それはある日の全員揃った甲板での酒宴の話題の一つに過ぎなかった。 「理想のタイプ・・・ですか?」 「そうそう!」 周囲から詰め寄る気配にビビは苦笑しながらも頬を染めながらはにゃっと笑い、誤魔化すという気配もなくあっさりと答えを口にした。 「えっと・・・優しくて・・・・おおらかな人・・・かな?」 はにかみながらそれでも酒の勢いかきっぱりと語ったその答えに周囲のウソップやチョッパーもおおう!と驚いてみせる。互いに長いのと青い鼻をぴくぴくさせて頷きあっている。 「それって俺、俺!!」 「いや!俺様の方が優しいぞ!」 「俺なんか診察もするぞ!」 「馬鹿かてめぇ!!誰がそんなだって言ったよ!」 鼻の二人を余所にサンジとルフィが蹴りあい伸びあいながらこれも嬉しそうに聞いていた。 聞かれたビビは真っ赤になりながらそれでもその騒ぎが嬉しそうだ。 「具体的に言うなら誰だ?」 酒席が一気に盛り上がったその空気の中、ビビに被さるようにウソップの突っ込みが入りかけたときその後ろから鋭い声が飛んだ。 「駄目よビビ!」 何をそんなに気合いを入れているのか人差し指をたてたナミが反対の手を腰に横でそそり立っている。そのまま上の方から被さるようにビビに説教を始めた。どうも酒豪な彼女の割には目が据わっている。何があったのかと思えば彼女の席にはついさっきまで封の切られていなかったアルコール度数80%の酒樽が空っぽになって転がっていた。 「そんな甘い事言っててどうなるの?『優しい』ってのは『腰抜けで優柔不断』と一緒だし『おおらか』は『ずぼらでいいかげん』に通じるのよ!!そんなのに一生預けても良いの???」 ビビは一瞬二の句が継げなかった。 高らかに断言する彼女に(ナミさん・・・一生を預ける話なの?これは) 彼女ならずとも誰もがそう思った。 「そ・・そんなつもりじゃ。ないんですけ・・ど・・・・。」 「嘘おっしゃい!」 高らかにナミは断言する。 酔ったナミの姿。これは別に珍しい訳ではない。昔はどうあれ本質的に酔いにくい質らしいが、今は楽しく、気楽に酒を飲むせいだろう。本気で酔ってしまえば案外悪酔いするナミの酒乱癖は一通りを皆が知っている。本人が論理的と思っているらしい説を延々繰り返すのもその一つだ。 「じゃ・・じゃぁナミはどうなんだ?」 チョッパーがビビの隣で気圧されるのを防ごうと声を掛けた。 確かにナミの本音も聞いてみたい。最近はどうあれこれだけ酔った彼女を見るのはクルーにとっても珍しい。 「あたし?そんなのもちろん決まってるじゃない!!『お金持ち!!!』よ。」 白々とした空気が流れている。聞くまでもなかった。全員の顔にそう書いてある。それを尻目にナミは高らかと笑いもう一本の瓶に手を伸ばしては手酌でコップにがばがばと開ける。 「あったりまえでしょ!」 「けど男の価値ってそんな事じゃないと思うぞ」 「理想の話でしょ?お金がないと話にならないわ!!お金で誠意は買えるけど貧乏じゃそれもままならないのよっっ!!」 チョッパーのつぶらで真面目な瞳付きの意見も控えめで酔った鋼鉄の魔女には届かないらしい。 ノリが多少下がった所で皆の視線はナミから外れてもう一度飲み直そうとグラスや酒を手に取った。 その気配に気が付かないのか・・ナミはもう一言こう継いだ。 「ああそれに・・後『背が低』かったら言う事ないわね。」 醒めた席は静かでその声だけがすっと皆の耳に入った。 「「「っっええええ?」」」 「本当かぁ?」 「???」 また場は騒然となった。 