サボテンの花

「超カルガモ部隊!!」
「良くやったな。カルー隊長。」
最後の援護は一番の親友のものだった。ビビは泣きながらカルーの首にかじり付いた。
最速の足をもって、王国中の動物の情報を駆使して、ビビの行方を探し当てた。空飛ぶ鳥達も彼らの味方だったのだ。
「あーー、いいなぁ。ビビちゃん俺にも俺にも。」
「さぁビビ、これで一気にいけるわね!」
サンジの声はあっけなく無視されて、ナミの瞳が一閃輝いた
ウソップがカルーたちの背の荷物の中からマントを探し出して皆に配る。すでに中天に昇った太陽にそろそろ体内の水が奪われつつある。厚着は太陽から守ってくれる効果がある。
「なぁ、みんなでこれ着たら誰がビビか全然わかんねぇぞ!」
「「「!」」」



「本当にありがとう。」
「まだだろ?」
「そうよ。」
皆の顔に生気が戻っている。礼を言われるにはまだ早い。


「入り口は三つ。超カルガモが6羽。丁度良いわ。」
「けどナミさん。三組に分かれるにしてもカルガモがもう一匹余ってやがる。一人足りないぜ。」
ナミの口から語られた作戦は頭脳派を自認する彼女の中でも上出来と思われた。戦闘に関してはおそらく長けている彼らの誰もが確信できる。
少なくとも・・最低限目的は果たせるはずだ。
『反乱軍を王都に入れない』
足は手に入れた。おそらくは望みうる範囲の中では最高の足を。時間と距離と展開の中で最善の。これでビビを一人で送り出せる。敵の姿を明確に描けないのが痛いけど。邪魔をさせないようにかく乱の身代わりを用意するにはうってつけだ。そして第一目的を果たした後、個々にに必ず訪れる戦闘。これを避ける方法は無いだろう。
もう二山越えればそこは王都アルバーナ。ここはもう戦場なのだから。無傷で済むはずも無ければ全員に戦う覚悟が確実に必要だ。


「チョッパー。」
ナミがその前まで足を進めた。
「マツゲを口説いて。これが終わったら踊り子さんの胸でもなんでも触らせてあげる、って。」
ギョッとした空気が流れ、皆いきなりのけぞった。
「それっくらいの緊急時でしょ?」
「ナミさん!」
「お・・おい!ナミッ!良いのか?」
言いながらウソップはちらりとゾロのほうを見た。すでに配られているマントを深くかぶっていても機嫌の良さげなオーラでないことくらいはわかる。


誰にも否定できない。ゾロやサンジはともかくも他は皆戦闘能力は一般人より少しましな程度だ。これで恐らく配置されているであろうバロックワークスのナンバーエージェントに向かおうと言うのだからどんな助けも喉から手が出るほど欲しい。

それ以上口を出さなかったが、サンジは向こうを向いてタバコをふかし、ゾロはといえばこれも軽い歯軋りをしながら反対を向いている。

しょうがねぇなぁとウソップは笑って(おれもいっしょに言ってやるから)と小さいチョッパーの背をぽんとたたいて耳に寄せた。無理を承知のこの悪条件。それをもちかけるだけでも難問なのにこの雰囲気の中ではチョッパーがびびるのも無理なからぬ話だ。その覚悟のこの上なく真剣で、体毛まで逆立っているチョッパーが愛らしすぎるのだ。

「そっちよりも・・・組み分けよ。サンジ君とゾロは離れてもらっても残りは・・・
誰があたっても文句言いっこなし・・といえばこれしかないわね。」
ナミは既に考えていたのだろう。首飾りを外した。
紐を解き、飾りの同じ大きさの珠を三色二つずつそろえる。青と白と黄色の三色。敢えて赤を外したのはここに居ない誰かを思い出す色だからだろう。荒布の袋にそれらをこぼすように入れた。
「そこ二人が仲良く同じ色を引いたら遣り直しって事で。」
その袋を高く掲げにっこりとビビに向かって微笑んで見せる。
「首飾りがこんなとこで役に立つとはね・・」
ぼやきながらサンジが振り返りナミの体温の残る残った玉を指でもてあそんだ。

「俺は最後でいい。余った奴を守りゃ良いんだろ?誰が来ても俺には一緒だ。」
後ろ向きの剣豪はそう言って歩き出した。。そのままカルガモの一団の側に近付いていく。
何かカルーに話し掛けている。カルーもなにやら答えて他のメンバーを示していた。そのまま荷物の中の鞍や、被るマントのチェックに取り掛かる。

