海軍の基地は当然ながら尋問室を備えている。ここに連れてこられた時に登った階段の量からその高さが推し量られた。おそらくは一番大きな塔。基地の造りから言ったらこの塔が司令塔で間違いなさそうだ。つまりは軍の偉い人もお宝もここにある計算になる。お宝の気配も情報がない今、一番近寄りたくないところと言える。 「入れ。」 暗い部屋ではあったが、高くに鉄格子が付いているとはいえ一応窓もある。入室当初は気になった少々の汗臭さとカビ臭さも慣れてきた。目の前に座った海兵はまだ若く相手が若い女と見てなめた目つきで高飛車に尋問を始めた。だが、怒鳴ろうが叫（わめ）こうがそれに怖じ気づくナミではない。 正直・・本人としてはかなりの乱暴も覚悟はしていたのだが、一応扱いは悪くなかった。取るに足らないと思っているらしい扱いの軽い視線の他、下卑た視線も少ない。軍のなかにも色々いるものだ。その誇りくらいは残している連中らしい。 ただ絶対に抜けない軍人特有の横暴な口の利き方になによりむっとしたナミは最強の笑顔であらゆる質問を混ぜっ返し、はぐらかした。 「軍にはセンスってものがないの？こんなくだらない質問ばかりでいつも対応してるの？？ だから知らないって言ってるじゃない！何度言えば解るのよ。 あたしはただの旅人。いきなり一般人をこんな所につれてきてどうするつもり？」 尋問係の一番若い海兵は既にしびれを斬らして大上段に振りかぶり拳を上げて脅しを掛け怒鳴った。一般人ならば孤立無援の密室というその環境と併せて肝が冷えているくらいの覇気だった。 「しらばっくれるな！あそこにいたのは手配中の海賊ロロノアではないか！あいつと一緒にいること自体一般人の訳があるまい！！」 「だってナンパされたんだもん。」 かなーーり昔のことだけど。 本人が聞いたらおそらくは目を剥きそうな台詞が、斜めから彼らを見下ろすようなナミの口からは軽く流れでる。 万事がこの調子で脅しもあやしも効かず、かなりの時間が費やされても彼らはナミの口から有用な情報どころか本人が海賊であると言う言質一つも取れなかった。 「いかがかな？」 背の低めの女性がドアを開けてきた。ナミがちらりと一瞥をくれると、その姿はこの部屋にいた彼らよりも上官の女性に間違いなかった。皆が席を空け、敬礼をしている。それに挨拶すら返さずに彼女はナミの正面に立った。 「こんにちは。」 「・・。」 さっきまでの口の回りとは裏腹ナミはそっぽを向いたまま返事をしようとしない。 ただ気配でわかる。この女は今までの馬鹿とは違う。ただ者じゃない。危険な匂いがする。 それは彼女の泥棒時代からの勘とも言えたし、そうで無いとも言える。伊達に海賊を名乗って旅をしているつもりなどない。彼女は天候はもとよりあらゆるものに対して自分の身を守る為の己の勘を信じていた。 女性将校はあっさりした軍服に身を包み、ナミの向かい側の席にいた海兵を軽く顎を振るだけで席を空けさせてするりと座った。服についた階級章は中佐だ。そのまま頑なな彼女をじっと見つめている。それから胸ポケットの煙草ケースから一本、いつもの煙草を引き出し右手に持つと後ろに向けた。誰も手をださないそのまま反対の手からライターを出し火を付ける。 紫煙が広がった。 「ココヤシ村のナミさん。貴方に交渉ごとがあるのよ。」 ナミの目が鋭く光った。唇がきゅっと結ばれた。背中からビリビリくる怒気に海兵達の背筋に冷たいものが走った。 「人と交渉するのに煙草がないと駄目な訳？」 「アラ？煙草はお嫌い？」 初めて心から驚いた顔をして将校は煙草をくわえなおした。 「マナーの問題を言ってるの。」 「海賊にマナ−を説かれるとは思わなかったわ。」 「…………」 「黙っても駄目よ。貴方は海賊ルフィの船の航海士。調べは付いてるの。」 不満げにナミは頭を掻いた。 「………………あたしは認めないけど百歩譲って、貴方の言う交渉って何？」 