「普通って背が高い方が・・とか言いません?ああ・・でも、イーストの男性美の基準はもしかしたら自国(アラバスタ)と違うのかもしれないけど・・・」 ビビも肝を抜かれた一言にぼんやりと焦点を絞りきらない質問をする。 「一般論じゃないもの。あくまであたしの好みでしょ?これだけは外せないなぁ。」 「ナミさぁ〜んでは俺はこの脚を切って背を低くしますからどうか・・」 「ゾロじゃあるまいしそんなのいや〜〜。サンジ君の脚がなかったら御飯旨く作れないじゃない。取り柄のない男なんて嫌いよvv」 「しょんにゃぁぁ〜〜〜酷いナミすわぁん。」 「私もサンジさんはそのままで居て欲しいなぁ。」 ハンカチを千切らんばかりにくわえたサンジの横で天使の笑顔でにっこり笑うビビに、泣き崩れたサンジはその一言で復活したらしい。別の意味で顔が崩れそうなサンジは横に置いてウソップ探偵の推理が始まった。 「名探偵俺様の推察からすると背がネックと言う事はこの船の連中の中で一番理想に近いのは・・」 「あ!俺だ俺だ!!」 麦藁が手をぶんぶんと振った。横で天使の微笑みだったビビがさっと表情を固めた。 「ちげーーよお前じゃねーー!俺はチョッパーって言いたかったんだぞ!!」 「そっかぁ?でも人間になったらチョッパーでかいじゃん。」 確かに一番でかくなる。 「でもお前伸びるし。伸びたらでかいじゃん。」 「俺……ずっとこのまま人獣型でも良いぞ。」 銘々に侃々諤々な中、ナミはあっさりいなした。 「どいつもこいつも貧乏なんだからはなっから眼中にないわよ〜〜だ!!この船の連中み〜んな除外〜〜!」 酔った勢いもあるのだろうナミはけらけら笑ってグラスを振っていた。 誰が見てもナミはかなり酔っている。いつも酔わない人が酔っていると不思議と周囲は意識を保っているというのも面白い話だ。 宴も盛り上がっている間も彼は静かだ。それも日常のことなので誰もとがめる者も居ない。 今日もナミが騒いでいる姿を余所にゾロがそっと立ち上がった。 「ん?何処行くんだ?」 「小便。」 素っ気なく言い放ってひょいと立ち上がると手に刀を持ち上げてすっと歩き始めた。 「きったな〜い、見せないでよ〜〜」 笑うナミを振り返って見る。 「酔っぱらいは黙ってろ。」 「酔ってなんかないわよ〜〜だ。」 ベロを出す仕草はいつもと同じだけれど。 甲板の後方は風が緩い渦を巻いていた。ゆるゆると進む船は緩い風を受けながら前方の宴会の騒ぎの気配だけを伝えてくる。気候は暑くも寒くもない。ぬるい感じが宴会向きとはいえ今のゾロにはこの潮風の中なんとなく落ち着かない。 足下にはさっきまでトレーニングに使っていた錘が転がっている。その影が宴会場となった甲板に幾つか置かれた灯りを受けて長く伸びる。その横で自分の影も長く伸び・・頭の影は船から零れて映らない。 (背が高い・・・・・か。) 戦い一つとってもリーチが長い分間合いも遠くになる為これで損をしてきた事はない。むしろコックがこだわる1cmの差に多少の優越感を感じていた。 だがナミの言い分も・・・判っているつもりだ。 あいつはうちの航海士で俺だけの物じゃない。 気の置けない仲間で欠点だらけだが良い意味で信頼できる。 俺はただ幾度か抱いたことがある。それだけのことだ。 女と言う生き物であるだけならそれはむしろ居ても居なくても構わない代物なのだ。自分にはもっと大切な物が確としてある。 それでもあいつが良い。抱くならあいつが良い。 そしてナミもそれが嫌じゃないらしい。今は。 