何が落ち着かないんだろう?
いつもの部屋で、特に変わったところがあるとも思えないのに。

終わって男は背を向けて上衣をかぶる。
「おい。」
服を被りながらの声はこれもなんとなくいつもと違うような気がする。
「今日、どうかしたのか?」
「?どうかしてた?」
じっとこちらの顔を見つめる琥珀の目が更に落ち着きを失わせる。

「・・何で俺を見てたんだ?」
「!」
「やってる最中ずっと。」

身体の交わりではあっても決して同じ快感を共有できるわけではないのに、
何故私の違和感が伝わるんだろう。

このずぼらで、何を言っても変わらない男相手なのに。

「う……ん。」
どうしたんだろう。
「あんたも変じゃなかった?」

ゾロの額が微かに動く。
目がすっと細くなってこちらを睨む

当てられたことの少し釈然としない気持ちもあって
座ったまま遠くにやってあった枕を引き寄せ、
顔を押しつけて両腕で大きめの枕を抱えた。









ふと枕の下からこぼれた金属音。

何の音?

手を差し入れると知っている触感のものが触れて、
取り出せば見慣れた二連の金属片。

「ゾロ・・これ。」
見せられた本人もふと気付き、左耳に手をやった。
一つしか残っていなかったピアス。鳴らない音。
「これか…。」
本人も妙に納得した顔を見せる。
見た印象が落ち着かなかったのもこれのせいだったのだ。


手の中の二連を眺めて揺らしてみる。
この音も違う。

この音一つで別人のように感じて緊張してしまうなんて自分でも可笑しすぎる。
「3つ付いてないだけで、あんたじゃないみたい。」
くすくす笑いながら声を掛けると、
何が言いたいんだという脅しに照れの入った表情。
知らない頃に見たらどう見ても怒っているとしか見えないんだろうな、
と思い更に笑いが増殖していく。

「返せよ。」
「夢中で気が付かなかったのかしら?」
可笑しいし、こんな事に振り回された自分が悔しいから絡んでしまう。

「前から思ってたけど…何で左に3つなの?」
「………」
「言えない訳でもあるのかしら?」
「………」



「忘れた。返せ。」

「ふうん。まあいいわ。…来て。」
「まだし足りないのか?」
「馬鹿。つけてあげるから。来なさいよ。」

頭を掻きながら近付いてきて、どさっとベットに腰掛ける。
枕を放り出して両手で男の柔らかい耳朶に触れる。
舌で触れたい衝動を軽く抑えて。




元に戻って揺れる三連が清涼な音を奏で、目を閉じて耳を傾ける。
ほんの僅かな聞こえないくらいの。ああ・・この音だ。
「あんたの音ね。」



肌にかかる息づかい。
触れる肌の柔らかさ。
その下にある質量のある筋肉の動き。
私に染み込むその重さ。
汗の匂い。
胸で、背中で感じる高い体温。
漏れる声。
体中をなぞる腕。
舌の軌跡。

全てはいつもと同じなのに。

たった一つ、意識すらしたことのない物が欠けただけなのに
別人のように思えて落ち着かずに、目で相手を確かめなくては居られなかった。
快感も歪んで達しきらない。
そのいらだちが余計に不安を増強させた。


それほど馴染んでしまったのか。それともまだ不安なのか。


脇に腕をまわして、胸板に抱きついた。
「おい・・。」
戸惑って困って動けなくなる。
かまわず抱きついていると大きな手が頭をぽんと叩いた。
「もういくぞ。」

腕を外すとそのまま部屋を出ていく。
耳に馴染んだ音を残して。