着いた港は賑やかで、大きな店が軒を並べていた。武器商人の町だという。内陸すぐ側に良い鉄の産地があり、昔より大物から小物まであらゆる武器を作ってきた。海を股に掛けた大商いをする商人はここのエターナルポースを持っている者が多いという。いまも大きな刀工が店を並べたり、名のある刀師が山で鎚を振る。鉄砲の店もにぎわい、新作の開発も盛んらしい。鉄製品の全てと言うことで、包丁からテーブルセット、床屋の鋏まで何でも揃わぬ物はない。 奇跡の島 ver.V 男の名誉も誉れもすでに地に落ちた。 『早咲の薔薇はすぐに枯れる』 若くして功なした才人が力を失う時によく用いられる言葉を贈られた最新の人になった。 整っていると男達から謳われた容貌はそのままであったけれど風評を失った今では軽薄な雰囲気を醸すのみとなる。そのまま町中を彷徨い、人に声をかけても相手にする者もない。ぎらぎらした目で人の顔を睨みあげては唸り描き散らす紙の山。すでに一軒の家を紙置き場と化していても満たされる事はない。 忘れられたかの様な鑿は道具箱の中で光を失っていなかったけれども。 これは・・・語られない歴史。語られない物語。 史実は語る。 『アラバスタの王女ネフェルタリ=ビビは14の年に国を憂いて出奔し、二年後その原因、誰もの信頼を受けていた王下七武海の一人サークロコダイルの陰謀を突き止めこれを成敗し凱旋を果たした。その後彼女は国の再興に尽力し、一生涯を捧げた。公式記録では公用以外で再び国を出た事はなかった。』 ここにいるのはただの海賊ビビとその友達のカルー。決して歴史に名を残すことのない者。 「いいのかしら、このままで。」 口に出して呟いたからと言って何の解決になる訳ではなかったが。それでも今日の甲板では誰も聞いて居ない気安さは楽になれた気がした。 空は晴天、気候は蒸し暑い。自分にはこたえるほどでは無いが、船の上を行く風が頬にも心地よい。 いつもは賑やかなこの船も今は自分と病人二人だけ。 船上の呟きが皆のいる陸地に届くようなことはない。 「くぇーー」 カルーがへたって舌をだらりと出しながらそれでも心配そうにこちらを見たのでそうもいかないのだと苦笑した。 「私の事は心配しないで早く治って。」 ことさら笑顔を見せて氷嚢を頭につけなおしてあげた。そろそろトニーくんも見に行ってあげなきゃ。この湿気を伴う熱気に対応し難いのはかわいそう。体質なんだから仕方無いのよね。 船が港に入って以来珍しくも皆で別行動。 海賊旗は降ろして有るし海軍の姿を見ない割には治安が良い街らしい。海賊で大物賞金首の彼等にとっても良い骨休みになるのだろう。 カルーとトニー君のの体調が良くないから私は御留守番係だった。 この船のやりくりはナミさんとサンジさんの御仕事。 その他ははっきり言って経済観念が無いから当然の分担だと思うけど。 でも大食漢を抱えて、しかも略奪に何の興味も無い船長旗下のやりくりはとても大変そう。 この島に着く少し前、奇特にも勝手に襲って来た略奪船に出会った。 色々な所を根城にする海賊や、盗賊はどこにでもいる。特にこのグランドラインでの情報は滞ることが多いため賞金首はしれていてもその国家単位で伝わることは遅いのだろう。そういう連中にとって例え海賊旗を掲げていようが、一艘のみのこの船は格好の獲物にしか映らない。中身は猛獣の巣・・かもしれないけど。 舐めてかかって先制攻撃の大砲も使わずに乗り込んできた船長らしい腹の付き出た男が色々な唄い文句を述べているうちに、それにも厭きたルフィさんが手を伸ばしてしまい戦闘の火蓋は切られた。一艘が大砲を打ちこんで来て、待つ間も無く近寄ってきた三艘の船から人が一斉に乗り込んできた。 久しぶりの白兵戦とあって皆は嬉しそうに反応して迎え撃つ。それぞれが一艘分の人数の相手をしていると言うのに負担など微塵も感じていないようだ。実力だけならサンジさんも賞金首になりかねない・・などとビビはキッチン前の手摺の上で男達を薙ぎ倒しながら見ていたけど、ふとナミが居ない事に気が付いた。拉致でもされたかと慌てて近くに居たウソップの背後にすり寄って声をかける。ウソップは周りも見もせずに肩をすくめた。 「心配すんな。あいつならきっと敵船に行ってるよ。御宝貰いに、泥棒だもんな。」 果たして敵の人が引き上げるその前に船の反対側の海から細い声がかかり、覗くと小船に大きな袋と満面のナミさんの笑顔が有ってほっとした。 ドラムで一瞬攻撃を受けただけのワポルからすったというその腕は知っていたけど、本当に泥棒なんだと改めて知った。 「襲って来た方が悪いんだから。報いよ報い。正当な報酬よ。」 獲物の鑑定をしながらナミさんはカラカラ笑っていた。 私は・・・盗みの技がたけている訳でもなければ料理も少しテラコッタさんに教わった程度。愛用の武器はは小さい物で剣は使えないしパチンコもできなきゃ船も治せない。嘘も下手だし、医術は齧った程度で助手くらいならできるけど、当然伸びる訳でもない。 「中途半端よね。全部が。」 海賊になる資格はと聞かれたら「成りたいならば。」と答えるだろうし、海に出る資格は?と聞かれても同じ様に答える。 国は人だと父は言い続けた。 私の国の人々はあの時いかほど辛くともいかほどその傷が深くともその命も誇りも損なわれなかった。 だから国はすぐに栄えも誉れも取り戻した。 