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空と海の狭間で-12


(二日目)


夜は結構汗をかいた。冷房は効いていたけどギリギリに設定されているから寝られないわけではないけど汗をかく。
今朝も窓を開けるとそこから海の香りを含んだ熱気が流れ込んできた。それでも朝の風はとても気持ちいい。今朝の光も真っ青な空が予感できる。
昨夜のご飯は美味しかったから空っぽののどとおなかに自然期待は高まる。
朝ご飯のジュースと冷たい水。ご飯にソーセージにハムにサラダを取り放題とフルーツ盛り。
食べ放題最高v

なのに空っぽの食卓。

「・・・泥棒でも入ったの?」
質問する気で口にした訳じゃない。言葉が口を突いただけ。ビビも唖然としてる。
「料理のほとんどがないし飲み物も・・」
「あ、ごめんなさい!大丈夫よ!すぐ準備するからね!」
どたばたと表舞台にまで材料が行き交っている。野菜の籠を抱えた先生は苦笑いした。
「うーん・・・・ルフィ君がちょっと張り切り過ぎちゃったみたいで」
「へーーールフィさんが?」
「へーーーー?じゃないわよっ!あいつ!後からいっとくわ!」
ナミが拳を堅く握った。その横でビビが厨房の風景に驚いた。
「ね。ナミさんあそこ・・」
「えーー?サンジ君?」
厨房でくるくると手伝う姿が見える。実に嬉しそうな笑顔。

「本当にコックさんなのかしら?」
「マメよねーー。どっちにせよ今日のカレーにはありがたいわ。」







「九九九、千か・・いいっ!」
ゾロは朝ご飯の後に軽く庭で借りた竹刀を振っていた。祖母の命令でこちらに来たのだし、まだ試合への野望は捨てるつもりもない。昨夜も夜半に竹刀を振っていた。揺れる大樹の葉を相手に打ち込みを掛けた。物音に驚いたたしぎ先生がのぞきに来たが、ゾロの真剣さにほどほどで寝なさいという声だけを掛けていなくなった。
そうでなくても習慣というのは恐ろしい物で、朝の素振りがないとどうも落ち着かない。昨日も家を出る前には竹刀を振った。
だが今日は集中力が少し鈍ってる。祖母に言われた指令の意味がまだ解けていない。

「ま、行けば判るから」
「ばーちゃん。俺なぞなぞは苦手なん・・」
「ゾロは なぞなぞ へたーー」
「謎じゃないよ。 秘密、くらいかな?」
「さがしものも へたくそーー」

自分は目の前に謎があっても一切気づかず通り過ぎるタイプだ。軽い拳骨で小突いておいたがまだチョッパーの方が目端が利く。それを充分判っていて祖母が送り出したのだからおそらく謎は簡単ですぐ判るだろうと思っていた。

が、さっぱりだ。
だからといって必死に探すような性格でもない。

今日は食事の後で歯を磨いて10時集合。
予定では飯を炊く。カレーを作る。
家でも手伝って米は研げるし野菜を切ったりしたことはあるが、飯盒など見たこともない。
一人なら困ってしまうが班のありがたさだ。作り手は他にもいるようなのであえて手を出さなくても良いだろう。
(力仕事くらいならやるがな)

じぶんはちょっとのんびり……と昼ご飯前の昼寝を決め込んだ。
それが不味かった。





竈はある。
飯ごうが三つ。お米はもらってきた。水はバケツに入ってる。
サンジとウソップがクーラーボックスに野菜と肉をもらってきた。ごろごろとジャガイモに人参。包丁にピーラーにまな板になる木の板。大きなフライパンに大きな鉄鍋が一つ。計量用に紙パックのリサイクル。

「今日は!海賊弁当を作るぞ!!」
「何よその海賊って?」
「全部肉」
「阿呆か!!」
二日目でしかないのに船長と称するルフィが仕切って、ナミの一撃がルフィに決まる光景も皆当たり前のように見慣れてきた。この年の男の子達ならトップ争いに一悶着ありそうなものだが昨日の一件以来ルフィが船長で落ち着いたらしい。もっともゾロもサンジもウソップもマイペースで形的にトップであることにあまりこだわらない性質に見える。
「決められてるでしょ!ここ、裏庭の、キャンプ場で、ご飯を炊いて、カレー!」
「ちぇーーーー」
ウソップがにこにこ笑いながら身体を震わせている。
ビビはその横でこれもくすくす笑いながらクーラーボックスの中の野菜を取り出した。サンジはそれらを手にとって物色してる。
「カレーは美味しいよねーー!外で食べるの最高!」
口を尖らせたルフィはふと周囲をきょろきょろ見回した。
「なぁ。・・ゾロは?」
「ええ?」
沈黙が通り過ぎる。

