「かわいいひとたち」 新しい島に着いてルフィが飛び出そうとするのをサンジが慌てて引き止めて誰かログの溜まる時間をと聞けば、それに応えるのは怯えながらも麦わらの海賊旗を一目と港に集まるこの島の住人達だ。 それによって滞在時間を確認した途端、可愛らしいライオンのヘッドから岸へゴムで飛んだ船に比べてとても小さい身体は、そのトレードマークの麦わらを片手で押さえて軽やかに街の中で着地する。ふわりと浮いてすとんと落ちた赤色の背中を追うように、同じく何の重さも感じさせない距離も感じさせない黒いスーツとこれまたトレードマークの黒い靴がスタンと降り立った。しかし、麦わらに気付き怯える者はたくさんいても、この黒足に気付くものはいない。 それが気に食わないのか、その黒足をタンタンと苛立っているように数回打ち鳴らすとサンジは胸元から歩きながら白いタバコの箱を取り出し、眉間にいっぱいの皺を寄せながら火を灯して前を歩くルフィを監視するようにチラリと上目遣いで見遣った。 それに気付いたのか気付かないのか、麦わら帽子はクルリと一回転してニシシと悪戯っぽく笑う顔がサンジを捉え、青いボトムに突っ込まれた二本の手がそのポケットの中でゴソゴソ忙しなく動く。 そしてルフィは何かをサンジへ呟き、それを見たサンジはほんの一瞬目を見開きすぐに戻して肩をすくめ、てくてくと大股で子供のように歩く麦わら帽子の後を、スタスタとガラ悪くがに股で歩く黒いスーツが追いかけるように街並みの中へ溶け込んでいった。 あれは何を言ったんだと思う、と問いかけたのはまだ船に残るナミで、それに答えるのはもしかして自分なのかとウソップは自慢の大きなバッグを覗き込んでいた頭をふと持ち上げる。トレードマークの長い鼻がバッグの金具に軽く引っ掛かって、小さく弾かれた。 見渡せばちょうど船から降りるロビンとそれに小さな手を差し出すチョッパーがいる。相変わらずチョッパーがロビンに懐いているのは、彼女が一番読書家でしかもその知識を相手にとって的確な言葉で伝られる能力を持っているからかもしれない。更には「悪魔の実」の能力者同士ということも関係してるのかもしれないし、それはともかく、ロビンはここから見ても容姿も姿勢も仕草も綺麗なだけでなく、ある意味チョッパーより可愛らしい反応をふとした瞬間に見せるのだ。 そんなことを考えながら、では船にはあと二人・・・と見渡せば、フランキーはもうその仲の良い二人を追いかけていて、あとの一人は前よりも随分広くなったミカンの木の下でごろんと横になっている。芝生になってからは寝心地も増しているのか、こうして島に着いても寝続けていることが多いゾロを目の端に捉えながら、おめェはどう思うんだ、とウソップは甲板の縁に頬杖をつき港を見下ろす後姿へ問い返してみた。 ナミはこちらを振り返ることもせず、そうね・・・と呟き、その小さな声は船の縁から飛び出して空中で消えた。答える気が無いからきっとそれは色も持たず形も作らず無くなったのだろうと、ウソップは目の前にある短いスカートからすらりと伸びた白い脚を見上げながら、そのスカートのひだが舞い上がる様子をぼんやりと眺める。 しかしそれが思ったよりも高く上がるから、すぐに慌てて視線を引き締まった足首の方へ戻した。あの中身はきっと極上の部類に入るもので、でもそれを今チラリと見てしまったからといって大騒ぎするほど距離のある間柄ではないけれど、その持ち主の金銭感覚と自分のそれとの間には埋めようの無いそれこそ海のように広い距離があるのだ。 見たか見てないかと問われれば一瞬見てしまったけれど、でも何も言わなければ気付かれないと思い直してサッと視線をナミの顔の位置まで一気に上げれば横顔が光を受けて透けていた。ナミはその綺麗に光る唇を引き上げて下に回した右手の人差し指と親指で可愛らしい丸を作り、その仕草は確実に金銭の要求だ。可愛げの無いヤツだとウソップは小さなため息を吐く。その息よりも少しスピードのある風がナミの髪をふわりと浮かし、その顔の周りにオレンジの輪を作る。同じように再び、スカートが舞い上がった。 気になるのか、と聞けば、少し・・・と呟く。声が風に乗せられて聞き取りにくくなって、ウソップは立ち上がりナミの隣へ並んで同じように陸を見下ろす。船という高い位置からは遠巻きにしている人間も近づいてくる人間もみんな見えて、でもその中で目立つのはやはりフランキーやロビンやチョッパーだ。風貌からもそうかもしれないが、島に馴染むための何かが少し飛び出ているような異質さで、おそらくそれは普通というものより僅かに多い経験とかそういう類のものなのだとウソップは思った。 三人は仲良く並びながらフランキーは時折笑ってロビンは時折微笑んでチョッパーは時折ビクリと立ち止まり笑う。