食卓の風景

 全員が食卓に揃う頃には、テーブルの上はサンジの作った料理が所狭しと並べられていた。
「おーっ、うんまそー!」
「うわ、ルフィ汚ねーなあ」
 せかせかとサンジが用意している中、ルフィは待ちきれないのか椅子をがたがたと揺らしてよだれをたらす。
 その隣でルフィのたらすよだれを見たウソップはのけぞるようにして、反対側に座っていたチョッパーへと
抱きついた。
「うわーっ」
 抱きつかれたチョッパーもルフィの方を見て、ウソップと同じように足をばたつかせてのけぞった。
 ルフィの口からは滝のようによだれがどんどんあふれてくる。
「このままだとクソゴムのヤツが料理を汚してしまいそうなんで。それでは、いただきます」
 サンジの合図で、ルフィを除いた全員が口をあわせる。
「いただきます」
 その間にもルフィは一気にシチューを口の中に詰め込みはじめた。
「こらクソゴム、食事の前はちゃんと挨拶しろって言っただろうが!」
 トレイを持っているサンジの足がルフィの背中に炸裂する。
 口の中いっぱいによく煮込んである具を頬張っていたルフィは喉に詰まったような妙な声を発した。
「ルフィ、もうちょっとゆっくり食べたって、誰もあんたの分取らないわよ」
 胸を繰り返し叩き、ウソップが差し出したグラスの水を一気に飲み干したルフィはようやくそこで大きく息を吐き出した。
 呆れたような声を出したナミのカップに、サンジは優雅な手つきでお茶を注ぐ。
「まったくホントですよね、ナミさん。こいつらはホントに野蛮で、おれなんかからしてみるとまったく所業が信じられません」
「おい、こら、それはおれも入ってんのかよ?」
 ウソップの突っ込みもまったく無視して、サンジはナミの後ろをまわり、カルーに飲み物を与えていたビビの方へと移動した。
 更に続くウソップの抗議を背に、サンジは笑みを浮かべてビビに話し掛けた。
「どうぞ、ビビちゃん。今日はこの前街で仕入れてきたばかりのハーブティです。お肌にいいですよ」
 カップを手に、お茶を注ぐサンジを見上げてビビはにっこりと笑う。
「ありがとうサンジさん。サンジさんの入れるお茶はおいしいです」
 ビビの言葉に、サンジの瞳の端がだらしなく垂れ下がる。
「あなたにそう言っていただけると……」
「サンジ、これ、うっめーぞ!」
 ビビのそばに跪いて、彼女の手を取ったサンジの言葉を遮るように、ルフィは声をあげた。
 ルフィの手には、焼きたての匂いがする大きなパンが握られている。
 ルフィは焼いたパンをそのまま口の中に押し込んだ。やわらかいパンは大きさのわりにすぐにルフィの口の中に
おさまってしまった。
 ルフィの声に立ち上がったサンジは一気に得意げな表情になり、胸をはってみせた。
「そうだろ、そうだろ?そのパンは今回このおれさまが焼いたんだぞ」
「あら、サンジくんが焼いたの?どおりでいつもよりおいしいと思った」
 焼きたてのパンにはバターを塗らなくても、そのままでも十分おいしい。
 ナミは小さくちぎったそれをそのまま口の中に放り込んだ。
「ナミさんにそう言っていただけるだけで、シェフとして光栄の至り」
 サンジは深深と頭を下げた。
「ホントにうめーなあ。こんなうまいパンなんてはじめて食ったぞ」
「これ、すっげーいい匂いだ。それにすっげーあったかいぞ。サンジは天才だ」
 ウソップが二切れ目を手にする隣では、チョッパーは鼻をひくひくさせてずっと匂いを嗅いでいる。
「おーおー、嬉しいことを言ってくれるね、チョッパー。どんどん食え。長ッ鼻もどんどん食っていけ。いや、この瞬間があるからたまらないねェ」
 サンジは火をつけた煙草の煙を上機嫌に吐き出した。白い煙が天井へとゆらゆらとのぼっていくのを見つめて瞳を細める。
 それぞれが楽しそうにパンを手にして口にする中、唯一無言で黙々と食事をするゾロに、サンジの視線が止まった。
