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空と海の狭間で-28



お母さんが笑っている夢を見た。
アタシは小さな子供で抱っこされたままその温かい懐に頬をすり寄せていた。
あったかくて、心地よかった。





ざざ・・・ざざ・・・・
ざっ・・・・・ざっ・・・・

体の中に音がする。
心安らぐ音が聞こえる。
頬が暖かい。これは太陽の日差し。そして優しい風。風が葉をこする音。
鼻孔に潮風と甘く感じる土の匂い。
そして聞こえる音。心地よい暖かさ。

これは。

冷たくて暗い海の中じゃ無くって。
あたし、いきてるのかな?


固まっていた瞼をびりびりと引きはがしてみる
視野がいきなり開けた。
ぱっと燃え上がった世界に眼が焼かれたように真っ白になってから、ゆっくりと外の世界が戻ってきた。
目の前には大きくて白いもの。少し遠くに木の壁。窓の外に砂浜と青い空。数本の南国の木が揺れている。




生きていたんだ。




「ええっと・・。」
まず動けなかった。
身体が固まってる。それも身体がなにやら温かい物に縛られている。いや正しくは抱え込まれていると言うべきか。広めのおでこが自分の目の前にある。
汗を含んだ髪も自分のそれとくっついているくらいの至近距離。聞こえる相手の呼吸音と心臓の音。

自分を抱え込んでいるのが緑色の髪の男の子であることに気がつくと落ち着いたはずの呼吸がいきなりぐちゃぐちゃになった。
自分の心臓の音がどんどん大きくなって周りの音が聞こえなくなって、いつもの呼吸がとれない。
落ち着かなくっちゃ!

ゾロだ。

ゾロは寝ているらしい。寝た人間がこんなに重いとは知らなかった。ノジコと一緒の布団に入ってもそこまで潰されることは無い。むしろ自分の方が蹴っているらしい。それにビビはもっと軽い。対してゾロは・・確かに背は大きいほうだ。多分自分の方が大きいと思うけど160cmくらいはありそうだ。太い訳じゃないのになんで重いんだろ?男の子は良く判らない。
重さの証明みたいな羽交い締めみたいになってる目の前の腕は太い。
えっと。

動けないことにあきらめてまずは自分の状況と周囲を確認することにした。


嵐に巻き込まれて波にさらわれたところまでは覚えてる。凄い力に巻き込まれた後は何もできなかった。けどそこからは何も覚えてない。
なのにここは船じゃなくて小屋だ。
いったい何処の小屋なんだろう?

掘っ立て小屋みたいな小さな小屋。朝の光の中でほこりまみれの床はここに人は住んでいないことを物語っていた。
屋根があってかろうじてぺらぺらとした薄い壁のある小屋には外からの日差しも風も皆出入りしている。荷物を置く領域だけは少し囲ってあった。そこをこぼれた薪とかが乱雑に置いてある。

他のみんなは何処?
あたし達だけなの?

ゆっくりと太陽の日差しが入り込んできた。どうやら日の出のようだ。
朝だ。嵐の後の朝だ。
日の光がゆっくりと二人を照らし始める。眩しい日差しがゾロの顔を映し始めた。顔の産毛まではっきりと見える。
まだ寝ているらしいが少し眩しいのだろう軽く動いた。
半分座ってゾロは寝ている。自分は抱きかかえられたような状態になっている。少し身をよじると今度はゾロの方が少し動いた。起きたのかと顔を覗くと規則正しい呼吸が鼻から漏れていた。本当なら耳元で大声でも出して起こして話を聞くべきなのだろうが、何故か起こさずにそっとしておきたかった。
多少ほっとしながらゾロの腕をそっと押すと今度はゆっくり外れた。筋肉で鍛えた硬い腕は自分と明らかに異質な感じがする。
ん・・とゾロが軽く声を出したので一拍心臓がどきっと言った。けど眠りは深いのだろう、ゆっくりと押しやりながら脱出すると自分が抱え込まれていた後がこっぽりと空いた空間になった。ゾロはナミの抜け殻の方に自分の身体を折り曲げて更に寝ていった。
乗られてた足が少しだけしびれてる。手首も少し。身体を伸ばすとごぎっと変な音がしてる。少しほぐしながら膝を崩して座り込んだ。

