薔薇の花折り
平成十九年四月の魚の日に起こした『嘘つき鳥がホモ企画?』の産物。
銀魂二次小説。主演:土方十四郎 
かなり長いです。

ホモ、ヤオイが全然駄目な人はお控え下さい。一応濡れ場はないですよ。
【一】
花見客と言えばつまり酔客で、この時期ばかりは国の花が咲き乱れるからと国中で乱痴気騒ぎが連夜繰り広げられる。
桜が薔薇の仲間だとかどちらも侠気と縁の切れない物だと知りつつもその美しさには酔わされる。
花になら酔えるが、新しく増えた見回りの目的がまた広すぎて頭が痛い。



「旦那!是非聞いていただきてぇお願ぇがあるんです」

歌舞伎町はゴミためみたいな街で偽モンの中に宝石が混ざってても誰にもわからねぇ街だ。店の数も公称と現場の差は開きっぱなしで店が現れては消えてゆく。うちのお偉いっさんが出入りするあぶねぇ女の居るキャバクラもあるがあんなもんはまだ可愛いモンだ。このお江戸、もっと深くには深川や吉原の名残をひく街が今も堂々と残り商売は続いている。天人も人間も変わらずもてなすことがこれらの街のルールで、その分無法地帯でもある。
その無法地帯一の店の店主が人目をはばかりながらも必死に制服姿の俺に歌舞伎町で呼びかけてきた。

「オレが誰だか判って言ってんだろーなぁ。」
腰のものに軽く手を添える。つもりが癖で抜いている。白刃が花見の灯をうけて光った。
「もちろんですとも!旦那を知らなきゃ江戸のあっしらはもぐりですぜぃ」
「ならご用になりたくなきゃ帰れ」
震えて見せながら男はこびた笑いを浮かべた。だが偽の表情臭い。こっちにも鼻はある。相手の出所くらいは察しが付く。
男からは今はあんぐらと呼ばれる地帯・・昔の岡場所の臭いがする。

「んな つれないことおっしゃらずに!旦那にとっても悪い話じゃござんせんよ。あっしの話を聞いていただいたらご用の向きに少しばかりですがご協力させていただきやすよ。例えば先だっての夜斬りの連続犯の潜伏場所なんていかがですかい?」

その言葉にちらりとこちらの食指は動いた。お上の犬と呼ばれようとも美人局みたいに取り込もうとする輩も多い。そう言うもんと馴れ合う気はないが、それと同時に確かな情報源は確保したい。
夜斬りの一件は今俺がかかっている山じゃぁない、だが迷宮入りが囁かれている一件だ。
「悪くねぇ話だな。だが・・」
「でがしょ?こっちの話も真選組の副隊長さんに決してご迷惑掛けねぇ話ですぜ」
男は花街で店を構えているという。なるほどさすがの肝の座りだ。穏やかそうだが退くことをせず、かつその条件もただでは漏らさない。
「まずは聞くだけだ」
刀は腰に戻っている。視線は弛めたつもりはない。



「おんやぁ?ありゃ芳町の大旦那と・・・・?」
「銀ちゃぁん変な所覗き込んで何か旨そうなモン見つけたアルか?早くこのアイス持ってかないと姐御に殺されるアルよ」
「おおそれは怖いー・・けどあっちも美味しそうかもな」
「あれ?あいつどSとゴリラんとこの・・」
「はいはーい怖いモンにはかかわらないのがお江戸の町民の心意気だーー退散ー」
「待つアル!か弱い乙女の荷物を持つのが侍の端くれアルね!」







ではと案内されたのは目立たない作りの茶屋だった。座席は細かく仕切られて互いに見えない。しきりの壁は高く、連れ込みの一種だ。こういうところでされている取引もあるわけだと店内の隅から隅に目は配る。足が四本がらんでようと声が漏れてようと気にもならないが、内緒話には耳が立つ。人相がいくら悪くても田舎娘を欺すくらいの算段なら俺には関係ねぇ。