「居ない・・わね?」
ナミの手の中のむかれたタマネギの皮も飛んだ。
「さぼったのかしら?」
「い・・いいいやや・・そん・・なきっっ決めつけ方・・よっよくな・・。」
ビビのあっさりした問いにウソップが手を、首を横に振る。
「そうだ!だってゾロだぞ!!そんなやつじゃねぇ」
サンジの手は素早く横で皮をむいてるナミから受け取ったタマネギをあっという間にみじん切りにする。
見事なみじん切りだ。

(ビビ、アンタこれくらいに切れる?)
(無理っっ!!手伝うとかしか言えない。ナミさんは?家でご飯作ってるんでしょ?)
(そりゃじぶんちのご飯は作ってるけどアタシは素人よ。こんなプロみたいの見せられたら言えるモンですか!)

ナミは次のタマネギを渡してピーラーと人参に手を付けた。ビビはジャガイモをボウルに入れた水でこすってる。そこへルフィが手を突っ込んだら水が跳ねた。足下に溢れた水にまたビビがルフィを怒ってる。

「やっぱあれじゃねぇの?」
「多分そうよね。疑いなく」

作業をしながらサンジとナミが頷きあう中、頭を小突かれていたルフィが反応した。

「あーー迷子か。俺も昨日部屋に連れてったんだよな。」
「ええ?あんたがっ?」
「なんだよナミ、俺じゃ悪いのかよ!」
「だってルフィ。お前も充分迷子じゃねぇか」
「あ、サンジのくせにひでーーゾロの方がもっと迷子なんだよ」
「彼は最強の・・迷子?」
ナミの辛めのパンチよりもビビの冷たい一言の方が寒風を吹き付ける。

皆の固まった姿にビビはぷっと吹き出した。
「しょーがねぇなぁ、ゾロの奴、俺が後で探しに行ってやるよ。」
「ルフィ!そいつはやめとけ!迷子がもう一人増えるだけだ!んなことになったらできたカレー喰わさねぇぞ」
「そんなぁ!」
「きゃっはっはっはっは!」
サンジの指摘の横でビビはといえば突っ込むどころかおかしくておかしくて笑い転げてる。
「オラ、タマネギ終了!次は・・イモ?人参?後も俺の自慢の包丁捌きを見せますよ〜〜」
「あ、けどサンジ君?料理の自慢は火じゃないの?竈に火をおこすんならルフィは無理でしょ?ってことは・・ウソップ?」
「はぁ〜〜いナミさんっ!全部!俺に任せとけってなもんですよっ!ってことでウソップ!火!」
「お・・・お俺??が??」
「おっしウソップよろしくっ!」
ナミはどんとウソップの背を叩いた。どかんと身体が軽く揺れた。


どうやらこれはこの子の癖のようだと今朝あたりからようやく飲み込んだのでウソップは楽になった。
朝食の席でもルフィにも一緒につまみ食いした自分にも同じ柔らかめの拳骨が入った。
男友達から受けるような少し荒っぽい仕草と快活な口調。ウソップの言いたいことの半分以下で理解してくれる頭の良さ。あまり女子だと意識しなくて良いところがありがたい。同時に柔らかいくせにいきなりヘビーな台詞を吐いてるビビへのガードも下がってきた。

うん、そう。この2人は、良い感じ だ。ルフィみたいだ。

「や・・・って・・」みるよと答えを口の中で転がす。

「うん、じゃぁ全部お任せするわね。ウソップ。それからサンジ君v切り物も任せるわっ!」
ウソップが竈に向かってゆくとナミは手の中のピーラーを脇に置いてサンジに向かってウィンク一つ。
「はぁ〜〜〜〜い!お任せあれ。あ、ウソップ次はこれだこれ!」
野菜の下ごしらえを終えたサンジが竈に火付け用の藁を入れはじめた。そのまま細い薪に火を移す。火がゆらゆらと揺れて熱気と煙を上げはじめる。ゆらゆらがメラメラになり火が大きくなる。周囲の火におされてそして中心に置いた燃料炭が色を変え燃えはじめた。
安定した香りとパチパチといい音がする。