それも明日はどうなるのか判らない。 俺とあいつの間は・・それだけのことだ。 一人いても錘までも持つ気になれず、足で転がしてはみるものの視点は定まらず何も出来ないままぼんやり水面上の軌跡を後ろに見ていた。 夜の海を眺めて・・そのままいくら時が経っていたのだろう?ルフィが走ってきた。 「ゾロ!もう終わったのか?!」 「いや・・・・まだだ」 つい気を取られて・・などとは言えないが。 そんな事を言おう物ならこの船長は『なにがだ?』と最後まで五月蝿い。 説明は面倒くさい。 ルフィはゾロの横に駆けてきて並んだ。 「おし!どっちが遠くまで飛ぶのか競争だ!!」 「おい待て!餓鬼じゃねぇんだし・・」 「じゃぁ俺の勝ちか?」 「・・俺が負けるか。」 「俺も負けねぇ。だから競争だ。」 どうしてこの一言に弱いのか、海に描かれた放物線は二つの軌跡を描き、音だけが海中に没していく。 ブツをズボンの中に片づけながら互いに自己の勝利を主張した。 「けどすっげぇなゾロ。」 「なにがだよ。」 不思議な笑みを浮かべながら話すいつもなら判るルフィの言う事は今はわからない。 どちらが勝ったのかははっきりしなかったはずだ。 「ナミの理想」 それか。 ゾロの肩頬が歪んで笑顔を作る。 「『金、金、金』あいつ甲板で流れ星見るたびに唱えてるぜ。」 「やーらしーな〜〜。それって俺が部屋使ってるときの事だろ?やっぱ甲板でいっつもやってんだな。・・で、それやってる途中でもか?」 ルフィの明け透けな質問に非常に普通な質問に答えるようにゾロはふと首をかしげた。 「・・それはねぇな。大体やる前だ。色気もへったくれも何もねぇ。」 「ナミの色気・・ねぇ。って・・大体ナミの理想ってお前と正反対な。」 ゾロは黙ったまま動かなかった。 空気も気配も全身が消え、呼吸すら忘れたかのように。 その呼吸がゆっくり戻ってきた。 息を吸い込む気配。 「みてぇだな。」 ぶすっと膨れて短く言い放つ。 ゾロはそこから振り返るといきなり両手を甲板に付け逆立ちを始めた。 順に親指一つにしてそのまま片手で上下に屈伸を始める。いつものトレーニングの一つだ。 いつもの自分に戻る儀式であり、彼らしい言葉の拒否。 「お前金なんか全然持ってねぇし。」 「・・・だな。」 「俺よかずっと背も高けぇ。」 「・・・るせぇほっとけ。」 「・・・でもナミはお前が良いんだ。」 きっぱりと言い切るルフィの横で小さな親指一つを軸にした上下動は止まった。 ゾロは中途半端な体勢から顔を起こそうとしてバランスを崩しそのままごろんとひっくり返ってようやく起きあがった。 「効いたか?」 らしくない倒れ方にルフィはしてやったりという顔をした。 そのまま座り込んでそのままゾロはルフィを睨んだ。 「俺は理想と全然違うんだろ?」 「でもお前が良いんだ。理想って奴よりもゾロが上って事じゃん。」 互いに見交わす目と目。にやりと笑う口元とブスッと結ばれた口元。二人の間に言葉が失われた。 視線を合わせながらゾロがその視線を自分の体内で廻している。 ぐるぐるぐるぐる。 それは回り続けてゾロの体内にゆっくりしみこんだ。 「・・・お前って妙に楽天家だな。」 「俺じゃねぇよ。ゾロが泣きそうだからってビビがこっそり教えてくれたんだ。」 「何・・・?」 「ナニじゃねぇ、だからビビが・・」 「誰が泣くんだよ!!」 ビビが? 「だからーお前の額の皺の入り方が。」 「訳わからん事ぬかすな!大体ビビがなんでんなこと言うんだ?」 「俺が知るか。」 「ビビのやつ・・・・。」 