「大体足取りは判っている。我が軍も度々遭遇している。だのに、我が手には詳細な情報がこれだけとは一体どう言うことだ？」
ヒステリーに似た雷は良く落ちる。呼び出しを受けた軍曹は原因が判っていても行ったところで何の解決策もないと判っていても赴かねばならない。
（いつもそうだ。自分のはけ口の為に呼びやがって。だいたい呼び出されたところでなんの情報が増える訳でもないのに。あのヒステリーが）
という思いは苦くとも喉の奥に嚥下した。
軍の費用を勝手に流用して揃えた絨毯に壁紙に装飾品にと部隊の中で唯一別世界のような高級そうな作りの部屋の中、発赤した顔に汗をかき、付いていたら何も出来ないであろう勲章の数だけがしゃらしゃら揺れる男がうろうろうろうろ歩き回っていた。大きな靴の足音は絨毯に吸い込まれて聞こえない。余計に服の過剰な装飾品の音がせわしく響き不格好この上ない。
最初から不機嫌さを隠そうとしない大佐は手の中の薄いレポートを自分の大きな机に投げ捨てた。
滑らかな紙に書かれたそれは机の端に引っかかったがその軽さを物ともせず下に落ちた。

"海賊モンキー・Ｄ・ルフィおよびその一味についての暫定報告書"

これだけでも得るために部下達がどれほど苦労をしたと思うのかと思うと袖の中に隠した握り拳に力が入り、口の中も乾いてくる。
だがあくまでも上官に悟られてはならない。そうすれば、この体に似合わず小心でねちっこいタイプの男に後で何をされるかわかったものではないのだ。落ち着いた声を出すのに数字を心の中で数える。軍曹はほんの半年で得たこの男への教訓を忘れはしなかった。

「申し訳ありません。ただ尋常ならざる事態です。通常海賊が去った後の情報提供者は善意の者を中心に広く探索が可能ですが、奴らに関しては関係者の殆どが口を割らないばかりか、非協力的な態度ですらあるのです。得られるのは野次馬達のアテにならない伝聞ばかりで・・。」
「言い訳は結構だ。だからといって構成員一つ確定できないとはどういう事だ！我ら42支部の面子にかけてもなんとしても奴らを捕らえろ！奴らの情報を暴け！」
「はっっ。」
軍曹はこのタイミングを外すことなく敬礼もそこそこにそそくさと部屋を後にした。
普通ならばかなりの穏健派と言われる彼の後ろでもドアをはかなり勢いよく閉められ、その音は階下に伝わった。廊下は静かに歩く。と言う規則のやたらと多いこの世界でも基本事項とはいえ形ばかりの規則は当然破られた。
部屋に残った大佐は机をがしっと掴むとその丸い背中を微妙に振るわせている。尋常ならざる怒気で部屋がはち切れそうだ。
「私の面子がかかっていると言うのに・・・。」


「その件・・・私にお任せいただけますか？」
今までは気配を断ちながらソファに座っていた影が部屋の隅から現れて落ちたレポートを拾い上げた。左手には紫煙の立ち上る煙草が。顔を上げれば婉然とした微笑みを見せ薄い唇が煙と共に語る。美人と言うわけではないが、醜いと言うほどでもない。ただ個性的な風貌。真っ白の髪と深く瞳を隠す色付きの眼鏡。噂ではもう30以上だとか40以上だとかはっきりしない話だが、全く年齢の衰えを見せないその微笑みはいつ見ても薄ら寒いものがある。
能力者ではないが、階級以上の実力を持つ女だ。その分口も幾らその存在が煙たくても中佐のその微笑みが無敵であったことは大佐とても無視できない。
内心不本意ながらもこういう事態では期待せざるを得ない。
「中佐。何度も言ったと思うが・・我が隊は禁煙だ。」
「それは失礼。でも私は吸うのですわ。」
深く吸い、大佐に向けて煙の甘い匂いを流す。真っ赤な唇から紫煙が漏れた。
「しかもそんな安煙草をこの部屋で・・・・・・。」
「私は大佐のインテリアセンスに私が意見した記憶はありませんが。」
彼女は手の中の煙草を机の上に置かれた飾り皿の上でもみ消した。
「君・・！！それはあまりな言い様ではないか。」
「ですから興味ないと申し上げております。大体個人の嗜好など多少常軌を逸していても当軍の将校に置いてはさほど問題にならないことぐらい良くおわかりでしょう？」
「だからと言ってだな・・。」
将校と少し持ち上げられて気をよくしたのか怒り丸出しの顔は弛み、大佐は後ろポケットの中のハンカチを引っ張り出し、ひっきりなしに流れる額の汗を拭いた。
「で、勝算はあるんだろうな。」
中佐は制帽をやや深くかぶりページをめくってさらりと目を通す。軍の上層部が持つ情報はこのような下位の基地には届かないことも多い。上意は何よりも優先する。
「軍曹どのよりは、と言った程度ですが。あまり時間もとれませんし。ああ・・でも、これも割合よく調べられていると思いますよ。で、今回の目的は・・麦藁ですか？」
「手配書のロロノアとニコについては問わん。何より麦藁逮捕について善処怠るな。手配書は"DEAD OR ALIVE"であることを諸君に十分理解させよ。」
情報部の出だろうがそれ程度ならば既に手に入れていると匂わせる口調に不快感と煙たさと胡散臭さを感じられる。確かに軍部の中枢に調べられない物はないという。
女狐が・・と大佐は下を向いて口の端で押さえた。その気配も読んでいるのだろう、冷たい足音で立ち上がるドアを開け慇懃無礼な礼をして彼女は部屋を後にした。