クーラーボックスからビビは肉を取り出そうとした。火の横にあったそれをサンジは柔らかく制した。
「はいはーいビビちゃんは火傷しないように下がって俺を見ててね〜〜」
「良いのかしら?本当に全部やってもらっちゃっても?」
サンジの手元を見ていたビビが肉のパックを持って後ろに下げられた。脇にいたウソップにビビが呟くと頷いた。
「い・・いい」
「そうなの?」
ウソップは答えるよりも首を何度も縦に振る。火から遠く、切り株の木陰に座ったナミも後押しをする。
「お任せしちゃおう。っとごめん、ビビ、悪い。」
「どうしたの?」
「ちょっとだけなんだけどさっきから頭がふらふらするのよ。暑さ負けかな?熱中症になったらやばいからーーちょっと部屋で休んでるわ。ご飯が出来たら呼んで。ちゃんと来るから。勝手に食べちゃったりしたら恨むわよ」
「大丈夫?」
「ナミーずりぃーーぞーーサボるなーー」
「うん、大丈夫よ。ルフィ、やかましい。あんたはウソップの手伝いしててっ!とにかく暑さにやられたのかも。ちょっと涼んでくるわ」
ルフィに突っ込んで、Vサインを出しながら歩いてゆくナミの顔色は確かに冴えない。
「あれ・・い・・いいの・か?」
「もう少ししたら、私、見てくる。けどルフィさん、豚さんのお肉は生で食べちゃダメだと思うわ」
皆がナミを見送る横で一人、肉に涎を垂らさんばかりのルフィはサンジにけっ飛ばされた。
「そ・・そこ・・ちがっ」
突っ込みどころは違うだろうと言いたいウソップの声はサンジの蹴りと共にかき消されてしまった。

騒ぎの間に林の間にナミの姿が見えなくなった。
「ナミさん・・・おうちじゃ料理してるって聞くけど、家庭科の実習の時もお休みしてるのよね?」








「やべっっ!!」
ちょっとうとうとするだけのつもりだった。
ところが気がつけば影が変わってる。太陽が顔に高い。暑い。
多分だが、寝過ごしたっ!

木陰があまりに気持ちよかったから・・というのは言い訳になるまい。今の自分の顔には燦々と日光が当たってる。自分は寝るところは場所も何も選ばない。
それにこのキャンプの日程は剣道の合宿と比べるとぬるいだけに余裕がある。余裕があると何処でも寝られる特技が顔を出す。学校の授業などかなりの率で寝ているのでさっぱり何をやっているのかついて行ってない。

慌てて起き出し、走ろうと構えたところで靴も脱いでいたことに気付く。
シューズの靴ひもは見事に解けていて慌てて足を入れた途端に転びそうになった。
「くっそ」
屈んで靴を履こうとするともつれる。頭を上げて周囲を見渡してもキャンプの位置は判らない。こうなったら人のいる感じを探すしかあるまい。ふと視界に人が影が入った。三本向こうの大きな木陰に人が座ってた。
「?」


そっと回り込むとオレンジの頭が座り込んで頭をぐったり下げていた。
病人?そう思うと捨て置けない。ゾロはくれはの教えをふと思い出した。
(意識確認は声をかけるんだよ。間違っても揺らすんじゃないよ。)

「おい」
肩の上から声をかける。返事はない
「おい。お前」
背中が少し上下に動いてた。ああ、生きてるんだと思った。けどまだ身動きもしない。
「本当に生きてんのか?」

「うるっさいわねーー生きてるわよ。」
あ、しゃべった。この声と頭。合わせて間違いなくナミだ。助かった。これで連れて行ってもらえる。
けど?
「死んでるのかと思ったぞ」
「大きなお世話。あんたこそまた迷子?」
「違っ!」
「だから声。うるさいってー」
本当に声が響くらしい。頭を振って、だるそうだ。

ゾロはナミの側に腰を浮かせてしゃがみ込んだ。
「カレー実習とやらには行かねぇのか?」
「さぼってんのはアンタの方でしょ。あたしは行ってきた所よ」
「俺はっ・・」
何をしていたと言えばいいのか?
説明できない。

「で、お前は?」
で結局また同じ質問。これには本当にしんどいらしくそのまま答えが来た。
「ちょっとね、だるいの」
「ふーーーーーん」
その後ナミがまた何も喋らなくなって場が持たなくなった。
自分がも喋らないと虫の声ばかりが煩くなる。太陽までジンジンと音を鳴らしているように聞こえる。
ゾロの心臓の音。これもどんどん拍動してる。なんか変だ。