 大きく吸いこんだ煙を勢いよく吐き出してから、サンジはテーブルをぐるりとまわり、ゾロの近くに移動してきた。
「おい、おまえはどうだ?」
「何がだ?」
 テーブルに手をついてゾロの顔を覗き込んだサンジに、ゾロは一瞥をくれただけで、食事の手を止めようとはしない。
「おれ様が丹精こめて作ったこの焼き立てのパンの味はどうだ?って聞いてんだよ」
 一言、一言区切るようにして言ったサンジに、ゾロは今度は視線も動かさずに淡々と答えた。
「うまいな」
 ゾロの短い返答を聞いても、サンジはひこうとしない。
 テーブルに手をついたままじーっとゾロの顔を見つめている。
「笑え」
 サンジの言葉に、ゾロの手がそこではじめて止まる。
「あ……?」
 何のことだかわからずにゾロはパンを手にしたまま、サンジを見て固まった。
 サンジは自分の口を両手で横にひっぱって、笑う表情をしてみせる。
「こうやって、笑って言ってみろ」
「あァ?」
 ゾロは眉間に皺をよせて、持っていたパンを口に放りこんだ。
 もそもそとパンをのみこんでから、再度サンジの顔をじっと見つめた。
「とうとう頭でもイカレたか?クソコック」
「うまいなら、笑ってそう言ってみろって言ってるんだ、このぼけクソ剣豪」
「だからなんで笑わねェといけねーんだよ?」
 サンジの言葉に、勢いよく立ち上がったゾロは、瞳を細めてサンジの顔の間近まで顔を寄せる。
 ゾロのにらみにも負けじと、サンジも見下すようにゾロをにらみつけた。
 一瞬にしてにらみ合いになってしまったサンジとゾロを、ウソップとチョッパーはパンを抱えたまま無言で見つめていた。
 二人の一番近くにいたビビは驚いて席から立ち上がり、かといってどこにも行けず、両手を顔の前で組み合わせる
ようにしてゾロとサンジの顔を交互に見ているだけだった。そして助けを求めるように座っているナミの方へと向く。
 ナミは大きくため息をついて、ゆっくりと立ち上がった。
「あんたたち、いいかげんにしなさいよ。朝から険悪な状態じゃこっちがたまんないわ」
 片手を腰にあてて、首をひねり、瞳を細めてにらみつけるナミに、サンジはぴょこんと姿勢を正し、表情を緩める。
「おれはね、ナミさん、こいつにうまいとだけ言って欲しかった……」
「はいはい、サンジくん。わかったから、今日はもうやめて」
 サンジの弁解を片手でひらひらといなすようにしたナミは、呆れたようにサンジをじっと見つめる。
 いつもなら飛び跳ねてナミへと擦り寄るサンジだが、今日はそのままテーブルに両手をついて、ふるふると肩を震わせていた。
「サンジくん?」
 いつもと違うサンジの態度に、ナミは驚いて思わず声をかける。
「ルフィ!」
 うつむいたまま突然叫んだサンジの声に、ルフィは顔をあげた。その口にはパンと卵とベーコンが詰め込まれている。
 サンジはテーブルの上に並んでいる料理を見渡してから、瞳をぱちくりとさせているルフィを見つめた。
「おれの料理はうまいかっ?ルフィ!」
 サンジの悲痛にも聞こえる問いに、ルフィは口いっぱいに頬張ったまま、にっこりと笑った。
「うっめーぞ、サンジ」
 その天真爛漫の笑顔に、サンジの硬かった表情が一気に崩れる。なぜか瞳に涙をためた半泣きの状態のまま、笑っているルフィに駆け寄ってしがみついた。
「うまいよな?おれの料理はうまいよな?」
「おお、サンジは料理の天才だ」
 ルフィの答えに感涙にむせぶサンジと、笑いながら次々料理を口にと運ぶルフィを、他のメンバーは呆気に取られたように見つめていた。
「えー、これは一体どういうことなのかしら?サンジくん」
 こめかみに指をあてながら、ナミはゆっくりとサンジに尋ねた。
 サンジはルフィから離れてゆっくりと立ち上がった。服についた埃を払いながら、まっすぐに立ち尽くしているゾロを指差す。
