初恋


9999HIT THANX!
かるらさんに捧げます


船に乗せてもらったその日の午後、まだどことなく居心地悪くて、考えることは沢山あるのに行動できることは少しもなくて、所在なく甲板をうろついていた私をナミさんが呼んだ。
呼ばれて入った食堂では、椅子の上に立った金髪のコックさんが、食器棚の上から荷物を下ろしているところだった。大波に揺られても倒れないように作り付けにされた食器棚と天井との隙間には、乗せた荷物が落ちないようにネットが張られている。
コックさんはその網をめくり上げて、頑丈そうな紙箱を引っ張り出した。
「気をつけてよサンジくん、割れ物なんだからね」
そう言うナミさんは、もしもその荷物が落ちてきたら頭に直撃だろうという位置で、しゃがんで食器棚の中を掻き回している。
「俺が落っこちる心配はしてくれないのナミさん」
おどけた口調のコックさんは、片手でしっかり箱をホールドしている。事のついでのつもりなのか、雑巾で棚の上を丁寧に拭いて、狭い椅子の上で見事なバランス。
「落ちるようなサンジくんはキライよ」
「心配御無用だぜナミさん!安心して一生愛してくれていいよ」
「はいはいわかったわかった」
ナミさんはコックさんを軽くあしらっているけれども、信頼を核に据えた、気の置けない者同士の空気の中には入って行きにくくて、私は戸口に立って、声をかけるべきかどうか迷っていた。呼ばれて来たのだから遠慮することもないはずなのだけれど、私は、異分子だ。ここでも。
「お!来たね王女様vv」
箱をテーブルに下ろそうと振り向いたコックさんが私に気付いて、それでナミさんも立ち上がって、私を見て笑った。
「ビビ、あんた何色が好き?」


「安かったのよー、ルフィは10人くらいは仲間が欲しいって言うし、だったらセットで買っておいても良いかなって。やっぱりカップとお箸くらいは自分専用のが欲しいでしょ」
箱の中身はカラフルなマグカップで、10個セットだったらしいそれはちょうど半分、5個残っていた。
「‥‥いいんですか、私が使っても。だってこれ、これから仲間になる人たちが使うものでしょう?」
戸惑って訊いた私の額をナミさんは人指し指で小突いて、コックさんは火にかけたケトルの側で煙草をくわえて、面白そうに私たちを見ている。
「あのねぇビビ、あたしはあんたをお客さんにしておく気はないわよ。船内の仕事だって出来ることは手伝ってもらうし、出来ないことは覚えてもらうわ。だからさっさと選びなさいよ」
「え、ええとそれじゃ…」
なにがどう「だから」なのか、一人の「仲間」として扱うと言ってくれているのだろうか、厄介ごとに巻き込んで、否応なく命を賭けさせてしまっている私を。
嬉しい。
‥‥のだろうか、私は。
「分かりにくいんだよナミさんは」
くっくっと笑ったコックさんにうるさいわね、と返したナミさんは、きまり悪そうに私を見て、コックさんを見て、むーとなった。
本当に表情豊かな人だ。泣いて笑って怒って…励ましてくれる。
「参考までに、これが俺たちが使ってるカップね」
食器棚の取り出しやすい位置から、5個のカップがテーブルに並べられた。赤青黄色にオレンジと緑。
「もうすぐお茶にするから、早めに決めてくれるとありがたいな」
コックさんにそう言われて、改めて箱の中を覗き込んだ。
ピンク、パープル、水色、芥子色、黄緑色。
‥‥‥迷う。
考え込んだ私に呆れたのか、ナミさんは「アイツら呼んでくるわ」と言って出て行ってしまった。
コックさんの煙草がふわふわと香る中、私は真剣に色を吟味していた。
ピンクが可愛いと思い、でもこちらの芥子色も捨て難い、黄緑色だとお茶を飲む時にどんな色になるのかしら、と、手を伸ばしては引く。
「…結構、優柔不断な方?」
煙を吹き出しながら言われた言葉に非難の響きはなくて、むしろ楽しげだったので、私は謝らずに済んだ。
「ええ…自分の事となるとどうも、あれもこれもいいなと思ってしまって」
決断することも仕事の一つである王家の人間としては、少々情けない。でも父だって、枕元のフォトスタンドに入れる母の写真を選べなくて、結局全部飾ってしまうような人だ。基本的に欲張りなところは良く似た親子だと、イガラムが 

