。
ここの最高指揮官、大佐と呼ばれていたハゲの部屋。
つまりは敵の本拠地だ。
部屋の装いはけばけばしい。趣味の統一感の無さと余計な飾りの非能率的配置に部屋の持ち主が伺える。忍び込んだナミは眩暈がした。



基地にせよお屋敷にせよこの手合いの建物の造りは法則がある。偉そうな奴は高い所にいる。これだけは何処でも変わらないルールだ。
だからあの女の部屋もここかあちらの塔の上の方の階と目星を付けた。
「今回は外れね。」
目的のものでなくても何かがあるかもしれないので重要そうな机や金庫を手っ取り早く漁ってみた。
女性の裸の絵、葉巻のかなり日のたったもの、小さな宝石の鑑定書。
軍の機密書類どころか非常に凡人くさい机の中身に辟易する。中も外も一緒だ持ち主の中身もしれたものだ。
最後に机の上の”ここにだけはなさそうな”一番地味な小箱を開いた。
「あら?」
目的の物ではなかったが。


(サッサと次に移ろう)
最初に連れてこられた場所はこの塔ではなかった。他をあたらねば。でもその前に情報収集が先か。幸か不幸かルフィ達が暴れているのは判っている。起こってしまった以上このタイミングを出来るだけ巧く一人で動いて使わなきゃ。こうなればトラブルメーカーのルフィ達に逢わない方が動きやすい。

普通の扉を開けるなど造作もない。昔取った杵柄はそう簡単になくさない。にやりと満足しながらも耳を峙てる。壁の向こうの気配を読む。こっそりと気配と足音を殺して動くナミの背後でぱたぁんと軽くて大きな音を立ててドアが開いた。
満面の笑顔が其処にいた。





「よう!ナミ!迎えに来たぞ!!」
「迎えにってあんた・・親の帰りを待つ子供じゃあるまいし・・。ここがどこだか判ってんの?」
突然無防備に現れたその姿に呆れを通して頭痛がする。
泥棒である自分ならまだしもどうしてこの一億ベリーの船長はこうホイホイと一番危なそうな所に現れるのだろう?
しかも何で捕まったあたしが心配する方なのよ。

「よかった!会えるとは思ってなかったぜ。」
「なら何でこんな所に来るのよ。」
「なぁんとなくだ!」

威張って腕を回したその拳がぶつかった壁に大きな音を立ててナミは背筋が凍るほど慌てた。
先に大きな花瓶が置いてあった。鈍器が転がったような音がした。海兵に見つかっては万事休すだ。
声も出ないナミは大騒ぎしそうなルフィを慌てて押し込み、口をふさいだ。

幸い音はふかふかの絨毯と壁のカーテンに吸収されて響かない。誰も来なかった。

ほっと息をつく。
「なんだよナミせっかく迎えに来てやったのに。」
ルフィは床に押さえ込まれた時にぶつけた時に出来たおでこのコブをさすって言った。
「なにやってんの!あんた達はせいぜい騒ぎさえ起こしてくれればいいのよ!何かの間違いで捕まったりしたらどうすんの??ここは海軍基地なんだから海楼石が何処に仕掛けられてるか判らないのよっ!」
「大丈夫っ!」
ルフィの笑顔はいつもと同じだ。
「大体船はどうしたのよ。」