ゾロの向こうに石で囲まれただけの囲炉裏のなかで消し炭が煙だけをくゆらせていた。
(焚き火?)
炭は新しい。燃えた炭の量から言って思い切り燃えていたはずだ。だが、その焼け跡に、ナミは恐怖や嫌な感覚どころか落ち着きと感謝を感じていた。
(なんでだろ?)
はっきりしない昨夜の記憶だが燃えかすになった炭を指で摘んでみる。
燃え上がった炎を想像する。今は寒気はない。昨夜のような・・・・と混乱した記憶が少し浮かんできた。


(大丈夫だ)
そうだ声がしてた。
(冷えてんな。火がないとやばい)
耳元で聞こえていた。
(俺が抱えててやるからそっちは見るな。大丈夫だから)

(心配すんな、大丈夫だ)
(みなきゃいいんだ、だいじょうぶだから)
そう言われてゾロの肩に頭を預けてた。
ゾロの声がしてた。
そうだあの身体にずっと抱えられていた。


思い当たってナミは一気に頬を染めた。
記憶がはっきりしているわけではないのだが・・・・心が温かくなってる。
くっついてたおでこの感触が甦ってはドキドキするので、思わずナミは耐えきれずに起き上がって少々心許なくよろめく足で小屋の外に出た。



「ふう・・・・。」
優しい風が葉を揺らしてる。岩がちな小さな入江には少し砂地が見える。
外の陽光は南の島のやっと登り始めた太陽。つまりあっちが東。
そのナミの両脇を見渡す限りの海が右に、左にと広がってる。
その大きな海を渡る風はナミに思い切り吹いてきておはようと命の歌を告げる。
おはようと心の中で答えながら空と海が繋がるところをどこまでも見渡す。
見事な水平線が見渡せるくらい澄んだ空気。きっと今ここは高気圧のど真ん中。
知らない孤島だ。

ここがどこなのか、水は?食料は?いつものナミなら必ず浮かぶ転ばぬ先の杖が今はどこかに飛んでいってる。
砂浜の方に向かってゆっくりと歩き出した。キュキュッと足下の砂が鳴る。

大きな空と、大きな海に挟まれた、なんて綺麗で透き通った世界なんだろう?
泊まっていた島でも感動したが、ここの砂浜は更に人の手の入った後がない。
浜にあるのは波の重なった後。カニや甲殻類ののたくった足跡。海の側は砂がもっと細かくて鏡面みたいだ。
向こうに海からあがってきた足跡が一人分。足跡は結構深くてちょっと蛇行しながら小屋まで繋がっていた。
きっとゾロの足跡だ。一人分しかないところをみるとナミを背負って歩いてくれたのだろう。
「なによちっちゃいくせに・・。」
切れ切れの記憶が甦る。
死の恐怖に似た冷たさがゆっくり溶けた暖かい夜だった。



くすぐったい落ちつかなさで振り返るとゾロが小屋の前に立ってナミをみていた。
まだ寝ぼけたような、そのくせ空と海と・・ナミを見てる。ゆっくりと彼も歩き出してナミの側まで来た。




「おはよう!良い天気よ!」
「・・だな。」
振り向いたナミの笑顔の屈託なさに一瞬顔を赤らめてしまった。認めたくはないがみとれてしまってからすいっと視線を外した。
「みんなは?」
「わからん。俺たちだけだ」
そっか・・とナミが口にする。
「うん、わかんない。しょーがないね」
ナミの声は落ち着いてる。わざと欠伸をしながらゾロはぼりぼりと頭を掻いている。だが途中からあくびが本物になった。
「腹ァ減ったな」
「うん。のども渇いた。小屋に水とか食べ物とかなんか無かった?」
「そこまで見てねぇ」
「なによぉ、この役立たず」
「んだとぉ!」
あはははとナミは屈託無く笑っている。
元気になった証拠かナミの毒舌も復活したが、今までのナミとはその軽やかさが違う。
青い空の下、島の海岸に溶け込む眩しい笑顔が絶え間ない。
ホッと一安心しながらゾロはもう一度伸びをした。流石に眠い。けど。

