工房は平屋で一室のみの広い物置だった。岩で作った古めかしい作りの建物。入り口にあった置き石に彫られたたった一字の文字は表札の代わりだろうか? 中には大きな大理石と石の粉が舞っている。奥に完成された作品は見られず、大きな黒みを帯びた石だけが置いてある事が見えた。一つある大きなテーブルの上に箱にきっちりしまわれた工具やスケッチがテーブルに散らばっている。壁にある棚にはスケッチブックのような作りのたくさんの紙が山積みになっている。その他には何も無い生活臭の薄い空間。 「やっぱり戻って来たね?」 奥からあの男が出てきた。 スキンヘッドに今は頭巾を捲いている。黒ではなくてカラフルなイエロー。古代柄は流行りなのか?新しい染めが結構似合っている。 でもやっぱりってなに?人を見透かしたような言葉ばかりがぽんぽん並ぶ。 「ああこれは悪気があって言ってるんじゃ無いよ。どうも勘違いされやすいんだけど。思った事は口に出さないときがすまないんだ。口から生まれたってよく言われるし、怒られても治らない。 でもここに来たって事は煩いのは我慢してくれるんだろ?」 私は顔なんて描いて欲しいんじゃなくって・・・。 不愉快な一言だった。さっき彼に浴びせられたあの一言。どうしてその一言が物凄く不愉快なのか・・・。はっきりしないそれにも腹が立つのに。それでもその一言がどうしても耳から取れなかった。船に帰ろうとしたが足がいう事を聞かない。せっかくの外出なのにムカムカが納まらなかった。 だから・・とって返して原因に文句を良いに来た。・・だのに。 「でもすぐに来てくれてありがとう。さぁ、そこに座って座って!」 戻ろうとする足取りを吹き飛ばすようにぐいぐい中に引っ張り込まれた。その笑顔はたしかに邪気を感じない。悪い人では無いことは・・わかる。 椅子を薦められ温くて薄甘い果実のジュースのような物を出され、文句を切り出す勢いとタイミングを奪われてしまった。 (まるで誰かさんに似てるわ) もう相手のペースだった。 「まぁ楽にして。」 早速彼は地の厚い紙の束を抱えて駆け寄ってきた。私の右斜め前で向かい合わない気楽な雰囲気で手頃な画板のような板と画材を手でもてあそびながら、こちらを見た。勝手に眺めてはゆっくり線を書き込み又こちらの顔を覗き込む。不思議そうに首をかしげた。 「君、余所の人だね。女の人なのに結構見られ馴れてる。」 「そうでもないと思いますけど・・・・。そのどうして私に声を?」 「綺麗だからじゃ納得出来ないの?これでも女性にモデルを頼むなんて事、僕でも勇気が要ったのに。」 「だって・・・」 「参ったな。やっぱり君も女を描くのは間違っていると思うのかい?」 「?????私は!そうじゃなくって・・貴方の言った一言が気になって。その・・・どうして私が・・不満だなんて…。」 だってやりたい事をしているはずなのに。 もう一度じっと私の目をのぞき込んでから彼はからんと筆をテーブルの上に置いた。筆と言っていいのか……鉛筆でもなければナミさんの使うような筆でもない。炭の固まりのような黒い石だった。 ラフに書かれたスケッチを裏返して見せてくれた。痩せぎすで投げやりな不安と不満に彩られた私の顔。正直嬉しくなんかない。それでも目が離せないのはなぜなんだろう? 「見て。不安が服を着て歩いている。」 「こんな顔・・。そんな不安な顔を書きたいんですか?何の為に?」 座ったまま足を組み片腕にあごを乗せて気怠く怪しい雰囲気が彼を支配している。 「“美しい物を作れ”ってのが今の依頼でね。“美しく・・時を超える奇跡の像を。”」 彼の口元だけが半分引きつっている。