「迷子」




子供の頃に居た村の一の神社には神域があった。
一切が高い塀に囲まれて、外からの入り口はなかった。うっそうとした樹齢数百年を超えると言われる木々のそこは山一つ分もあり、神様の庭だからと言って子供などがちょっと覗いただけで年老いた神主がそうと思えない勢いで走ってきてこっぴどく叱られたものだ。

「神様に連れて行かれて帰って来れんぞ!」

鎮守の森でもあったそこは、子供の視線からかもの凄く大きかった。

奥に何か居るような。
ずっと呼ばれているような。



*****



「だめだよぉ!またかんぬしさまにおこられるよ!」

塀の一部が崩れているのを見つけたのは俺たち子供だった。少し掘れば一尺に満たない穴でも俺たちなら通れた。俺が一番、と頭を突っ込んでみると一緒に来たアンゴが俺の袖を引く。俺より二つも上で、身体も大きい癖にものすげぇ弱虫だからずっとこいつを家来みたいに思っていた。他の奴も同じだ。その頃の俺の周りに、まだ俺より強い奴はいなかった。誰に喧嘩を売っても簡単に勝てた。

「ゾロってば!」
「じゃぁおまえだけ、さきかえってろ。」
「だめなのにぃ!かみかくしされちゃうよぉ!おばけがでるよぉ!」
腕を振り払ってむんずっと中に伸ばして身体をよじればすぐに其所は禁域だった。
後ろで涙声が聞こえたけど全然気にしなかった。
身体をよいしょっと通して顔に草が触る。立ってみると思っていた以上に大きな木がたくさんあった。
森にありがちな葉ずれの音はしない。動物の声も聞こえない。虫の気配もない。
其所にはただ木々がある。


何かが呼んでた。
その奥から呼んでいた。



「だめだよぉ!てんばつがおちてくるよぉ!」
一歩を踏み出そうとしてアンゴらしいその声だけがかすかに聞こえたものだから思わずちょっとだけ身構えた。

けれど緑が一層深く茂る草の中では何も起こらなかった。
空は高く、本当に森は静かだ。少しずつ中に分け入っていってもただあるのは木と草だけ。
草のガサガサ言う音も、後ろの涙声も聞こえない。
森が音を食べている、このときは単純にそう思えた。


怖いという気持ちも知らなかった頃の話だが、このとき一度も怖いなど思わなかった。
身体の中に何か力があるようにいつもよりもドキドキして、一歩ごとに踏みしめる草の感触だけ記憶がある。
膝まで届く草を分けて、顔を遮る草も除けて真っ直ぐ前に進む。真っ直ぐに。惹かれるままに進んでいく。
森の中をどれくらい歩いたのか判らない。時間の感覚はあのころの自分にはなかった。疲れも感じていなかったから其所にたどり着いたのもあっという間だったのだと思った。
その中に一筋だけやや草が少ないところがぽっかり空いた空間で薄く光って見えた。

「?」

小さなお堂があった。
道とは呼べない草の上の筋が其所に向かっている。

茅葺きの屋根と小さな扉。子供の視点でも大きいとは思わなかったから本当に小さな物なのだろう。
そして鍵が半分外れたままの扉は開いてゆらゆらと揺れていた。
吸い込まれるように其所にたどり着く。
多分……扉の奥に白いものが揺れて見えて、まるで手招きしているように見えた。
何の不思議も感じなかった俺はそのままそこに入っていった。

中が思ったよりも広かったことに驚いた。
そして一番奥に・・・丸い金属に見えた鏡がおいてあった。
まだあどけない瞳でゾロはそこに映った映像をじっと見ていた。









神域の一番奥の宮には代々の神官が三月に一度食事を運ぶという神事がある。
宮の奥には神器が納められている。と言われているがその扉は開かずの扉だ。
そしてその供物は必ず三日のうちに姿を消す。動物などが盗っているのかと調べた者もいたが乱れた跡は全くない。
不思議に思って宮の内部を入り口から覗いた数代前の宮司の記録には「神器の鏡が消えたり見えたりする」のだという。
小さな庵のすぐ手の届きそうなところに安置してあるそれが、備えただけの鏡の位置がずれて居るどころか、全く確認されないこともある。
怪異と恐れられながらもその現象 つまり鏡の不在は「御鏡の渡り」と呼ばれ、その甚大なる霊力のよすがになっていた。

