こちらも同じ島に滞在中のサンジの出会った話です。
この島の滞在は結果的に10日程度でした。(迷子さんのおかげです。)
包丁を渡しそびれている頃でクリスマスより前のお話です。
時間的にもう一つのサンジの話の間にあった別物語です。
着いた港は賑やかで、大きな店が軒を並べていた。
武器商人の町だという。
内陸すぐ側に良い鉄の産地があり、昔より大物から小物まであらゆる武器を作ってきた。
海を股に掛けた大商いをする商人はここのエターナルポースを持っている者が多いという。
いまも大きな刀工が店を並べたり、名のある刀師が山で鎚を振る。
鉄砲の店もにぎわい、新作の開発も盛んらしい。
鉄製品の全てと言うことで、包丁からテーブルセット、床屋の鋏まで何でも揃わぬ物はない。
奇跡の島〜サンジもう一つの話
結構大きい街で、沢山の店が見られた。
目的だった刃物は今ひとつだったが、煙草、食材。
どれを取っても物珍しいものが多くて、ぶらぶら歩きながらあっという間に時間が過ぎた。
新しい場所では新しい物を。コックとしての本能的好奇心で物を求め歩く。
当然大きな街の常、美人も多い。
しかし最近毎日見ている二人の天女のおかげで俺の審美眼も上がっているらしい。美人だ!と思うような感激にお目にかかる機会が減っていた。そりゃあ多少の女性に目くらいは幾らでもいくがね。
海賊になる前は女に対してはっきり言って悪食だった。
レストランという人の出入りの多い環境で誰にでも声をかけまたかけられて、手当たり次第に喰っていた。 お陰で殆ど顔も覚えちゃいない。幾ら抱いても飢えは満たされることなく、焦れば更に食い散らかし、かなりな馬鹿だったと思う。
今なら何故そうだったのかがはっきり解る。
今の俺は肩の力が抜けて楽になった分だけ羽が生えて飛ぶ力を得たような気がしている。
気分は軽いが、飛ぶための力が全身に漲っている。
自分で作っていた呪縛から逃れて遠く まで飛んでいけそうな青い空。
バラティエにいた頃には目に映っても見えなかった空の色。
海に写るその蒼の中に何処までも行けそうに感じる。
馬鹿な呪縛から救ってくれたのはクソゴム船長だけじゃない。
出会った物全てに助けら れて、今の俺がある。
女が多けりゃ変な野郎も多い。
歩きながら美女達に視線を投げる俺の顔を見てじっと睨ん でいる野郎がいたから丁寧に蹴りをお見舞いしておいた。
野郎にコナをかけられるいわれ も趣味もねえ。
そして大きな街の常。変わった物も見られた。
この熱帯の気候に全身フリルのドレス。さ している日除け傘も同じ共布らしいレースのひらひら。このクソ暑い島で骨董品の人形が 浮き出たかの様な出で立ちは目を引いたが、その人形が骸骨みたいなやせぎすの女だった ことがびっくりした。
その骸骨は俺の顔をじっと睨んでいた。錯覚と思いたかったが、場所を変えても追いかけ てくる。
少々閉口して船に帰ることを考えていると、「ジオ!」と男の名前を呼びながら ゆっくり駆け寄ってきた。
少々悪夢のような光景だった。
だがよく見れば綺麗に切りそろえられた艶やかな黒髪と黒い瞳、この夏島には珍しい透け るような白い肌。駆けてくる間に見た容貌から、肉さえ付けばかなりな美人だと判断しな ければさっさと逃げ出していた。
しかしいきなり抱きつかれてもやはり骨と皮で、少々痛い。確かに軽くて体重を感じさせ ない。細身の女は好みだが、限度という物がある。
「悪ィんだけど誰かと間違えた?」
しっかりと抱きつかれた細い腕が思ったより力強い。顔を伏せたまま押しつけられるので、 行き場のない両手をあげたまま上から軽く声をかけると彼女ははっとしたように顔を見上げた。
「ごめんなさい・・わたし・・そうよね。そんなはずないんだから・・。」
声は及第点。涙に潤みながら赤面する表情も心眼で見れば合格点。ならばとお茶程度の口 説きはかけるのが男の礼儀ってもんだろう。
「婚約者だったんです。」
彼女が俺と間違えたのは戦争に巻き込まれた男。
武器を多く扱うこの島にはよその土地の キナ臭い噂は絶えない。そのまま血迷ってしまう為政者が居ることがある。商人の街の割 にその馬鹿に逆らえずに巻き込まれることが過去に幾度もあるのだそうだ。人の夢まで付 き合う義理など無いが、そこでの手柄話を自慢にする者も多く、若い男などは血気にはや って島を出る者も多い。その分挫折して帰ってくる者もいる。覚悟が甘けりゃ命は塵より 軽いこの時代だ。人ごとでは済まない世界に自分もいることは重々承知している。
女はウェイトレスが持ってきた冷たいデザートにも手を着けることなくじっと手を結んで いる。
