蒼蝶後編




岸壁から少し離れた海上に小舟が着いた。
そこから目標に向かって印の矢を打ち込む姿があった。
付けられた印を見つけて、シャンクスは
張ってあった布を下の岩肌になおした。


老婆に共に連れられていった彼女は次の日ひょっこり顔を出した。
どうやら殴られたりなどの折檻を受けては居ないようだ。
案外大切にされているのだろう。皆の禍を受ける物として。

海の方ばかり見る娘だ。いつも雲で先の見えない海の方を見ている。
海に向かってせり出した崖の中腹で。
自分に起こることには耳を塞いで。


それでも、もう準備は出来てしまった。
だから彼女に後ろから声を掛けた。

「今だけは何も判らない振りをするのやめにしないか?」


彼女の身体がぴたりと動かなくなる。
時間どころか呼吸すら止まったのではないかと思える静謐。

「……わかったの?村のみんなは騙せたのに。」

振り向いた彼女の瞳はしっかり焦点を結び、生気が溢れだした。
生気に溢れる瞳はシャンクスの目を凝視する。
寧ろ知的という印象さえ覗かせる灰色の目に
それすら隠し仰せた彼女の心の強さと意志を感じる。

「いつから?」
「解るさ。あんな目をして外を見てるんだから。」
「そうか・・やっぱり子供の頃に見たのと、読んだ本程度からじゃ無理があったか。」

サバサバした顔をして、結わえていた髪留めを外し、
蒼い髪を風に靡かせる。海から吹く風を思い切り受けて、
両腕を大きく伸ばす。
背まできちっと伸ばし姿勢も変わった。
彼女は脱皮するようにみるまに別の人間に変貌していった。


「ん、気持ち良い。でも恐い感じがする………けどすっごく楽ね、
人の前で隠さないで良いって。海賊やるのってこんな感じかしら?」

一気に思いを口にした彼女は挑戦的に微笑む。
ぼやけた印象は急に像を結んだ。



風を受け、鮮やかに変わった彼女に確認するように話しかけた。
「なぁ、解ってるんだろう?蒼蝶さん。」
蒼蝶の持つ意味を。嵐神の花嫁の意味を。


蒼い蝶は海を渡る習性がある。
ノースブルーではしばし見られ、自分も闇夜に群れて飛ぶ姿を見たことがある。
無事に海を越える物に己の安全を祈願する習慣から来たのだろう。
船員でもお守りに持っている物がいた。
蒼い蝶は船の守りの女神の化身として大切にされていた。
船神の連れ合いとして。

それがどうしてこんな形に歪んでしまったんだろう?
嵐を収めるどころか、その嵐を続かせるための生け贄にするなんて。
自分の村から出したくないからといって、
買ってきた娘に名も付けずにこの名で呼び、運命を押しつける。
イヤだといいながら続けていくこの島の閉鎖性に反吐が出そうだ。



彼女はシャンクスの方を見なかった。
遠い目で視えないはずの海の向こうを視ていた。

「外ではまだ海賊は横行して居るんでしょ?
あなたみたいな人ばかりじゃない残酷な海賊が。」
「・・。」
「私の村も襲われて、その時家族も少し上の兄も幼い妹も
村さえも自分の命以外の全てを失ったわ。
そのまま連れられて船に乗せられて・・どこかの人身市場に運ばれるはずだった。
その間も酷い目に合わされて、一緒にいた仲良しの子は
途中でおかしくなったあげくに死んじゃった。
そのままだったら私に待ってたのは奴隷か娼婦でしょ?
だからこんな風にしてみたの。
案外簡単に騙されてくれた上に、安値で売られたから
買ったのはここのミト婆様だった。
他に理由があるとその時には全然知らなかったけれど。
でもずっとマシだと思わない?
大事にして貰えたし、どんなに飢えても私と子供には食事が用意されたわ。」

淡々と語る姿は静かだった。

「私は結構目端がきく子だったの。
此処の領主がおかしいことも知ってる。
でも・・逆らえばこの村を没されるんだ。
どの村も同じ苦しい目に遭わされてきてるんだよ。
この村だけやめられるわけもないし、
だったらいっそ…って気になるのも解るよ。20年に一度の厄除けなんだから。」

