「Sky」3/3 (ナミ)

銃声をきっかけにオークションハウスで乱闘が始まってしまった。
私の身体の中に、ある感情が渦巻いている。
喧噪の中だというのにチョッパーの疑問が浮かんで少し笑ってしまった。
あの子も親代わりを殺されたというのにその問いを口に出来る。その優しさと残る幼さも彼の魅力だ。

敵(かたき)と付け狙ったり憎しみを募らせるようなのはもう終わってる。
今の私にはもう持ち続けるなんて出来なくなってる気持ちだ。
全てをあの青い空の下、蜜柑の香りが吹き抜ける崖の上のベルメールさんの所に置いてきた。



その朝の空の色は覚えてない。
けど始めて持てた全てを受け入れる覚悟には後悔は微塵もなかった。ただ興奮の中、状況の全てが絶望にそのコンパスを向けていた事は判ってた。

なのに。
ただ一手。遠いプールサイドでゾロの示した親指一本があれほど雄弁とは知らなかった。
戦う意志に心も体も抱きしめられて背中から押されて居ることを確信した。
もう逃げる必要なんてないと判った。
皆が居てくれていることにどんどん安心していった。

建物が崩壊して始めて気がついた青い空に、アーロンはルフィの拳を受けて叩き落とされた。
私を捕らえていた世界のガラスが割れる音がして、もう私は彼らの仲間以外の何者でもなくなっていた。


そしてもう一つ、遠い空島でようやく判った。
自分一人の身を守るよりも大切な未来につながる繋がりを。

自分の安全を自分で得なくてはいけないとずっと思ってた。自分が仲間の誰かに頼るなんて考えたことはなかった。エネルが何を考えているのかも見たかった。だから付いていった。
だが。
太い蔓の葉の上で私達はゾロ達がやってくれることを疑わなかった。
敵を見据えたら決して諦めないルフィの心の強さを知っていた。
だから判った。
ゲンさんに私達を預けてアーロンの銃口にひるまなかったベルメールさんの選択も一つしかなかったのだ。


自分の小ささを知ったからこそもうひるむ必要も畏れる必要もない。
私がするべき事は決まっている。それを躊躇う必要はない。
私の迷いは空の上に置いてきた。



確かにあいつら魚人が何をしたかを忘れる事は、多分一生ない。
なかったことにはならない。

それでも。

島の中だけに起こっていたあの世界の小ささを、今は身をもって知っている。子供の頃あれほど逃れられないと正面から戦うことなど出来ないと諦めた大きすぎたはずのあの世界は、今の自分にはこんなに小さい。
小さすぎて、私を捕らえて縛る事なんてもうできやしない。



ハチはもう私の敵じゃない。
敵わない相手でもなく、届かない敵(かたき)でもない。
私の許しにホッと胸をなで下ろす事が出来る、きちんと生きてる人だ。
己の責任を知って、相手への気持ちを忘れない、私と同じ、いや、おそらくは私よりも弱く小さい生き物だ。


だからあいつが只理不尽に殺される所を黙ってなんて見ていられない。
何故そんな無法がまかり通るのか。
信念も矜恃もなく、人の命を奪う事が何故そんなに安易なのか?
奪われた私だからこそ無言の声で尋ねたい。


ルフィの一撃は当然の天檄。
隣で刀の鯉口をパチンと鳴らす音がして身構える私の手がクリマタクトを無意識のうちに探してる。


これでいいの。そして皆が走り出す。
『ルフィだから しょうがないわ!』



end



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