「あのクソ剣豪が笑わないんです、ナミさん」
「……何を言っているのか、わたしにはわからないんだけど?」
 あっという間に立ち直ったのか、いつものように煙草をくわえて火をつけたサンジに向かってナミは怒鳴りたくなる気持ちをおさえて、静かに聞いた。
 気持ちを落ち着かせようとナミはビビへと視線をやると、やはりわからないのかビビはナミに向かって何度も頷いており、その隣には何が起こっているのかわからないように見えるゾロが欠伸をしている。
 カルーとチョッパー、ウソップはサンジの言動に恐れをなして怯えているように見え、ただ一人ルフィは「うまい、うまい」と言いつつ、朝食を食べている。
「わかるように説明してくれるかしら?」
「先日立ち寄った島で、おれとクソ剣豪が買い出しに行ったときのことです。そのとき街の屋台で焼いてるもろこしがあったんで食べたんですが、そのときあのクソ剣豪は忌々しくも、そのもろこしを口にして、うまいと笑って言ったんです。ただの焼いたもろこしですよ?このスーパー天才シェフの、このおれが作った料理では、一度も笑ってうまいと言ったことすらないのに!たーだーのもろこしが!うまいと!笑いやがったん
です、あいつは!このおれのプライドは一体……」
 そのときのことを思い出したのか、サンジは再び感情にまかせてふるふると体を震わせて、両目に涙をためる。
 サンジの説明を聞いていたナミはがっくりと両肩を落とした。
「ええと、そのとき、ゾロが笑ったことが、サンジくん的には許せないと……」
 そこまで言ってナミは言葉につまる。それ以上、何を言ったらいいかわからず、問題の人間の方を向くと、相変わらず関係ないことのような表情をしている。
 航海をはじめた頃、ゾロはルフィと一緒によく笑っていた。最近はそれほど笑わなくなったが、おそらくそのときと同じ笑顔をしたのだろう。
 それも、焼いたもろこしを食べて。
「サンジたち、もろこし食べたのか?いいなあ、おれも食べたかったなあ。そんなにうまかったのか、ゾロ?」
 ルフィに尋ねられたゾロはわずかに首をひねって、宙を見つめると、短く答えた。
「おう、うまかったぞ」
 そのときの味を思い出したのか、ゾロは口を開いて笑った。
 次の瞬間、サンジの足が舞う。
「おい、何しやがんだッ?」
 すんでのところでサンジの蹴りをかわしたゾロは、鞘ごと抜いた刀でサンジの足を受け流す。
「笑いやがったな」
 続けてサンジの足技が炸裂する。
 ゾロはバランスを崩して、サンジの足をかわしながら、そのまま後ろにひっくり返った。
「だからいきなり何しやがるんだッ、クソコック!」
 ゾロの叫びはすでにサンジには届かない。
 あっという間にキッチンが戦いの場所になる、その前にルフィやウソップは慣れたもので、両手に持てるだけの料理を抱えて、すでに避難している。
「ゾロのヤツ、ホントにサンジがなぜ怒ってるのかわかってねーのかな?」
 ウソップの独り言に、同じく避難したナミは大きくため息をついた。
「たぶんね」
「サンジさん、かわいそう」
「ビビ、うまいぞ、これ」
 始まった喧嘩を止めることを諦めているナミとビビに、ルフィは鍋を抱えながら笑ってパンを差し出した。
 

  END


ゾロがぱっと笑うその表情は私も大好物ですがこれはコックに判官贔屓の軍配を上げてしまいますね。
美味いの一言だけで料理人はどんな手間をも惜しまずに作れるのに。
変な意味じゃなくゾロの笑顔を見たいと言うサンジの心理を、蹴ったり半泣き顔でルフィを抱えたりする彼らしさを綺麗に書き込んでくださってありがとうございます。
ゾロってば罪作り・・(それでも可)
ひろひろさんの”漢気”にて出された海賊企画。
申告した人が貰える第二段を無事get
ホクホク顔で帰ってきました。


back