死を迎えるために生かされていることを受け入れるのにかけた時間は
彼女を大人でも子供でもない物にした。

「それに私の母方の家系は巫女の系列で、妹なんか結構勘が良かったのよ。
不思議に何でも当ててたわ。
私には力なんてなかったけど、そういう運命なんじゃない?
ここでそれに似たことをしているなんて。
そうして受け入れるのも悪くはないわ。」

閉鎖的で堅くなまでに同じ黒い色に揃った他の村人とは異なる髪の色、目の色をして、いつも一人で海の向こうを眺めている姿。
その中で己の境遇を受け入れながら一人でこれほどの自我を保つのはどんなに辛い作業だっただろうか。
その辛さを感じないようにする心のガードが今の彼女の諦めを作ったのだろうか。



「なぁ・・もうすぐ俺の仲間が迎えに来る。そんときに俺と一緒に村を出ないか?」
「迎えに来るって信じてるの?」
呆れた顔で振り向いた。彼の顔には、明日を待っている子供の笑顔が居た。
「当たり前じゃないか。奴らは俺が居なかったら何もできないんだから。」
「その逆じゃあないの?」
可笑しさがこみ上げてきて、彼女は下を見たままクスクス笑った。
笑いながらもう一度顔を見上げれば、
シャンクスは笑顔なのに眼差しだけは真剣で、息を呑んだ。


「・・。無理よ。」
彼女は頭を巡らせて、でも迷うことなくきっぱり言った。

「そんなに外ばかりを視ている癖にそういうことを言うんだなぁ。」
「…駄目。」
継いだ言葉に一瞬痛みを訴える目をして、でもきっぱりと告げる。

「望めないもの。」


「じゃあその賞金首がいなくなったらいいのかな?」
シャンクスの口調はあっさりとした、それこそ机の上の煙草をとってくるような一言で思わず聞き逃しそうになった。
「殺っちまおうか?俺も海賊だから。」
べえっと大きく舌を見せて軽い口調で笑顔を浮かべる。

思わぬ言葉にじっと見返した。
真っ直ぐな瞳は嘘をつかない。

「あなたが・・?」
口の端だけが上がって笑顔なのに瞳の色が少し翳った感じがする。
でも恐くは・・ない。
彼の中で何が渦を巻いていてもそう言う物を他人に感じさせない人なのだろう。
子供のような目をして・・でもきっと欲しい物は容赦しないんだろう。

本当に海賊なんだ。・・でも、

始めて思ってみた。

あの男がいなくなったら私はいけるんだろうか?この嵐の海の向こうに。
この男のように広いんだろうか?この向こうの世界は。
・ ・赤髪さん。海賊だといっていたけれど、大らかで、広がる空のような男の人。
死んでしまったお父さんの手も同じように大きくて,頭を撫でる肉の厚さを覚えている。



「あの狂人がいなくなったら自由になれると思う?」

じっとシャンクスを見据えたまま口を開かなかった彼女はようやく囁くように呟いた。
視線は変わらず一筋にシャンクスに向けられる。
無駄な軽口を許さない気配があった。

「君が自由になりたいと思えばね。」

禅問答のようなでも本当の答え。
「でも、それでもこの島は変わらないでしょう。因習と血族に縛られて、嵐と渦に守られ捕らわれて。この奇習も、きっと終わらない。
人の考えを変えるのは一体何なのかしら。正論でもなければ、外から来たヒーローでもないと思う。タイミングが悪ければどんなに素敵な物でもそのまま捨てられる。あれで皆この風習はいけないことだって思っているのがおかしいわ。」


「でも、行きたいだろ?」
シャンクスの瞳は静かに語りかけてくる。
「・・。」
「行きたいよな。」


「ええ、生きたいわ。」
その声は曇った空に浸み込んでいく。







頷いたシャンクスは
じゃあちょっと行ってくると言って
自分の麦藁を被りなおして海に続く細道を降りていった。

見送る彼女の後ろで、足音がした。





岩場においた自分の海賊旗にまた新たな印が付いているのを見つけて、
ニヤリと笑みを浮かべ、大きく手を振る。
音もなく小さな小舟に乗った男が現れた。



「ここを出る前に獲物を見つけた。周りかためるのを手伝ってくれ。」
そのまま小舟に乗り込み岩陰に隠された自分の船に付ける。
懐かしい自分の船。
数日不在にしただけなのにすっかり気落ちしたように見える。
何処の海でも変わらない潮の香り。
甲板の揺れ。
そこに立つ自分に何処にいるよりなじみを覚える。

