身体の全てが色素を失い揺らいでいく・・・。 同時に椅子を押さえていたたしぎの両手が動いた。 肩から動いたその手は空気に溶けようとし始めたカイの首に直接触れた。今まで不自然なまでにカイの椅子の背もたれに吸い付いたように離れなかったその両手の手袋はカイの身体の上に沿うような動きでカイの首を押さえた。 「・・・・力がっっ吸われ・・・」 溶け始めた身体が再び輪郭をはっきりさせた。カイは呼吸を荒げて震え始めた。 「海・・楼石かっっっ・・・」 「はい。先日ラボから戴いたものを手袋に仕込みました。」 触れていれば能力だけでなく能力者の力も押さえ込む石の力。常人にはなんの影響もない。 「・・なるほど・・考えたね。確かに力は奪われる・・・でも女の子がこんなに接近して素の男の力に敵うと思う?」 震えながらもカイの手はたしぎのジャケットの襟を後ろ手に掴んで背中から投げ飛ばした。そのまま呼吸を荒げて席を立つ。振り払った手に払われた金属製のテーブルと椅子が巨大な音を立てて倒れた。離れてしまえばカイを抑制する物など無い。 飛ばされたたしぎは受け身を取り、地面に叩きつけられる前に身体を捻って腹を下にして降りた。後ろに伸びた左足と綺麗に屈伸した右足が弾かれたように反応する。そのまま飛び上がりざまに手にした刀を抜いた。そのままたしぎは地を蹴りカイの懐に踏み込んだ。 彼女の身の軽さは隊内でもスモーカーにも褒められた。更に初太刀の早さはかなりのものだ。普段から初太刀は大きく構えず踏み込みの力で敵に抜く間を与えない。 だがカイの手も早かった。 たしぎの太刀筋を読み、逃げられないその抜き手を受けようと腰の構えを抜いた。返すのは合わせるだけで造作もない。合った瞬間に力の作用をひっくり返す腕力をカイは持っている。だがカイの太刀は宙を滑っただけだった。 「なにっ?」 たしぎは刀をあわせず刀の柄の仕込みから何かを出していた。 カイがその手応えの無さに一歩対応が遅れたその時、たしぎの反対の手が動くのを動体視力が捕らえたがもはやどうにも出来ない。 (隠し太刀とは・・恐れ入るね) 消える技は瞬時に使えるがこの状況では目くらまし以外の事は出来ない。腹筋を締め、仕掛けと太刀の食い込みを避けるのが常道だ。 ところがその左手から出てきたのはキラキラと部屋の灯りを受けて輝く糸だった。カイの頭上高くに投げられた軽いそれは、螺旋を描く糸のように宙に蒔かれ大小のうち大きい物は網のように、小さい物は小指ほどの長さでカイの周囲にふわふわ浮いている。 「これ・・は・・?」 その軽さは歩く一歩で舞い上がって天井まで届く。手にとって確認しようとしたカイに異変が起きた。 全身のパーツに力が入らず早さも力も奪われる。その隙にたしぎの太刀は横払い、下段からの切り上げと容赦なく打ち込んでくる。何とか太刀を合わせて受けながらもその太刀と共に糸も宙を舞う。更に体力も奪われる。 「ぐ・・考えた・・わね・・。これも・・海楼石の縄・・ね。」 空中に舞う、海楼石入りのか細い糸くずがカイの動きを奪っている。受ける太刀の力すら入らない。返すスピードも鋭い太刀筋に押されて手に余る。 糸の分散の遠い所へと下がれば、打ち込んでくるたしぎは刃先を下段からの巻き上げ、降りかける。何度も海楼石の成分の入った糸が蜘蛛の糸のようにカイの身体に絡み付く。総量は多いはずがない。動けないほどではない。開発の段階で縄にしたのは一本の糸ではまかなえないその力不足を補う為だ。 だが予想外の出現、使い方に確実にカイの力が抑えられている。 「貴方からの頂き物を解(ほぐ)しました。」 「これで勝ったつもり?」 