「判るでしょう？私たちは“麦藁のルフィ”を捕まえる事が仕事なの。」 「すれば？海軍の仕事でしょ？」 「あなたの協力が欲しいの。軍からの報奨金ならでるわ。知ってるでしょ？『協力者には賞金の一割』の原則。」 表情も変えずに言う重大事。これだけの話を？ナミはあきれて笑いもでなかった。 「・・・あっきれた。懸賞金全額くれるんならいざしらず一千万くらいのはした金で私を買えるとでも思ってんの？馬鹿げた尋問の後がこれ？？貴女達センスないわね。」 「あら・・お金が好きじゃなかったの？」 「あたしが海賊だからそうなんだろうって言いたいわけ？？お生憎様…。」 「そうじゃなくて・・・・。貴女昔っから泥棒でしょ？」 「・・・・・なんのことか全然わかんない。 それに止めてよね、人の顔に向けて煙吐くのは。」 中佐は紫煙の向こうで婉然と微笑んでみせた。小娘の海賊風情の癖に一筋縄ではいかない。たった一人でこのような場所に捕らわれていながら、それでもこちらへの揶揄を忘れない。その手応えが図らずも興奮を呼ぶ。 胸ポケットから出した携帯用の灰皿にまだ長く残る煙草を押し込んだ。 「じゃぁ・・・そうねぇ。金額が不満なら一千万 それに一億弱を付ける・って言ったらどうかしら？ココヤシ村のナミさん？」 一瞬でナミの廻りの空気が凍り付いた。見開かれた瞳。大きく開いた瞳孔が生気のない冷え切った顔を作る。 こちらの予想以上に反応が早い。 「？！・・まさか」 「察しがいいわね。そのまさかなの。ネズミ大佐が上に泣きついたのよ。ココヤシ村の一億は現在軍の管理下にあるの。」 今まで勝ち誇っていた瞳に怒りが凝縮した。全身からほとばしるように炎が見える。 「あんた達汚い！アレは村のお金よ！村のみんなが・・」 「・・・でも元は盗品でしょ？貴女の盗んだ。・・証拠に中に盗難届の出ていた物が混ざっていたの。」 「・・・・・・！！」 「気付かなかったんでしょうね。」 「そんなはず・・・。」 ココヤシ村から出る前にきちんと処理を済ませたはずだった。 アーロンの元にいく宝なら血糊が付いていようが、はっきり由来が判ろうが価値さえ有ればどうでも良かったので、とりあえず雑多に入れて放置しておいた。ある意味盗ってきたお宝自身に執着などしていなかった。 が、全てが終わったあの時に足の付くお宝は危険だからと単身徹夜で作業した。磨いて、きちんと選別し由緒の判るものはばらしておく。作業の途中は眠気など飛んでしまうように楽しかった。お宝を改めてその価値を堪能し、絶望の化身を初めて違う目で見る。初めての経験は朝日と共に終わった作業が一際目映い朝を見せてくれた。 別れの儀式。決別の儀式。 過去を消して新しい自分を生きる・・。一晩中掛けてそれでも集中力を失わず、その作業は辛かった過去との決別のために自分に必要だったのだ。 中にあった細い飾りの腕輪だけはどうしても気になって貰っておくことにした。今まで自分が装うことは海賊をだます為の必要以外の何者でもなく、武装と呼んでも差し支えのない準備にすぎなかった。今からは違う。装う事に新たな意味合いが浮かんだ。自分の為に・・それはなんと軽やかな事だろう。 （綺麗・・） 月明かりの中に浮かんだ財宝達に心からそう思えた自分がとても嬉しかった。 終わったんだ。やっと。ね、ベルメールさん。 「貴女が協力的なら書類を整えて、もう誰の手にも問題ないように整えてあげる。貴女の身柄と一千万、そして村のお金。これが条件よ。」 彼女の低いアルトの声は軽い揶揄のリズムを含んでいる。 なんと人の弱みを突くところなのか。これで正義とやらをかざしているのか。所詮８年の間に来てはくれなかった組織だ。しかも来たのはあんなアーロンと癒着するような奴だった。それでもベルメールさんから聞かされていたその組織はもっと魅力に溢れたところのように思っていたのに・・・ナミはキッとにらみ返した。