「部屋とかに行かないのか?」
「いいの。ここが気持ちいい」
「・・そっか、なら俺は行くぞ」
「待って」
「ん?」
「ちょっとだけ」
「あ?」
「ちょっとだけ、ここにいてよ」
なんて言った?
「向こうはサンジ君がちゃんとやってくれてるから」
そりゃ適任だが。
「だいたいあんた一人で行けるの?」
・・・をい。これだけの口がきけりゃ上等だろう。言うことを聞いてやる必要なんて無い。
と思うのにナミの腕だけが伸びてゾロの服をつかんだ。
言いたい放題なナミは顔を上げないで呟く。
「・・・・一人は寂しい」

圧された声。下を向いたままだから最初は聞き間違えたかと思った。
「?保健室ならだれか先生がいるだろ?それともロビン先生でも呼んでこ・・」
「いい。面倒。大げさにしないで。 ちょっと休めば良くなるのよ。だから少しだけ、あんたがここに居てよ」

ナミの顔色が悪いと思う。斜め上から見下ろすとだるそうだ。
側にいてやった方が良いのかもしれない。
ただそれだけなのに周囲の虫や鳥の声よりも自分の心臓の音がどくんどくんと聞こえてくる。

「少し・・居るだけだぞ」
「うん」

南国の大きな葉が頭上で揺れている。幾重か重なって直射日光が来ないから涼しい風を肌が感じてる。さっき自分が寝ていたところよりもずっと気持ちが良い。何処でも寝られるので場所など気にしたことはないが、良いところを見つけたナミの才能にちょっと驚いた。
気持ちの良い木陰に座り込むと自分の横にナミが横たわる。
たまにゆっくり開く口元は水の中の魚みたいだ。呼吸を忘れないように吸い込んでる。
自分も合わせて深呼吸してみた。したからといって何も代わりはないのだが。

病人をおいていくのは気になる。チョッパーの具合が悪いときにも何となく離れにくい。何度も覗いてはくれはに『安静って言っといたろ!』とどつかれた。


「おい、ナミ?」

返事がない。

「ナミ」

少しだけナミの頭が回った。ちらりと目だけが腕と頭の間から見える。
猫みたいな目だなと思った。
「気安く呼ばないでちゃんと呼んで。」
「どうしろっつーんだよ」
「そうねーー『ナミさん返事お願いします』とか『ナミ様いかがですか』とか」
「・・言ってろ阿呆。ナミで充分だ」
「・・・迷子バーカ」
「るせ」
「ゾロ」
どくんと言ったのはなんだ??
「・・・・」
「どしたの?」
「あ、そうか。お前が俺の名前呼ぶのって 初めてだな」
「そうだっけ?」
「ああ」
「嬉しい?」
嬉しい?ゾロは考えた。
滅多にないくらい考えた。
「・・・・・・・・悪くはねぇが?」
その答えがどう受けたのかわからないが、ナミの背中が柔らかく揺れる。笑ってるみたいだ。

ゾロを取り囲む音は静かになってきた。
自分の中も静かになってきた。

「ねぇゾロ」

海からの風は柔らかく肌の上を吹いてる。









後から参加したカレーはうまかった。

ナミがうるさいのでゾロは少しナミに遅れて顔を出した。
「やっぱりゾロ!迷子だったんでしょ!」
ナミが決めつけて、ビビが取りなしていた。食べる直前だったこともあって誰もがとがめようとしなかった。
「おかわりっ!サンジがくわねぇんなら俺が貰うぞ!」
「だめよルフィさん!サンジさんはちゃんと自分の確保してね!」
「了解ッ!!けど足りなきゃ俺のはやるぞ」
「ルフィさんを甘やかさないで!」
「じゃ、あーんで食べさせて」
ウソップがそのまま大きなスプーンですくってサンジの前に出した。ウソップは嬉しそうに笑うしルフィもニコニコそれを眺めてる。
場の雰囲気と視線が全て自分に集まっていてサンジは口を開けた。

「さすがサンジ君ね!美味しいっっ!」
その頃にはナミも元気になってて、おかわりまでしていた。
「マリモは作るのに不参加だったんだから後片付け全部しろよ」
ゾロは反論できなかった。







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