「捕り物をすると決めたら、退いてはいけない。これも学習したばかりです。」 「総量が少ないからこの程度なら私を取り込むことは出来ない。もう一度言うわよ。力で敵うと思ってる?」 「力が削げれば後は剣で勝負をお願いします。」 たしぎは少し頭を下げた。だが視線はカイから離れない。 「ふん。ここだけ礼儀正しいのね。上司に似過ぎ。」 「お褒めの言葉と受け取りますよ。では。」 「いざ。返り討ちよ。」 ふたりは更に数合打ち合った。 額の汗と体中の冷や汗と。興奮が理性を押さえつける。鍛えた力と、技とを駆使する快感。 剣と剣の勝負にたしぎは没頭していった。相手は抑制されては居ても本部中佐の力は能力者故ではない。 倒すべき大きな相手。 だが。心の片隅に問いを投げかけるものがいた。 カイの能力ならば打ち合うよりは逃れる為の算段をすれば逃走出来る可能性は高い。 何故逃げない? たしぎの力を侮り能力差の上に立とうというのだろうか? だがカイの印象はあくまで清冽。剣はあくまで優雅で何処までも透明だった。罪人と打ち合っている気がしない。 受け太刀に必死な中、たしぎの心がたしぎの心に投げかける疑問は次第に膨らんでくる。 膨らみきって耐えられなくなる。 「何故ですか??何故貴方はこんなに真剣なのに私にそんなことをさせたいんですか!」 言葉と意志にたしぎは渾身の一撃を一瞬好きを作るように微笑んだカイの顔めがけて打ち込んだ。 キィン。 額からこめかみに掛けて真っ白な肌の上に真っ赤な血が噴き出した。 カイが手甲で拭ったそのぬるっとした感触と脈打って溢れ流れる血の臭いに、カイは舌なめずりしてその笑みは凄みを増した。 「くっっ」 背筋に一瞬と走る嫌な緊張。 ここは判る、後に引いてはいけない! たしぎの本能が叫びをあげ、二人は互いに踏み込んだ。 ギィィンンン 「ここで幕を引け。もう充分だろう?」 名刀同士の刀の絡みの中不協和音が響き、打ち込んだ太刀と受けた太刀と止めた太刀が一点で交わった。 澄んだ音なのに不快な低音が響いて二人ともがよく知っている葉巻の香りがした。 「スモーカーさん!」 それぞれの武器の下で交錯する顔、顔、顔。 それぞれの安堵。 「あら。せっかくこの娘との二人っきりの時間をヤキモチ上司が邪魔しに来たって訳?」 「男は引き際が肝心だろうが。顔をやられたからって逆上するな。おいたしぎ、もう良い。お前も手を引け。」 石の力は能力者の行動全てを抑制する。その中でもこれだけ動ける二人は常人のそれではないだろう。ただカイは息を切らしている。スモーカーのも少し辛そうだが、それでも体格の恵まれた者は影響も少ないようだ。 居心地が悪そうに持っていた十手を背中に納めたスモーカーの周囲を風が渦を巻いて通り過ぎていく。その風に従うように風に乗って裁断された蜘蛛の糸が吹き飛ばされていく。毒気を抜かれた形になったカイは肩を回して刀をおろした。その横でスモーカーの右手はいきなりの展開に全力で振り下ろした刀の収まりがまだつかないたしぎを押さえ込み、ゆっくりと腕を下げさせた。 「確かに私の顔に傷を付けた子は久しぶりね。」 「男が顔のことをいちいちこだわるな。」 「アラ。」 「しかも人を拉致させておいて伝言一つで顔も出さないばかりかその後も逃げ回る奴に言われる筋合いはねぇ。」 「アラ、貴方私に会いたかったの?でも貴方、いろいろ五月蠅いんですもの。」 「当たり前だ!俺もそのカマ言葉も含めて手前ぇが大嫌いだ!・・で、けどこれで結果は出たろう?」 「んんーーー。」 「は?」 「ま、この娘はこれでいいんじゃない?」 心からにっこり微笑んだカイの笑顔を見て、話の展開に付いていけないたしぎの質問は宙に浮き、スモーカーは煙を吐いた。 