そこは禁域ではあるが、入ったところで全員に何かあるわけではない。
奥の宮を覗いた者についても何か不幸が起こるというわけではない。

だが幾度か、その周囲で人間が居なくなった。
失われた人々は年齢も立場も問わないがそれでも子供がいなくなることが多かった。
封印することも、打ち破ることもかなわないままその御鏡を人は神隠しと畏れ、供物を欠かさず届けて居るうちにその神社は一ノ宮になっていた。





「ゾロが神隠しの森に入ったじゃと!?」
夜になっても帰らないと聞いて家に帰ろうに帰れず境内の隅で泣いていたアンゴを問いただして宮司は真っ青になった。
「ただでさえ迷子癖のある子だ!」
騒然となった大人が村を挙げて捜索に出たが彼も同じように髪の毛の一筋も見えなかった。
遠くにオオカミの遠吠えも聞こえる。人の入らないここはそもそも獣や虫の宝庫で奥には大型の獣も居るという。

子供が草をかき分けたの跡の消えぬ間にと、御鏡の宮への際の道もたどったが少年の行く先はようとしてしれなかった。
奥の宮にも当然宮司は調べに行ったが、ゾロはおらず、また同じように鏡の姿も見あたらなかった。
扉を開けようにも木造の古いそれは男達の力にもがんとしてその扉を開かずに神器は見えなかった、彼らは途方に暮れてゾロは迷子かもしれないと再び森の中へ少年を捜しに出た。




そして何の手がかりもないまま三日が経った。











「おう!」
「ゾロ!?」

少年は疲れた様子もなく消えた日の服装で発見された。
元来の腕白小僧の行方しれずに宮司を始め大人のきつめの灸が据えられたが、本人はけろっとした顔で社務所の隅にあった細長い棒を腰に差し、意気揚々とそれを振り回していた。
三、四歳の男の子の言うことだからはっきりしなかったが、本人は奥の宮で鏡を覗いて、そのまままっすぐ帰ってきたのだという。
「俺も、あいつみたいな剣士になるんだ!」
”あいつ”をいくら問いただしても誰にも判らなかった。自分がたくさんいた。鏡の中に剣を振るう大人の映像を見た。と言うことだけようやく話の中から一人の女性が紡ぎ出した。以来、ゾロは腰にさした棒きれを離さず、それが次第に竹刀にと変遷し、傷口が増える頃にはその本数を増やしていって・・・・迷子は海に出たまま帰ってくることはなかった。












*****







高2の夏。厳しい剣道部の合宿にもお楽しみはあったりする。
最後の晩の夕餉の後、有志が集まり話題に花を咲かせたり。夏の夜の風物詩と言えば怪談だろう。
実体験だが……と断った話し方をしたのは一番乗り気の少なかったゾロだった。

彼は子供の頃一度、神隠しに遭っているという。

自分の一番最初の記憶だが、と彼は話し始めた。幼児園児の記憶だがはっきり覚えている物がある。公園の稲荷さんの所から手がゾロを招いた。怖いとも思わず手の招くままに歩いて、自分によく似た姿を見た。様々な格好の自分が鏡のような映像に向かっていた。見ている自分の姿は一様に子供ではあったがその大小は様々で、似てはいるが自分と違う存在だとは判っていた。見ていた映像もバラバラに大きくも小さくもあり、其所に移っていた男は幾人もの敵を相手に剣を振るっていた。ずっとずっとその映像から目が離せなかった。
其所からどう帰ったのかは今ひとつ記憶にない。ただ帰ったときの両親の顔と、今は亡き姉のビンタの痛さは忘れられない。
丸三日帰らなかったと今でもちょっと道を間違えて帰りが遅れると引き合いに出されるのだ。
その後、闇雲にチャンバラごっこばかりを繰り返す自分に困った親が正式に剣道を習わせた。そのまま全国大会を控えた今に至る。



