novel

home

mobile


空と海の狭間で-6


あまり状態が良くない道を揺られながらバスに乗って15分。駅と港は近いはずなのに山が海に迫った地形のせいで最後にいきなり山が開くと海が見えた。真っ青な海。山の緑と海の色がもの凄く濃く映える。
すぐに船が浮かんでいるのが見えた。遊覧船が出港するようなちいさな港に、三人が乗ったバスは着いた。
バスの中にも大きな荷物を持った子供も途中から乗ってきた。その他にもここには色々な方面からの小さなバスが来ていた。
大きな荷物を持った子供達が集まっている。

半分以上は家族が車で送ってきてた。確かに車椅子付きでは公共の交通よりもそちらの方が楽だろう。
どの顔もどの顔も賑やかで、期待に満ちあふれている。付いてきたお母さんが心配そうに覗き込んでいたり、ずっと手を離さない親子もいる。

バス停には同じ色で同じロゴの入ったポロシャツを着た大人が何人も立って手を振っていた。キャンプに参加してくれる「先生」達だ。顔はよく見えない。色々な大きさで形の帽子を被ってる。大小男女年齢も色々のようだ

バスの中から建物越しに見える桟橋にはさっき見えた船が居た。こちらからはヘッドの羊の頭が見える。そんなに大きな船じゃないが可愛い頭だ。
「あれよあれ!可愛い!」
ナミの興奮は一気に高まった。バスを降りるのももどかしく荷物が椅子の手すりに引っかかってちょっと舌打ちした。けどそんなもの気にもならない!

だがビビはと言えば最初に気になったのはスタッフの方だったようだ。
迎えに出ている先生達をじっと見据えてからちょっと重めのため息一つ。
ナミはビビの肩にポンと手を置いた。
「切り替えようよ。人捜しはちょっとお休みしよ。良い天気なんだしあの船ちょっといくない?」
ナミのちょっと砕いた一言はビビの緊張をちょっと軽くしたらしい。
「そうね。羊だなんて思わなかった。遊園地みたい。」
二人顔を見合わせて高らかに笑いあった。







待合室の中にも船のエンジン音は伝わってくる。
皆ちらちらと待合室の時計を眺めている。腕時計をしている子は自分の時計を見てやはりあきらめ顔で待っている。待合室は冷房は効いているがまだ心配顔の親も残ってるから人がごった返して熱気の方が強い。
予定の集合時間はもう過ぎているのに先生達がなんだか慌ただしい。連絡が、とかまだ?とか色々な声が錯綜している。


二〜三人の先生が前に立ち、手を打った。
「ええっとすみません!まだ出航準備が終わってないのでもう少し遅れます。けど本来の時間よりちょっと押しているのでここで班を発表します。島に渡ってからは班で行動してください!」
「はーーいこっち見てーー!まずは班の構成をここに貼ります!ちょっと人数とかばらつくから自分が何処にはいるのか確認して、班は全部で5つ!Aから順番にこっちに固まっててね!」


走り回っては荷物の確認をしている女性スタッフの額に玉のような汗が浮かんでいる。
預かった荷物と荷札の確認をしてこれを彼女が運ばねばならない。力持ちの男性陣が船の調整とやらに取られてしまったせいだ。時間もおしているのにまだまだ手はずが着かず泣きたくなってきた。そんな彼女の後ろで爽やかな声がした。
「先生!俺、手伝います。この荷物も運べばいいですか?」
「え?」
今回参加の少年のようだ。背は結構大きめなので自分と目線が変わらない。サラサラした髪でにっこり微笑んで積まれた荷物を両腕に一つずつ抱え上げた。
「何処へ?俺、今暇だから手伝いたいんです。こんなの泣きそうな女性にさせる仕事じゃないですよ」
今時の子供はみためだけはかなり大きい。顔も体型も1歳違うと進化と言っていいくらいに変わる。だが大人びた柔らかい物の言い方とにっこりほほえんだ瞳はとても小学生とは思えない。本来こんな裏仕事は参加する子供に手伝わせるようなそんなわけにはいかないと思うが、今のこの仕事は早くやらないといけないのに人出は自分しか居ない。手伝いは今後いつ増員されるか判らない。
泣きそうだった諸事情を考えて彼女は選択した。
「ありがとう、助かるわ!えっと貴方・・」
「俺、サンジって言います」



ちょっと可愛い感じの先生だよな。潤んでる顔なんて見たら放っておけないでしょう。
「ごめんなさいね、それはこっちの部屋なの」
高めに響く先生の声によい子の俺はへぇへぇと従う。女性には奉仕をと教わってきたし、要らないことを考えないで済む。
すぐにでもこの荷物を積んだ後で帰りたい。
そう、俺はこのガキばっかりのキャンプには自主的に参加した訳じゃない。爺に放り込まれたんだ。

   「貴方は家族のお見送りは?」
   「いやーー家業が忙しいから、それに俺、次は六年ですしもう見送られなくても大丈夫です」

ガキばっかりのこんな所に来たからってなんになるんだ?よっぽど明日からの店の下ごしらえの方が気になる。爺一人で何が出来るってんだ?まだ他の奴らよりも俺の方が使いやすいの判ってるくせに。
『ガキは遊ぶモンだ』って、何度も何度も今更言うなよな。俺は仕事するっ!っていってるのに爺は聞く耳もたねぇ。

クソ乱暴な爺だ。足が悪いのに蹴りだけはすさまじい。普通の年寄りってもっと静かなモンだろうが。
『俺はおめぇを遊ばせるために引き取ったんだぞ!』
何度そう言って俺は厨房から蹴り出されたか。