「一体なんなのですか?」 睨み付けるスモーカーの視線を横に置いてカイは真っ白な手巾で自身の額の血を抑えた。今までにない実に晴れやかな笑顔を浮かべている。 その二人の間でたしぎの問いはむなしくかき消されている。二頭の猛獣は手負いの相手の血を舌なめずりして狙いあっている。 「てめぇになんぞ会いたくもなかったがこれだけは言わせて貰う。こいつには早すぎる!?あれは佐官クラス昇進の時におこなわれるもんだろうが!」 噛みつくように上からスモーカーが低音で凄みを効かせればカイは全く応えずそっぽを向く。 「何言ってるの貴方がいけないの。判ってるわよね!アラバスタでの昇進を断ったからよ。軍としては緊急決定で丸く納めて貰わないと引っ込みが付かなかったのに、あなたが断った。たしぎのぶんまで! それは軍に二心在りか?それとももっと上級の地位を望むのか?それならば将校の地位は射程圏内だろう。って上が色めき立っても仕方ないのよ。つまり貴方の行動の余波以外の何者でもないって訳。 初期命令が出たその時点でこの業務は派生していたの。中止命令を貰ったのは今回貴方を拉致してからよ。」 「そのまま中止にしておけ!」 「良いじゃないの。いつかは通る道よ。それに私、今のたしぎが見たかったのよ。貴方と居てこれだけ務まる女性なんて奇跡ですからね。ま、良いでしょ?承認された届け出しておいてあげるから。それでもなかなかよ。今回の網はヒナの情報もあったからかなり綺麗に仕掛けたつもりなんだけどなぁ。」 「・・・あの女狐まで絡んでんのか。」 「本来あの子の仕事だったのよ。それを「ワタクシにそんなまねが出来ると思っているの?しかも相手はあのたしぎなのよ!」って押し切られたのよ。まぁスモーカー君?私達からの焼き餅代として甘んじておきなさいな。」 「何が“達”だ・・・。」 勝ち誇ったように華やかなカイの顔と苦汁を飲まされたように上から睨みつけるスモーカー間でもう一度おそるおそるたしぎは切り出した。 「あの・・・・。何のことか私にはさっぱり判らないんですが・・。」 カイがようやくたしぎの方に向き直りにっこり、満開に咲開いた花のように微笑んだ。 最初にカイとヒナに会った時と同じ、暖かい微笑みだ。ああ、これがスモーカーさんの友人、カイさんの笑顔だ。 「これはね、不定期、不確定に行われる昇進適正確認テストの一つよ。」 「適性テスト?」 「そ。私たちの職には誘惑が多いわ。胸に持つ綺麗な理想もあるけれど足下の汚い現実もある。その中でこういう誘惑は起こりうることでしょう?上に行けば行くほど厳しい現実が待ってるわ。そこでどう考えてどう対処するかを外からの評価で行う必要があるの。直属の上司からの評価だけでは偏る場合もありますからね。監督官は対外的にランダムに選ばれる。今回のはそれが情報局中佐の私。大変だったのよv これはかなりの力で相手をはめてしかもその観察者を守る必要があるの。今回の計画は既に上に通っているし、使った実も偽物よ。つまり『軍お墨付きの誑し込み』だったの。」 「ええっ?」 上と言うことはスモーカーも知っていたことになる。スモーカーの顔を覗き上げればスモーカーもたしぎを見た。彼は居心地悪そうに反対方向をいきなり見上げて煙を噴かす。 「貴方の態度は予想以上に有能、いえ理想的よ。だからこんな羆の相手も務まるのかしらね。」 「誰が羆だ。」 「可愛い部下の試験にうろうろ何も出来ない檻の中の羆。あの白猟が可愛いもんだわ。」 その台詞にいきり立って二の句が付けないスモーカーの横でたしぎが小さく呟いた。 