「はぁ?!?」
黙っていても土方スペシャル丼が出てきた。敵でもないが他人の店で少々しゃくには障ったが相手の土俵だ。出されて何も言わずにそのままかっ喰らった。
その姿を何故か嬉しそうに男は見て、そして話とやらを切り出した。

「寝てやってくれませんか?」
「!!!」

話が予想外すぎて中身を吹きこぼした。半分はどんぶりの中に戻ったのはこれがスペシャルだったからとしか言いようがない。
「実はうちの看板娘なんですがね。土方様に恋いこがれやして。」
言いにくそうに語る男の顔を見据える。正気な様子だ。
「一晩で良いです。手順も取っ払います。だから相手をしてやっちゃくれませんか?」

口の周りに溢れかかったマヨネーズを手の甲で拭いながら頭の中で話を整理した。

今のご時世でも裏町のこと 普通こんな我が儘は通らない。恋愛沙汰など御法度。色町の外に出ることも難しい。
それを店主が出てくるとはよほどの地位にいるらしい。店の看板といえば店頭にも出ないと来れば店の花魁クラスということになる。稼ぎ頭だ。

「街の小さな祭りで警備する土方様を見初めて以来、恋に恋して恋いこがれてるんでさぁ」

正直もっと無骨な話だと思っていた。目こぼししろだの袖の下だの、そちらの方がまだ慣れてもいるし納得も出来る。

「会いたい、会えなきゃ死ぬと飯も喉を通らない、会えるまで店にも出ないという有様でほとほと困りやして。こっちも説得したんですよ?どうせ世界の違うお方。恋いこ
がれたとて無理だと。それでもこいつってのがもう借金も持ってねぇ身なんでね、あっしらにも無理強いってのは出来ねぇんでさ。それが泣いて泣いてようやくただ一つの我が儘を聞いてくれるならこの恋はそれで終わりにするというんです。」

ここからはこの世慣れた男がさも言いにくそうに斜め下から土方を見上げて口を開いた。

「けど・・その・・あなた様に一夜の情けを頂けるならと。頂ければそれ以上の我が儘は言わないって言うんですよ」

土方の三白眼が大きく見開いた。
瞳孔が開いていると揶揄されている彼の瞳だが、それ以上に見開いた。

「ちょっとま・・」

拒絶を口にする前に亭主の方は手巾を取り出してより一層大仰に目を拭ってみせる始末。

「あの子もこの思いが叶わねば大川に身を投げると死に装束の用意まで始めましてね。旦那も罪もない若い命が貴方様のために死んでいくなんてたえられんでしょう?」


頭痛の原因でもあり不本意の極みだが今はそれはまずい。
昨日の朝礼で目を真っ赤にした近藤さんが
「花の頃が近づくとなぜか人は自殺願望が出るらしい!若い命を散らせることなく救うことを隊命とする!」
「また近藤さん連ドラとワイドショーですねぃ。松平のとっつぁんの差し入れだそうですぜぃ」
お上の意志にテレビに洗脳されたかビデオでも構わないがこれも命令とあっては仕方無し。
今の自分には確実にそう言う新聞沙汰は不本意でもあるし困る事態にもなる。

眉間に浮かんだその苦悩を察したらしい亭主はしたり顔でそっと土方に顔を寄せた。
「もし他聞を憚るってんなら上にも周りの方にも黙っときますからここはひとつお江戸の民の平和を守る為って事でお願い出来やせんかねぇ?」