船では静かな歓声がひとしきり上がって、それから新しい興奮が広がった。

「美女の救出ですかい??」
揶揄する声が挙がる。
「礼代わりなんだが・・だいたい俺をお父さん呼ばわりする女だぞ。
可愛い娘のためならってとこだ。
どこか安全な島まで送ってやればいいだろ。
奴ん所から戴いた物を持たせれば当座の生活くらいたちゆくだろうよ。」
「判りました。
ちょいとここはやっかいな島ですけどね。二日くれれば、下調べできますよ。」
島民と同じ黒髪の男が名乗りを上げた。
「じゃあ、火薬の準備と・・ここいらの海域の情報はもう集まってますから。」
自分の捜索中に起こった情報集めは正確で、航海士は数日の滞在を請け負った。
「ベックマン、乗り込む奴のメンツはお前に任せるよ。」
寡黙な男は了承したと右手を挙げる。
「お頭!俺も連れていって下さい!」
元海軍の新入りが飛び込むようにシャンクスの前に乗り出してきた。
妙な迫力がある。
「・・?じゃあお前来いよ。」
あっさり言うと丁度料理番達が一気に酒や飯を運んできた。
泣きながらルゥが二番目に大きな魚にかぶりついた。
祝いの酒をこぼさんばかりに皆で注ぎ廻し彼らの船長の帰還を心から祝った。
「このまんま前祝いだ!」







また雨が降ってきた。
夜半の雨は静かで、音もしない。
ようやく今日、予定をこなすことが出来た。
ネルの村の連中が案外ぐずぐず言ったせいで時間がかかったが、
一応役目は果たしたのだから、見せしめは追加の奉具で許してやろう。
これで大丈夫。嵐が私を守ってくれる。更に村々も逆らうことはあるまい。
私こそがこの島の王なのだ。

極上のブランデーを手許の大きなグラスに薫らせて、
元海賊ロバティは一人豪華な自室で神経質そうに笑った。

自慢の大きな机を前に、上質の織物で覆った座り心地の良い椅子が気持ち良い。
今日の作品の見た目は気に入ったが断末魔は今ひとつ期待通りではなかった。
それでも祭りの後は血が昂ぶって興奮が体中を満たしてくれる。
嵐神は自分の中におわすのだ。その意志には島中が従わねばならない。



「よう。ロバティ。ご機嫌だな。」
首筋に冷たい物が当てられた。サーベルの感触と匂いがする。
いきなりの展開に一気に肝が冷えた。
お気に入りのふかふかした絹糸を厚く織った絨毯は足音を消してしまう。
とは言えこんな背後に近付くまで気付かないとは
それを生業(なりわい)としている者でしかあり得ない。

自分の同族。命のやりとりを生業とする物。

海賊。

だからといって自分が全く気付かないなんて・・。

呼吸が乱れる。浅く、速い呼吸で腕に力が入らなくなりそうになる。
かろうじて腹に力を入れて、声を絞り出した。
「誰・・だ!??」
「・・鬼だよ。・・ずっと待ってたんだろう?」

静かでさりげない声だった。
殺気を感じさせる話し方ではないのに
凍ってしまいそうな響きが自分の周りを押さえつけていく。

「お・・鬼だと・・ふざけるのも・・。」
「ふざける?俺は真剣だよ。遊びでこんな事やると思うのか?」

瞬時に背後から机に身体ごと押さえ込まれ両手はねじ上げられる。身体がぶつかりグラスは机から中味ごと床に飛び散った。声を出す間もなく首筋の刃の冷たい感触が少しずつ押しつけられていく。斬られる恐怖感もさることながら押さえられた力が苦しい。

鬼・・自分を滅ぼすとアレが予言した物。
まさか本当にいるなんて、
信じていなかったのか?いや信じていた。信じたくなかっただけで。


「…な……何が望みだ!か、金ならやる。
……それこそ海軍が出すよりずっともっと出すぞ
…五百万上乗せしてやる!だから…。」

「………。」

「それとも予言の小娘か?あれなら向こうにいる。
最近は啼かねぇから放っぽって久しいけどまだ生きてるはずだ。」

「………。」

「おい!頼む!何とか言ってくれよ。」


「欲しいのはお前の命だ。
今度の生け贄にはお前が成ればいいじゃないか。
俺が代わりに神様とやらに送ってやろう。
まあ気にすんな。汚ねぇもんでもとりあえず命には違いないから
何とか受け取ってくれるさ。」


「生け贄ならもう捧げた後だ!今年の祭りは終わったばかりだ!」
叫びながらロバティの目は喜色に満たされていく。
さっき浴びた血の香りが脳裏に色濃く蘇り、
今の事態も忘れ恍惚が降りてくる。


もう・・捧げた?