「テスト・・・だったんですか?」 俯いたたしぎの肩が細かく震えている。 唇を噛んでいるのに痛みを感じない。 きつく握られた拳が手袋に食い込む。 相手には失うものも傷つくものもない。相手は情報局の人間なのだ。 「・・では・これは全くの嘘だったんですか?」 声が震えている。 俯いた鼻の先から温かいものがぽつりと落ちた。 「たしぎ・・・・。」 カイはスモーカーをちらりと見上げたがぷいっとそっぽを向かれた。後始末はお前の役目だと言わんばかり。 泣かれてしまえば女の子相手に困るのは万国男性心理の共通項だ。いかに百戦錬磨のカイでもごめん被りたいとスモーカーの横腹を肘で突いたがスモーカーはスモーカーで嬉しそうに押しつけるつもりらしい。 いくら騙しが商売の情報局でも敵相手ならこれだけの虚言も爽快だが、こういう味方の反応は後味が悪い。 「ごめんなさいね?これも文官を兼任する私たちの仕事の一つなの。」 何とか慰めようとハンカチを出したりしてみたが、たしぎよりも頭半分小さいカイは下から覗き込む形でたしぎの顔を見上げた。 「・・・・・良かった。」 「え?」 「私カイさんを逮捕しなくて良いんですね?」 たしぎの鼻をすすり上げる音がする。 テーブルに黒いしみがポツリポツリとつく。 ぽつり、またぽつり。 肩の震えは止まり、たしぎは堪えた笑顔をゆっくりと二人に向けた。 言葉もなかった。 そのまま互いに顔を見合わせて・・そしてカイは改めてまじまじとたしぎの顔を見た。 「私この子欲しい!!スモーカー君よりもうんと大事にしてあげるわよ!!」 いい加減にしろと慌てたスモーカーが葉巻を飛ばしながら怒鳴った。 「ふざけるな!貴様の部隊の得意技は寝技だろうが!!」 「ええv私、可愛い女の子大好きv」 「それを嫌いな男が居るか!」 たしぎは目の前での二人の騒動をみながら目を見はり、もう一度鼻を啜り肩の力が抜けて・・もう少し笑った。 騒ぎながらもたしぎのそれを見逃さず、涙も引っ込んだと見たカイはほっと一息をついた。 しんみりと喧嘩相手に顔も見ないで呟き始めた。 「私も可愛い素直な子は嫌いじゃない・・けどね。スモーカー君。」 「ああ?」 「この娘ってば思いこみが激しくて強情で思いこんだらそう簡単に意見を変えないクセに。」 「・・・・。」 「まだ世界は白と黒で出来てるなんて考えてる甘ちゃんのクセに。」 「・・・だな。」 「すぐに人を信じるし騙されるし。」 「・・・。」 台本でもあるかのようにたしぎに口を挟ませない。そしてカイの眉尻が上がった。 「でもこれだけ綺麗な子は変な方に転がったら恐いわよ。」 「ああ。」 「判ってるの?貴方の責任重大よ。」 カイはニヤニヤと笑いスモーカーに言外の意味を理解させるまで待った。 「何が言いたい・・・・。」 「じゃぁ後は上司のお手並み拝見と行くわ。」 これで敵は討ったとぽんとスモーカーの肩を叩くとカイはたしぎの方を向いた。向くどころか両頬に手を添えて顔を側に寄せて覗きこまんばかり。 「ふぅ。後の涙は小うるさい上官に任せるわ。自分のものじゃない女の子を慰める役なんてごめんよ。 でも、スモーカー君に厭きたなら私の所にいらっしゃい、喜んで歓迎するわ。その時は美味しい紅茶の入れ方を教えてあげる。じゃぁね、たしぎ。」 軽く頬に唇を寄せて少しだけ名残惜しそうに席を立つと前とスモーカーの小突きをかわして同じように颯爽と体を回した。倒れたテーブルの間を鮮やかな残像を残してカイは去っていく。乾いた木のデッキで作られた店内の床なのに全く足音を残さない高いヒール。小柄な男性で、あの容姿。彼が軍人家系に産まれた故に選ばざるを得なかった職種は既に情報局の人間として身に付いている。 