それ以上は黙って案内された。行き先の詮索までするほどのことではあるまいと思った。
一席くらい同席して話を聞いてやれば今時の娘ッ子は充分だろうと思ったんだ。

そして連れて行かれた。
芳町に。



「まて。」
「へぇ。」
「だからちょっと待て」
「あっしはかまわねえんですが、この大門の前でもよろしいんですかい?」
「だっ・・ここは芳町だろう?」
「へぇ。」

土方は大きく息をを吸って・・・顰めた。
「ってことはその相手ってのはその・・陰間か?」
「へぇ。」
亭主は今更何をと言う顔で頷く。
「・・聞いてねぇぞ?」
「でしょうけど誰も一遍たりとも吉原だの花魁とは申しちゃいませんが?それともダンナそっちの経験はございませんか?昔気質の方ですからてっきり攻めるも受けるも思いのままと思っていやしたが。」
「そういう訳じゃねぇが・・」
武士道の延長だ。知らない訳じゃない。だからって今ここで言われてもこっちの都合ってもんがある。
亭主はフンと軽くだが鼻白んだ。
「聞いていただけねぇんですか?いやいや真選組のお方ともあろう者が悋気臭い。」
眉間に皺どころか峡谷が出来る。
「・・・をい」
「いや土方さんと言えば侠気に溢れた方とお聞きしていたんですがしみったれた話ですねぇ、一度受けた話を勘違いで断るなんざ江戸っ子の風下にも置きたくねぇ」
「誰がそんなこと言った!!」
「ってことはお受け下さると。ありがとうございます!、蜻蛉も喜びますよ。」

それ以上は口をききたくなかった。
つまり。
俺が相手をするのは娘ッ子じゃなくて蜻蛉って名の小僧だって事だ。









※今更ですがお江戸の芳町といえばその筋の街でございまする。
****************








【二】

案内された部屋は離れだった。庭の造りも眺めが良さげに見えて実は行き来する姿を見せない作りだ。こう言うところにしけ込まれると逮捕するのもやっかいだとしか頭に浮かばなかったが、判る人が見れば高価なものだったろう。そして案内された離れも小さいがおそらくは極上の店の中でも有数の部屋だ。朱というよりは赤を基調にした作りの寝具が奥の部屋に見える。こっちの部屋も灯は緩く仄かに家具のシルエットだけを浮かび上がらせる。どう見ても別世界に迷い込んでそしてどこか本能ばかりが興奮だけさせられる部屋の作りだ。なんか違うという気持ちは消えない。だが仕事だ割り切れ、と言う気持ちもある。正直途方に暮れていた。

我が儘が通る花魁クラスの陰間と来れば人気どころか手の絶対届かない高嶺の花だ。役者崩れどころか女人禁制の坊さんや天人すら一見では声も聞けないと聞いていた。だから本来の手はずとやらをなされれば気が遠くなる。今回のは例外中の例外、マル秘とあってただ静かに静かに案内されていった。


襖を案内役が開けてくれたのが助かった。こんなもんの開け方なぞ「御用」としか知らない。しかし部屋はまだ無人で、灯った明かりだけが俺を待っていた。案内役はしずしずと酒と酒肴を整えてくれたが、未だにさっきのマヨネーズが喉の途中に引っかかっている気がする。どさっと座り込んだが頼むからもう帰りたい気持ちで一杯だった。
「御酒とお部屋に心地よき物を添えさせていただきました。」
謎の言葉を残して案内係は退室した。すぐそこに控えているという。


一人になって腰を据えなくてはと座り、手酌でまずは杯をとった。さすがは一級の店。酒は理屈抜きで旨い。どれだけの代物かは判らないが兎に角美味いことが自分の舌でも判った。腹に入ったその液体は熱をかっと胃に染み渡らせる。ふうと呼吸を吐き出せば武士たる物度胸は据わってくる。肴も鳥にマヨネーズを掛けて焼いた物や別添えの器を空ければ黄色かったりと至れり尽くせりだ。

程なく声がした。
「『蜻蛉』太夫のお出でです」
一番最初に芳町の方でも太夫なのかと思った。そしてやはり太夫クラスだからとりあえずは美形だろうよとも思った。顔だけがマシな餓鬼の説教も隊士の監督と同じだろう慣れてるぜと思う余裕があった。
案外俺も冷静だったのかもしれないとその時にはのんきにも思っていた。

太夫は面を伏せたままにじり寄り部屋に身を進ませた。その流れる所作は圧巻。剣をとれば見事だろうと思えるほど仕込まれた動きだった。
どこでも世界を制するにはそれくらいの物なのかもしれない。