「大丈夫だ!ビビが守ってる!」
「ビビが?独りで?なんでそんな危ない事させるのよ!」
「ヤルって言ったのあいつだぞ?」




「だったら私が船を守る。みんなはナミさんの所へ早く行ってあげて!」
胸の前で握り拳を固く結び、きっぱりした一言だった。いつものように唇をかむことなく真っ直ぐな凛とした瞳。
ルフィはビビの前に立った。にらみ合うように互いの瞳が交錯する。互いに、己から瞳は逸らさない。
「・・出来るか?」
「やるの。どんな手を使っても。」
永遠に続くかと思われた二人のにらみ合いは瞬間だった。
「・・・よし!お前に任せたからな。」
「ええ!じゃぁ行く前に少しだけ手伝って!海軍の目から逸らしてから少し船に細工しないといけないの!」
ビビの顔が責任感に輝いた。信頼。その何にも勝る武器をルフィは必ず受け止め、そして返す。
ビビの指示で船は町から一旦離れた。ウソップは彼女の依頼通りに船を表面だけ改造していった。海賊旗は片づけられてマストとは麦藁の上に覆いの布を縫いつけて巻き取られた。仮の薄布でマストの変わりにする。何よりもフィギュアヘッドが。チョッパーやゾロがあわただしく動いたが、ルフィは船長として指示だけするように皆に言われた。鶏冠を付けて丸顔の鶏のフィギュアがそこに出来ていた。短時間の作業としては上出来だ。後は小舟を出して皆が陸に渡る。この間手に入れたそれはかなり重宝されてメリーの横に結わえられていた。海洋にまで出なければこれならビビ独りでゆっくりと港に戻れるだろう。
「おっし行ってくる!」
「ナミさん連れて早く帰ってきてね!」
ビビが力瘤を示すルフィに手を振ったその横で出発の時。サンジは皆から少し離れた所で煙草を吹かしていた。
「オレ・・・残るわ。」
くわえた煙草を右手に持ってふぅと煙を吐く。
「サンジさん!そんな遠慮・・私は元バロックワークスのナンバーエージェントよ?こっちは私が一人で何とかするから!出来るんだもの・・・そりゃ、今少し手がいるけど。」
「ああ!だから船はビビちゃんが守るの。
んでオレはビビちゃんのボディーガード。」
戯けた仕草でビビの前で踊って見せても互いに誤魔化せはしない。
ビビはふくれっ面で真っ直ぐサンジに向かい合って睨み付けた。
その視線には勝てないという意味合いか、サンジは両手を上げてビビの前で視線を逸らした。
「オレぁね、このまま基地に乗り込んだらきっとあっちもこっちも気になっちまって落ち着かねぇんだよ。どっちも守らないといけなくなっちまうから。」
あっちの女性とこっちの女性。どちらも渦中に飛び込んでいる。
ナミは皆に任せるから。そう言うサンジの決意にビビの肩の力は抜けた。その機を逃さずサンジは振り向き大声で叫んだ。
「つー事で野郎共!ナミさんに傷一つ付けたら今夜の夕飯食いっぱぐれると思え。いいな!」
「おう!」


「ってことはビビにはサンジ君が着いてるのね?なら船まで行けば退路も何とかなるわね。」
自分が拉致されたとき。目隠しはされて口も押さえられていた。自分を呼ぶビビの叫びだけが今も耳に残っていた。
彼女は大丈夫だった事に安心し、ルフィの表情からビビの安全を確信する。
困った男だが便利な顔だ。こういうときには何も言わないのに必ず安心できる。




ひそひそ話は机の横で行われていた。
「おしっ!帰ろうぜ。」
「まだ駄目。あたしはここですることがあるの。 あたしがやらないといけないの。」
ナミの瞳に宿る真っ直ぐ曇りのない視線。
ルフィの口元に笑顔が浮かんだ。
その顔にナミはほっとして力を抜いたナミの腕を取ってすたすたと廊下に向かって歩き出す。
「・・・そっか判った。よし!じゃぁ帰るぞ!」
「人の言うことを聞けっていつも言ってるでしょうが〜〜!!」
鉄拳が飛んだか蹴りが入ったかは判らない。壁の置物に突っ込んだルフィの顔は痣だらけになっていた。
立ち上がったルフィの足許に飾ってあった皿の破片が散乱している。
「なにやってんのよ〜〜〜〜〜〜!」







「ふっふっふ!観念しろ麦藁!!もはや逃げ道はないと思え!」
勢いよくドアが開いた。





ビビちゃん熱演。ビデオが欲しいかも
    



home


Photo by Sirius