己を励ますような。不安や不満等物はここにこそあるのではないだろうか。 「君は人の美しさってなんだと思う? 子供達の侵されていない可愛らしさ?若者達の持つ艶々の髪?肌?均整のとれたスタイル? でもそれらは失われる事が約束された美だ。万人にわかりやすい美。」 スケッチブックの幾冊かを寄越して見せて解説を始めた。その真剣さについ引き込まれて見入る。確かにものすごく線が少ないのに生き生きした表情を捕まえた物が並んでいる。ただ‥‥軽い違和感はあった。それはまるで自国の遺跡に迷い込んだような不思議な違和感。妙な懐かしさがある。それでも才気を感じる者には国境や習慣の差異も超えてしまえるのだと納得させられる力あるイラストがそこにあった。 流行にも価値観にも左右されない確かなる力。芸術も中途半端で解らない自分も引きつけられてしまう。 「見て御覧。 こっちのスケッチを。この老人の皺の一つ一つは彼が年を重ねて、人と交わって磨いた宝石だ。人とぶつかり己を悟り丸くなってゆく円熟の美。そしてこっちの小父さんを御覧。彼に日に焼けた肌。それでもこの荷物を背負う苦痛と汗が美しい。 若さは特権だと思うかい? 人が時間をかけて磨いた表情の前に、若さの持つ美しさはただの原石の歪(いびつ)な美しさだ。 それを歳月掛けて削り、その美しい形に変遷していく。磨かれて変わりゆく姿は熟成と言っていい。 変わらない者を知るには変わってゆく先に有る物を知らないといけないんじゃないかと考えている。 そこにこそ永遠の美があるように思うんだ。時も性別も清濁も全て飲み込んでこそ超えられるんじゃないかな。」 「あなたが・・不満なの?」 それを口にすると彼は目を見開いて私を凝視した。 「驚いた。知的な女性もいるもんだね。君は他人の本質にも真っ先にたどり着くんだな。人を見誤った事はないだろうね。なのにどうして女性は芸術に値しないんだろう?」 男は手許のスケッチを置いて後ろに積んであった新しいスケッチを手にとってぱらぱらとめくり始めた。 「不満か・・・・・。 そう、ずっと思ってたんだ。どうして若い男性しか彫ってはいけないんだろう。 気高い物を理解できるのは男のみ。美が解るのも男のみ。この島の男性愛至上主義がほかの島とは異なっている事は聞いてるよ。他の島では女性像を彫るという事も。 実際僕自身のリビドーは年上の男性にしか動かない。だから異端で、僕が彫る像が成人ばかりと批判する奴らは後を絶たない。そんなやつに美が解るのか・・と。糞味噌に言われたよ。もう慣れたけどね。」 どうやら察するにこの国の文化は男性中心なのだ。女性を描く事すらタブーだと。そういう国は歴史的に存在した事は聞いている。そこでは女性に声をかけるなど許されない行為なのだろう。タブーだと、許されないと判っていても、求めてしまう体の奥底からわき上がる衝動には覚えがある。それを止められる物など無い。 彼は己の中から沸きあがる貪欲に焦がされているのだ。己の進む道の先に有ると信じる形のない物に。 まるで己の鏡を見るようだ。かつて私の中にも同種の焦がれる思いが有った。 あれは・・・・。 「人は必ず変わるのかしら?」 「それが人だろう?」 「でも私・・絶対に変わらない人を知ってるわ。」 あの黒い瞳。 海を見つめる眼差しの先。 男の後ろの工具箱の辺りだけが部屋の中で明るく見える。 外から入ってくる日差しは朱に染まってきた。 それでもビビは目に映る物を見ていなかった。 またあの海が自分の周りにいた。 国を飛び出す前に見えた泡沫(うたかた)の海が。 さざめく波の音。空へと続く青。 揺れるゴーイングメリー号の舳先に座る少年が振り返る。