「鍵」
ネェ、鍵を開けてくれない?

扉を爪で引っ掻くの、聞こえない?
それって、聞いてない振り?

ネェ、こじあけてもいい
蝶番 引き千切って 踏み込んだら
どんな顔をする

鍵を開けてくれない?



太陽を背負って現れた男は私に降りかかろうとする火の粉を一降りで薙ぎ払った。

怪我は?

そう尋く。
掠れた、低い声。

まともに光源を見たから、網膜に光の水玉が見えてイヤだ。
顔は暗い陰が覆ってる。




誰?



声。
只鼓膜に響いたその声だけ。


印象?
そんなモノ、もう覚えちゃ居ない。





初めて誰かと海原を行く。

船上、空高くかかる月は淡く。
闇が間近にある。
空は燃えるような紫色。



掌がぴりぴりする。
まともに導火線を握ったモンだから皮膚が黒く焦げている。
手の皮は厚いから多分痕は残らないと思うけれど。

火傷。

又、傷が増えた。

甲板の上で、薬瓶を取り出しその蓋の開け閉めにも手間取る。
へったくそと頭上で笑う声。


月の中に顔がある。
昼間の眩しいくらいの光の中では気が付かなかった。
青白い光に縁取られた顔は別人。

声はそのまま。

貸して見ろと言うから、大人しく今巻こうとしてた包帯を解いて渡した。
ひっでぇな、と言いながら油を塗り、こちらが痛いかどうか聞いてくる。
こうして誰かに手当てして貰うなんて初めてだ。

「うっし、おわり」

言った割には自分で巻いた方がいいような仕上がり。
文句を言うと、風に晒した方が早く治るぜと。

確かに、風通しは好いだろう。



やるか?と、不意に聞かれた。
その手の中にはグラスと安物のラム。
海賊らしいだろ、と笑う。



昼間見た獰猛な印象は一切払拭されて、微かに子供の匂いを漂わせている。
手酌でそれを注ぎながら、私の分を寄越した。



他愛もない話をしながら、杯を空け続ける。
私は強い方だと自負してるけど、こいつもそう言う口のよう。

笊。

そう言うと、お前こそと空いたグラスを指す。



「そんなに呑むと開いた穴から出るわよ。」

二本目を開けかけた時に縫ったばかりの傷を見た。

消毒だよ、と言うけれどそう言う飲み方じゃない。

「何だ、心配してくれるのか。」
イヤな、笑い方。
誰が、と吐き捨てる。

豪快に笑いながら、ちらりと手を見て、何も言わなかった。


一瞬会話が止まって、視線が絡み合った。
目を逸らす。
なんだか、不思議な心地。
気拙くもあるけど、黙ってても、好いような。



甲板の上で、膚を撫でる夜風が心地いい。
見渡すと波間で光る海蛍。

暫くそのままそれを見てた。



不意に肩に重みを感じる。
目を遣ると、静かな寝息を立てながら目を閉じていた。


よく寝る男。
自分を含めてまだ三人しか居ないクルー。
本当にこの船に乗っていて大丈夫だろうか。

航海士を手に入れたと喜んでいた船長は
ささやかな晩餐の時に呑んだ一杯の杯で高鼾。
しかもこの剣士まで。

夜の航海にまるで危機感がない。








まだ会って、一日も経っていない。
どういう人なんだろうなんて、船長共々見当も付かないことは確か。
善人か、悪人か。
判断に迷う。
扱い安さに関しては上々。






柄にもなく、思わず今日を振り返る。
膝を抱えて目を閉じる。



痛む掌はこの船長を助けてしまったから。


私が今生きて此処にいるのはこの剣士に助けて貰ったから。




今日はいろんな事がありすぎて。



今朝起きたときには、こんな事起こるなんて思ってなかった。


予想以上の収穫。
人助け。
スカウト。


めまぐるしく運命の歯車は狂ったように回ってく。
その波に翻弄されて漂う小舟は今にも転覆寸前。




あの声。


今も耳の中でなっているよう。



“怪我は?”



この、航海中に誰かに心配されたことがあっただろうか。

私は常に蹂躙される側の人間だった。
誰も信じていなかった。


あの声。




初めてだ。
私、男の人に助けて貰ったの、初めてだ。




この、無謀と言われ続けた馬鹿げた話ももうじき終わる。
自由になれる。
最期くらい、無謀な戦略を取っても好いでしょう。
でもこれで終わりにしよう。





床に置いたグラスを持ったまま、眠った男の顔を盗み見た。
薄く開いた口唇。熱があるのか、罅割れている。


手を伸ばし、男の指をグラスから解きそれを取る。
まだ残ってる。
それを嘗めながら、人差し指でそれを掬う。
起こさないようにその口唇に滑らせる。


触れたところが熱かった。


飲み差しを含む。
微かに薫った男の匂い。


目蓋が熱い、身体の奥が疼いた。



                                   end




この方の文のリズムに一目惚れしました。
サイトもそうですが、闇の中に一瞬光る金属閃光に浮かぶ彼らの姿を切り出したようなエロティズムと鋭さがね。さすがは15禁サイト様。
幸いカウントを踏めたので早速おねだりしてしまいました。
ネタ的には今更で困ったリクエストでしたか・・。困らせてしまったようで反省してますが後悔はしていません。
私はこのあたりの二人の関係がとても好きなんですが、それを是非この方の文で読んでみたかったんですから。

ありがとうございました。
掲載や報告が遅れて本当にごめんなさい。
そしてあえて表におけそうだから黒背景にしなかったんです。


back