国を愛していた。復興がなによりの楽しみだった。 私の国は滅んだ訳じゃない。父王も健在のまま明確になった敵の存在に、揺らいでいた信頼は反発的に回復できた。本来父の人格は、国民には浸みていた。お年寄りが中心となって歓迎してくれたことが、なによりの頼りになった。そうして本来、政治体制が壊れたわけでなく、国の隅々まで目が届くように制度の改革も加わり、国は急進的加速度をもって復興した。 彼らを送り出して少したつともう国は落ち着きを見せはじめた。一年もすれば諸問題は細かい問題に、降りかかる雑事は昔と変わらない生活が続き、私の一生はその延長線上に忙しく横たわっていた。 そして突然噂は飛び込んでくる。また賞金額が上がっていた。喜びに満ちた倦怠の中にいる私の膝下から潮騒が聞こえて眼前に海が見えた。 海の風が私を呼びに来た。 置いてきたものの重さを自慢する訳じゃないけど、それでもこの居心地の悪さは小さな針みたいにいつも心に有る。それが少しだけ重くなってきて居るのは本当。誰に言う問題でも無く、自分の気持ち一つだって充分承知しているつもりだけど。 だからと言っては何だけれど今回の寄港のように個人行動は嬉しかった。 この船の人達は見かけとは正反対に優し過ぎるから。 数日経てばカルーの調子もトニー君もかなり復活して来て始終付き添いが必要にはならなくなった。 サンジさんの薦めもあって一人で船から降りて町をそぞろ歩いてみることにした。 せっかくだから一人で。 石畳で作られた街。港から入ってすぐに門構えと城壁が有る。現在使われて居る気配は無いからきっと昔争いが多い町だったのだろうと容易に推測された。鉄を産するなら当たり前かもしれない。今でこそ珍しくなったが二千年の昔には国単位の鉄の所有争いは絶えなかったと聞く。今でも軍事面に重点を置くならこれを押さえた方が優位には違いない。とは言え世界会議の監視は年々厳しいはずだけれど。 城壁を越えれば街の賑わいはどの街でも変わらない。それでもこの南国寄りの気候は開放的な空間を作るのだと感心する店構えや色使い。湿潤な気候は人をオープンにするのかもしれない。そのあからさまな様子に楽しい驚きがある。 ふらふらと店を冷やかしてそぞろ歩いてみた。こういう時にナミさんが居たら意見も聞けるし何より楽しかったろう。彼女の過激な服や下着を見つけるセンスには吃驚させられる。そして本当に選ぶものの目の高さとセンスの鮮やかさにも。だけどここの所帰ってこない。心配いらないとウソップさんは言っていた。そういえばMrブシドーもその前からずっと居ない。もしかしたら詮索するのは野暮なのかもしれないと想像して顔が赤らんだ。まさかね。 でも船じゃ人目が多いし。もしかするのかしら?? 「お嬢さん・・・お嬢さん・・・・・・・綺麗なお嬢さん!」 「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥は、はい?私ですか?」 「へえ。綺麗な・・・自覚が有るんだ?」 振り向けば30前後のおじさんがにやにや笑っていた。 色々を考えていて、声を掛けられたと気が付くのが遅れて変なタイミングで返事しちゃった。 「私はそんなつもりじゃ・・・。」 「いや、自覚有るならそれで良いや。顔を貸して。」 「は?」 蒸し暑いこの街では普通の男性の服装は薄着だ。薄物の一枚着か、下半身のみ着衣の子供も多く見る。この人も他聞に漏れず上半身は裸。あまつさえ見事なスキンヘッドで目に入る剥き出しの上半身の筋肉はしっかりしている。反面だらしのない髭と生活疲れの漂う顔と胸毛が少し嫌らしい感じ。戦闘向きタイプには見えない。手がマメだらけの割りに繊細な感じがする。例えるなら・・・サンジさんに近い感じ。芸術家肌と言えば良いのか・・。 「結構です。」 邪気は感じ無いけどこういう時の御約束。知らない人に付いて行く謂れなんて無いもの。 「そう言わないで。僕はちゃんとした衆道者だよ。それでも女の人を描いてみたいだけで、最近いる紳士を装って女性に手を出すような輩じゃないから。」 馴れ馴れしく肩に手を掛けて来たから少しむっとなる。気安いわこの人。 でも・・そういえば男性同士の手をつないだ二人連れもみた。この島は同性愛に寛容なのね。 「若い男性ならそこいらに綺麗な方が一杯居るわ。あなたにはその方達の方が良いでしょう?」 「・・身の危険を感じてるの?大丈夫!安心して。」 「それならどういう目的なの?物取り?」 「いや・・・スケッチさせてほしいだけなんだけど・・・・・。」 「え・・?」 悪い事を言ったのかしら? 警戒しすぎた? ここは街の中ほどのはず。往来を行く男性女性はそれぞれに着飾っていた。アンティークの装飾品や服装がこの当たりの流行りなのか?それでも老若とってもすっきりこなれたセンスをしている。そんな往来の中で良くも大声でそんな台詞が言えるなんて・・・なんて寛容な島。 男はビビの周りを無遠慮に眺めた。更ににやにやしたかと思うと笑いながら言いきった。 「何が不満なの? あんまり幸せそうに見えないね?」 ・・・・・・・・・・・・・・・なによ。 「失礼します!」 くるっと振り向いてその場を去った。 後ろから声だけが追いかけてくる。 「気が向いたらこの工房においで!いつでもボクは居るから!」 行くもんですか。 変な事言われて。 |
To 2 |