【慈雨】 |
『これは・・・・ビビの喜びの涙だ。』 柔らかく暖かい雨。 参年の間皆が待ちつづけた。 砂に、大地に、街に、村に。 静かな音の響きの中で 大地は弾いた水音にも凛気を示して逃さぬように己の中に取り込んで行く。 一行はサンドラ河の手前まで徒(かち)で来た。 河の渡し守のいるこの街にもアルバーナと同じように雨が降っている。 反乱軍は現地で自然解散して来た。怪我をしたものに馬を与え、駱駝を渡し、皆が無事帰られるようにとだけは手配してきた。 コーザに付いて来たのはユパに住む砂砂団の古株連中だけだった。 雲に隠れた太陽が沈んで街は闇に包まれた。 急いで帰りたがった彼らだが、雨の河を夜半に渡るのは危ないと言う渡岸船団の頭の意見を素直に聞き入れた。 皆紹介してもらった宿屋に赴き、それぞれに疲れた身体を横たえた。重症のものは個々の部屋に運ばれ、歩ける連中で合部屋を取った。 宿の主人はそれぞれの部屋に足洗用の暖かい湯と、心尽くしの焼きおにぎりと乾トカゲと蕪のスープを振舞った。 言葉は無くとも大人達は理解し、彼らを許し、そして心配していたのだ。 その味と笑顔は疲れていた彼らの身体中に染みた。 「雨は・・・奪う物ではなかったんだな。」 窓の外。 唄うこの国。 この雨は・・・ビビと言う泉から溢れたものだ。 ビビの頬から落ちた雫がようやく天に届き・・その溢れた水の上質さに天はその無情な蛇口をそっと開けた。 巧く泣けたんだな。 昔から泣くのが下手な奴だったが。 涙は見せなくても泣いている奴だったが。 見る度にその涙をどうにかして止めてやりたかった。 だが・・久しぶりに会ってさえ、俺が見たのは悔しい想いをしたお前ばかりだった。 この国の雨を支えるものはこの国を良き方向に導くだろう。 彼女に涙をもたらした者が誰なのか、もはや誰かと問う術はなく、 ただ・・・染みゆく雨に身体をゆだねて行きたい。 ビビから溢れた天の雨はこの国を潤し生まれ変える。 もはや自分が差し出る必要はない。 この国は腐ってしまったのだと思っていた。 ただ飢えていただけだと言うのに。 人の憂いを昇華できる涙に。 「おい、リーダー?」 「ほっとけよ。こんな穏やかな顔で眠る奴は久しぶりだ。 良い夢でも見てるんだろう?」 「そうだな・・・雨がいなくなって以来始めてだろう・・・・。」 怪我は重篤だった。 それでも鼻から洩れる呼吸は夜の帳に溶けて静かで暖かい。 この眠りを妨げることもあるまい。 誰もが側を離れた頃。 眠るコーザの頬から清んだ心の白珠が一筋流れた。 アラバスタを憂うその清冽さは比べようも無い心も吸い上げて。 アラバスタの慈雨は全て、更に大地に染みゆく。 The end |
2/2に書いたんじゃ献上出来ないのでこっそりここに。 1月に楽しませて戴いたDesert Moon(くるくるふなふなさん主催)のきりゆきさんへ感謝を込めて |