『煙の行方』
それは球体だった。 淡い光を放つ珠。 抱えたら丁度位の大きさ。 触っていないのにその触感が伝わる。柔らかく脆くてしなやかだ。 それが俺の方に向かって綺麗なアーチを描いて飛んでくる。 受け取ればいい。それはわかっている。 だがそれは俺の目の前で俺の手を通過してすり抜けた。 足下に落ちていく様がコマ送りのように目に映る。 腕を更に伸ばしても体は動かず届かない。何故だ。 足下にぶつかる刹那前、その球は地面に吸い込まれるように潰れて・・・・割れてしまった。 それだけのはずなのに喪失感が腕の中に残った。 俺が経験したことのない様な。 「んあ?」 「おいゾロ戦闘前だってのにうたた寝なんて珍しいな。」 目を覚ました・・と言うより寝ていた気がしないゾロはそれでも自分の居場所を認識できずにきょろきょろ辺りを見回した。ああ・・そうだ、まだ船の上だ。ウソップが金槌を片手に一休みしている。目の前にルフィもいる。 「巧くて出来たろ?俺様の手にかかればチョロいぜ!!」 「ああ・・・。」 「どうした?ゾロ。変な顔だな。夢でも見てたのか?」 「・・・?夢?・・・見てたみたいだが・・思い出せねぇ。」 「しっかりしろよ。らしくねぇ。」 意識がはっきりすればするほど先ほどまで鮮明だった感覚が泡のように失われていく。 もう本当に思い出せなかった。 「おっし行くぞ。」 「ここからなら海岸線を真っ直ぐだ。お前らでも迷わねぇだろ。」 「ああ。」 朝方の風が船の上を通りすぎていく。今日も良い天気になりそうだ。 「ナミ〜〜迎えに来たぞ〜〜。」 ほのぼのとした家族を迎えに来た呼びかけのようだが場所が悪い。当然返事があろうはずはない。 海軍基地の規模としては小さい方だが、街一番の様相を呈する数本の塔造りは立派な物だ。小さいのはこの海域の総務としての書類の整理などの任務を主としている基地だからで、軍の中でも広報担当と呼ばれる物の一つだからだ。軍備の配備よりは基地間の調整などを行う文官が多い。などと言うことをルフィ達は知るよしもない。だがそれなりの陣容を持って、その基地は街に君臨していた。 ルフィはいつもの気安さでひょいと門の横の壁に登ると中を覗いた。 昔とちっとも変わらない・・。初めて出会ったのはじりじりと暑い日の塀越しだった。 不思議な記憶を思い出しゾロは軽く苦笑した。海賊の自分はそこから始まったのだ・・今ではそれだけでは済まない縁の不思議さ。魅入られたのは悪魔の息子にか?いやもっと質の悪い生き物に捕まった気がする。悪魔に、比類なき魔女に。それよりも自分の方が悪魔なのかもしれない。 塀の中にいる奴はいつでもそれに護られていると思っていやがる。本当に望む物がその中にあるなら海賊にとってその高さは意味をなさないと言うのに。 「ありぃ?出てこねぇぞ?」 「来るか馬鹿ーーー!ナミは捕まってんだぞ!牢屋なんだぞ!!返事する訳無いじゃんかーー!」 「ありぃ?!そうか?」 首をかしげてみせるルフィの後ろでさっきまで怖がってビビっていたチョッパーが今度はルフィの行動の唐突さにぷりぷりと怒り、勢いそのまま人間型になった。そのまま塀に登ったルフィの脚を掴んで引っ張る。ゴム人間の足先を掴んで引いただけなのでその脚が伸びるばかりで顔の位置は全く変わらず塀の上に残っていた。 「おわ〜〜!」 狼狽したチョッパーが更に引っ張れば益々脚は伸び、ルフィは面白がって笑い出すし、ゾロは側にも寄らずににやにやしているのでチョッパーは焦りながらも小声で騒ぐ。 「見つかったらどうするんだよ!」 「見つかりに来たんじゃんか。ちょうどいいや!そのまま捕まってろよ。おいゾロ!」 「おう。」 ゾロがひょいっと塀に登った。 「ゾロまで!止めろよ!!」 「えっと北だったな北・・・・あれか?」 チョッパーの声を無視してゾロが外から見える一番遠い塔を指す。 方向が違う。棟の模様を描いて説明きちんとしておいたのに・・だからゾロは迷うんだな。チョッパーの顎が落ちた。 慌てて片手はルフィの脚を掴みながらも右手で黄色に塗られた塔を指さした。 「違うよ!この模様だよ!カモメに聞いたじゃないか!」 「そうか!偉いぞチョッパー!!じゃぁちっちゃくなれよ!!」 ルフィがぐるぐると腕を振り、勢いよく伸ばした。重厚な中門扉の頂上をその手で掴む。チョッパーは素直に人獣型に戻り、ゾロはそのチョッパーを抱えて腕で背中に捕まった。