自分は軍の中でも現場にいる。血と暴力と破壊の争いごとを止めるのが自分の仕事。あの歩き方は一生必要ない。 見送るたしぎを横にスモーカーは同じ方向を向いたまま言葉を並べ始めた。 「一度しか言わんぞ。 俺たちの仕事ほど悪の側にいる奴等は他にない。やつらのノウハウも考え方も飛び交う金の基準も見慣れればあっという間に悪党入りだ。普通の感覚から遠く離れていく。 海賊と海軍の垣根は誰が思うよりも低いもんだ。 まぁ多少腐っても軍人なんだ、あからさまな誘いは蹴飛ばせるだろうが・・奴らの手も込んでくる。日常に埋もれているような顔の誘惑も多い。こっちを調べ上げての誑し込みだっていくらでもある。 己を保つということに関しては海賊も俺たちも同じだ。それには何が大切か判るか?」 昨夜「俺も力が欲しかった」と言いきったスモーカーの姿が重なる。 「それが“正義”ですか?」 「では何故軍規というものが執拗に必要になる?何故逐一俺たちの行動に上から警告が鳴らされる?」 「答えは・・無いんですね・・・。」 唇を噛みしめる。答えは・・何処にもない。与えられない。 貰えると思う方が・・間違っている。 「全てを見るのはお前の目で全てを決めるのはお前の心だ。そっちさえしっかりしてたらなんて事はない。能力なんざこの間泣きわめいてたひよっ子には十年早い。」 さらりと先日の船上の一夜を話題に出されてたしぎは狼狽えた。 「ス、スモーカーさん!」 「そんなもんなんだ。海軍であるところの一番大切なものはお前の中に埋まってる。今は見えなくてもきちっと持ってる。 後はゆっくりと掘り出してみろ。時間を掛けられるのもお前の特技だろう?」 スモーカーの指が軽くたしぎのおでこをはじいた。その柔らかく押された力でうつむいた顔が少し上を向いた。 その目の前にスモーカーの顔がゆっくり大きくなっていく。 すびっ 「・・軍人がこんな所で鼻水を垂らすな。」 「あ、す、すみません。」 そのまま顔は離れて代わりに大きな手に自分の脱いだ大きなジャケットを頭からすっぽりかぶせられた。 「こんなところで泣いていると目立つ。寒いし帰るぞ。」 「変装しても素肌にジャケットなスモーカーさんが裸になったらそちらのほうが悪目立ちします。」 「やかましい!なら返せ。」 「いやです。返しません。」 鼻も頬も赤いのは寒風のせいか泣いたせいかもう判らない。 ジャケットを取りあげる振りをして乗せられた、その上から頭を鷲づかみにする手が温かい。 たしぎが頭から被せられたジャケットから顔だけを覗かせると鼻の頭に白いものが舞い始めた。 「あ、雪・・・・?」 「何だ?変な顔して。くしゃみなら出せ。すっきりする。」 「スモーカーさんが笑わせるからですよ!・・・・でも。少し・・・そうですね少しすっきりしたように思います。」 「・・・・・・・・・・そうか。」 スモーカーの吐く煙は風花と絡んで散り散りになる。 歩きはじめたスモーカーの足音が煉瓦に響く。 聞き慣れた重い軍靴の音。 「おい。たしぎ。」 空を見ていたたしぎは振り向いた。 「はい」 「軍曹の奴がこぼしてたぞ。手合いの加減がきつすぎて他の奴らの足腰が立たなくなって困ると。だから今後は・・。」 「あ、すみません!今後は気をつ・・・。」 「かまわんからもっとぶっ飛ばしてやれ。それくらいで音を上げる奴なぞうちには要らん。」 雲の切れ間から薄日が差した。真っ赤な頬と目がそれを受けて輝いた。 「・・・・はいっっ!!スモーカーさん!」 たしぎの腰の獲物と駆け出す軍靴の音がスモーカーのそれと一緒に、街に静かに響いていった。 <終了> |