「そんなはずないっていったよね。帰ってこないわけでもあるの?」
「……その友人だけが帰ってきて『最期は看取った』って。」
「へえ。」
「遭難して・・二人だけでたどり着いた島で食料もなく過ごしていたんだそうです。」
新しい煙草の火を付けようとして、うっかり手を焼きそうになる。
……世の中よく似た話 は案外簡単に転がっているものだ。
「そして彼の方が早くに死んでしまった・・と」
手にしたカップがソーサーとカチカチ音を立てながら揺れている。聞かれたくなかった話 なのかもしれないが、蕩々と話す姿はきっと赤の他人にでも聞いて欲しいことの現れなん だろう。
「悪い話をさせちゃったな。お詫びに俺の奢りだから食べてよ。溶けかけてるし。」
前に置かれたソルベを指す。女って言うのはどんなときでも目の前の氷菓が溶けていくの を我慢できない。そして食べ終わるときにはどんな機嫌も治っている。まあ便利な小道具 なのだ。
「いえ・・私も誰か私を責めない人と話したかったんだと思います。」
彼女はスプーンを手に取った。手が微妙に震えながらソルベを掬い、そのスプーンを口元 へ運ぼうとした。 手の震えは大きくなり、ソルベの乗っていたスプーンは哀れ足下に。
「ご・・ごめんなさい!」
身をすくめて謝る姿は、申し訳ないが怯えたネズミのように見 えた。新しいスプーンを頼み、黙って見ている間にもやせ細った手が震えている。顔も上 げずに、でも上目遣いに俺の顔だけを見ている。
やっかいなもんと関わったか・・。サンジは自分のコーヒーを置いて、紫煙を吐いた。
会話の糸口を考えていると女の顔色が変わり、視線が俺を通り越して頭上に向けられてい た。
「また見知らぬ男をくわえ込んでいるとは御盛んなことだな?」
俺の背後から男が彼女に冷たい声をかけてきた。振り向けば色素の薄いプラチナの髪の大 柄な男が、オレのことは眼中になく、じっと女の顔を見つめていた。
彼女に向けたやや小 馬鹿にした表情は、気に入らなかった。
「人喰いのあんたが何の用よ!」
激昂しながらテーブルを掴んだ両手も肩も小刻みに揺れている。洋服のフリルも一緒 に 揺れるから、やせ細った身体も少しは大きく見える。
彼女の言葉に思わず男の顔をじっと見る。
「こちらの人とは初対面じゃないもんでね。」
そう言われて気が付いた。さっき人の顔を睨むから丁寧にご挨拶して差し上げた男だ。
「この淫乱が。さあ、帰るぞ。」
「あたしはこの人とお茶を飲んでるの!あんたなんかに用はないわ!」
「どうせ喉に通らない癖に何がお茶だ。」
言い返せずに身体を堅くしたこの女性は座ってこのかた、一度もお茶すら口にしていなか った。不審に思いながらもこれならこの身体でも無理はあるまいと思っていたが喰えねえ 訳ありだったか。
だが別世界を見るような景色も映っていなかった瞳が今は息を吹き返したように爛々と燃 えている。
「なによ!人非人!人殺し!人肉喰い!」
(!)
「いつものセリフは聞き飽きている。人並みのことすら出来ない癖にごちゃごちゃ言うな。 おじさんに目を離すなって言われてるんだ。何があっても連れて帰るぞ。」
黙っていれば柔和そうな男がいきなり彼女を抱えて肩に持ち上げた。 背中で暴れる彼女を難なく抑えてそのまま立ち去ろうとする男に、俺はすっくと立ち上がって 得意の蹴りを男の眼前で止めた。煙草が一瞬揺れてまたゆっくり立ち登る。
「どんな関係か知らねぇが、今はオレの連れだ。勝手な事すると今度は止めないぜ。」
変な女だが連れの女を守るのは男として当然の義務。一度飛ばしている男だ。威力は知っ ているはず。普通は逆らうまい。
「何を言われても引けません。」
「あぁっっ・・?」
「この女から何を聞いたか知りませんが、あなたには何の関係もないことです。」
そのセリフの冷静さと、さっきからの雑言の違和感に足を降ろして男の顔を見た。 女に罵詈雑言を浴びせて拉致していく男の目は静かだった。
それは オレがずっと見てきた爺の目と同じだった。
男は俺と視線を会わそうともせず前を向いている。
「ジオを食べて生きてるような男が何を偉そうに言ってるのよ!」
男の背中から喚く声がする。今までとはうって変わって生気に溢れたその声。か細い両手 両足で暴れても男は微動だに動かない。
暴れたときにずれたドレスの袖口から一瞬、深い 傷が見てとれた。
(!!)
そのまま立ち去る二人の迫力に言葉もかけられず、呆気にとられてみていた。 周囲の客は苦々しい顔をしてはいても咎めるものはいなかった。どうやら今日始めて起こ ったことではないらしい。
彼女が手を付けなかったソルベはもう形を失い崩れていた。