「おい」
「なぁに?」
「お前・・大丈夫か?」
ナミは大きな目を見開いてゾロを見た。
「大丈夫よ?」
「や・・じゃなくて・・・その・・」
言葉を濁すなんてゾロらしくない。けど視線は泳いでるし口やら手やらの動きが妙にぎこちない。

どうやら言葉が選べなくて困っているようだ。
多分今の体調を問う質問には昨夜の炎のことを聞きたいらしい。
クスクスと笑みが浮かんでくる。うん。これは、いかにもゾロらしい。

「ありがとう!それから昨日のキャンプファイヤーの時の事も!本当は船で言いたかった!」

口にしてナミは本当に嬉しくなった。
ああ良かった。やっと素直に言えた。そして今も素直に笑える。
南の島の魔法なのかゾロには言いたいことが沢山あるのに言わなくても判るし判って貰える気がする。
「そうか・・いや・・ま、良かったな」
ゾロはちょっと向こうを向いて赤くなった鼻の横を掻いてる。

「あ・・それと・・・」
言いにくそうにゾロはポケットに手を突っ込むともぞもぞとなにか白い布を取り出した。
「これ・・取れた。その俺が取ったとかじゃなくてな!!海から上がってライフジャケットとか脱いだとき・・」
白いけど汚れた布。五分袖のパーカーの中から海の中でどうやって解けたのかは判らない。

ナミの左の肩から二の腕にかけて大きなヒキツレがある。
火事の後遺症だ。炎に舐められた最後の一つがどうしても消えなかった。

「腕。見えた。俺は嘘は言えねぇから、先、あやまっとく」
今は半袖のシャツの下に隠れてる。ナミは自分の傷をそっと押さえた。
ゾロは少し視線をそらした。
「見せたくなかったんだろ」

自分の気持ちを一週間前まで見知らぬ他人だった男の子が判ってる?信じられない気持ちではあったがそれを嬉しく受け入れる気持ちの余裕が今のナミにはある。

「いいよ!」
「・・・・・え?」
「いいよ。ゾロになら」
ゾロは思わずナミを見つめた。太陽を背に、ナミはちょっと照れたように笑っている。予想外のその笑顔を見てゾロの方が真っ赤に燃えたような気分になった。思わず自分の片手を広げて顔を覆ったくらいだ。
「・・いいのかよ」
「うん!だって傷ならゾロにだってあるじゃん。同じよ」
自分の胸の傷を言っていると気がつく。
「そっか。同じか」
同じで良いのかは判らないが・・。

ぐう

おでこまで真っ赤になりながら答えた途端ゾロの腹の虫が大きく鳴り響いた。
「ちょ・・ま・・」
なんでこんな時に鳴るんだか?普段ならどんなところで鳴ろうが気にもしないが今はナミにもっと違うことが言いたかったのに。驚きすぎて何を言おうとしたか忘れてしまった。
焦るゾロを見てナミはおもいきり吹き出した。
「食べ物!探そう?アタシもお腹空いちゃった!よしっ!小屋に戻ろう!!」
駆け出す足は短パンに裸足で、真っ白なパーカーから細くて長い足が伸びていた。ゾロもつられて駆け出す。


駆けながら疲れているのに体は軽い。二人で軽く競争するように駆けてゆく。
「小屋に戻ってなんかあるのか?」
「外だったらパンノキとか生えてないかしらね」
「なんだそりゃぁ?」
「しらないの?南の島って言ったらパンノキよ!ダメじゃない本くらい読まなきゃ」
偉そうな。この偉そうな口のききようは絶対にナミだ。
昨日はもっと静かで・・そっちの方が良かったんじゃないかとホンの一瞬ゾロは思ってしまった。