そう、じゃぁ順に引いてもらうわ、とナミが方向を変えた。


ゾロの行動を見ながらビビは改めてナミをじっと見返した。


にっこり笑ったつもりだろうが、その強張りがわかるくらいは彼女と一緒に時を過ごした。ただ一緒にいただけでなく、濃い・・とても濃密な命を掛けた時間を。彼女が掛けてくれたあらゆる事は決して忘れることなどできやしない。
その彼女の袋を握った手がいつもより白い。この晴天のフードの下。冴えない顔色。
駱駝には逃げ足がある。自分のように格闘技を一通り習ったと言うわけではなく、男性である他の連中よりも恐らくは戦闘能力と言う点では一番もろいはずの彼女・・・その彼女にまで命をかけてくれと私は頼らなくてはならない。

ビビはくるりと振り向いて数歩足を進めた。背を向けてカルガモになにやらしている男に声をかけた。
「Mr.ブシドーお願いがあるの。ナミさんを守ってくださらない?」

「ビビッ!いったい何を言い出すのよ!そんなこと余計なお世話。大体人のことなんて心配してる余裕あんたには無いでしょ!・・あたしの事なんて放っておきなさいよ!」
飛んできて肩をつかみ引き剥がすように私を振り向かせるその力任せの行為。

今まで何度このしっかりした女性に助けられただろう。
しっかりした彼女だが、しかしこんなナミを見ることなどめったに無い。その狼狽の度合いが今のビビにはわかる。彼女にしてもらった沢山の事。そして・・。この先彼女に何を返せるかなんてわからない。だから・・・。

「ナミさん・・・語るに落ちてます・・・。」
「!!・・・。」
こんな赤面したナミを見るのは初めてだった。病の発赤した表情とは違う・・・これがめったに見れない素のナミだ。こんな顔をさせられるのは・・この人しかいないんだ。

「ねぇ、・・・って、いら〜い。ラミさん。」
さらに声を掛けようとして、正面に睨み顔のナミがいた。両手でそのままビビの頬を思いきり引っ張る。ビビはうっすら涙を浮かべてナミの方を見た。
「だぁかぁらぁ!何であんたはこんな時まで人の事ばっか考えてるの!」
散々引っ張られた頬は真っ赤に腫れ上がってる。これもこの人の親愛の情だ。一件乱暴な行動の裏には必ず大きすぎるくらいの優しさを持つこの船の人たち。
「だって。・・私はもう考える事は無いのよ。ううん。考えちゃいけないんだわ。
後はやるだけ。そうでしょ?」
ビビは頬をこするった後ですっきりとした綺麗な笑顔を見せた。もはや迷いなど無い。するべきことをなす。この笑顔をもつものこそこの国に愛されるもの。
累代を経た王族。王族がもつ力とはこうやって勝てる確信をそこにいるだけで人に与える力なのだとつくづく感心させられる。

「・・・なにがあっても私が止まるわけにはいかないの、でも同じ危険にあうなら私は皆さんに傷ついて欲しくないの。だからナミさん。今から一人で行動する私を安心させて。」
「・・・・。」
睨むナミに向かって更に涼しい笑顔をビビは浮かべた。



サンジが咥えていたタバコをもみ消した。
「ハイハイ。ここは時間もないし。ナミさんの負〜け。だけど、ナミさんの言い分もあるだろ?ってことでゾロ以外の奴が引く。・・・はい。ナミさん先に引いて」
間に入ったサンジがナミの手から袋を取った。そのまま彼女の前にずいと袋を差し出す。
「サンジさん!それじゃ!」
「いいからいいから。ビビちゃん。」
サンジはビビににっこり微笑んで軽いウィンクをする。
「あんた達先に引いてよ。」
ナミは軽くむくれたままだ。
「まぁまぁ。それじゃあいつと同じだよ。ほら。」
そのせりふと同時に親指で指差した方向にはゾロがいた。カチンときたらしいナミは袋にすっと手を入れた。
細い腕がすっと引き出され、細くてしっかりしたスリの達人の指はきれいな白の装飾珠を取ってきていた。
「白よ」