だがそのまま面を伏せている。
作法も呼びかけもどうすりゃいいのかなんてさっぱりわからねぇ。近藤さんならとてつもないことをしでかすだろうし、銀色天パーの奴なら案外くそ度胸があるだろうと思いだしちょっとむかついた。なんでこんな時にあんな野郎のことを思い出さなきゃいけねぇんだ。
ただ見ていると高価な着物が少し震えていた。どう思いこんだのかは知らねぇが、これはこれで不憫な話だ。
細い肩。袖から見える透けそうに白い肌。おそらくは筋の奴らには垂涎物だろうに。
こっちが手を出しあぐねているとその震えが止まった。
「主様」
細い声の太夫は冠り物を外して頬を染め、そっと潤んだ瞳で恥ずかしそうに見上げた。

サラサラした色素の薄い髪をまとめたような髪。瞳の色もそして肌の色も同じく色素の薄い、猫の茶目っ気を思い起こさせる柔らかな瞳、小さめの口に紅が乗っている・・だがその顔を見て土方の背中から一気に鬼気が噴出した。
幸い・・亭主に預けさせられて腰の道具は離れの入り口寄りの次の間に置かれている。勢いの余った片手がその細い首をねじ上げた。

「てめぇ!総悟か!?なんで堅気・・とはいわねぇが筋違いの連中まで使ってオレをたばかってんだ!!」











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【三】

顔を見せれば奴が居た。
一体どういう茶番だ!?
こっちにしてもなまじ真剣に説得を考えたり、部屋のお陰か妙に艶めかしい気分になって体が熱い。それを押さえてたりしていた自分が阿呆みたいじゃねぇか。

「主さ・・いった・・」
シラを切るつもりかと詰め寄って気がついた。
なんというか・・この肌の触感は違う・・と。

陽に当たらない肌理の細かさ。
おそらくは高価な化粧品を塗り込んでいるだろうしっとりとした肌。塗れば隠れると言ってもそんな簡単には化けれないだろう。何より握った首も細い。つまり筋肉が付いていないって事だ。刀はそれなりに重さがある。総悟は確かに天才で刀の扱いは普通の剣士と並べても天地の差がある。そこそこ使える奴でも子供扱いできる位の化け物だ。だがそれも支える筋力は最低限持ち合わせている。生半可で使える代物じゃねぇんだ。ましてやこの作りじゃ・・と大きく抜かれた襟に続く白い肌に相手が総悟であろうと無かろうと下半身が一瞬反応した。かっとなった頭がはっとなった。
そして理性が戻ってきた。

「ぬ・・さ・・ま・」
「悪ぃ!!」

手を放すと真っ赤になった首を押さえて肩で大きな息を吸い込み呼吸をくり返した。

「い・・え・・おきに・・」
俺の半分本気の締めだった。呼吸がすぐに整うはずがない。更に手の跡が付いてもそうそう消えまい。

「すまねぇ、似てる奴にアンタがそっくりだったんだ。」
背中を撫でながら誤った。誤ったくらいでは仕方ないがそれでも誤らずには居られなかった。
見れば見るほど違う。
細い肩、絹の色が肌に映える。袖から零れる手が、少し乱れた裾から見える生足がやけに色っぽい。
照れのせいか妙に自分も暑苦しく感じて隊服の襟を弛めた。
誰かが外に張り付いてるんだろうと思っていたが、この騒ぎでも誰もこねぇ。と言うことは本人と店側の覚悟が見えた気がした。
俺もようやく呼吸が出来る気がしたが、それでも何故か落ち着かない。
けどこれでこいつが逃げ出せばそれはそれで良いんじゃねぇか?そう気がついたが、相手は逃げるどころか上体を起こしたかと思うと自然な所作でもう二歩ほど寄ってきた。

ずいっとみあげる瞳に浮かぶ不安は総悟が持っていそうなもんじゃない、こういう目をしていたのは・・・。
「そのお方は・・主様の若衆にござりまするか?」
少々含んだ言葉尻。だがいきなり自分の若衆の首を絞める念者ってのも居ないと思い苦笑する。

「よせやい、ある人からの手のかかる預かりモンだ。その人は最近亡くなったがな。だからって訳じゃあねぇんだがま、かなりな外道な事もするがオレにだけだしな。仕方ねぇ奴だが、見所もそれなりにある。オレより先には死なすわけにはいかねぇ奴だ。」

