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空と海の狭間で-1




今日も雲一つ無い晴天だ。日差しの強さは汗になり、足下の影がもう色濃い。
商店街の店先でラジオから流れる人気DJの語りは飄々としながらも爽やかに耳に流れ込む。
「夏だ。さぁ出かけよう。新しい出会いを求めて」


一つの出会いで変わることもある
出会いとは偶然でも必然でもなく日常に見られるのにどれも同じでは有り得ない。

僕たちは出会った。あの青い空と青い海の狭間で。









【空と海の狭間で】








汗がだらだら首の周りを流れていく。足許の影は強くて濃くて頭を上げると帽子の向こうに果てまで真っ青な空に一つ浮かんだ真っ白い雲。太陽の光は肌にちりちり痛くて空を見上げると目をしっかりあけられない。地面は熱い。犬のように舌を出して歩くとかえって足下から口の中にもわっと熱い空気が入ってくる。
もうとっくに蝉が幾重にも鳴き始めている。ジージーという夏の始まりを告げる強い合唱だ。

強くて熱い、夏が来た。







学校の裏山を住処とする蝉の声が校庭に響きはじめた。夏の訪れを確実に告げるその声の中、教室には山から吹き下ろされるやや涼を含んだ風が通り抜け教室に溢れる興奮と熱を少し戸外に運び去る。運び去られたその先から子供の声と熱気が沸き上がる。夏がここから来るみたいだ。

「えー明日から夏休みです。4年生という学年も今日で終わり、次に皆さんの顔を見るときには5年生、上級生になるわけです。皆さん、先生との約束を守って、新学期には無事、同じ元気な顔を見せて下さい。
そして心に残る、すばらしい、夏休みを過ごしてください。」


汗っかきの先生のおきまりの挨拶で締めくくられた終業式は終わった。次に来る9月が年度のスタートになる。だがクラスとの別れの感傷よりも続く長い休暇の方がもっと大切だ。皆それぞれの計画がある。期待や驚きに満ちた通信簿をそれぞれ自分のバックに仕舞う子供達の口元には同じような笑みが広がっている。公立のこの学校では制服はなくランドセルにもそう五月蠅い規程はないので、もうすぐ5年生ともなれば皆思い思いの鞄を肩から提げている。
「ビ〜ビ、帰ろ。」
「ナミさん!・・どうだった?」
「バイバーーイ ナミ、ビビ。新学期に会おうね!!」
仲良しの二人に声を掛けながらが木目の廊下を走ってゆく彼女はこの二ヶ月を父親の居る外国に向かうのでむこうで家族揃って過ごす予定だという。

「当然v余裕よ余裕。けど、図工の“がんばりましょう”はないと思うんだけどなぁ。」
「いいなぁ。」
背の高い蜜柑色のナミの余裕の三本指は学年で三番だったと言うことだ。

彼女の図工はといえば、模写だけは正確なナミの絵画の芸術センスに関してはなかなか説明しにくいところがあった。先生が“もっとがんばり・・”にしなかったのは成績から来る温情ではないかと思うビビは高く束ねた長い水色の髪を揺らしながらくすくすと微笑んだ。

「なにがいいなぁよ。あんたの方が成績良いじゃない。今回も又TOPでしょ?」
「う・・実は今回は2番に落ちてるの。」

ビビは知っている。
おそらくはナミの頭の回転はクラス一だ。成績とて本来一番だろう。それだけ頭の良い彼女ではあるが、学習時間に正比例する緻密な問題には少し弱い。問題は軽く解いてしまっているのにどうしてそんなところで間違うのかというような単純な足し算などで間違えていたりする。
くだらないところで点を取られて成績には結びつかないタイプだが彼女自身この若い身空で『最低限の時間でギリギリの成績を』をモットーにして居ることを全く恥じる気もないようであるし、実際他にやりたいことが一杯なのと言う言葉に恥じない生活っぷりである。

「塾だって行くだけじゃとれないでしょ。」
「そうかなぁ?」
「けど・・・二人とも3番以内。これで予定通りね。」
「もちろんv」
くすくすと笑顔で返しながら鞄を肩に掛けて階段を下りる。
蜜柑色の髪の少女が水色の髪の少女と歩く姿はどちらもきびきびしていて気持ちよい。