「オーケー。おいおまえら籤引だ・・自分のと・・マツゲの分も引いてやれ。」
後方からやってきた二人に振り向きながら声をかけ、袋を差し出した。

チョッパーは自分の心臓の音を隠せない顔をして神妙に手を入れた。
「青色だ」
サンジが顎をしゃくりあげるともう一つ掴む。
「で、マツゲは・・黄色。」
チョッパーがちょっと安堵した顔を見せる。
じゃぁ・・俺様は・・ウソップが手を入れて怪訝そうな顔を見せる。思わずサンジを見れば、視線はきっと睨み付けられた。その単瞳で・・。
ちぇっ。ウソップの口がそう動いた気がした。
「俺は黄色・・マツげとかよ。おいサンジ絶対助けにこいよ!」頭を下げて見せるウソップに皮肉げな笑いを浮かべてサンジは袋に手を入れた。サンジの手の動きはある意味優雅だ。上向きに握った手をそっと開く。
「俺が・・青だ。」
ナミは一瞬物凄い驚いた顔をしてサンジを見た。そのまま凝視して目が離れない。ナミの無言の叫びをさりげなく流してカルガモのほうを振り向くとこれまたゾロがじっと鋭い目でサンジを見ていた。
「てぇことで、ゾロ、やっぱりお前がナミさん守れよ。」
ゾロは・・・僅かに頷いた。
サンジをずっと凝視しているナミにむかってさらりと言う。
「じゃぁナミさん、・・・後でね。」
「ええ・・・後でね。」
ナミの声が震えているのを皆聞いていたがそれを指摘するものはいなかった。そのままゾロに促されて言われるままカルガモに乗った。そのヒコイチはナミを一度見て、ゾロの刀を見て一回だけ震えて、強く頷いた。





「なぁ・・。あの籤・・インチキだろ?」
「んん・・・?」
「俺たちが引く前に、おまえ青と白と黄の玉を一つずつ手に持ってただろ?」
「・・・・・・。」
「それにウソップも変だった。」
チョッパーは恐る恐る、でもきっぱりとサンジに向かって聞いた。
「俺・・てっきりどうあっても、インチキしてもお前がナミと一緒に行くって言うと思ってた。」
「・・・・。」
サンジが黙ってカルガモに跨ったからチョッパーもそのまま跨った。まだ変身する所ではないからぎりぎりまでは乗騎に負担を掛けないように人獣型で行く。さっき自分の変身を見せたらこのカルガモは一言「だから俺にお前が乗るんだな?」と言った。
二人ともカルガモにきちっと座る。ふかふかした羽の上の鞍がちょっと股間に痛いが文句は言えない。確かに何かに乗っているから楽なのだとはいえないようだ。
ふとサンジがぼそぼそと話し出した。
「なぁ、チョッパー。あのルフィが喰っておかしくなったサボテン・・・。」
「メスカルサボテンか?」
「くだらねぇ効果だったけど、花はもんの凄げぇ綺麗だったろ?」
「そりゃぁ。本来あれは花だけでも一財産投げ出す人が居るって言うくらいの幻の名花なんだぞ。・・けど、くだらなくないぞ!あれは幻覚は見せるけど麻酔としては無害に近くって、もんの凄く有用なんだ。俺がどんなに欲しがってたか知ってるくせに。」


「俺にあのサボテン料理させたらそりゃあ綺麗に出して見せるぜ。花はそのままに大事に守って。卓上で一番に。その自信はある。
けど、それでも俺ならあの棘を抜いて、灰汁も毒も抜いて・・それが悪いとはおもわねぇが・・麻薬の効果も発揮させることはできないと思う。

それがあのバカにはな。花なんぞ二の次だろう、サボテンなんだから棘があるし、変な効果もそれでも砂漠のもんなんだからしかたねぇ。っていいながらそのくせに棘も毒もそのまま一番綺麗な花を・・そのまま棘ごと喰っちまう。」
「・・・・・・・。」
「あの棘がなかったらあれはサボテンじゃなくなるんだよな。
・・・・そういうこった。同じ咲くんなら・・・。花は・・花の望むままに一番綺麗に咲いて欲しいだろ?  そのまま毒も丸ごと食う奴がいるなら・・。花がそれを望んでるのが判っちまったら・・・。」
サンジは煙をふっと吐き出した。

「・・ナミの奴、メスカルサボテンに例えたって知ったらきっと怒るぞ・・。」

にやりと浮かべた笑顔にかかるようにタバコの煙が昇っていった。
その笑顔のほうが悲しそうなのに綺麗だと思った。
男にこう思えることもあるんだとチョッパーは悲しくなった。

「よ・・よし。じゃぁ行くぞ。」
「おう!精一杯ビビちゃんの振りしてやんねぇとな。」
「お前は似合い過ぎそうで怖いよ。」

さぁ、行こう。
砂漠の向こう。目的地アルバーナヘ。
男たちは似合いの場所で、一華咲かせに。












<コメント>もはや何も言うまい・・轟沈

おまけ
「おい・・コックが何もしなかったら・・おまえがインチキしてただろ?」
「・・・・・・・・。ねぇ。ギャンブルのコツってわかる?」
「?」
「絶対負けない事よ。」
そう言いながらゆっくり揺れるカルガモの背で、薄く笑って首飾りを直しているナミがいた。