脚にしがみついたチョッパーが目をつぶった。 わっと飛び出してきた海兵の頭上を越えて三人は一固まりになって空を飛んだ。 衝撃と共に中門の壁にめり込んだ。 「いてぇよ!」 「あいっかわらずだよなぁ。ついでなら一回でもう一つも飛び越えろよ。」 「ひゃっはっはっは、悪いぃ悪いぃおっしもう一っ越えっ!」 「「今更やめろ!!」」 ルフィが膝に付いた泥を落とし、ゾロは直前に手を離して衝撃から我が身を護った。チョッパーは少し遅れたが、ゾロが手を伸ばしてくれたおかげで直撃の被害は免れた。 三人がすっくと立った海軍基地の中。 中門の外側のその中ほどすぐ側にもう一週建物を囲んだ塀が立っている。外側に内堀が作ってある。結構な深さのそれは外敵向きだが、その外塀を軽く越えてしまった物には余り意味がない。外門の方からも構えていた兵が橋を越えて戻ってくる。 「うおっ!きたきた!」 「来た〜〜〜〜!!」 人の集まる気配と同時に方々の中門の扉が開いた。両脇から海兵が押し寄せてくる。後ろの塀はともかくも三方から海兵が飛び出ててくる事になる。真っ正面から蟻のように向かってくる姿を見て喜ぶルフィと建物を見てきょろきょろするゾロの間でチョッパーが飛び跳ねて叫ぶ。恐怖のあまり大柄になり両手を振り回すとその腕が跳ね橋の吊り縄に引っかかった。渡された板は張りを失って落ちて、半分の団体が橋を戻り渡るのを阻んだ。またその衝撃で突進してる幾人かがすっころんだ。 「あれ?」 「チョッパー!やるじゃんか。おおーーし」 出てくる海兵達をルフィは伸ばした腕で幾人もを引っかけてすっころばし、飛ばしていく。 その横でにやりと笑ったゾロは抜く手も見せずに旋風のような剣技を見せて飛ばした人垣を舞うように進んでいく。 チョッパーは回りを見渡した。 「えっと塔・・在った!あれだよゾロ!ルフィ!」 振り向いて目的を指さす。 チョッパーは偉いはずだった。彼の指示は正しかったのに。 彼ら二人が見事に違う方向に駆けだしてあっという間に別れてしまわなければ。 「ルフィ〜〜〜〜!ゾロ〜〜〜〜〜〜!!」 飛び込んだ勢いで外に出て居た第一陣の海兵達はなぎ倒されてしまった。倒れてうめいている人の間に出来る進路。それを迷わず進んでしまう二人を止める者が居ない。 「あ・・待つんだ!ルフィ!そっちじゃないよ!ああ・・ゾロ〜〜!!」 小柄なままべそをかきそうになったら周りは白いセーラーカラーに囲まれていた。銃をかまえてこれはまたかわいらしい生き物相手にものものしい、が。 「俺を置いていくなぁ〜〜!」 チョッパーは叫ぶやいなや怒って巨大化して暴れ始めた。頑張っているチョッパーは最近また体力を付けたようだ。周囲を跳ね飛ばされた海兵が木の葉のように舞い上がっていく。恐怖のあまり周囲も見えずに両手を振り回しているのが幸いしているのだが、理性が戻ってみると海兵の中に取り残された自分を見つけた。 「う”わ”〜〜〜〜〜」 半泣きになって獣に戻って駆け出すとその方が大人の股間を抜けて抜け道を見つけやすかった。また変形して空いたところから二階にまで届く脚力で飛び上がる。 そのまま風を探した。 塀の上を風上へ駆け抜け背後からの潮風を確認する。ポケットからウソップとの共同制作「メスカルサボテンの粉末にサンジの胡椒とをブレンドしたウソップ名付けて“びっくりドキドキぽややん玉”」を取り出した。玉と言っても粉末。パウダー状にして吸収を良くした所が即効性でミソだ。 「これでもくらえっっっっ」 薬を風が運んだ後に累々と並ぶ海兵の安眠姿にドキドキしながら脈を取り安心している船医が居た。海に近い基地の風はもう先ほどの粉を吹き飛ばしているのでいくら鼻が良くてもチョッパーにまで影響する訳ではない。おそらく効果時間は一時間。寝まくりのゾロや特異体質にのルフィではなくウソップには了解を貰って、カルーには内緒で呑ませて体重から割り出した予想だ。 「ふぅ。あんまり効き過ぎて死んだかと思ったけど、これなら安全だな。今後は量も量らないと。」 腰を抜かしつつもいつもの調子で研究に突っ込んで周囲が見えなくなる馴鹿が居た。 合図は飛んできたルフィが海兵ごと地面にめり込んだ音だった。外の喧噪は膨れあがり奴らが来た事を告げる。 派手な彼らの登場の影にこっそりと裏口から忍び込む超カルガモと狙撃手の二人連れがいた。 「おいカルーこの塔で良いと思うか?」 