強い日差しを背に受け手を振りながら私を呼ぶその声。 あれだけは決して変わらない。年を経ても、いつか私達の間柄が変わってしまっても彼は変わらない。 それだけは永遠。 変わらないあの瞳と出会えた自分の運命と言う物が稀有なだけ。 彼の先に有る物を見つける時を共有したくて故郷を飛び出した。 あの瞳がなかったら海賊にならなかったと思う。 男も女も全てを超えてあの瞳が示した未来に惹かれた。あの瞳が呼んでいた。私たちを海を隔ててもその行く先がしれなくても。呼ばれ続けた声に体だけが共鳴した。その共鳴に揺さぶられ、己が大地と同調するものだと思いこむ意志の力は粉々になった。 「今頃気がついたの?」ナミさんに言ったらきっとそういわれる。 判って居たのだ。 何が出来るから仲間に成った訳じゃない。ただ仲間だというなら国にいる頃から離れても仲間だったはず。 何が出来るからじゃない。誰も私にそんなものを要求などしていない。 出来ない事は恥ずかしいことでもみっともなくも無いのだ。 「こんな簡単な事なのにね。」 囚われて居たのは己の作った鎖。だがその鎖を断ち切る必要が無い事も判っている。ゆっくり解いて行けば良い。その鎖も私の一部なのだから。 ぱさ・・しゅ・・しゅ・・しゅ・・ 足元に軽い音が聞こえた。 柔らかなその感触は紙が落ちる音。木炭が紙とこすれあう音。 びっしりと伸びた線が描くスケッチの線。 真剣さがあふれ出ている視線の力。 溢れ出した物思いからふっとビビが我に帰ってみると目の前の男は獲り憑かれたようにひたすら筆を走りらせ続けていた。今まで苦痛なほどの多弁だった彼はいきなり無口になり、その無口さが心地よくてビビも己の想いのままそこに座っていた。 何枚も何枚も。あっと言う間にびっしり描かれた紙は床下に散らばる。男は足元に重なる紙をそれすらも気が付かぬように新しい紙に向かって一心に筆を走らせつづけている。筆を止めたなら命の拍動が止まってしまうかのように呼吸も忘れて。 ビビも己が描かれている事も忘れてそこに座り、新たに気づいた自分のくすぐったいほどの柔らかさをいとおしんでいた。 そして少しずつ日が傾いていった。 「ありがとう。」 やっと口を開くと、そう言った彼の顔も清々しさと力に満ち溢れていた。 「え・・えっと・・。こちらこそ。なんだかすっきりしたわ。ありがとう。」 「じゃぁ。」 小さな握手をしてビビは部屋を出た。 予想外に太陽はまだ高くその眩しさに手を翳してビビは歩き出した。 立ち去ったビビの後ろに浮かぶ明かりがあった。 やや影のさした部屋の中。ジャコモの工具箱の回りにふわふわ光るたまが集まっていた。日の明るさでビビには見えて居なかったがそれらは確かにこの部屋にいた。 工具箱の中の鑿を取り出す。その回りに惹かれるように光虫がまとわりついて鳴っていた。 「やはり今日は・・・そういう日なんだな。」 大切にとってあった石の前に立ち、その鑿を構えた。 床は石膏の粉が散らばったいつもの雑然とした、そして確かな空間に戻っていた。 「ビビちゃん。一緒に出かけよう!今日から良い物が見られるらしいんだ。」 次の日病み上がりのカルーにご飯を上げた後でサンジが誘ってきた。 祭の雰囲気が町中に流れている。 今日が本当の宵宮にあたる祝前日で、今日から色々な準備された最も華やかな催しが開くらしい。 「なんでもこの島の守り神の像が見られるって。一年で今日しか見せない物らしくてね。これを見ないとこの島に来た甲斐が無いって言われる物らしいよ。そしてこの前で永遠を誓った男女は離れることがなく、離れても又巡り合うと言う言い伝えが・・・。」 