何でそんなことを? 害意と共に眉間に皺が寄る。 「おい。ビビを泣かすのは俺だけだかんな!手ぇだすなよ」 ルフィの勘の良さに舌打ちしながらゾロは頭を振った。 「わあった。」 「それにナミも泣かすなよ。俺、風車のおっさんと約束してきたんだ。」 「そりゃお前の約束だ。ナミが泣くかどうかはあいつ次第だろ。」 ゾロはルフィの言い分を拒否しない。 それで充分だとでも言うようにルフィは頷いた。 「けどなぁ・・ナミはなんでそんな事拘るんだ?」 「んなこと?」 「『背』」 「それか・・・。」 おそらくは。 俺達には強い奴こそが大きく見える。体格の差など喧嘩にも勝負にも全く関係がねぇ。その相手の大きさにブルッちまったら負けだ。俺はまだあの時以外にその大きさを届かないと思ったことはねぇ。 剣の相手よりもナミの方がよほど大きく見えるもんだ。ビビもそんなに小さくないだろう。こいつには。 「・・魚人のやつらって少しばかりでかかったろ。」 「?そっか?全っ然覚えてねぇ。」 「だよな。」 あいつは未だに拘っているのだろうか? ゾロは頭を振った。 それは解らない。ナミの想いなど本当に解らない。 それでも古い記憶があいつを苦しめているのなら何とかなればいい と思う。それこそ小さい奴でナミが納得できるならそれでも良いだろう。 「お前結構ナミがタイプだったのか?」 黙ってしまったゾロにルフィが掛けた話題にゾロは更に考えた。 「・・・・・さぁ?」 よくわからない。好みと言われても女も男も自分には個体認識しかできない。興味のない相手には個体認識すら怪しいかもしれない。そんな中で何を持って“タイプ”とそう言うのだ? 「お前等ってほんとーに互いが良いだけなのな。」 常になく考えていてようやくまとまった所にいきなり解ったような口をしみじみとルフィにきかれてゾロはむっと来た。 腰に手が伸びる。その一本をぬいた。 「待ちやがれ!このくそゴムッッッ好きっっっ放題言いやがって!!」 一頻り刀とゴムの本気のでない追い掛けごっこが一段落付くと軽く汗をかいた襟元に風が滑り込んできた。 風はいつしか涼しく爽快に身の側を駆け抜けていく。 (ルフィみてぇな風だ。) なんだか可笑しくなってくっくっと笑っているとその横にルフィは戻ってきた。嬉しそうに笑っている。 気が付けば己の馬鹿馬鹿しさはこの風にふかれて消し飛んでしまっていた。 遠くの宴会も終盤のようだ。 サンジとチョッパーの二人が食器を持って台所に向かっている。ウソップはくたばり気味でそのまま転がされている。ビビとナミが肩を組みながら部屋に踊って帰っていく。よく見れば踊っているのはナミだけでビビが横抱きに抱えているというのが正しい表記のようだが。 そのビビがルフィとゾロの方を見てにっこり微笑んだ。 頬を掻きながら視線をずらしたゾロの横で、ルフィは両手を大きく掲げてビビの方へ大きく○を作って見せた。 ばたん。 「ナミさん。酔ったふりでしかもアレじゃMrブシドーには絶対伝わないわ?」 「・・・・いいの。」 「ナミさん真っ赤。」 「うるっさいって!」 end |
メルアドを失ってしまったので・・・・・すみません4444ゲッター深屋ミサヲさん こんなぬるい告白で良かったら「ゾロ視点のゾロナミ(ルビビ風味)」で召し上がって下さい。 ただし!!ルビビはいや、サンビビ風味が良いとおっしゃる場合のみお答えできます。 |
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