笑って

「髪の色に合わせようか」
指の長い、綺麗な手が箱から、水色のカップを取り出した。
「あれもこれもイヤだと思うよりはずっといいよ。たまにはこうして、強引に決められたりするのは?」
くるりと背を向けたコックさんは、指の先にカップの取っ手を引っ掛けて、私の答えを促すようにゆらゆらと揺らした。
「…うん、それにします」
強ばった顔を、見ない振りをしてくれたんだ。
さりげな…くもないけど、優しい人だ。
多分おそらく、感情をさらけ出すまでには解けていない私を気づかってくれたのだろう。
いやならば踏み込む気はないよ、と。
「ありがとう、あの‥‥」
「ん?」
コックさんは、口籠った私を振り返って、そのまま3秒ほど私たちは見つめあった。
私には相当困った時間だったのだけど。
「あ…ひでェな。さっきからナミさんが散々呼んでたのに」
変わった形の眉毛が下がって、情けない表情になった。
「ご、ごめんなさい、だって改めて紹介したりされたりしなかったから、まだ皆さんの名前‥‥」
「はは、まあ、それどころじゃなかったしね」
見苦しくうろたえる私を手の平でとどめて、金髪に青い瞳のコックさんは、完璧に優雅な御辞儀を見せてくれた。
「東の海発の戦うコック、サンジと申します。どうぞお見知り置きを願います、姫」
戦うというのは良く分からなかったけれど、礼には礼を。
「アラバスタの砂に生まれました、ネフェルタリ=ビビと申します。よろしくおつき合い下さい、サンジさん‥‥姫、はやめて下さい」
「かしこまりました、ビビちゃんvv」
極端だ。
思わず吹いた私を満足げに見て、笑った方が可愛いよとありきたりな褒め言葉をくれた。


同じマグカップでのティータイムに、鼻の長い「ウソップさん」がめざとく気付いて「んじゃまぁ、ようこそ」と黄色のカップを掲げてくれて、麦わら帽子の船長「ルフィさん」はにししと笑って赤いカップを、三本刀の「Mr.ブシドー」(ゾロさん、と呼んだらものすごくいやな顔をしたので、どうもBWのコードネームみたいだけれどもMr.ブシドーとそのままで呼ぶことにした)は「茶しかねェのかよ」と文句を言いながら緑のカップで、ナミさんはオレンジの、サンジさんは青のカップで、簡単に乾杯を交わした。
陽気に歓迎されたい心境には程遠かったけれど、同じデザインの水色のマグカップで飲んだお茶は、私を芯から暖めてくれた。大宴会で迎えられるよりもずっと。




雪のドラム王国を後にして、トニー君には桜色のマグカップを。

一路アラバスタへ航路を取る賑やかな船の上でも、夜には憂鬱が私を襲った。
焦燥に胸のあたりが焼けるような錯覚すら覚える。この一夜にすべてが終わってしまっていたら、と考えると、意味のないことを大声で喚き散らして暴れたくなる。怒りの衝動が、何かの発作のように波を持って襲いかかってくるのを、船尾の甲板に膝を抱えて、拳を握って耐えた。
月が半分になった夜も、そうしていた。
革靴のかたい足音が、近付いて来て止まる。
「昨日も一昨日もそうしてたね」
「‥‥気付いてましたか」
気付かれないはずもない。戦いに身を置く人たちは気配に敏感だ。まして今の私が振りまいているような負の感情は、気付かれて当然だ。
サンジさんはため息のように長く煙をはいて、緩く巻いた風が、香りを私まで届かせる。
「ビビちゃんの闘気がね、俺らの気まで昂らせるんだ」
「俺らって?」
「俺と、ルフィとゾロ。腹巻きなんぞ、どこで寝てても目が覚めるってぼやいてたぜ」
くくっと含み笑いを漏らす人を、見上げることは出来なかった。
彼は「闘気」と呼んでくれたが、これは憎しみと怒りと嘆きとが一体となった、タチの悪いものだ。彼らにはさぞかし居心地の悪いものだろう。それでも苛立ち一つ見せずにいてくれる。
「安眠妨害ですね、ふふ…また迷惑かけて‥‥」
自嘲を浮かべた私の前に、静かに手が差し出された。
「まだ、取る気になれない?」
その手は、双子岬で私に「お手をどうぞ」と伸べられた手と同じものだったけれど、あの時とは違う意味で私に向けられている。気持ちまで頼ってもいいのだと、すべての痛みを皆で共有しようと誘う手だ。
縋りたかった。
けれどこの手は事が済んだら離さなければならないもので、その時に私は、再び一人で立てるだろうか。
それに私は、これ以上の甘えを自分に許すつもりはなかった。
「取れません」
見上げて微笑んだ私に無理強いせずに、サンジさんも微笑を返してくれる。
「そう言うと思ってた」
すぐに引っ込められるはずだった手はさらに差し出されて、私の頬に優しく触れた。
「でも寝不足は美容に悪いよ」
どうしてなのか片目を隠した顔が近付くのを、じっと見つめながら私は、手を振り払うことも顔を背けることもしない自分を不思議に思っていた。これもきっと甘えの範疇であるのに。
青い青い瞳が、逸らそうとしない私の視線を受けて、苦笑したように見えた。


