「何で海賊狩りが海賊に?」
とんでもない話なのだが本人を目の前にして怖いとはみじんも思わなかった。それまで噂を元にあれこれ想像していた人物とは全くの正反対。あまりにかけ離れていたからかもしれない。まずこれだけはどうしても聞きたかった。

今まで潜入した海賊団では質問は慎重に。聞いて良いタイミングを狙い背景を図ってから繰り出す問いと攪乱させる為の情報。
だがどんな時も情報集め以上の意味を持ったことはない。それなのに逸る心は抑えられなかった。

「俺が海軍に処刑されそうになった時に取られた刀を持って『返して欲しけりゃ仲間になれ』とルフィの奴が言った。ま、そのままじゃ死んでたからな。死んじまえば海賊だろうが海賊狩りだろうが関係ねぇし。」

自分が強い男性である事を前面に押し出す手合いであれば、こういう質問を嫌がる者も多い。冷静に考えれば本来聞いて良い類の質問ではない。だがロロノア・ゾロはそういう事に全く頓着せず、奴らの船の船縁に寄りかかったまま、あくびまでしながら答えた。
おかげでこっちのかすかに残っていた緊張感もぺしゃっと消え失せた。

「それじゃ脅迫じゃない。あんたがそれを守る必要性なんて元々無い訳でしょ?」
「一度受けた約束だからな。俺も死ぬつもりなんざなかったし。結局お前も仲間になったじゃねぇか。」

遠くでかすかに音がした。
耳で聞こえた音じゃない。
かすかに。

ナミは立ち上がってゆっくり踵を返した。
「判ってる?あたしはあんた達と手を組む事にしただけよ。勘違いしないで。」

用意された答えが少し崩れる音。


それが始まり。










潮騒が聞こえる。これは昔の夢だ。
「幾らなら売るの?」
嘲笑と血の臭いと罵声。
その中で少女は暗い影を帯びた瞳でそれでもただ一人の男を凛と見あげた。
「そうさな・・・まぁこんなちっぽけな島だ、仲間になら、大まけにまけて一億って所か?」
数字を言われても想像だに出来ない以上幾らでも一緒だ。
「いいわ。あたしが買う。」
小さな呟きだが、それで居て確固たる信念を伝える少女の声に騒いでいた周囲の幾人かは眉を顰め、居心地の悪さを隠した。
「仲間としてお前の能力は存分に使って貰う。此も『契約』の一つだ。」
「契約ね。」
「俺は紳士だ。金の上の約束はちゃぁんと守る男だぜ?」
その契約の証に彫られた肩。肌を出した服を着られなくなった。


それだけの事。


















「俺、腹減ったぁ。」
「何でこんな奴の船に乗る気になったのかって後悔は先にするべきだったわね。」
「同感だな。」
「ナミ!何でもう飯がねぇんだ!?」
「あんたが全部一気に喰うからよっ!!」
今まで座り込んでいたナミはぶち切れていきなり起きあがり、船の上でがたがた騒ぐルフィを拳で鎮めた。
二人に出会って二日目。後悔するには充分な時間だ。

今、二人の手持ちの残金を全部吐き出させてもホンの数千ベリー。私の船のバギーのお宝は私の物だからあれは計算外。
脇で寝ている男に疑いの眼で声を掛ける。

「本当にあんたがロロノア・ゾロなら。」
「俺に本物も偽物もねぇ。」
「じゃぁ出しなさいよ稼いだ山ほどの懸賞金。」
「ああん?・・・・ねぇぞ、そんなもん。」
「なんですってぇ!」
賞金稼ぎへの報酬は軍の窓口で行われる。正確には「座」と言う管理システムがありそちらに申請者名義で払われるのだ。申請後そこに払われた賞金をおろしてくる。本人確認は最初に名前と人相などを登録されたものと照会される。申請が一番大切な支払いの鍵となる。
それをこの男は。

「あーそういう仕組みだったのか。知らなかったぜ。」
あたしの説明に手を叩いて頷いてるし。

どうやら今までは人相確認の為の手配書を貰った時にたまに向こうが勝手にくれる時があったり、関わった人が代理で請求してくれて手渡してくれる時もあった、そのお金で生活していたらしい。
ナミは頭を抱えた。

「おし!じゃぁ今からそれ、ゾロが貰いに行ってこれば良いんだろ?」
「結構めんどくせぇな。」
二人はどこまでが本気なのか?その気楽な空気に耐えかねてナミは雷を落とした。
「あほか!あんたたち海賊でしょ!逮捕されてた時点でもうあんた名義の貯まってた賞金は全部軍に没収されてるわよ!!」

怒鳴りつけたナミの台詞に二人が首を揃えて納得の相づちを打った。
「はは〜そうだな〜ゾロ、諦めろ。」
「そりゃ仕方ねぇな。」
こいつら・・全然めげてないし。
「笑うな!・・はぁ・・あんた達がこんな貧乏海賊なんて知ってりゃ手を組むんじゃなかったわ。」
「お前はもう、うちの航海士なんだからそのお宝で喰わせてくれりゃいいじゃねぇか。」
頭を抱えたナミの後ろでのんびりした声がする。ゾロが隠したはずの酒の最後の一瓶を勝手に開けていた。

なんですって。

「一応確認しておきますけどね!あれはあたしのお宝!あんた達とは手を組んだだけ!
 航海は見てあげるかわりにお宝を持った連中を見つけて叩きのめしてもらうわよ。」
「判った!お前がうちの航海士だ!!」
ルフィが的はずれなのか高らかに宣言する。
「違うってば!手を組んだだけよ!」
ナミの叫びでは埒があかない。
これ以上の問答はこの二人には無意味だと判ってナミは黙る事にした。