椅子を倒して立ち上がり、ばんっと古い机を叩く。 「あたしを陥れて何が望み？あたしは仲間は裏切らない。今の仲間ももちろん村の人も。」 「その気になるまで待って貰うわ。時間はあるし。」 「彼奴等はそんなに気が長くない。 あたしがここで待ってる間にこの基地を壊して迎えに来るわ。」 「彼らには人質。貴女は大事なお姫様でしょ？」 「いいえ。ただの仲間よ。」 二人は黙ったまま互いから目をそらさなかった。まるでそらした方が負けだというようにナミは相手を上から見下ろしにらみ続けた。 「強情だこと。そして、嫌味なくらいに自信家…………。こうも似るものかしら？」 溜息より小さな囁きが中佐の口から漏れた。 そして彼女は次の煙草に火を付けた。 「その煙草……止めてって言ったでしょう。」 「嫌いなの？この香り。」 「あんたが吸ってるからよ。」 中佐はふぅっとナミの顔に紫煙を吐き付けた。 「後悔する前に言う事を聞いた方が良いわよ。このままじゃ“欲張って結局どちらの皿のソーセージも食べられなかった猫”みたいになっちゃうわよ。」 「甘いわね。あたしは欲しいものは絶対にどれも諦めないのよ。」 「そう？なら一晩素敵な部屋でゆっくり考えるのね。」 中佐が後ろに向けて指を鳴らすと海兵が、二人走って近づいてきた。そのままナミを後ろから羽交い締めにすると、ナミの両手首に手錠がかけられた。 「後悔するのはあんたよ。あたしは必ず助かるから。その時には村のお金も貰っていくわ。ついでにあんたのその煙草も奪って捨てておいてあげる。」 少佐の黒目が小さくなったように見えた。その冷たい視線に混ざっているのは怒り・・には見えなかった。 この勝負に一歩も退くことはない。負けるもんか。ナミはあくまで冷静な瞳で受け帰す。 「・・・・・・この娘を重犯罪用の独房へ。」 「！し・・しかし少佐。あそこは大の男でも・・」 「男も女もありますか。四の五の言わずに連れて行きなさい！」 ナミの視線はずっと彼女から離れない。 連れて行かれても部屋を出るまで強い視線で彼女は見続けていた。 階段を高くまで登ると途中で連行する軍人が入れ替わった。どうやら船上から見えたいくつかの塔のどれからしい。登った段数から連れて行かれた部屋は確かになかなかなところだった。 「・・・ふう、趣味の悪い部屋よね。海軍ってこんなに宿泊施設は悪いの？」 「・・ばっ・・。入れ。何をしたのかしらんが、これは重犯罪者用の牢だ。こんなに酷い所から早く出たかったらさっさと言うことを聞くんだ。」 「こんなに酷い所にこんなにか弱い女の子をほおりこむの?あたし・・こわい・・。」 目を伏せながら少し切なそうな表情を作り連れてきた海兵の目をじっと見つめてみせると謹厳実直そうな顔が一瞬だけ赤くなった。 首を思い切り横に振り、それをかき消すように身体を押されて部屋に押し込まれる。 「さっさと吐けば出してもらえる！」 真っ赤になった新兵らしい彼はそのまま慌てて外まで戻っていく。 改めて見直してもプライバシーという言葉が微塵も見あたらない部屋で、扉もない排泄所に床に一枚の毛布を敷いただけの寝所らしき物。窓も最小限の物が明かり取りように一番高いところに付いている。 「これは・・・あいつらってばとっとと手はずを整えないと承知しないわよ。けど・・・。」 手の中には小さな鍵が有った。しかし逃げるだけでは済まされない状態をどうにかしなくては。 そして溜息が一つ。 「参ったわ・・あの煙草・・・・・・・・アレじゃ動けないじゃない。」 ナミが指示した入り江は目立たず、まだここも海軍の手は届いていなかった。帆を変えて、メリーに覆いを被せておいた事も幸いしたようだ。ウソップがルフィに同行していた幸運もあってルフィ達の帰還の方が早かった。 「帰ってこなかったな。」 ゾロがぽつりと呟いた。 「ああ可哀相なナミさん！軍に囚われの身に！大丈夫ナミさんは俺が助けますから！