何故だろう。常日頃ここまで思っていた訳じゃない言葉だった。いや、覚悟はあった・・と思う。何があっても道を曲げねぇ覚悟と同じくらい大事にしてきた俺の中の想いだ。
この間野辺送ったあの人に、二度と伝えてあげられない、言葉だ。


「『命捨てるが衆道の極意なり』と申しますが、極上の口説きでありんすなぁ」
「はぁ?」
「本来、そのために契りを結んだと聞く古式ゆかしいお話で」
「まて、んな訳じゃねぇ、けどな・・」
「そのどちらのお方も大切になさっておいでで、羨ましゅうございます」

蜻蛉は乱れた服をすいっと直し、改めて
「主様がそういうお方でホンにようございました。それ故にわっちはこの一夜の逢瀬が本望にございます。」


蜻蛉のそんな覚悟を見せられて、気付けば逃げ場はなくなっていた。




「お飲みいただけませぬか?」
すっと差し出した先程の酒。
「浮き世を忘るる物にございます。攻める方は滾り、受ける方は菊門が開くと言われる菊酒にございます」
蜻蛉はそれをすいっと杯に開けて飲み込んだ。返杯は受け入れの作法。そして契りの作法だ。
なるほど、ちょいと仕込まれていた酒というわけだ。どうりで体の奥底が妙におかしい。だがそれを怒る気持ちは失せていた。
香に酔ったのかもしれない。部屋のしつらいに酔ったのかもしれない。それよりもこの覚悟ある姿に酔わされた気がする。二度と会わぬという覚悟を受け入れたその姿に。二度と戻らぬと決めたその姿に。
「俺は・・・。」
「野暮なことはお言いめさるな、ただ春の世のうたかたと思し召して……」
薄く香る高価な白粉の匂い。自分の世界とは異種の物だ。そしてそっと土方の唇を押さえた小さな手は女の手と思わんばかりの細く、白く、柔らかいそれだ。その手はむしろ毎日絡んでくる野郎よりも数年前に封じ込めた記憶と繋がる。細い肩だった。もう二度と触れられない。望んでも幸せになってくれない。苦く浮かんできた気持ちが溢れてくると同時に触れた相手の体が少女の物とは違うという現実に気がついている自分もいる。その体はいっそ総悟と同じ男の物だ。まるで総悟と寝るような・・・・
「・・似てる」
「守ると誓われたそのお方にでありんすか?」
「いや。そればかりではなく・・」
少しして蜻蛉は自分の手をそっと引いた。
「・・・わっちのことをその方と思っていただけてもようございますよ」
口元だけが上を向く優しい微笑みを浮かべると益々似てくる。
口説いた相手にここまで告白されてそれでも微笑み耐える。芯の強さまでも似ている。
「お前は・・・優しいな」
顎に手を添えて自分に向けさせた。

「優しいのは主様です」

「・・」
一言がこぼれて、後は絶え間ない息づかいだけが部屋を支配した。

















*****








【五】

朝だ。雀の声は季節を問わずどこにでも優しく朝を告げる。
「土方さん・・・土方さん・・・起きてくださいよ」
聞き覚えのある声。ああ、ここは隊か。昨夜結構良い夢を見たような気が・・・・・・?

「何寝ぼけてんですかぃ?」
深い眠りから覚めたそこには見慣れた顔があった。

「ああ・・・よく寝たらし・・。」
答えながら視界に映った部屋はいつもの汚れた部屋ではなかった。
朱を基調にした布団。床の間の柿の木に屏風が鮮やかだ。
陽の中でもより値段の張ることをうたって恥じない調度の中、布団は絹で自分の見覚えない夜具も絹らしい。

ここは・・・・・・・・・・

見慣れない部屋の並んだ布団の向こうにそいつも起きがけの顔で居た。いつもの隊服でなく着ている夜着に、覚えがある。


「総悟!!?」



「はーい俺ですよ。なに人の顔見て真っ青になってんすかぁ?」
欠伸をしながら同じ布団の端から足を出そうとした。起き上がろうとしているらしい。 
いつもの何か企んでいるようなそうでもないような・・区別の付かない笑顔。
まて。あのとき何度も俺は確認したぞ。
昨夜のは絶対あいつじゃなかったよな。