イライラする。

お金さえあれば助かる命がある。その金のありがたみを判っていないのだ、この知り合ったばかりの海賊達は。
噂によるとロロノア・ゾロがしとめた賞金と言えば総額はかなりの額になるはずだ。
それをあっさりどぶに捨てるとは・・。ナミは本気で頭を抱えた。
正直、彼らと手を組んだ理由の一つにゾロのお金を少しでも巻き上げれたら自分の野望が叶うかもしれないというのがあった。
昨日のバギーのお宝を計算に入れれば目標額まで後数歩。アーロンと交わした『金の上の契約』までもう少し。
魚人のアーロンは金の上での契約は守ると言った。あんな魚人相手では下手な情理よりも金の方が数倍も信頼が出来る。古今東西、金さえ巧く使えばどんな連中も動かす事が出来る。肩の傷なら跡で消せばよい。

形のない一介の海賊の口約束など。








でもそれよりも目の前の食糧難の方が問題だ。年齢をさっ引いてもルフィがこれほど食べるとは計算違いだったし、ゾロのお金がない事も当てが外れてる。このままいつでもこいつらを見切る潮時だと自分の心に納得させているのに、口は違う台詞を吐いた。
「無い物をどうこう言っても仕方ないわね、じゃ、この船売るか。」
ナミは二人の乗っていた小さな方の船を指さした。自分がバギーの手下と交換したこの船の方が屋根もあるし一回り大きい。
「なんだと!これは俺の船だ!!絶対に売らねぇぞ!」
船長のルフィはいきなり叫んでやかましい。船体中心の細い帆柱にしがみつき船毎揺らし始めた。それを止めようと足場を崩したゾロが身体を引っ張るが、ゴムの腕が伸びるばかりでなんの解決にもならない。
「けどねぇ。こっちの方が大きいから乗り心地はいいし。そもそもあんたが際限なく食べるから手持ちの食料もお金もないんじゃないの!!」
「船長命令だ!この船はまだ売らねぇ!」
「いい加減にしなさいよ!」
ナミの手の届く所まで伸びてきた頬をめいっぱい引っ張ってもルフィは堂々胸を張る。引く気は全くないらしい。
「ちょっとゾロ、何とか言ってよ。」
ゴム綱引きに飽きたのかゾロは寝転がって背中を向けた。
「・・・船長命令だろ?やらせとけ、どっちを売ってもいいならそっちを売れよ。で、お前がこっちに来ればいいだけだろ。」

ちっっっ。
一見もっともな意見を吐いたわね。
でも待ちなさいよ。
そのもの凄く狭い船の上で?
あんた達海賊とこの可愛いナミちゃんが寝起きを共にしろですって?
やっぱりそう来たか。
男が考える事ってどれも同じ。馬鹿みたい。
能力者ルフィだけなら海に入ってしまえばなんとかなるだろうが、ゾロの方はあの鍛えた腕と背中の筋肉だ。力では敵わないだろう。二人がかりならなおさら。これは例の手を準備しないと。


「・・・こんの役立たず。」
この状況に思わず言葉が漏れた。
「ああん?!喧嘩なら買うぞ。」
「そんな暇があったら船長の説得位しなさいよ!」
「決めんのは奴なんだから俺が知るか!」
ゾロが刀を構えて見せても恐くもないが、幾ら言ってもルフィは引かず、結局次の島で出会ったすこしとぼけた親爺にバギー達の船を売って換金した。向こうも手頃な物を捜していたとあって思ったよりも高値で引き取ってくれて、そのまま教わった現地の小さな市場で目的の食料を山ほど手に入れた。


「めーし!にーく!」
「酒だ!酒だ!」
荷物持ちには便利で案外気の良い連中だがその分ルフィがうろちょろ五月蠅くて目が離せない。市場の荷に手を出したり置いてある鳥籠の綺麗な鳥を驚かして怒鳴られたり酒屋の試飲で真っ赤になったり、緊張感など欠片もない。ゾロはゾロで勝手に歩いては絶対に違う方向に行きたがる。これが海賊?只の子供じゃないの。


「五月蠅いわね!あんた達落ち着きなさいよ!」
「いいじゃねぇか。まぁ落ち着けよ。お前も酒好きだろ?」
ゆうに十人分の食料とこれまた十人分の酒樽二つを軽々と抱える太い腕が話しかけてくる。
好きだろって?ここに来るまでは甲板でずっと寝てたくせに。何で人の事を決めつけるわけ?確かにお酒は好きだけど。

「どうして?」
「顔に書いてある。」
・・・訳無いじゃない。それとも獲物相手に当てずっぽうでもコナを掛けに来た?
「嘘でしょ。」
「・・ってーかお前、酒の細かい銘柄に詳しいからな。」

・・なんだつまんない。
だって余所じゃ幻の限定蒸留酒が隅に置いてあったんだもの。あれは逃せない。少し強めの香りと舌にどっしり来る重さの癖に後味の滑らかさは比類がないのだ。酒が計画に必要なのだからどうせなら美味しいものが良い。

(つまんない)と自分が考えた事は今は脇に押しやった。
説明の出来ない物は考えても無駄だから。臨機応変になるには心の準備が必要。特に仕掛けの時にはね。


得意の微笑みでにっこり微笑んで見せながら背の高いナミは横の男をワザと下から見上げた。ちらりと胸を強調してみせる。
「んじゃ、その食料毎しっかり運んでね。船で飲みましょ。」
その笑みにゾロが不思議そうにこちらの顔を見た。
「何?」
「いや。・・なんでもねぇ。」
怪訝そうな・・それで居て耳はうっすら赤い。
(男なんてチョロい)