「その御話、何処の女性から聞いて来たの?それともウソップさん?」 くすくす笑いながらビビの微笑みは軽い。 「え?あれ?」 「あ・・やっぱりvそうなのね。」 サンジはしてやられた顔をしながら軽く頭を掻いて見せた。 「ん・・でもこの島の若者達はその前で永遠の愛を誓うらしいよ。 女の子ってそういう話は好きでしょ?」 「女性心理に詳しいのね。」 軽い言葉の掛けあいも気分が軽いと楽しい。その気配は伝わるのかサンジがくわえていた煙草を手に持ち優しい目で微笑んだ。 「少し・・元気が出たみたいだね。」 「え?」 「うん良かった良かった。」 「おーーい。ビビはやっぱり駄目か?元気ねぇか?」 少々戸惑って返事を返せずにいると陸の方からウソップの声がする。 「大丈夫だーっ。」 サンジはもう一度振り返り 「素敵なお供と面白いお供、二人つれての気晴らし・・・いらない?」 一つしか見えない目をウィンクして見せた。 見通されていた事に怒るより、心配しながら見守ってくれたことが嬉しかった。 ビビはにこっと微笑むと先にいきなり甲板から下に飛び降りる。サンジは慌ててそれに続いてビビの横に並ぶ。 ビビは男二人の間に入り、両腕に二人の腕をそれぞれ取った。 「さぁ、案内して!」 聖堂・・と言った方が良いのだろうか。街の中ほどに荘厳な作りの一際背の高い建物がその場所だった。 早くも人の行きつ戻りつの波が出来ている。 周囲には屋台も並び夜にはともる灯りでもっと綺麗だろうと想像された。 祭には付き物の賑やかな一団がいる。 「あれ?ルフィこんなとこで何してんだ?」 ウソップが気付き声を掛けた。 ルフィは自分の腕を伸ばして屋台の親父さん数人を相手に談笑していた。 朝から船を離れて遊びにでていた彼が今頃口の中になにかを咥えて居る所を見ると食べさせてもらったのだろう。 その声に振り向いた彼は軽い足取りで駆けて来た。 「よぉーー三人一緒か?どうしたんだ?」 そのルフィの周囲にいた人達が一斉にこちらを見て驚いた顔をしている。 「素敵な物を見せてくれるって言うから連れて来てもらったの!ルフィさんもいっしょにどう?」 「美術鑑賞だ。」 ウソップは胸を張った。が、そちらを見やりもせずにルフィは視線を変えた。 「いらね。腹のたしになんねぇし。それよりサンジ、俺腹へった。なんか食わしてくれよ。」 「今からビビちゃんと大事なデートだ。おめぇは勝手にしてろ。大体ナミさんに小遣いもらってたろ?」 「もう食った。」 「威張るな!じゃぁあそこで貰ってたもんは?」 「アレじゃ足りねぇよ。」 ひもじい顔のルフィを結局この料理人は放って置けない。 「ここを見終わったらな。つーかお前も来い。ここで迷子に成ったらマジで食いっぱぐれるぞ。」 「げーー。なに見に行くって?食えるのか?」 「二千年前の女神像だとよ。いわくもすごいぞ、この島の歴史を変えた超お宝なんだとよ。ただ伸びるのと登るのは禁止。物を壊したら飯抜き三日。」 「ビビも元気出たなら腹減ったろ?先に飯にしようぜ〜〜。」 「お前っ人のいう事聞けよ!」 「まぁまぁこれを見てからご飯戴きましょ?ね?ルフィさん。」 「ちぇ。」 ウソップやサンジの静止が聞く相手とも思えなかったが、ビビの笑顔には存外この男も弱いらしい。ルフィは案外素直についてきた。 中の伽藍は細かい窓細工のお陰で予想以上に明るかった。 荘厳な建物の中、御参りや閲覧を済ませて帰って来る人のじろじろと見る視線が何となく落ちつかなかったけど。だいたい賞金首ならルフィさんの方だし、この島とアラバスタの交流なんて無いはず。 「私・・・何かしたかしら?」 