「この島まで・・あの子は後４日ね。」


彼女が部屋を去り、残された大佐は思わず彼女が灰皿にした絵皿に駆け寄った。
モンキー・Ｄ・ルフィにはこの機会にケリを付け引導を渡して貰わねば困る。所詮賞金首だ。捕らえてしまえば始末には困るまい。
いくら金を積んでも奴が見たことを忘れる保証など無い。つまりは生きていて貰っては私が困るのだ。
大佐は自慢の絵皿に焼き目が付いていないか光にさらし更に表裏して細心の注意を払って忌々しそうに払っただけでは落ちない灰を捨てた。



　『煙の行方』




珍しく航路の穏やかな旅とちょうどそれに飽いた頃の島との出会いだった。

いつもいつもどうやったら出会えるのかとあきれるほどのトラブルと縁の切れない船長を抱えるゴーイングメリー号の航海士は穏やかな気候海域にほっとしたのも束の間、島の光景にその大きく光る魅力的な目を剥いた。

まず目に入った街には聳え立つ塔が見える。
塔にかかれた海軍のマークと４２の数字と記号・・開かれた形だが海軍基地だ。要塞としてよりはむしろ事務処理を行うことが目的の作りの基地と見える。要害の地に立つと言うよりは港町の海にせり出した形の大きな塔とその奥に広がる大きな塔の群れ。手前の塔はやや寂れた雰囲気で活気ある基地には見えなかった。
とはいえ後ろの幾本かのそびえ立つ塔を抱えるその陣容に、旅の休息も得られないままクルーは大慌てで、人目に付かないように帆を下げてまず、その町は避けた。
岬を迂回して、島の周囲に添って行った先にも先ほどではないがそこそこ大きな街があった。視界は遮られるが、先ほどの基地に徒歩の距離としても近い。
だがこの船の永遠かつ最大の問題『食料問題』を解決するに足りる。胃袋問題に関しては底なしのお化けが多すぎる。
また、新しい島への上陸は嬉しい。ただの島の冒険でもそうだが、普通の街での買い物が楽しみな事は誰も否定できない。日常の買い物もあるのだ。

縛られて騒ぐルフィとチョッパーとウソップを見張りに残し後で入れ替わる約束をして残る全員が町に出かけた。
食品に雑貨にと必需品をばらばらになりながら揃えていく。嬉しそうに各店に付いて回って荷物持ちをしているサンジと対照的に絶対に店に入ろうとしない仏頂面のゾロが両手に肩にと荷物を持たされている。
「こんだけの荷物ならもう良いだろ？俺は先に帰るぞ！」
「まだまだｖあんたそれだけしか持てないわけ？めいっぱい持つ約束でしょ？や・く・そ・く。」
ナミが手に握ったダイスをゾロに見せると、ゾロは片頬をゆがませ背後のオーラと仏頂面は更に悪化したが、黙っておとなしくなった。
「ふふ・・」
ロビンは一行の一番前で手を口に添え、くすくすくすくすと前を向いたまま笑っている。
船を出る前に、既に常にないくらいに仏頂面だったゾロを思い出し（訳ありだな）と店を出たばかりのサンジはその微笑みに魅了されながらもたばこを一吹かし。買い物がうまくいったご機嫌から武士の情け。気が付かない振りをした。