くちづけは、傷を負った獣を癒すように与えられた。
性的な意味などは少しもなく、私の渦巻く苛立ちを吸い取って、わずかな安心と穏やかさを分けてくれるためのものだった。
舌を触れさせるようなキスは初めてだったのに、私はどきどきするどころかすっかり安堵してしまって、数日ぶりで本格的に重くなってきた瞼に驚きながらも、重力に逆らう努力は放棄した。
くたりとなった私を抱え上げた腕は暖かく、スーツは煙草の匂いがした。
身体は眠りに委ねてほんの少し残った意識で、サンジさんが器用に足でドアをあける音や、ナミさんとの小声の会話をつかまえた。
「どうやって寝かし付けたの?」
「子守唄代わりにキスを」
「あらら‥‥それで眠られちゃ立つ瀬ないわね」
「気持ち良すぎたかな?ナミさんにもしようか?」
「あたしの睡眠薬は今頃見張りよ」
くすくすと笑う空気の中でハンモックに横たえられて、静かに毛布がかけられた。
もう落ちる寸前の意識で何かが悲しく、この人たちをどうか傷つけないでと祈った。
一粒流れた涙が枕に吸い込まれるよりも、私の寝息の方が早かっただろう。




ルフィさんは当然のように私を誘ったけれど、私もまったく当然に国に残ることを選んだ。
それは寂しかったし一緒に行きたい気持ちも半分だったけれど。
この乾いた大地を愛している。荒れた国土を立て直すために、元反乱軍と元国王軍と、どちらでもなかった私の存在は必要だろう。
船長は意外に諦め早いかと思いきや、近くに来たら誘いにくるからなと言って笑った。
「仲間は仲間だ!」
どん!と言ったルフィさんと仲間の印を組み合わせて笑い転げ、泣き笑いで一人一人と握手し、抱き合った。ナミさんは怒ったように「寂しくなるわよまったくもう!」と言って、最後まで私は小突かれた。
大好きな人たち、彼らなら無事に夢を遂げて、私を誘いに来てくれるだろう。
その時には、胸を張って豊かな国を自慢できるように。緑の大地を眺めて一緒に出港できるように。

曳船(タグボート)に引かれて船首の向きを変え、もう船を出すばかりという時に、サンジさんが慌てて船を下りて駆け寄って来た。
「忘れ物でもありました?!」
彼の勢いにおろおろして、馬鹿なことを訊いてしまう。忘れ物も何も、彼らは身一つでこの国を救ってくれたのに。それとも私が何か、船に忘れて来たのだろうか。
「ビビちゃん、これ、乗船券」
「乗船券?」
サンジさんが差し出した新聞紙の包みを受け取って、手の中の形に目が丸くなった。
「これ‥‥」
「ビビちゃん専用だから。ただしそれ、片道キップだぜ」
「いいの?本当に??」
あのマグカップ。皆とお揃いの、仲間の。
「今度それを使う時は一生だから覚悟しろって、全員了解済みだよ」
笑う彼が背後を示す指の先に、甲板で並んで笑う仲間たちの姿があって、どうしようもなく嬉しく、離れ難くて涙がわいた。
「ビビちゃん?涙をとめる薬、いるか?」
首を傾げて私を覗き込むサンジさんは、煙草をくわえてからかい口調で。
私は笑って涙を拭った。
「今度にしてください」
「あ。読まれたか」
そんなことを言いながら、煙草を手に移して私にキスをした。
わだかまりを捨てて見送りに出ていた、反乱軍の幼馴染みたちからひゅうーと冷やかしの口笛があがった。
「サンジさん?!」
「役得♪じゃあなビビちゃん、イイ女になって待ってろよ!」
拳を振り上げた私から身をかわして、投げキスを放りながらサンジさんは船に駆け戻って行った。
「もうー!!」
地団駄を踏む私を、コーザが複雑そうな顔で見ていた。
「本当にいいのかビビ。また会える保証なんてないんだぞ」
国を愛する仲間の、苦労人のリーダーは、行きたいならば行っても良いのだと何度も私に言ったのだ。私がいなくてもなんとかなるから、やりたいようにやればいいと。
「いいの。あの船には目的を持った人しか乗れないから。私はアラバスタを救いたかった、命賭けてそう思ってた、だから乗れたのよ。今は私、あの船に乗る目的がないもの」
自分に言い聞かせる私の手は渡された包みをぎゅっと握って、戻って行ったサンジさんも揃った、甲板の仲間の姿を目に焼きつける。
「笑えビビ!俺たちは仲間だーー!!」
船長の大音声と共に一斉に印を突き上げる皆に、私も高々と印を掲げた。
「ありがとう!!」
「出航ーー!!」
船の各所に散って操船する仲間たちは、てんでに手を振って、私に笑顔をくれた。
私は何度もありがとうと叫んで見送った。船影が遠くなるに従って、ますます大声で。
やっぱり泣いてしまったけれども。