「美人だからでしょ。」 サンジが軽く肩に手を置いて後押しした。 入り口でパンフレットが置いて有り、ウソップだけが手を伸ばしてそれを取った。字面のみのそれには『二千年の時を越える永遠の美の女神。この島の女性に光明をもたらした女神』と銘打たれて、作品と作者の来歴が書かれていた。 「ほおーグランドラインでも名の知れたもんだとさ。」 「そういうもんの唄い文句はいつもそうだろ?」 「しかもこの島、元はホモ島だったんだと。良かったなサンジ。」 「けっっっっっ。何で俺に言う?クソっ鼻!」 「“彼のおかげで女性の地位の向上があった事は歴史に明白である。”」 期待に弾んで読み続けるウソップとサンジの声が好対照でビビはくすくす笑った。 祭壇の中程にさほど大きくない像が有る。その回りに人だかりが有った。 近寄って見て一同は心底驚いた。 その像はビビにそっくりだった。 一同は言葉を失いながらも目が離せない。 流れる髪、瓜実の顔、秀でた額、尖った顎、軽く結ばれた唇の艶まで。服こそ昔の様式のものだが、そこに居るのはビビだった。 少し目を見上げ遠くの未来と今と過去を見つめる瞳が一番惹きつけて離さない。 何処か老成した感じと若さの持つ瑞々しい感じとが共存して、生きた人の持つ表情に見えない千年の時を感じさせている。ビビの顔をした女神。そして像の足下にビビには見覚えのある意匠の名を示す一字が薄く浮かんでいた。 「嘘だろ・・・。」 「すんげぇ。目が生きてる。」 「二千年の時を越えた女神・・・。」 『・・・・・永遠の美を求めて彫刻家ジャコモは女神制作に3年の歳月を要した。その間、彼は数多の顔を求めて止まなかった。当時タブーといわれた女性のスケッチにまで手を染め、異端の烙印を押されても彼は活動をやめなかった。求めても得られない焦燥感のクリスマスの日、彼は女神と出会った。そしてそのモデルは二度とは現れなかった。おそらくは奇跡による女神が光臨であろうと今もなお讃えて語り継がれている。 かくしてタブーであった女性の像はこの出来に誰も異論を唱えなかったという。その後あらゆる表情を彫ったといわれるジャコモのこれが中期最高の傑作品であった。 鉄鋼石と呼ばれる当地にしか算出されない柔らかい石で彫られた女神像の『昼の顔と夜の顔』双方をごらん戴きたい。この双方を見なければこの像の真の価値は半減するだろう・・・・・・』 祭壇の横には先ほどの紙と同じ解説が書いてあった。 「『昼の顔と夜の顔。』」 「なんだそりゃ?」 「って書いてあるぜここに。」 「今夜か・・なんか仕掛けの見せものか?」 「良いじゃん来ようぜ!ビビを見に。俺、見たい!」 「・・・・ジャコモ・・・。」 固まって動かなかったビビが口を開いた。 「古い名前だよな。」 「・・・まさか・・・。」 ビビは振り向きざまに飛び出した。 聖堂の門をくぐり、街の中を必死に駆ける。 見覚えの有る角を曲がって。 たどり着いた先にあの夕日の工房は無かった。 古い石作りの小さな建物もなかった。 空き地に『ジャコモの工房跡』と書かれた碑だけが立っていた。 「そんな・・・・・・。」 宵闇が迫り、辺りにはカネムシが飛びかってきた。 街中の鉄細工にはカネムシが宿りその仄かな灯りがふわふわただよって街を昼とは違う化粧で彩っている。その中を男二人が楽しげに駆けていく。 「おい、そろそろさっきサンジと約束した時間じゃねぇか?」 「お、そうだった。よし行くぞウソップ!」 「そっちじゃねぇよ!」 昼間。駆けだしてあげくに放心して、顔色の悪かったビビを三人は一旦船に連れ戻った。 少し一人でいたい、けど夜にもう一度女神像を見たいと言う彼女に三人は素直に従った。