「クウェ〜〜〜!!」 気合いの入った、目付きの超カルガモは敬礼をした。 昨日教えてくれたカモメを餌付けして再度ナミの捜索をして貰った。だから自分が一番彼らの言葉をわかっている。鳥故に塔の色まで判らないが、塔の形と窓の形。己の名誉に賭けて間違いはない。 正面の喧噪は地響きとなって裏にまで伝わってくる。 また海兵が数人固まって正面に向かっていく姿が見られた。員数が減っていく裏口とはいえ幾人かの海兵が残っているはず。マスクとゴーグルで顔を隠した二人連れは怪しいことこの上ない。 「お・・俺様とチョッパーの共同制作“眠り星”とお前の逃げ足が俺たちの鍵だからな。」 「クゥウェ〜〜」 多少声がくぐもって震えていても仕方ない。逃げ足の速さで選ばれたせめてもの陽動作戦だった。 カモメの情報を駆使して割り出したナミの塔。彼女さえ助ければこんな所に用はない。遊びたがりのルフィも無理はしないと約束した。終わった時の打ち上げる信号弾の用意も完璧だ。しかもカルーの足は陸上ならかなう物はない。 真の捜索隊をやり遂げる勇者とその騎獣は揃って震えながら裏口を開けて、中を覗き込んだ。遠くの喧噪に招集の声が挙がる。人の気配が無いのを確認しながら目的の塔に走り込む。裏門から行けば左手の塔。俊足を誇るコンビはつむじ風のように入り口に飛び込んだ。入り口にも幸い降りてくる海兵達も、もう下に着いているか、遠い階段を使っているようだ。人の気配もそうはっきりとはしない。掛け声も足音も遠くに聞こえる。鞄に手を入れて必殺眠り玉を右手で確認しながらウソップとカルーは高くまで続く石の階段を見つけて足音を忍ばせて登り始めた。 そして塔の最上階、重犯罪者用の独房で鳥と鼻が見た物は開いた扉ともぬけの空な部屋だけだった。綺麗に何もない部屋。気配もない。 「待て!!いねぇじゃんか!?」 部屋に走り込み中から外を見渡せば、窓越しには檻が。他の塔にそんな物は付いていないから間違いなくここにいたはずなのに。 今ここにいないと言うことは空を飛んだか移されたか、さもなくは自由に歩いていると言うことだ。 鳥が窓の檻の外を飛んでいく姿が見えた。今朝もチョッパーの通訳でカモメは請け負った。 ”棒の窓でオレンジ頭は寝てる。” 朝方に確認されたナミがここにいないと言うことは・・。自由に歩けると言えばそれは・・・・まさか・・・。ウソップの脳裏を電伝虫の声が響いていく。 両足に力が入らない。 「まさか・・ナミ・・・お前本当に・・・。」 鼻が、髪が、全身が震えた。 「くぅうぇ〜〜〜〜〜〜〜〜!」 カルーの大きな羽根がウソップの目の前に現れた と、思うと一発鼻も折らんばかりの強い力でカルーにぶっ飛ばされた。(これでも足りないか!)とばかりに睨み付け、あの俊足を支えるごつい足を蹴る準備までしている。 「くうぇっっっっっっくぅぇ〜〜!!!」 ウソップははっとした。そうだ。俺が信じてやらなくってどうするんだ。 「そうだよな、カルー。ゾロの言葉を忘れちまう所だったぜ。ありがとな。お前のおかげですっきりした。」 頬には薄痣が勲章のように。 「よっし!じゃぁ予定通りに行くぞ!!!」 「くうぇっっ!」 『もしその塔のナミが居なかったら、すぐに逃げ出せよ。この短時間に移される訳がねぇ。そう言う時ならあの馬鹿が逃げられる癖に宝を狙ってるとか変なことをやってるだけだ。 海軍相手に無理すんな。お前等まで捕まるようじゃ本末転倒する。めちゃくちゃになる位ならそっからちゃんと逃げろ。』 カルーに乗る陽動作戦というビビの提案をウソップが引き受けたのは人員配置上正しかった。 そして苦虫をかみつぶしたような顔で基地を睨むゾロの予言は正しかった。俺様の仕事はナミの監禁場所の確認。鍵の確認。檻の確認さえすんでいたらもう・・。 「よ〜し!あいつはもう逃げてる!」 外に出てから『ナミは牢屋にいない』その合図の信号弾を打つのだ! ぽんぽん! 空の色が赤と光で飾られた。音響が炸裂したその勢いは入り口付近のチョッパーにも見えた。 見たのはチョッパーと外を覗いたナミ、そして遠く船の上で、乗り込んできた白服達を相手に真っ赤なビキニの上に透けるような白の絹の長いガウンという非常に色っぽい格好で相手をしているビビの目だけであった。 < > |
ロビン編とは展開スピードが若干変化いたします。 |
Photo by Sirius