そのうちにロビンが何かチョッパーへ耳打ちし、瞬間驚いたチョッパーの発した言葉にフランキーが何かポーズを作って応えた。 何て言ってんだろうなァ・・・とウソップが呟けば、ナミは突然振り返って、何だと思う、と少し大きめの声を発する。 ゴロリと寝返りを打ったゾロが、知らねェ、と答えるのを聞いて初めてウソップはゾロが起きていたことを知った。起きているならゾロがこの小さなお遊びに付き合えばいいのにと背後をチラリと見遣れば、瞬間目を開けたゾロの視線を真っ向から受けてしまう。 何も悪いことなどしていないのに、ゾロの機嫌があまり良くない。今のウソップに分かるのはそれだけだ。ならば、きっと原因はこの短い時間での出来事で、何が気に入らなかったのかは知らないが、だったらそのときに起きてくればいいのにと思った。見張りはウソップだと決まっていたし、いつもならばさすがにもうナミと共に街へ出ている頃なのに、恐らく思ったより寝過ごしたのだろう。だからといって、らしくない、とウソップはため息をついた。 肩をすくめ陸の方へ向き直ったウソップの隣で、ナミは呟く。あんなところでまた・・・、と指差す方向にあるのは港から伸びる道から一本入った場所だ。市場のように店が立ち並ぶそこは遠くて人も多くてハッキリと何が見えるわけでもないが、それでも麦わら帽子と黒いスーツがすぐに見つかった。どんどん進むルフィの首を背後からグイっと引っ張り、サンジはズルズルと手にしたそれを引きずって恐らく目当ての店へ向かって歩き出す。黄色い頭がガクガク揺れていて、きっと何か汚い言葉をルフィへ向かって叫んでいる。 アレはきっと・・・と、いくつかのホラを交えて喋りだそうとしたウソップの真横で、一層強い風が吹いた。一瞬の出来事で、自然に吹き上げる海風とか明らかにことなっているから何かが通り過ぎたのだと認識する前に、それはふわりと宙へ浮いた。 瞬間、目を見開くウソップの前にはナミを軽々と抱き上げるゾロの背中があって抱き上げられたナミの顔と真正面から目が合って、そこでようやくゾロが背後から走ってきてナミを抱き上げて船から飛び出したのだと知る。正面から片手で軽々とナミを抱える左手はしっかりとナミのスカートを押さえていた。 そこからもう起きていたのかと呆れるしかないウソップの耳に、落ちてゆく身体から大きな声が響く。縁から乗り出して見下ろせば、スタっと綺麗に着地したゾロがナミをホールドしたまま、海軍がいるんだろ早く用を済ませろ、と叫んでいた。 それはそれは大きな声で、決して空気に交わることなく一直線に船にいるウソップへ届く。耳元で叫ばれたナミが自らの手で耳を塞ぎながら、うるさいゾロ見張りのウソップを待たせないように早く帰るわよログは二時間で溜まるわ、とこれまたよく通る声を発する。 その顔は船の上からでも分かるくらいの笑顔で、ようやくナミを開放したゾロは舌打ちをしていて、ウソップはようやくナミの意図が読めて苦笑を洩らした。 きっとナミはゾロが起きた瞬間だって気付いていて、ゾロだって気付かれたと分かっていながらもああやって狸寝入りを続けて、街へ出たいナミはわざと街へ出たクルーの話をしたのだ。しかもわざわざウソップの前へ立って、更には会話へ引き入れた。 でもゾロはきっとそれだって分かっていたのだから、結局この二人の我慢比べと言うかクダラナイ勝負に巻き込まれたのだ。ウソップはそう思って、はぁと小さく息を吐き出し二人の消えた方向を見て微笑む。 どうせナミが勝つなんてことは最初から分かっているのだから目の覚めた時点ですぐに起き上がればいいのに、ナミが絡めば少しらしくない回りくどい拗ね方をするゾロも、ゾロならば無理やり引っ張ってだって行けるはずなのにこうして回りくどい甘え方をするナミも・・・二人とも二人なら少し厄介でとても可愛らしいとウソップは思った。 そして、二人なら倍になる優しさにもまた、笑みが零れる。 それをもっと膨らますように、船へ荷物をたくさん持って駆け寄ってくる麦わら帽子と黒いスーツに、縁から身を乗り出して大きく手を振った。 |
かっちさん@ESTANTE 2007ナミ誕かるらよりお願いしたリクエスト「ゾロを手玉に取るナミ」 2007ナミ誕でリクエストを募集されていたのでお願いいたしました。 この方の地の文の丁寧さが好きでね! 頂いたこれなど正にウソップの語りという手法をとった地の文のみの力作でおられます。 上陸前のワンシーン。この一瞬がこれだけ鮮やかに描かれて切り出して魅せていただけるとは! 二人ともな意地の張り合いと手玉に取っちゃうナミの魅力、そして拗ねて見せながら取られてやるゾロの度量。ウソップの優しいクルーへの視線。 キャラクターの捕まえ方もまるでスローモーションと止め技の聞いた映画を観るような描写に魅了していただきました。 ありがとうございます!! |