「それだけ?」
「・・おう。」
「あんたの体験談ですって?ゾロ?」
「ああ。」
打ち上げの宴会でこっそり回されたビールの魔の手を乗り越えたのはビビとウソップとナミとゾロの四人だけだった。
話の得意なウソップとビビの間で話が盛り上がり、あっという間に怪談が始められて順番が争われていた。言い出しっぺが語り始めないので話を振られたゾロが口を開いたという形だ。
「・・全然怖くないわ。これじゃ怪談に成らないじゃない。迷子による迷子の話じゃねぇ・・。」
「誰が迷子だ!」
「迷子が三日間迷ってたって話じゃないの?」
実はホラー映画が好きなナミは、夏の夜の怪談を出鼻のゾロにくじかれた形で納得いかない憤懣を迷子迷子と連発してはらす。
ナミとゾロの睨み合いが周囲を圧倒する。
「け、けどミスターブシドー。私も本当いうとあんまり怖くなかった・・です。」
「じゃぁ、俺様が真の怪談について語ってやろう!」
ウソップが話題を切り替えようと立ち上がったが、ナミはゾロへの怒りの矛先をウソップに変えてきた。
「イヤーーあんたの長いし嘘ばっかりーー。もうやめよっかしら?怪談のはずがゾロの剣とあんたの与太話って同レベルに変な方向に行っちゃいそうだし!」
「言ったな!このウソップ様の話を聞けーー!!」
「貴様達!何をしておる!?もう消灯だぞ!」
顧問の先生ががらっと戸を開けた。せっかく盛り上がっていたところで渋々ではあったがそれぞれは部屋に引き上げざるを得ない。ここはウソップと寝てしまったチョッパーの部屋でゾロとナミとビビは腰を上げた。
戸を開けると日が落ちた廊下はまだ熱気がこもっている。女子の部屋は向こうの棟と言うことでゾロは黙ってナミとビビに付いてくる。部屋を移るだけというのに何故かゾロはいつも竹刀を離そうとしない。今も背中に背負ったまま。授業の教室にまで持ち込んで、皆には慣れっこの光景だ。


「夢でも見てたんじゃないの?」
「ん?」
ナミがさっきの話をしてることは聞かなくても判った。
「見た剣士が強かったからって三日間迷子になるなんていくらあんたでも無理があるわよ。どっかで迷子になって寝てたんでしょ。」
言いたい放題のナミには慣れている。帰りの方向が同じと言うこともあって部活帰りは遅く、暗くなると送り届けないとこいつの姉貴が俺を三枚に下ろすのを待ちかまえているという状況も慣れている。

「夢にしても子供の夢とは思えないんだけど。」
ビビは感心したような、それでも不思議そうに首を傾けた。
「そう、何人もの自分……ねぇそりゃまたずいぶん象徴的です事。」
「しょうちょ・・?んだそりゃ?」
「あんた剣道ばっかじゃなくてもう少し国語やんなさいよ。つまりー1,それは鏡の間だったのかもしれない。2,本当に沢山の自分が迷い込んだパラレルワールドかもしれない。3,心象風景なら多重人格の前触れとかーー。けどね。」
「おまえ勝手に話作るな。」
ナミは確かに頭が良いが、ちょっと想像力も豊かすぎる。自分にはついて行けないとゾロはぼりぼりと首の後ろを掻いた。その態度をちらっと流し目で見たナミはにやりと口の端で笑って続けた。
「ま、何人のあんたが居ても、みんなきっとこれ持ってるって事は疑いようがないわね。」
ナミの指先がゾロの背中の竹刀を軽くはじく。どうだ と勝ち誇ったように腰に手を当てて、なんとも誇らしげな笑顔だ。
「あははナミさん凄いッ!それは言えてるかもーー!」
ビビまでぷっと吹き出しては腹を抱えて笑った。
「でしょー?こいつなんて剣の道以外は全部迷子なんだから。」
続いたナミの台詞にビビはもっと身体を折り曲げて笑い転げている。
ゾロの迷子癖と、ナミの方向感覚の良さの対照は同級生の中でも有名な話の一つだ。
笑われて面白くない上に二人しかいない癖に姦しい笑いに業を煮やしてゾロはさっさと行けとばかりに足でナミを小突いた。
唇は曲がったまま継ぐ言葉が見つからない。丁度廊下は目的の入り口に届き「じゃ、おやすみーー」と二人はくすくす笑いながら部屋のドアを閉めた。