「・・なんだと・・」

「もう今年の祭礼は終わった!その首ももう祭壇に捧げてある。
女なら嵐神の所に慰めに行った後だ。

白い肌と蒼い髪に映えて綺麗な血の色だったぞ。
・・ふふふふ、あんまり啼かない蝶だったけどな。
充分に勤めを果たして俺の中にいる神を慰めてくれた。
だから神はもう充分満足されて居るんだよ。」


ロバティの口元に歪んだ笑みを浮かべて瞳孔がガッと開いた表情は噂通り人の物と思えなかった。それでも曲がり気味の指が震えながらさした先には隣室のホールが見える。その奥に祭壇があり、蒼い束が見えた。

もはや変色した血塗れの蒼く長い髪が置いてあった。


呆然として、腕を拉げる右腕の力の遠慮の枷が外れる。加減が出来なくなった。
そのシャンクスに押さえつけられロバティの歪(いびつ)な笑みは一気に消え、
呻きをあげていた男はもう声すら出なくなった。



「解った、もういい。」



その声に奴がホッとする事が出来たのかは解らない。
左手のサーベルをそのまま引いて、気管まで一気に裂いた。
引く手の速さに血飛沫は追いつかず、声も出せないままに突っ伏して
机を真っ赤に染め上げた。
同時に重くなる右腕を外すと奴の身体は痙攣しながら沈んでいった。

サーベルの血糊を払って腰に戻す。堕ちた海賊と呼ぶのも胸くその悪い生き物。
シャンクスはその姿にもう一瞥もくれなかった。

もう一度祭壇の髪を眺める。
確かに真青の髪の色。
だがそれだけをもって帰ってももう彼女はいない。居ないのだ。
供養になるとも思わなかった。


その後ろ、奥の部屋から腐臭が洩れていた。
目の端に蒼い髪が見えた気がしてドキリとなってそちらに足を進めた。
牢の中子供が横になっていた。
動かない。   
  死んでいた。

やせ細ったからだと手足。
本来足のあるべき場所が膝下から切り取られて、これでは殆ど歩くこともままならなかったろう。
見開かれたままの瞳が、まだ死んで間もないことを示していた。
せめてもと檻の隙間から手を差し入れて瞼を閉じさせる。
腐臭に混じって芥子の甘ったるい香りがする。
「薬漬けにしたな。」
予言の小娘・・と言ったか。麻薬を与えて巫女として飼っているつもりだったのか?
妄想の源がこれではあまりな話だ。
どうせこの薬で商売もしていたのだろう。
奉具だけで我慢するような男には見えなかった。
この娘も余所から略奪でもしてきたのだろうか。
この島にはいないという蒼い髪のせいか、風貌が彼女に似ている気がした。


「終わりましたか?」
ベックマンが後ろから声を掛けてきた。
「屋敷にはあんまり人は居ない感じですね。皆打ち身程度で眠って貰いました。」
「…」
「先に帰った連中が戴くものは戴いてしまったし、ここはもう……。行きませんか?」

「お頭!」
残っていた3人がこれも駆け込んできた。童女の姿が目に入ったらしい。
「こいつぁ酷い・・。」
「まだ小さいのにな・・。」

新入りがへたりこんで、いきなり嘔吐する。
それでも遺体と祭壇から目を離さずに、涙混じりの声が漏れていた。

「畜生……。シシィ…間に合わなくてごめんな。ロッカも……ここに…居たのに。」

シャンクスは振り返らず黙って部屋を後にした。


小雨が静かに降りしきる闇の中で足を進めれば集落が見え、村外れの祠に施された祭礼の準備の灯りと一人で立つ見知った杖を持った年寄りの姿があった。

互いに黙って向かい合った。老婆の頬を濡らしているのは雨ではなかった。

「………日取りももう決まっておったのじゃ。アレが来て以来ずっと何もわからんままに逝かせてやれるのだと思っておった。」

誰を責めても仕方がないのだ。
誰もが責められるべきで。
シャンクスは老婆の横を黙って通り過ぎた。
隣にいたはずのベックマンは老婆に頭を下げて、ようやく追いついた。