ビビもナミと同じく片親しかいない。だが親が裕福で多忙なために、かわりに家庭教師と家政婦が付いている。
この節片親が珍しいわけでもないし、育った境遇が似ているわけでもない。だが二人は転校してきたビビと会ったその時から「何となく」うまがあった。


下足箱はちょうど多くのクラスから子供達が飛び出してきた所で賑わっていた。皆それぞれに明日からの通常とは違う日々に心奪われ玄関からも全身に笑みを貼り付けて駆け抜けていく。外の日差しはぎらぎらと照りつけてもう少しで咲きそうな玄関に並んだのひまわりの鉢も黄色の色をほころばせている。


普段なら並んで話ながら靴を履き替える二人の姿に見惚れる者も多いが誰も声は掛けられない。ナミは二年の時ちょっかいを掛けてきた六年生を一言で絶対零度まで撃退したと言う伝説の持ち主だし、出戻り転校生だったビビには幼馴染みの一年上のコーザが睨みをきかせているからだ。男子生徒のあこがれを一心に受けながらもその想いは二人ともに全く届かずいつも遠巻きに見られるだけだった。

「例の計画、お父さんは本当に大丈夫?」
「パパは今夜だけうちに泊まって明日朝から海外に出張だし、明日からナミさんのおうちにってちゃんと納得してるわ。ノジコさんの電話のおかげよ。」
「忘れもの、ない?日焼け止めに着替えに・・。」
「・・ナミさんは遊びに行くんだもんね。」
「あんたが言い出しっぺでしょ。」
「お願いだから一人にしないでね。」
「どうしようかなぁ。」
「あ、ひどい!」
笑い声が蝉の声と響き渡る。
二人は明後日からキャンプに出かける。




******



四年生以上の子供対象の三泊四日南の島でのキャンプ計画。その企画の名は「グランドライン」
この地方の高名な小児科医ゴール・D・ロジャーの提唱により始まったそれは病児のリハビリを兼ねたキャンプで、スタッフに医療関係者や学生のボランティアを集めた歴史ある企画である。通常のキャンプ参加には健康に不安が残る程度まで回復した子供を親の手から預かり、子供だけで南の島で過ごす事により小児の健全な育成を促す事を目的とし、各病院や学校との連携と彼の私財を元にした基金の寄付により行われている。

幾度か行われたそのキャンプの効果は地味にではあるが成功を収めている。
言語障害を持つ子供がキャンプでいるかとのふれあいによって言葉を発したとか、車椅子の少年が歩いたとかがホームページで飾られて、世間の評価も上々だ。
ロジャーが引退した次にはニューゲイトなどこれも高名な教育家が理事となり、医療畑以外の方面からの尽力によりキャンプの方向性は広がっていた。最初は障害の強い病児の為の物であったそれが病児の定義を広げ、参加者の資格はかなり広くにわたっている。
最近ではPTSDの一見健康な子供も範囲に含むために一般児童の参加も可能になっている。だが、病児のペースを優先としているのが前提なので、全体を通しての行事は明らかに他の企画に比べると少なくゆっくりとしたペースだ。だから、一般の小学生の参加はそう多くない。病児の場合、担当医師との綿密な打ち合わせがあり医師の意見が優先されるので、なかなか参加を認められない子供もいたりするのが皮肉なことである。
今では夏の一シーズン中に組み合わせを考えられて何度か行われる事になっている。その甲斐あって、多くの子供がこの企画に参加し、沢山の笑顔を残していっている。



「今回はこいつも入れてくれませんか?」
「お前枠?しょうがないなお前の頼みとあっちゃ聞くかねぇ訳にいかねぇか。一人だけだぞ!」
「ありがとうございます。いやーー助かりました。こいつと昔っからの約束、なんですよ。」
「おらよっこれでうちきりだ。今回のボランティアは使いまわさんとやりにくそうだ。って事でこいつが『元気組』の最後の一人だったぜ。」
テーブルの上には数枚の書類が載っている。顔写真付きのそれらは皆健康そうにも病気にも見えなかった。
「『元気組』になるまで我慢させましたからね。」
見上げた窓の外に、青い空が広がっている。





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