一人になってようやく周囲が静かになった。
廊下にも少し外の生暖かい風が流れている。

ゾロはふと考えた。
もしあそこで見たのが沢山の自分ならば彼らは皆同じように剣の道上にいるのかもしれない。
剣を持たない自分も想像できないし、あの映像はなにより強烈だった。
沢山の自分がどこかで剣を振っているのを想像することは普通気持ちの良くない物だが、何故かこのときばかりは自然に思えた。







*****





「神様に呼ばれたっちゅうこっちゃろうなぁ。」
コウシロウがこっそりと、だが嬉しそうにおいていった一枚の紙切れを眺めながら神主は呟いた。
途方もない金額と、凶暴にしか見えない視点で写された写真なのに自分たちにとっては昔日のあどけない面影が色濃い。
粗暴な子供は道を学び独自の正義感を身につけていて、それは年寄り達にとって歯がゆくもいつまでもかわいらしくも見えた。
「神様?」
連れ合いがゆっくりと茶器に湯気の立つ湯を注ぎながら尋ねる。寒く冷え込んだ昨日から少し雪が積もって外は早くも夜を迎えつつある。
「剣の神様じゃ。剣と鏡は神器の対じゃよ。」
ああ、と目を伏せながら軽く首が縦に動く。注がれた湯は茶器の中でゆっくりと葉を回す。
「神様も無粋なのか粋なのか、さっぱり判らんが・・あの子には行く道を示しなさった。あれで良かったのでしょうな。」
「かもしれんな。あの童子は剣の道以外はただの迷子の寝ぼすけ。この村には収まりきらぬ童子で。今は海賊の仲間とはいえ何ともやる気に満ちた顔だな。」
「間違いはないのでしょうよ。自分の「道」だけは判っている子ですから。」

二人の手の中の茶器よりゆっくりと湯気が立ち上る。湯気の向こうで写真のゾロが笑ったように見えた。
森の中を吹き渡る風は寒さを増し、また動物の声が潜められていく。
明日は三月に一度の御鏡の渡りの日。
準備の済んだ供物の中にカモメの印と写真と賞金額の描かれたそれもそっと並べられていた。





fin




麦わらクラブのこむぎさんへのゾロ2005誕。’Est, ergo sum’投稿作品です。
お題は「ファンタジー」でした。(結構困りました・笑)

(いつものごとく?)説明の文が少ないので取っつきにくくなった点もあるので恥をさらして解説します。
本当は文で判っていただくべきなのですが、私がこれ以上書くと冗長になるので駄目なんです。


二つの世界を描きました。そこを繋いだはずの場所についてはそれぞれのゾロが語るだけなので想像して下さい。
見たらしい剣士の映像は今かもしくは未来のゾロだと思います。
本誌の流れ上の過去と未来のゾロと、パラレルワールドにいるゾロという本質は同じだけど居る世界が違うという存在を
時間も時空も超えて繋いだ世界を描きたかったんだ
と思って読んでいただければ本当に嬉しいです。
だってゾロの迷子っぷりは桁が違うんですから。
そして、これが彼の迷子能に対する私の答えでもあります。


かるら 拝