地の蠍1
『リーダー一緒に行くの?』
『ああ!』

ユパはオアシスのほか何も無いところだった。
周囲のオアシスからも孤立し、国の重要都市の何処からも等距離にある比較的大きなオアシス。
地図を見ればそこは交流の要所としての重要性は疑いも無い。其処を任せられた父と任せた王の慧眼を誇りにも思っていた。己が街を作る。今度こそ水の心配の無い、砂の心配の無い豊かな街を作るのだ。其の興奮は子どもの心に目映いくらいだった。其のための苦労など何の造作も無いと思っていた。

村を失った一団は徒歩でそのオアシスに辿りついた。
どれほどの希望に満ちて訪れたとしても現実は想像以上に過酷だった。
オアシスの外れに障害を受けず直接訪れる砂漠の風は容赦なくテントを吹き飛ばす。
穴を掘ってその上にテントをかぶせて一夜を過ごせば昨日の掘り跡が元に戻っている。図面のための測量も一夜にして砂により当てにならないことを再確認して以降は自身らの寝どころを作り、宿に置き換え一つずつこの町の目的である“宿と市”を形作ることにしていた。

そんな日々を重ねてようやく一つ一つ作り上げた建物、畑。少しずつ増えていく人。近隣に住むものや、キャラバンも通行するようになる。
町の形が少しずつ整い始めて、市場も立つようになった。

始めての大砂嵐はそんなころに襲ってきた。

オアシス本来の水も一時隠れた。それを見つけ出し埋もれることが無いように嵐に負けない速さで町を作り上げる。町が大きくなれば砂嵐の被害にも強くなる。耐える事ができる町を作るのだ。それを合言葉に皆で辛い作業も耐えた。

旅人がこの嵐から守られるように、一夜の仮宿とは云え安堵した眠りを与えることが出来るように祈りを込めた。この国の旅人はどんなに水に飢えてもどんなに小さなオアシスの水でも飲み尽くすことはしない。次に訪れる者のために必ず半分を残す。過酷な状況と、あくまで優しい国民性を表す諺を教えてくれたのはここを通った旅人だった。この言葉をビビにも教えてやろう。どんなに喜んでくれることだろうと嬉しくて目頭が熱くなった。

一日の作業を終え、一人になってポケットに手を伸ばす。何度でも読み返してはあの別れの日に柔らかい唇が触れた自分の頬に手を置いた。旅立ちのときの幼い約束。くすぐったい甘さを伴って希望に満ちた別れの日を思い出す。それを抱きしめて毎夜寝袋にもぐりこんだ。


『リーダーの作った町に手紙が出せると知りました。町は大きくなっているのですね。あなたの夢が一つ一つ形になっているのですね。それはパパの夢でもあり、皆の夢でもあり、私の夢でもあります。
元気でやっていますか?怪我などしていませんか?まだ会いに行ってはいけないと言われた事が一番悔しいです。』

『リーダーは元気でしょう?元気が無いあなたなんて私、想像がつかないんですもの。それは走らないカルーを想像するくらいに。』





だが、砂の勢いは容赦なく人を飲み込んでいく。

人は生きる道を探して砂に抗っていった。

「なぜ王はこの案を認めない!王は俺たちの生活を守るつもりなど無いんだ!人の5年を芥子粒ほどにも考えちゃいないんだ!」
町を造れば人は集まる。人は食べなくては生きていけない。食堂、兼酒場を一手に引き受けた店はみなの交流の場だった。町が大きくなるにつれ、色々な人間が集まってくる。憂さを晴らすはずの酒なのに、入りすぎた酒は鬱屈の火を噴く。入り浸りになって声高に叫ぶアーヴィは5年程をよその島の大学で過ごした学者肌の男だった。水利の豊かなその町でむさぼるように勉強したのは水路についてだった。湧水によるオアシスを待つだけでなく大きなサンドラ川の水量を利用すればかなりの地域が潤うはずという計算に自信を持って帰国した。(俺達の国に水路を作る!)と意気込んで帰ってみたものの、王の反応は冷ややかだった。悔しさにその後も水路の設計図をいくつも書いて王に送ったが返答は壱番最初の(検討したがこの国においては設営に困難が多いため実現は困難)というそっけない一文だけで後はなしのつぶてだった。

「砂を克服しなければ明日の俺たちの生活はありえない!」
「敵は砂じゃない王だ!」

毎夜ように叫び、疲れて部屋に放り込まれる彼を見ている皆の視線は最初は幾分同情的だったが、同じ事の繰り返しに徐々に冷ややかになった。
ただ・・王への怒りの声だけは賛同するものが増えていった。皆疲れていたのだ。街作りの希望よりも大きく降り注ぐ砂の嵐の勢いに疲弊して失われた言葉の分内に引きこもる。引きこもった鬱積はうねりとなって皆を染めていく。