夜を待つ間まで彼らは再び街に繰り出していた。 そして約束の時間。 心配して迎えに行ったサンジと共にビビは伽藍の前に現れた。 観光客も昼よりも数を増して静かな熱気をはらんでいる。 「物凄く・・・綺麗。」 人々の声はさざめいている。街中の騒ぎは賑やかと言っても良い祭なのだが静かな雰囲気がこの一帯に、祭の全てに揃ったリズムのようにただよっている。それはこの灯りのリズムに因るのだろうしその中で敬虔にいのる人の声が唱和して行く事に由来するのだろう。 昼間の広い空間に人工的な灯りを一切灯さずかつ、全ての窓が外からの光を遮断している。周囲の包まれる闇の中一部だけの明かりが浮かび上がって見える。 夜の女神はその町を支配している灯りを纏って浮かび上がっていた。 鉄を使われた像は、ほの柔らかい光を幾重にも纏い内からも輝く様に見せる。どうやら体部の構造は透かした網を纏って像の中にも町中に漂う光るムシが入り込んでいる。 表情は昼ほどはっきり見えないが、カネムシの光により縁取られたように陰影の付いたそれは今度は静寂とその眼差しの先に有る時をよりいっそう語っていた。 「永遠に変わらない美・・・これが貴方の結論だったの?」 自分の中にこんな表情が有ったのだろうか? あの目は・・ 「俺・・あの目はルフィに似てる気がする。なんつーか・・あいつが羊の上にいるときの顔に・・。」 ウソップが呟いた。 時を超えて変わらぬもの。 人を魅了してやまない夢を見る者の瞳はそれこそが普遍の美なのだ。 ありえない事だけれど、それでもあれは彼の作品なのだろう。 彼が望んだように、これは時を越えたのだ。そしておそらくこのままの姿のまま、まだ幾たりもの時を越えるだろう。 あなたはあの後も己の欲を追求したのでしょう? そして私も。きっとそうする。時を超えてあなたと約束できるわ。 合わせ鏡のように飢えた二人が呼び合ったのだ。これはきっとすごい奇跡。でもそれよりもすごいのは自分がここにいるという奇跡。あり得るはずのない事。 「綺麗過ぎるぜ。」 「戴いて帰るか?海賊らしく。」 何度も溜息を吐くウソップにサンジはからかいの声を掛けた。 「それは泥棒のやる事じゃねぇか。おれたち海賊だぞ。」 横から聞いたルフィは鼻白んで不満げな溜息を漏らした。ビビも一緒になり思わず三人は顔を見合わせて苦笑した。 いや、普通の海賊は同義なんだって。彼は聞いてくれないが。 「いいじゃん。うちの船には生きたあったけぇ女神がいるんだし。」 ルフィがビビの首の回りに腕を伸ばした。そのまま引き寄せ自分の頬で頬ずりをする。 吃驚した顔のビビも一瞬軽い赤面をしてから高らかに嬌声を上げる。 「ああ!こんのクソゴムがどさくさに紛れて手ェ出してんじゃねぇ!」 「だって俺の女神だもーーんv」 「“俺達の船の!”だ!」 「おめぇら・・乱暴にして逃げられてもしらねぇぞ。」 ウソップが冷静に突っ込めば二人に取り合いされて髪も乱れたビビが息を弾ませて叫んだ。 「逃げるなんて!そんな勿体無いこと出来ないわ!」 言い切って弾けたようにビビは笑う。 この冷たい女神が時を越えればいい。 この温かい女性はこの生を謳歌して咲き誇ればいい。 だってどちらも美しい。 サンジは咥えて居た煙草を片手に反対の手で懐から財布を取りだした。 「よし!生きた女神に乾杯だ!ナミさんに預かった財布が空になるまで飲んで食うぞ!」 「やった!行くぞ!」 海賊王の船に女神降臨は奇跡なのか。必然なのか。 カネムシは語らない。ただ街を浮遊するのみ。 the end to novel titles to top |