「いきたいって言ってた・・
助けてやれると思ってたし、その自信もあった。
・・なのにこの様だ。
俺が船でもたもたしてるうちにアッという間に事が進んじまった。
俺の手が出来ることなんざこれくらいなんだ……。」
シャンクスの口から漏れたのは独り言だったのか、誰かに聞いて欲しかったのか。
聞いて欲しかった相手はもう居ない。


そのまま船に戻って出航することを告げた。
雰囲気を察したのか、経過を聞いたのか、誰も意見するものは居なかった。

ただ一人新入りはここで降りると告げた。
蒼い髪の奴の顔はどこかで見た顔に似ていた。



闇の中を舟は滑るように走る。
その上を群れて飛ぶ蒼い蝶が渡っていった。
それを背中でやり過ごし、シャンクスは自分の部屋に入ってベッドに横になった。
眠るためではなく。






夢から覚めると身体が少し熱を持ってしまったらしいことに気が付いた。
熱のあるときの夢は苦い物が多い。
虚脱感を、少々痛む腕が相殺してくれる。

額に乗せられたタオルが取り替えられる。
熱を診るために置かれたひんやりした手が気持ちよかった。

換えられたタオルの下から真っ赤な目のマキノさんが見えた。
「マキノさんにまで看病させちまったかい?」
「あ・・ずっと副船長さんが付いてお出ででしたけど・・お疲れでしょうから朝方から変わっていただいたんです。」
「そりゃぁ悪かったなぁ。」

階段をかけ登る軽い足音が聞こえた。それでもドアの前ではじっと立ち止まり、動かなくなる。中に入ることを少し躊躇っているらしい。ややあってドアがそっと開いた。

「起きたんだな!!」
「よぅ、ルフィ。」
「・・よかっ・・おれ・・。」
嬉しいような泣きたいのを堪えているような百面相が一気に通り過ぎた。
「・・ありがとう。」
「気にすんな。」
「・・おうっ!」
小さな握り拳を堅く握ってしっかりと堪えている。
もうただの子供と侮ることは出来ない意志の強さを感じることが出来る。
強い気持ちが世界を動かしていく。
強い気持ちが世界を決めるのだ。


「ルフィ?丁度良かったわ。
氷をとってくるから少しだけここで付いていてね。
でもうるさくしないでね。」
マキノさんは立ち上がった。彼女は靴音も柔らかい。
マキノさんが座っていた椅子に、ルフィが座りニカッと笑ってくれた。

「ルフィ・・頼みがあるんだ。
お前が捕ってきてくれたその蝶。放してやってくれないか?」
「??」
横の箱の中。じっと止まって動かない蝶。
「自分のためにならどんなことでも出来るけど、
人に嫌なことをさせられるのは俺は嫌いだ。
蝶だって同じだと思うぞ。」

右手を伸ばしてぽんとルフィの頭の上に手を載せる。

「ルフィ。………大事にしたい物を守るって決めたら、絶対に引くなよ。
絶対に手を離さないで、真っ直ぐに…
ぶっ飛ばしたい奴を間違えるなよ。」

少年は頷いた。

椅子を降り、箱を取り上げる。窓を開け、箱を空に向かって蝶を解放した。
いきなりさし出された自由に少し躊躇いながら、やがて一気に外に向かう蝶の蒼い羽根に陽があたった。


(ええ、生きたいわ)


彼女は次の命になることが出来たのだろうか?
光をやっと彼女の声に届けてやることが出来た気がして、陽に溶けてゆく蝶を黙って二人で見ていた。




End

 




紙一重様の序仁井さんにはお初を捧げ、駄文の山の子守をはじめ色々お世話になっています。
その御大からの指令(裏指令「闇に飛ぶ青い蝶」)があったのですが
サンビビ裏は書けない・・と悩んだあげく

自分が答えられる限界に挑戦と言うことで初お頭登場。
最初は主演ルヒだった。


とにかくも母様に捧げます。


 前編へ