呼んで頂けたらすぐにでも参上つかまつりますのに」サンジは宙に向かって語ったかと思うと己の胸をどんと叩いた。 「でもよぉ・・連れて行かれたのはよりによって海軍基地だろ？？出ることどころか入るのも至難の業だ。」溜息をウソップがつく。外から狙っても今のメリ−の装備ではいくら名狙撃手の腕でも届くような作りとはとても思えない。その間に船を囲まれたらおしまいだ。物量もかなわず銃撃戦でかなう相手ではない。こちらの勝算は白兵戦だけだ。 「中の動物に説得が効けばせめて居場所だけでも判るんだけどな・・。外から入れる奴らは大きさが限られるだろうし。」チョッパーは基地にいる動物に頼む事を考えてみたものの、野生の相手にはしかも鼠では意思の疎通が弱い事を案じた。 「クェ〜〜〜」 「ナミさんは俺が助けるからビビちゃんは心配いらないよ。」 ビビの額には不安が広がっている。サンジは目の前のビビを励ます為に本人の意志とは一致しない芝居がかった台詞を廻し、ポーズを取る。皆が雰囲気を察知し、いつもの突っ込みはなかった。 ゾロは腕を組んだまま目を閉じている。騒ぐ彼らの中でルフィは珍しく黙ったままだった。その沈黙が堪えきれずにビビは尋ねた。 「ルフィさん・・・・解ってる？海軍の目的はナミさんじゃない。私たちや・・Mrブシドーでもない。狙われてるのは他の誰でもない貴方よ。彼奴等あの時はっきりそう言ってたんだから。」 あのとき・・狙われているのは自分だと思いナミさんに逃げて貰う為に囮になったつもりが仇になった。側にいれば・・もう少し助ける手段があったかもしれないのに。捨てぜりふを聞かされる為にナミさんから離れたんじゃない。 胡座をかいて座っているルフィの唇が真一文字に結ばれた。目は窓からまっすぐ遠くに見える海軍基地を見据える。 「でも 『ナミは助ける。』 だろ？」 口元はいつもの調子でにかっと笑う。 ゾロの目が開いた。 サンジは口を閉じ、煙草を少しくわえなおした。 ウソップもチョッパーもビビもカルーも目を上げて同じ基地を睨んだ。 「うちの航海士に手ぇ出した奴はだれでもぶっ飛ばす。」 「モンキー・Ｄ・ルフィ！交渉だ！おとなしく前へ出ろ！」 外から呼ばれる声色が特殊な職業を示している。 「感づかれたか。」 「でるか？」 サンジとゾロが構えて壁を背に窓から外を覗いた。殺気立つ二人の真ん中でげっと慌てるクルーの間を横からルフィがすたすたとドアを開けキッチンを出て行った。 「俺はここだ！」 大きな声で呼ばわれば、海岸には同じ白色の制服が揃っていた。 「ふふふ、でたな化け物！これを受け取れ！」 投げ込まれたのは子電伝虫だった。 ぶるぶるぶるぶる・・・・・・。 「うわっなんだこれ？」 子電伝虫の顔があっという間に汗まみれになった。 「モンキー・Ｄ・ルフィ。」 電伝虫の口から男の声がした。 「儂は４２支部の大佐フェルトだ！おとなしくこれを聞け。 『な・・なにすんのよ！離しなさいってば！ここであたしになにをさせよっての？あ・・電伝虫？ってことは・・・ルフィ！お願い！あたしを助けて！お願いだからおとなしく捕まって！ああゾロ！！あたしを助けると思ってルフィを捕まえて！！あたしは北の塔に・・。ふがががが・・・・』 ええい！女を必要以上に喋らせるな！ さぁどうする！女を助けたくばおとなしく縛に付け！」 顔も写すという電伝虫の表情が歪んで見えている。高らかと笑う声が響いてくる。海岸の海兵達に緊張が走った。 「しるか。」 ルフィは子電伝虫に向かってベロを出した。 「俺、そいつの言う事聞くの嫌だ。」 その場ではっきりと言い放った。 ＜ ＞ |
| ここまでで一話って所です 実はこれはアラバスタのまっ最中ヒナさんは扉絵にいたかなぁ？ロビンが仲間になる事も知らなかったわという頃に書き出していました。だからこういう地味なオリキャラです。 やはり尾田っちは凄い。 |