「何をもらったのビビちゃん」
反乱軍の幹部に収まっていた、綺麗になった幼馴染みが、興味津々と包みを覗き込んだ。
「私が船で使っていたマグカップ」
「へえ、いいねそういうの!」
ぱんと背中を叩いて、幼い頃と変わらない赤い頬で、屈託なく笑いかけてくれる。
「あのね、船に乗った最初の日に貰ったの、専用だからって皆色違いで。でもどの色も綺麗で、私自分で選べなくてね」
「昔っからそうだよねビビちゃんは」
がさがさと包みを開きながら、私は興奮気味に幼馴染みに報告した。
あの時なぜ、素直に嬉しいと言えなかったのか、こんなに嬉しかったのに。
「それでさっきの金髪の人が選んでくれて」
ほんのわずか、20日に足りない過去の記憶が鮮やかに甦った。
サンジさんの指先で揺れていたカップ、そりゃないだろうと下がった眉毛、優雅な物腰。
綺麗な瞳。青い青い
「…あ‥‥‥」
青いマグカップ。サンジさんの。
間違えたの?わざと?『今度使う時は一生だから覚悟しろって』
全員了解済みって、このことじゃないわよね?
「青かァ、どっちかというとビビちゃんて明るい色のイメージだけど‥‥どしたの?」
呆然としていた私は、肩を揺すられて我に返った。
途端になんだか笑いたくなって、驚いている彼女に抱きついて、声が掠れるまで笑った。


サンジさんは、どんな顔をして私の水色のカップを使うのだろう。



最後の最後に気付かせるなんて。
ときめくような余裕もなくて、慌ただしく賑やかに、過酷に優しく過ぎた短い時間で。
口先ばかりで行動の伴わない人だな、などとちらっと思ったりもしたけれど。
カッコ良く敵を蹴散らした姿よりも、踊り子の衣装に鼻の下を伸ばしてる顔の方が印象に深く残っているのだけど。
それでもこれが、きっと私の初恋なのでしょう。


END



さーいーごーのキィスは煙草のフレイバァがしーた♪うーむうーむ。
カウンタ9999を(赤文字で)踏んで下さったかるらさんのイバラリクエスト「サンビビ」です。しかしサンビビをイバラ道と言い張るか私。
そしてこれはサンビビなんですか?(大問題)どうなんでしょうね??
どうもその辺が不明です。如何でしょうかかるらさん。
アラバスタ編が終わってからでは書けないネタなので早出しです(笑)キャラ生死分からないしね。あ(投石)



言わずとしれた超名文書きみつるさんの所で無理矢理踏んだ“イバラ道”。
こちらの『嘘申告制度』&『イバラ道』をフル活用してGETいたしました。
(オーレはキャプテンウソップだぁ!) 
みつるさんにとって(笑・・確信犯)のイバラとはいえ、こんなに綺麗に仕上げて下さるとは・・・。
船長色濃厚なのは当然の出来!!幼なじみの影もまた・・・(へへへへ)
それでもみつるさんのコックさんは妙に色気がありますよね。
ありがとうございます!!
家宝として思い切り飾らせていただきます。

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