「うう〜ん。買い物ってやっぱりいいわぁ。」
「航海士さんが楽しそうな所を申し訳ないけど、ここも結構胡散臭いわよ。」
ロビンが指さすその先には城壁のような塀向こうに馬鹿デカい建物が威容を誇っている。そのお膝元はこの町の官公庁に当たる建物が多いこちらの町はもっぱら買い物を楽しむ町だ　と店の人に聞いた。
「これだけ離れていたなら問題ないわよ。海賊旗も下ろしてきたし。」
どちらも長身で見栄えの良い、しかし素人とは言い切れない気配の女性陣と、背も高く目つきが鋭いこれこそどう見ても素人ではないゾロといくら女性に気を配って浮かれていてもどう見ても海賊な気配が取れないサンジはどちらにせよ目立つことだろう。
しかし剣呑だったり浮かれている男達の思惑も周囲の目もナミは気にする気配がない。
「お二人がお茶でもなさるんならお供いたしますよ。荷物はあんにゃろうに持たせとけば良いんで。胡散臭い奴を早めに返して三人でデートと洒落込みませんか？」
サンジがナミに声を掛けているところでロビンが数歩先の店にすっと近寄った。
「航海士さん？私はここに寄らせて貰うわね。」
堅い感じの小さな本屋の看板が鈍く光っていた。
「！あたしも！」
ナミがサンジの申し出をあっさり無視してすたすた歩き始めた後。

「いたぞ！麦藁の一団だ！！」
「あら。」
「げっっ。まるで張ってたみたいじゃねぇか！」
「お前ら逃げろ。ここは俺達が・・・。」
荷物を山ほど抱えていても喧嘩となれば彼らの出番らしい。
「ロビン早く！！」
振り返って構えたロビンを制するようにサンジが背中で彼女をかばった。無意識に守る者に見せる明るく優しい笑みで答えた。
「ここは大丈夫ｖロビンちゃんはナミさんを頼むよ！」
「あら、遠慮は無用なのに。」
二人の会話などとんと関心無い野獣は頬の筋肉がひくひくと買い物などよりは楽しみを隠せない。食材を守りながらも敵を倒す蹴りよりもロビンに飛ばす秋波の多いサンジは増えつつある海兵に向かっていった。ふうと溜息をついたロビンはナミを捜して足音を探し、ナミの後を追った。
その足音を確認しながら、もの凄く嬉しそうな野郎どもが振り返り構えた。追っ手は１０数人と言ったところか。手ごわそうな感じの奴はいない。
「雑魚ばっかじゃロビンちゃんに喰わせるわけにはいかねぇよな。」
「ったく・・。待ち伏せてんなら少しはこっちに手ごたえのある奴を用意しろ。」
期待はずれに溜息がでる。
「おい、クソ剣士。その魚崩したらお前のせいだかんな。ちゃんと守っとけよ。」
「どんな食材でもＯＫって言ってたのは誰だったか？」
「壊したもんはみんなおめぇんとこに入れてやる。」
「喰えるもんなら喰ってやるよ。」
二人とも荷を置く気にはならないらしい。







手の中の荷物を片手に集めただけで下ろす間もなかった。
もっと大勢を２秒であしらったことのある彼らのこと、瞬殺という言葉しか見あたらなかった手際の良さで、当然逃がした敵もいない。
全て追い返して厳しいサンジのチェックでも元通り荷は崩れなかった。
「食材よりもナミの荷物に傷でも付けたらその５倍はうるせぇからな。」
「文句言うなら俺がお持ちする。」
「その果物はおめぇじゃないと持てないんじゃなかったのか？」
「ちぇっ繊細な食材の扱いも出来ねぇ脳筋ゴリラめ・・。っとアレ？ロビンちゃん？」

荷物も持たずにロビンが単身走り帰って来た。二人の姿の間に向こうにと視線が忙しく行き交う。張りつめた視線に二人の緊張が跳ね上がった。
「航海士さんはこちらに来てないの？」
その質問に二人は固まった。じっとロビンを見つめれば珍しく苦悩する綺麗な額に皺が見える。
「追ったのだけれど・・角を曲がった途端姿が消えたの。周囲も探したんだけど気配すらつかめなくって・・・。」
噛みしめる唇が赤い。
「ロビンちゃん？怪我を？」
ロビンの脛は真っ赤だった。切り裂かれた黒のズボンの裾から無惨にも両足の刀傷が見えた。二本筋に斬られたその傷からはかなりの出血量が伺える。
「ちょっと慌てて・・失敗しただけよ。それより・・」
顔にも腕にも服の切り裂かれ方からも細かい傷が見える。
このニコ・ロビンが。
ゾロとサンジは互いに顔を見合わせた。
「この短時間に罠か？」
「近寄ってくる姿を見たのか？なににせよ計画的って事か。クソ忌々しい。」
町を行く風はナミを浚った奴らの喧噪を伝えることなくただ静けさを伝えるのみ。ロビンの重い声が響く。
「やはり、ここには居ないのね。」
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さて焼き直しを入れたテキストです。
この辺りは流れは大きく変わっていません。けど微妙な手の入りがあるので読んでみてください。
新酒がビビ編ならこちらは何年まで熟成できたかが聞きたいところ。

主役が不明のまま物語は進んでいくのです。





Photo by Sirius