とはいえこんな所に俺たち隊士が用は疎か出入りなどあるはずもなく・・。
意を決して恐る恐る聞いてみる。
「き・・昨日の・・あれ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・お前じゃなかった・・・な?」
声が震えていると指摘されようが構う余裕など無い。じっと総悟の顔を見た。

「昨晩?ああ、土方さん激しかったですよねぇ。」

なんでこんなにあっさりと言うんだーーーーーーーーーー!!!

「結構溜まってやしたかい?」
総悟はするりと帳の影で夜着を脱ぎ自分の私服に着替えている。
「じゃ、お先に失礼しやすぜぃ。払いは後で請求が来るそうで」
ぱたっと叱った襖の向こうにいつもほとんど聞こえない足音が遠ざかる。剣の達人のその足音だ。



「嘘だろーーーーーーーーーー!」




「おや?大串君の悲鳴っぽいものが・・・ま、いっか、庶民には縁のねぇ芳町あたりだしな。」
銀髪の男は桜の中ただ往来をゆっくり歩いてゆく。
土方の声は聞かれる当てもなく、ただ春の宵のうちの空にこだました。












*********








【六】最終章

「と言うことでよろしゅうございますかい?旦那?」
「俺に旦那はよせやぃ。」
彼は隊服は着ていない。袖の大きく開いた書生風の装いがめっぽう似合う。
「これであいつが寝た後から俺たちが入れ替われば完璧って訳だ」
「相方の横で寝いっちまうような太夫なんぞこの界隈いませんて・・しかし本当に良いんですかい?」
「なにが?」
「条件ももう一度確認したいですがその・・あの方を・・騙したりとか。ま、うちはいいんですよ?だってひそかにこの世界でも憧れて狙われてるあの方と共寝したって事なら蜻蛉の評判は上がる一方だし、けどね?あんたさんの方が・・?」
総悟は薄い唇を上げた。
「一回蜻蛉と一緒に花魁の恰好で席につくって言う条件ですかぃ?かまいやしねぇっすよ。だってこの言葉遣いじゃばれる。しゃべらなくっていいんだろ?」
「ええ、かぐや姫の降臨って触込みなんで」
「しっかし名前が悪りぃよなぁその姫さん」
「え?」
「いや独り言だから」
「はぁ?」
「それに今日は四月の魚なんだとさ。だから魚も食える蜻蛉で良いんだよ。このあたりでぱーっとやって貰って。いつまでも引きずられちゃ俺も姉上も困るんだから」

「では、こっちの香を焚きしめた夜着を。着替えはお部屋に持ち込んでくださいね」
「へーへー」

「あ、太夫が」
しゃなりとした足取りは変わらず総悟によく似た顔で。ただ着衣は多少なおされても乱れを伺わせる。肌の間からも情交の跡が見えた。
「おう、おつかれさんで」
それ以上は聞かずとも判る。
「いえとんでもない、良くお休みですよ。けどあの方・・一夜と言わず幾らでもお相手したい方でした。あなたさまが惚れ込まれるのも判りますね」
「へぇ・・なんか言ってやしたか?」
「いえ、とくには。けどほんの少し・・・お名前・・だったとは思いますがね」
「へぇ」
「それと・・情の深いお方でおすなぁ。深すぎて取り込んでしもうたら二度と放されんから誰も受け入れまいとするんですねぇ」
「あれは情がこわいって言うんすよ。だから叩き潰して落としとくくらいで丁度なんでさぁ」
「あなた様も相当『情のこわいお方』ですなぁ」


同じ顔が同じ思いで微笑んだ。
二人の間に存外強い風が花びらを運んだ。
脇の庭にも桜は咲いている。
まだ五分咲きだと言うのに急ぎ散るものもいる。
もっと揃って咲いて狂乱するものもいる。
春の狂花は手折られるともなお人を狂わせる。

侍を例えるなら桜だと古来人は言う。




<終了>