【何故自分たちばかりがこのような目に?王は助けてはくれないのか??】





『この間こっそり貴男の街を見に行ったのことがパパにばれてしまいました。それだけならよかったのですが水路の問題などでパパにいろいろ言ったおかげで謹慎を命じられました。外に出られないばかりか当分の間あなたに手紙を書くこともできません。』


朝が来れば蒼い空が町中を見渡す。
「今日もいいお天気で」
「砂嵐が来る前にやっちまおうぜ」
「ああ・・そうだな。」
早朝の作業の方が身体に負担がかからない。この暑さでは昼に動く者など無い。そんな奴は自分を捨てているか、悪いことを考えている奴だ。
「早いのね。」
今日のノルマである井戸を掘り始めた彼らに声を掛けてきたフードの女がいた。
旅人だろうか。それならばこの街では珍しくもない光景だ。
だが、こんな俺達に声を掛ける者などいない。若さを物語る声に不信を抱く。こんな時間に?

「すっかり日焼けしているのね。背も伸びたし、最初は誰だか判らなかったわ。」
「ビビ!」
「会いに来ちゃった。」

フードをとって朗らかに笑う笑顔は何も変わっていなかった。俺達の・・・ビビ。
だが・・
「勝手に出てきたのか??ここはユバだぞ!お前の街じゃない!大体連絡なんて無かったぞ!」
「当たり前よ。パパがあんまり分からず屋だから黙って来たの。」

屈託無く微笑む姿が嬉しかったのに、嬉しかったのに俺はそれを伝えられなかった。
しょげるビビとそれを慰める仲間に信頼しながらも、唇噛む想いだった。

その夜に泊まるという彼女と二人きりで会うまで、俺は仏調面だったと思う。





「よろしかったのですか?」
今日も一日書類の整理に王は追われていた。訴追の件は追いつかない。人は次々と様々な事項を持ち込んでくる。国としての事業と日常の人々の生活の確保。一手に引き受ける王という職業は激務だ。
更には議会のほうも最近は王の威信が少しずつ感じられなくなっている。国民の不信は間違いなく王に跳ね返っている。そのせいで更に王の表情が冴えないのだろう。
「何をだ?」
「水路を進言してきた若者の一件です。ビビ様にも誤解されたままで・・・。
既に二十年前に王が散々取り組み石路もセメント工も技術的に試した後でこの国には不向きだと結論された既往をつけて返答してやったほうが・・・。」

コブラはガラスのはめられた窓から外を眺めた。王都は国うちで最も緑が濃い。町の広さも手伝って軽い砂嵐なら王宮にまで伝わらない。これだけの豊かさがそれぞれの町に欲しいと渇望せざるをえなかった。王の力でこの町に雨が降るんだろうと自分の前で言い切った少年の顔がなんとなく思い出された。
王がいるから雨が降るのではない。雨が降るから王都になったのだと彼に話してわかってもらえるのはいつになるだろう。国を思い信頼すべき国民の代表である彼の脆さが不安であると同時にいとおしかった。

「あの彼とはいつか再度話がしたい。私が学んだものと同じものではなく新しい手法を得ていないかを。
どういう方法でも水利に関してはすがってみたいこの国の現状を言えば後回しにすべきではないのかもしれないが・・・・、第一に、この男はまだ若い。己の学んだものを否定されて激昂せずにおられまい。第二に今はそれよりも片付けねばならない問題が山積み過ぎる。こうも性急に事が次々に起こってはそちらを先にせねば国が傾く。
・・・ということで水盗賊団の手がかりはつかんだのか?」
「申し訳ございません。いつも後手を打たされてばかりで証拠も残さぬ鮮やか振りです。これだけ尻尾をつかませないあたりはかなり組織力の高い集団によると思われるのですが・・・」
「そうか・・・・・私の不在中にも引き続き調査せよ。水はこの国の生命線を何より左右する。」




「王はまたレヴェリーにいったって?」
「なんだかな。足元がぐらぐらしてるくせに外ばっか気にしやがって。」
「この国なんてどうでも良いんじゃねェの?」
「そうだよな?他所の方が楽しく暮らせるもんな。」
「今回はビビ様も連れてたってよ。」
「そのまま亡命でもする気か?」
「かもな」


王の深慮は国民に全ては届かない。
いびつに歪んだ形で伝えるもの達だけが蠢いている。
怨嗟の声が少しずつ挙がっていく。



『二度目のレヴェリーは素敵です。前に見えなかったことも今はよく見ることができるようになりました。町の大きさや建物もさることながら水がふんだんにあるのです。この国では無尽蔵に使うことを〔湯水のごとく使う〕と表現するのだと教えてもらいました。水も瑞々しく新鮮な食料も尽きること無くある。王都すら比較になりません。ここに生まれたものならば一生水の心配をしないでゆったり暮らせるのだと知ると羨ましくてしかたありません・・・・・』
『それにこちらの国の方は紳士なのよ。私求婚されてしまいました。この国の王妃になれば何の苦労もさせないですって。』