小屋の隅を探るとかなり前に日付の切れた乾パンを見つけた。
「どうする?」
ナミは日付に見入って眉を顰めている。さすがに年単位で切れていると考える。
「〜〜〜〜〜〜ん。ゾロ、先に食べて良いわよ」
「俺は毒味かよ。」
プルトップ型の缶だったのでそのまま指を入れてぐいっと開けると見た目は大丈夫そうだ。
不信気な目を向けるナミを余所にゾロはぎゅっと詰まった乾板の真ん中に指を伸ばすと一つをぐいっと引っ張った。取り出しても形が崩れるわけじゃない。匂いも普通。
そのままためらいなくゾロはぱくっと口に放り込んだ。
「ちょっっ・・!」
ばりばりと咀嚼してごくっと飲み込むゾロの喉の動きを息を凝らしてナミは見つめている。
「うっっ・・・」
嚥下途中でゾロがいきなり眉を寄せて固まった。喉を押さえる手が伸びる。
「やっぱり!?ちょっとあんた大丈夫!?」
ナミは吐かせようと背中を音が立つほどばんばん叩いた。
「う〜〜う〜〜まいっ。お前が嫌なら全部俺が喰っといてやるよ」
もう一つと手を伸ばして口に放り込む。がりがりとかみ砕く口元がにやにや笑いをこらえている。
「・・・・・・・・・欺したわね!!」
茹でタコになったナミが背中を叩いていた拳を固めて振り下ろした。
背中からの衝撃で手元の缶が飛びそうになってゾロは慌てた。
「止せ!落とすだろうが!」
「もらいっ」
その隙に前ににまわったナミが両手で缶をさらった。
「こらっ!」
「ざまーみろっ!あたしミニバスも得意だもーーんv」
「待ちやがれ!」
「いやーーよぅ!」


ナミは小屋の裏手にある木立の中に駆け込んでいった。島の大きさの割に緑が多い。小屋の後ろにあった岩場に入ると木の影が濃くなった。下生えの緑も濃い。土の匂いが甘い。
「やっぱりあった!」
「何がだよ?」
追いかけてきたゾロが追いついた。
「みて!水!」
岩の隙間から水がしたたっていた。出来ているのはほんの小さな手のひらくらいの水たまりだけれど、水には違いない。
「ありがてぇ!」
ゾロが這って直接舐めようとしたのでナミは張り飛ばした。
「汚い!小屋にコップみたいなのあったでしょ!」
「いーじゃねぇか。」
「良くない!」
渋々ゾロは小屋に取りに戻った。乾パンも食べたいけど水が手に入る事の方が素敵!とナミは周囲の大きな葉をとって水を受けてみた。ほんの少しだけど水の滴が集まる。喉が鳴る。
葉の上の水を口に流し込んでナミはごくっと飲み込む。
「うんま〜〜〜〜い!」
「てめぇ!ずりぃぞ!!」
後ろからゾロが走ってきた。手には形がゆがんでるけど錫のコップ。
「ほらぁあんたの分もあるわよ。ってことでコップはあたしが貰ってあげ・・。」
葉の上に流れる水をすくって渡す。けどゾロはそっちにも口を伸ばしながらコップは離さなかった。
「こっちは俺が先だからな!」
「けち。」
「どっちがだ!」

垂れてくる滴がコップの中でゆっくり集まってくる。二人ともがのぞき込んでいると少しずつ、清水が貯まってあふれ出した。

「ほれ。」
「いいの?」
「いらねぇなら俺が・・」
「待ってよ!要る!」

島のわき水は美味しかった。
ゆっくり貯めては飲み干して互いに落ち着いた頃には笑顔が戻っていた。
「戻るか。」
「うん。」




「ねぇ。」
帰り道と言うほどの距離もないが二人で歩いてる。おそるおそるナミが聞いた。
「今頃だけど、どうなったのあたし達。なんでここに?」
「覚えてねぇのか?」
「うーーん落っこちてからの記憶が・・・ほらあたしって嫌なことは忘れる質だから」
「・・・・俺が一緒で悪かったな」
「あ・・あの・そのあんたが嫌とかじゃなくって!普通落っこちたら死ぬかとか思うじゃないの!」
ゾロが一瞬怒ったような寂しそうな表情を見せたので思わず言い直してしまった。



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