『大地の贈り物』
        274話より









鉄は大地のもたらす恵みの一つだ。

島雲はあらゆるものに加工される。硬くも、軟らかくも、今の技術でそれは自在だ。
だが、あの硬さ、強さに匹敵するものは作れない。



彼の地を追われた祖先が残したものの中にそれはあった。重く光るそれを鋼色に彩られた希望として自分は戦士達のうち力ある者にそれを託した。そしてそれを使うときには必ず俺たちのヴァースを取り戻す。俺たちの使命を取り戻し、流浪の民から本来の姿を取り戻す。名のみ伝えられるその無形の響きと誇りを共に取り戻す。それはずっと抱かれていたどす黒く変化する血に彩られた悲願であり誓いだった。






鞄にほんの一杯だけの大地。
たったそれだけのもの。
俺たちの物であったはずなのに。今はたったこれだけをありがたがり、それに命を賭ける。
倒れているカマキリの姿よりも、叫ぶラキの声よりも体の中に怒りが沸き上がる。
こんな姿が良い訳がない。
アイサの宝はアイサの物だけではない。本来は俺たちの物であったはず。
放り投げられた小さな鞄。
それを見つめるラキの瞳もまた哀れが過ぎてむなしく風に溶けていった。
ラキの執着の哀れさと俺たちの情けなさが重なる。
カマキリの傷も。


「今日、俺はエネルの首を取る。」

もう我慢はできなかった。
待ちに待った。子供の数が急速に減りつつあった。理由は不明だ。激減されたという400年前より長らえた部族の数も減っていく。アイサのように空島の人間の持つような力を持った子供の出現と引き替えなのかもしれない?
今しかない。今立ち上がらねば俺たちの未来はなかった。
神がガンフォールでもエネルでも同じ事だ。倒すだけの事。
機は熟していた。






そこに何を考えたか青海人が絡んできた。
そこに居合わせたのが不運というものだ。俺達の前に立つならぶっ飛ばす。
帽子をかぶった男はあっという間に俺の前から去った。





もう一人と出会った。

最初その男に感じたのは殺気だった。
殺気は殺気を呼ぶ。その男も目の前に立ちはだかるものには確実に刃を向け、葬り去る類の男だ。
奴の目的は何でも良い、ここで始末を付けねば危険な男だ。それだけは本能が理解できた。
そして大蛇を前にした時の無作為の敵意。
膨れあがったあの敵意に自分の体が勝手に反応した。反応してそのまま大蛇に向けてではなくあの男にバズーカを撃ち込んだ。それくらいの巨大な破壊的な気だったのだ。
四方に向けて破れたような怒りの矢が跳ね回っている。
オームに向けた物ではない。その怒りに似たそして狂気に似た気は敵を選んでいなかった。


俺のバズーカにも男は怯むことなく大蛇に向かったはず・・・が横槍が入った。
おかげで自分は大蛇に向かう事だけはできたが、決着がつく前に足元が崩れ始めた。










風が変わった。
落ち行く遺跡は足下に吸収され、そして静かになった。
静かな空間に風が頬をそよがせた。
風は大地の香りを孕み、古い建物の間を駆けていった。
古老達の語る故郷の姿と同じ。幾度忍び込み探しても得られなかった故郷の姿。
口伝に残されたそれと同じ姿が今自分の目の前にあった。
足下には大地の花が咲いている。種を付けたそれは雲の大地に覆われながらも新たな命を育んでいる。
大蛇の唄が風に乗って消えていく。
大地のみが成す清浄さに、その空間は覆われていた。

“ここ”こそ故郷。我らこそが守るべき物。







横に立つ男から殺気は消えていた。



エネルを前に堂々たる不貞不貞しさは全く変わらない。瞳の鋭さも。
が、前よりももっと自然だ。
冴え冴えとした済んだ闘気が全身に満ちている。強かで、完成された男の気が正円を描く。満たされた形のそれは闘気と呼ぶにはあまりにも美しすぎた。

男がその手に持つ得物。
決して汚れず美しい鉄の刀。
その光もよりいっそう冴え冴えとしている。戦闘に使い、血を浴びれば刃物の切れ味など問えなくなる、刃先がこぼれてただの硬い棒になるはずが、あくまで澄んだ美しさを魅せている。芸術といっても差し支えない位の研ぎ澄まされた、刃物はその切れ味もおそらくは極上と思われる光を放っている。



何が変わった?




自分にはアイサのような心網は読めない。
だが、戦士として人の心の動きは理解できる。
奴の変化が後ろに隠れている女のせいだ、と気が付いた。
それはさっきアイサをつれてウェイバーに乗ってきた女だ。
アイサと一緒に大蛇に飲まれたはずだが。
という事はアイサはどこだ?無事なのか?姿は見えないが。

生来の能力者のアイサは狂気や邪気のあるものには近寄らない。
自分に接するときにはいつも脅えと壁を体中に貼り付けている。そのアイサがともにいた女。



蜜柑色した花のような清浄な女。あれも大地から奴への贈り物か。
大地はその子等にはそこまで祝福を与えるのか。
大地に根ざした花はそこまで人に力を与えるのか。
透明な渇望が体の奥に湧いている。



緑頭の男の口元が薄く微笑んでもいる。
凛とした気と涼しげな容貌。
驚かされる。
仲間の無事はかくも人を変えるのだ。



白荊の外で倒された仲間の事が少し思い出された。
大地に根を張れぬ花は今倒されている。その無事も判らない。
修羅場の戦場から遠ざけたはずのあいつは仲間を思いここまで伝言を持ってきた。あいつが大事にしていたアイサはウワバミの中にいる。だが今助けている間はない。一番の目的を叩きつぶす。それが仲間の血にもっとも報いる事だ。
俺たちの・・・故郷を。
大地を。
大地を手に入れれば根のない花はもう一度大地を得て咲くだろう、いや咲かせてみせる。
倒されたままにしはしない、絶対に。









奇しくも隣の男もエネルに向けて同じ事を言った。
指し示す刃が太陽を受けて眩しく光る。


俺はエネルを倒す。
俺の大地からの贈り物をこの手に得る為に。



end


ルフィがヒーローであるこの作品ワンピース。
どうしても脇であるゾロもワイパーもそれぞれが主役を張れそうな男達なのに彼の引き立て役にさせられがちですが・・
脇がかっこよすぎるからこそルフィは黙って立つだけであれだけの輝きを人に示す事ができるんですってば!!

と言う事で脇役讃歌。





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