耳元で又小さい石が崩れるみたいな音がした。けどここに石なんかあるはずがない。あるのは雪か氷。きっと雪のかたまりが凍ってるやつだ。ああ、手の感じがわかんない。冷えすぎたのかな?うんきっと手袋の中にも氷が染みてる。 けどおれも止まったみたいだ。手は判らないけどからだの下にたしかなだいちがある。うん止まってる。 ふぅっと大きな息をはいた。 ちょっとだけ降った新しい雪のせいだな。さいごの一歩をふみ外したんだ。 落ちていくあいつの手を上から引っ張ったはずなのにそのままいっしょに真っ逆さまに落ちたんだ。 けど下は雪だからあんまり痛くないはずだけど・・なんだか動けない。 遠くで泣いている声がする。 あいつだ。 おれが弱かったからだ。 ちゃんとおれがかばったつもりだったのに、助けられなかった。いっしょに落ちただけ。 まだオレがチビだからかな? 泣くなよ。 もっと大きくなって今度はお前を守るから。 けど今はちょっと待ってくれ。 目が・・・左目が痛いんだ。 それに、頭も・・ちょっとだけ、痛てぇ。 痛くってよく見えない。 わかんない。 暗くなって・・ わんわんと区別が付かない鳴り響く様々な音の中、遠くに人の声がこれもゆがんで聞こえる。顔にちらちら灯りが当たってるのも歪んで感じる。 「子供が落ちたぞ!」 「二人だ!重なって落ちてった!かなりな高さだ!」 「ああ・・・泣いてるぞ!生きてるな!」 「見えたっ!どっちか解らんが出血してる!」 「ロープと担架持ってこい!」 がしゅっと音がした。大人のあしおとだ。 「大丈夫だ!二人とも息はあるぞ!」 「意識も・・女の子は無事だ!!おいっ!この子はアビーじゃないか?トルクの先生んちの!」 「ああ!そうだ!もう一人は?」 「すぐに医者の所に搬送しろ!ここからなら一番近いのはどこだ!?」 「大丈夫だぞ!ここは医療王国のドラムだ!何があっても医者が助けてくれるからな!」 「ここは医療大国なんでしょう!?なのにどうしてうちの子だけが・・・・・」 個室でこんこんと眠っている少年の両目に包帯が巻かれている。その間にと案内された小部屋で泣き崩れる母を支えて黙る父の前で医師達は言葉を詰まらせた。 「命は無事です。しかし残念ですが・・。」 意識はあり、見えないと少年が言った。両目の角膜の傷があり、すぐに目の治療が行われ、それは完璧だった。そして数日を経、少年の身体は元気になった。 だが。 目に直接の外傷があったが故に些細な頭蓋内のおそらくは視神経領域の微少な出血の発見が遅れた。 運悪くその小さなシミが発見された頃には、その機能は失われてしまっていた。 他の怪我は問題なくおそらくは早晩回復するだろう。目の表面の傷も全て。 そして少年の瞳の光は半分失われた。 永遠に。 【 初 戀 】 家から出たチョッパーは獣型のまま、橇の準備をしている。 蹄に冷たくしみこむ雪の感触も慣れたものだ。そして大気中の僅かな香りが鼻を刺激し季節を告げる。足下の雪の解け具合は表面だけがほんの少しゆるみ始めている。頭を上げてその気配を肌で感じる。 もう少し。もう少し深い冬を過ごしたなら春が来るのだ。 屋根から落ちる雪解けの音が盛大に窓の外をにぎわす頃、ドラムにも遅い春がやってくる。 ぼんやりとした日差しが日に日に少しずつ強くなり、青空の下溶け出した雪は清冽な雪解け水となって地を流れて喜びを歌う。 空からの便りはちらほらと、木の芽は一時に吹き上がる。雪の中をたくましく耐えてきた獣たちは太陽の光を含んだ大気の甘い香りに鼻をうごめかす。 どんな冬島にもどんなに遅くとも確実に春は来る。 人々は慣れた冬島の冬をただ受け入れて春を待ち続ける。 それまではどんな厳しい冬の島にも必ず春は訪れる。 その春の命は一斉に生命の賛歌を歌う。 だがその少し前、ほんの少し前まで冬の中の冬はどっしりと根を張ったように動かない。 雲は厚く空を閉ざし、命も全ては雪に埋め尽くされて全く見えない。 人々は一番深い日の光の届かないような雪の中でまどろみ、春を夢に見る。 冬島の誰もが春を望んで、それでも雪に諍(あらが)うことはしない。 ただ待ち続ける。 →next back to home |