   「送り出したのはお爺さんなの?余計にご心配していらっしゃらない?」
   「そうかもしれませんね。でも俺の方から一人で行くって言ったんです」

俺の両親は料理人で、腕があれば人生はわたれるって豪語して俺にも料理の英才教育ってヤツをやらせた。写真じゃ歩く前に包丁を持ってた。親は俺の出来が良いからって自慢して俺に毎日料理だけをさせていた。

そしてそれは幸せだった。

そんな親から今の爺が俺を引っぺがした。
包丁も鍋釜も取りあげて『遊べ』って。
けどいくら言われても俺が面白いんだから良いじゃねぇか。
学校なんて別に行きたくねぇ。店で接客してる方が楽しい。客は俺にすぐに喜んでくれる。人に喜ばれることはなにより良いことだ。
腕だってそこいらの大人にひけはとらねぇ。
やりたいことやって何が悪い。

   「けどこうやって優しそうな先生にも会えたし」
   「なのに荷物運ばせてごめんね」

荷物を船室に並べてまた取りに戻る。良い感じの船だ。この船で少し沖に出たら食材のいいのが手にはいるかな?
学校の授業は好きじゃなかった。学校なんて行っても旨い飯が作れる訳じゃない。
ガキ同士つるんでもクソ面白くもねぇ。

『人間は一人じゃ生きていけねぇ。肌でつきあう人との営みってモンがあるんだ。』

俺が店に出たらいっつも客に大受けだったじゃねぇか。俺は社会とつきあってんだ、それで良いだろ?
子供の世界よりそっちがおもしれぇんだ。俺の好きにさせろよ。

   「良いお友達が見つかると良いわね」
   「俺もそれを楽しみにしてるんです」

女性には微笑みを。

腹の文句は絶対に表には出ない。それが客商売の心得だ。本気で相手の身になればそんなモン簡単だ。
相手の気持ちをくむのが大人って事で。俺の本音なんてくだらねぇ。


 「本当に助かったわありがと!けど貴方本当に小学生?まるで大人の男の人みたいよ。そうそうあっちでも何かあったら私にすぐ言ってね!」


彼女の言葉が終わる前に男性スタッフが何人か帰ってきた。そうなれば何か言われる前に俺が去った方が彼女も都合が良いんだろう。
にっこり笑って軽く手を振ってお別れした。おいクソ爺、見ろよ。俺はどこでもちゃんとやれるだろ?





戻るとさっきよりも親が後ろの方に別れつつあった。班が発表されてて、ガキが移動してる。うるさい。

子供ばかりの世界の方が面倒だ。こっちがレベルをあわせてやってもそのありがたみをちっともわからねぇ奴の方が多いからな。
今、目の前のガキは緊張気味だったりリラックスしたり。寝てる奴もいるようだ。こんなガキの世界に入れられてもなぁ。
だいたい20〜30人くらいの人間とすると小さいクラスみたいな感じか。
ランチならこの暑い日に外だから塩結びと冷たい麦茶が一番。


おお!!!!可愛い子も、それも二人も!いるみたいだからまだよしとするか。
あの子らとお友達になれたらそれっくらいで何とか元が取れるかな?
お!一緒の所に立ってる?ってことは同じ班?!ラッキー!!自己紹介しにいこっ!



「何であんたが同じ班なのよ!!」
何でオレンジの可愛い子が怒ってる?
俺なんかした?
「俺に言ってもしょうがないだろう。」
俺の後ろから野郎の声がした。
こいつ、さっき寝てた奴だ。もう声変わりが始まっていやがる、この可愛い女の子に馴れ馴れしい。やな声だ。
「ああーー腹立つわーーー!迷子になって迷惑掛けるんじゃないわよっ!」
「誰が迷子だ?俺が困った事なんて一度もねぇ!」
「あそこのトイレの場所にまで迷った迷子は何処の誰よ!」

君ら知り合い?喧嘩?にしちゃ妙に仲が良い雰囲気なんですけど?





俺たちの班は5つの班のうち最大。A班。
合計6人。男子4人女子2人のはずが今は男子3人。





「君達みたいな可愛いこと同じ班になれて光栄だなぁ!」
二人ともきょとんとした顔もとても可愛い。
「サンジと申します。レディーのためならば何でも致しましょう。あなた方のナイトと思って申しつけ下さい。特技は料理!ご所望の物なら何でも出しますよ」
店用の笑顔の最上級でにっこり微笑んでみせる。

オレンジの髪の子が先にぷっと吹き出した。
「何ーーそのおじさんみたいな言い回しーー!けどそう?じゃ、遠慮無くお願いするわね。」
警戒心の解けた顔。
「良いんですか?こちらこそお願いします。」
水色の子も柔らかい笑みが超可愛い。
ラッキーー!つかみはオッケイ!


「阿呆か」
呟く馬鹿の声は無視する。オレンジちゃんはナミさん。ちょっと大人びたところのある子だ。彼女にも聞こえたらしく困った顔で視線を送ってる。
「えっと・・料理って教室とかクラブとか?」
間を割るように水色の髪の子が聞いてきた。名前はビビちゃん。気遣いの利く子のようだ。それはもっと嬉しい。
「いや?クラブとかは何もしてないよ。家の手伝いが忙しいから」
「お仕事手伝ってるの?習い事じゃなくて?」
「遊びは何もしてないよ。自分のためにはね」

ゾロが少し眉を上げた。






     back       next