「Mr.17より知らせが入りましたよ。お望みのラブレターが。そんな子供の手紙に執着なさるから驚いていたそうですわ。」
「お前も何か文句が?ミスオールサンデー。獲物ってものは一番柔らけぇ所が一番美味いんだ。喰い散らかすのが最高だぜ。」
「ふっっっ。こまめに送られる情報が使われるのも哀れなこと。乙女心のなせる技とはいえ。」
「またコイツで話を一つ二つ作ってばらまいとけ。」
「今度はどう言った趣向を?」
「そうだな・・・・。王女の裏切りだろうよ。」
くくくく・・・その歪んだ笑い声は広い部屋に広がり消えていく。
「そうそう、水組合の方はあらかた機構が出来てしまいましたから後は手を下さずとも収益の2割はこちらにはいるそうよ。そろそろ例の粉の使い時ではなくて?」
「ばらまいた種は育ってきたしな。いよいよ攻めに転ずるときか。」
黒服隻腕の大男は椅子から立ち上がった。部屋から見える水槽の中で、沢山のバナナワニが舞を踊るように回遊する様は出陣前の舞踏のようにも見えた。もう独りの女性はその姿をちらりと目の端に捕らえながら、階段を上っていった。
「一番側にいる・・それを獅子身中の虫というの。ご存じかしらね。」



王は天候を左右するという根強い噂があればこそ王への皆の期待と、全く巧くいかない砂と水を相手取った戦いに破れた者達の怒りは王へと向いていく。



自分の作った砂砂団は小さな地域の青年団だったが次々と積もる怨嗟の声は不思議な一団を形成していった。
王都以外の学生だった一団は施政に自分たちの意見が届かないことを憂えた。王都の大学の学生ばかりが登用され重用されていくことへの不満もあったのだろう。
石職人の集団は代々切り出されていた石場が砂に埋もれてしまい仕事ができなくなった。ずっと使われていた石切り場はこのところ勢いと回数を増した砂嵐に勝てなかった。今まで数千年のアラバスタの建築を支えた石切り場だった。砂に埋もれて使えなくなることなど無かったというのに。
農民の多くは畑が埋まってしまい自分の土地を涙ながらに捨てた。主食の米は水が少なくてもよく育つはずだったが、何度も降り積もる砂に終にその首を折った。
一番需要が多いはずの水売りの組合はこれを機に値上げを狙う派閥が仕切るため、そのあくどさに抜けた者の荷はほとんどが正体不明の盗賊に襲われた。建前は自由競争だが生活必要物資である水の管理は王に全ての実権が掌握されていた。総管理者であるはずの王に警護を依頼しても手は追いつかず、命を落としたものも数え切れなかった。あまつさえ王が寡占を狙いそのために盗賊を放置して置くのだという噂がまことしやかに囁かれるようになった。
そして砂に埋もれた町出身の男女が集まり怨嗟の声をあげていく。

「王を撃て!」
「コーザは何をしているんだ!」
「もう待てない!王は俺たちに死ねと言っているのか!」

様々な声が挙がってもコーザは沈黙を保っていた。

まだはやい。そう断言するコーザの姿に不信を鳴らすものはいなかったわけではない。しかし彼なしでこれだけばらばらな集団を一手にまとめられるものなど見当たらなかったのだ。彼自身は皆の意見に比べ非常に慎重に動かずにいようとしていた。穏健派で国王派である父親のせいかとも思われたが、何度も諌めにくる父親にコーザはその意見には取り合おうとしていないように見えていた。
しかし、王自身とも近くに接したことがある彼は無意識のうちに根幹をかなりその経験に縛られていた。
そしてもう一つ。水色の髪が。
彼にとっては拠り所であり切り札でもあったのだ。



「大丈夫だ。あっちにはビビがいる。あいつは・・俺達の仲間だ。」
「だいじょうぶよ、コーザはそんなに軽挙じゃないわ。」
コーザはポケットを叩いた。
ビビは城の窓から南西の遠い空を眺めた。

リーダーはポケットに左手を突っ込んだまま話す癖があるのか?と揶揄するものがいた。ポケットに入った紙片を知っているものなどいるわけではなかったが。

仲間に伝えた言葉のいかほどが伝わったのだろう。
それでも信じていた。
この国を。
民の理解を。
王の理解を。

そして相互の理解を。

互いに交わす書簡を。






to be continued






結局、全掲載は不能でした!!
白旗を掲げて国王軍の前に立ちます!
根性見せろよコーザ!

じゃないとへたれにするぞ。
(既にへたれ〜♪)